巫女の主な仕事が雪かきからようやく境内の掃除に戻ってきた頃。
まだ少し肌寒さの残る境内に花の香うっすらと香り、今日も巫女は脇をさらし境内を掃いている。
冬の名残の澄んだ高空には傾きかけた日と白い夕月が顔を見せ、ヒヨドリの騒がしい鳴き声に霊夢は眉根をよせる。
そんないつも通りの神社にいつも通りに普通の魔法使いが訪れた。
いつも通りに魔理沙は無遠慮な挨拶をし、いつも通りに霊夢は掃除の手を止めずに挨拶を返し、しかし魔理沙はいつもと違い縁側には向かわなかった。
「梅、咲いてたんだな」
珍しいことに到着早々のカテキンの要求をしてこない魔理沙に、霊夢も掃除の手を止めて顔を上げた。
「一週間くらい前からかしら、咲き始めたのは。今年もいつも通りゆっくり咲いて、ゆっくりと花を落として、気づいたときにはもう全て散っているんでしょうね」
境内の隅には小ぶりの梅が今年も静かに咲いていた。
隣り合った二本の紅梅と白梅は仲睦ましげに枝を伸ばし、二色の花々は鮮やかに寄り添い遠慮がちにほころんでいる。
あの岩肌のようにごつごつとした無骨な幹も花咲けばそれすら趣深く、奇怪に折れ曲がった枝を凛とした五弁花がやんわりと包む。
爽やかな東風に乗るやさしい香りに、霊夢も穏やかな春を感じた。
ふいにゆれた枝をよく見ると、つがいのヒヨドリが仲睦まじく並んで羽を繕っている。
普段はその鳴き声のかしましさにわずらわしく思えても、黙して枝にとまる遠めに黒い後ろ姿はかわいらしく見えた。
(そう。うるさくしてなきゃかわいいんだけどね……)
遠い目で梅を見る親友の横顔を眺めていると、その黒い魔法使いは視線を梅にやったまま、つと口を開いた。
「小さい頃実家の庭に梅が咲いててさ、ちょうどこれくらいの大きさで、春が来ると桃色のきれいな花をつけたんだ 」
梅を見つめたまま始めた魔理沙の話を、霊夢は黙って聞いた。
「毎年それを見て育ったから私の中で春といえばその花でさ、でも世間的には春に咲く桃色の花といえば桜だろ? ウチの庭のも春に咲く桃色の花だったから、私ずっと庭の梅のことを桜だと勘違いしてたんだよ。親父に『庭の桜の花が咲いたよ』って言ったら、きょとんとした後楽しそうに笑ってたっけな」
思い違いをやさしく指摘されて、恥ずかしそうに笑う幼い日の魔理沙を思い浮かべて知らず微笑む。
魔理沙にもかわいい時分があったものだ。
今もかわいいところは十分あるけれど。
「昔から大好きな花だったけど、家を出てからはもっと好きになったな。この香りをかぐと、なんていうか……懐かしくなるって言うか」
静かに語る魔理沙の横顔に寂しそうな様子は見てとれないが、珍しいしみるような声は郷愁の念で溢れていた。
『ふるさとは 遠きにありて 思ふもの』、か……
ヒヨドリが二匹、梅の枝から飛び去った。
二人で梅を眺めるうちに随分と時間が経ったらしく、暮れかかった日が二人の影を伸ばし、朧月には薄雲がかかっている。
「魔理沙、今日は飲みましょ 」
いつも通りの話し方で言った。
別に慰めようと無理をして平静を装ったわけでもなく、ただ思いついたことを口に出しただけだった。
この親友に、余計な気遣いなど無用だ。
「お、いいな。じゃあ今から萃香に声かけて人集めてもらうか」
「いや、いいわ。せっかくの慎ましいきれいな梅なんだもの、二人で静かに飲みましょう」
だが、たまにはノスタルジアに駆られた親友につき合ってしんみりするのも悪くない。
梅と月を肴に酒に溶かせば、きっとこの懐旧もおいしく呑めるだろう。
「……そうだな。それもいいな」
魔理沙と二人箒を持って、もはや玄関と化している縁側へ向かった。
春風にそよぐ梅の香が心地よい。
私も梅の花を桜だと勘違いしてたっけなぁ…
とても良い雰囲気でした
自分の書いたものに反応が返ってくるってうれしいですね。
これを励みに今後もマイペースにがんばります。
1.奇声を発する程度の能力様へ
言葉の選び方やリズムに少し古典っぽさを出してみました。
その点お褒め頂きうれしい限りです。
桜と梅の勘違い、実は私の実話ですw
2.名前がない程度の能力様
雰囲気お褒め頂きありがとうございます。
梅と桜はモノによっては幹を見ないと全然わかりませんよね。
3.日間賀千尋様
高校の読書感想文以来の文章がこんなに褒めていただけて、
私もうれしい反面ものすごくびっくりしていますw
そのお言葉を励みに今後もがんばってみます。
他の方も褒めてらっしゃるとおり雰囲気が素敵です。
丁寧な描写ながらしつこすぎず、とてもよいです。
二人の関係もよさげ