Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

こども手当て

2011/03/20 20:38:32
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「咲夜は、ずるいな」

考えもなしに呟いた言葉。それは静かなこの地下室という空間の、私と咲夜の耳にだけ届いた。
届いたはずなのに、返事はない。だから、もう一度繰り返した。ずるいなと。ズルいという表現はよりは「どうして」が正しい。

この部屋に時計はないが、別に困ることもない。そんな場所で、三時になるとお菓子を持って訪れる彼女が唯一の時計代わりである。
来客ばど滅多にないこの部屋に、決まって訪れる唯一の人物。だから、一日に一回だけ二人っきりになる。
狭いとも言えず、かと言って広いとも言えない空間。それは、丁度。誰かと誰かが二人で、私と咲夜とで居るのが落ち着くくらいの広さである。

そんな地下室の中央。そこに置かれたテーブル。その上に並んだ食器たちを、時を止めることなく淡々と片付けていく。そんな姿を、見つめていた。
手は止まることなく、綺麗に片付けていく様子は流れる水のように美しい。食事は目でも楽しむものとは言うが、食後まで楽しまることができるのは彼女だけであろう。

「どうかしましたか」

もう一度、今度は少し大きめの声で語りかけるように言えば、返事がきた。振り向いた顔は、不思議そうにちょっぴり目を丸くしている。
顔はこちらを向いているのに、腕はしっかりと仕事をしているのが、なんとも奇妙ではあるが。

「時間を止めれるのに、どうして毎回。止めないの」

何故か、私のおやつの時間。その片付けの時だけは、時間を止めずに片付けをする。
昼食などの片付けは、時間を止めてやるにも関わらずだ。

質問に似た言葉を聞いて、表情は穏やかになり、声を出さずに笑いだす。
なんだか聞いたこちらが恥ずかしくなりそうなほどに優しく綺麗な笑いだった。
だから。ぎこちないだろうが、精一杯の笑顔を作って返してあげる。
そこまでやって、初めて、慈しむ笑い声が聞こえた。

何故か。それを問うと、片目だけを閉じて楽しむような表情を浮かべる。
初めから答えがないのか、答えるつもりがないのか。
ふざけた調子で言うのだった。

「そうですね。妹様はどうしてだと思います」
「わかんない」
「即答ですか。そうですか」

片手を頬に当てて悩む姿。それはなかなかに様になっているのだが、うんうん、唸る声は似合わない。

「乙女の秘密ってことで」
「綺麗になったね」
「ありがとうございます」

そうですね、と。そう言葉を区切り、改まる。

「一人でいると寂しいって、感じませんか」

「え、そうかな。別に、ないね。気楽だよ一人」

思うままに返事をしたのだが。それは、ちょっと違う。
気楽だから一人でいるのではない。誰も来ないから。

「咲夜は。一人って好きなの」

「いや、ですかね」

言葉はこちらに向いていたのに。視線はどこか彼方を向いていた。
今ではなく、もっと別な。過去を見ているのだった。

「妹様と、話しがしたいのですよ」

なんて、ね。



「咲夜の手、綺麗だね」

例のごとく、食器に伸びた腕の指先を見つつ。褒めたというより、純粋な感想だった。
照明の光を反射させる薄桃色の半月を描く爪。すらりと細く長い指。わずかに青みが走る手の甲。

「そうですかね」

水仕事をはじめ、酷使しているはずなのに、荒れているようには見えないのは。きっと、他の部分よりも丁寧に手入れをしているのだろう。
彼女らしいと言える気の使い方だ。そういった心使いを加味して、綺麗なのだ。

右手を自分で見つつ、左手を私の方に差し出してくる。

長さの違う爪。短く丸い指。病的に青白い手。
手入れなど一度もしたことがない。
そういう意味で、この手のなんと汚いことか。それに比べてこの手の如何に汚いことか。
だから。なんとはなしに重ねようとしていた手を止めた。

目的を失った手は、綺麗な手の前で握り閉じるしかなかった。
そうして閉じた右手に温かいものが触れた。

咲夜の手のひらだった。

右手の甲と同じか、少しだけ高い温度。
その手のひらは、とても心地良いものだ。

顔は見なかった。見なくとも、どんな表情をしているのか分かるから。
手を開こうとすれば、察してくれたのか。そっと開かれる。

差し出された左手に、右手を合わせてみる。
かみ合わない。私の手は咲夜の手よりも一回り小さくて、咲夜の手は私よりも一回り大きい。
肌は疲れていた。見掛けでは全く分からなかったが。

