「つくづく思うんだけどな、アリス」
「唐突ね。で、何?」
「お前、結構自分勝手だよな。かっこよく言うならエゴイスティック」
日差しの暖かいお昼時。
ぽかぽか陽気に誘われた私は、気の向くままに朝から散歩。
すると気の向くままに空腹になり、気の向くままに魔理沙宅へお邪魔してしまって。
それのどこが自分勝手だというのか。
「そうだな、今日からアリス・E・マーガトロイドに改名しろよ。EはエゴイスティックのEな」
「確かに、名前はかっこいいわね。ミドルネームがあるとこが特に」
「だろ。略してエゴトロだ」
「…呼びにくくない?」
ミドルネームをつけるなんて、魔理沙もなかなか都会派な発想が出来るようになったじゃない。
都会派の階段を一歩上ったわね、おめでとう。
…じゃなくて。
「ねぇ、私のどこがエゴトロなのよ。心当たりが全く無いけど」
「聞かれると思ってたぜ。ほら、今日だって急に押しかけてきたじゃないか」
「迷惑そうに言っちゃって。本当は嬉しいんでしょ? 私が来てくれて」
「そういうとこがエゴトロなんだよ」
まったく、素直じゃないんだから。
仮に本気で私のことをエゴトロだと思っているとしても、それは口に出すべきじゃない。
自分の性格や行動を非難されて嬉しがる人なんていないんだから。
都会派な私は、そこらへんをしっかりと心得ている。
「魔理沙は…そうね。勝手そうに見えて、意外と気遣いしてくれるとこあるわよね。今日だって追い返されなかったし」
「お、そうか? 別段気を遣ってるつもりはないが」
「なら、無意識によ。無意識に親切できるなんて、性根から善人じゃないと出来ることじゃないわ」
つい最近、外の世界から流れ着いてきた本がある。
その名も、『世渡り上手な人の褒める技100選』。
そう、誰だって褒められて嬉しいことはあっても、嫌悪感を感じることは少ない。
なら、会う人会う人みんなを褒めて褒めて褒めちぎっていけば、いつしか私は幻想郷