「ね。綺麗ではないでしょう。見かけでは騙せても、ですね」

私は妹様のこの手が羨ましいです。
妹様の手は、誰かに、みんなに、握り締めてもらえる手なんですよ。
綺麗な手ですね。と。小さくて、柔らかくて、温かくて、素敵です。

そう言って、重ねた掌を指ひとつ分ずらす。そして、ぎゅっと握られた。

「妹様の手。好きですよ。握り締めたくなるくらい」

素敵な手ですね、と。そういう彼女の手は私の右手よりも温かく心地良く、やはり綺麗に見えた。



「咲夜は背、高いね」

いつも前に立たれる度に、そう思う。細身で、背が高くて、姿勢が良くて、きっと私が見ている景色とは違った世界が見えているのだろう。
それに比べて、寸胴で、猫背で、背の低いこの身体で目につくのは、床に人の脚ばかりだ。

「よく言われます」
「羨ましいよ」

人に自慢したくなるような綺麗な身体を、もし持っていたとしたなら。もう少し、胸を張って人前に出ることができるだろうか。
できる。と言い切れはしないが、今よりはちょっとだけ、ましに振舞える気がする。

「妹様は背が高い方が良かったですか」
「うーん。まあ、ね。そだね」

答えれば、そうですかと何度も頷いてみせる。細められた目を見ているとこちらまで穏やかな気分にしてくれる。
二人してしばらく見つめ合った後、先に視線を外したのは向こうだった。ふっ、と短く弱く息を吐いて首を軽く反らしたから、どんな表情をしているのかは分からない。

「私は。妹様ぐらいに戻ってみたいです」

願望を零すと、再び視線をこちらに戻してきた。一瞬前と同じ状況なのに違ったものが一つ。
同じように、優しく穏やかな目だったのに、寂しい感じがしたのだ。
彼女の瞳に、この身は映るのだろうか。映るのは、きっと幼き自分なのだ。
そんな気がした。咲夜のことを知っているようで、何も知らない私に、言葉を返すことはできようはずもない。

「羨ましいです。私は。妹様が。背が高いと、人を抱きしめるには丁度いいんですけど、抱きしめられるには不便ですから」

言葉を紡ぎながら、ゆっくりと歩いて静かに後ろに立つ。
首筋に柔らかい二の腕が触れる。どうしてか、くずぐったいとは感じなかった。
頬にほんのりとした熱。ほぐれた綿のような感触。それらをもたらしたのは、彼女の頬であった。
後ろから抱きしめられたのだと気付くのに時間は掛からなかった。

「もっとたくさんの人に抱きしめてもらうためなんですよ。妹様の背は」

耳元でそっと囁かれる声は、息が多く混じっていてむず痒い。
それでも、不快ではなくて。心の奥底に沁み渡るようだった。

「いつか咲夜みたいになれるかなあ」

「大丈夫ですよ。こうやって、人に抱き締めてもらって。たくさん、たくさん。そうすれば、なれますよ。きっと。なれます」

なれます、という言葉は強くて。信じてみたい気になるのだった。



「私のこと好いてくれる人なんているのかな」
「さあ、どうでしょうね。少なくとも、私は大好きですよ」

「咲夜は、優しいね」
スキンシップは大切だと思います。読んで下さってありがとうございました。
もえてドーン
コメント



1.菊花さつき削除
咲夜さん、フランちゃんにもっともっといろんなことを教えてあげて……!
2.即奏削除
これは素晴らしい。
とても面白かったです。
3.ぴよこ削除
くすぐったいね、ムズムズするよ。
4.名前が無い程度の能力削除
スキンシップ、
今の時代は触れ合いが全く足りてないと常々思う。

だから俺は日常の一片を描くエブリデイマジック物のまさにこういう話しがたまらなく好きだ。
5.名前が無い程度の能力削除
タイトルに苛っときて読んだけど、内容はほんわか和み系で癒されました。
もっと二人のスキンシップがみたいです。
6.名前が無い程度の能力削除
スキンシップは大事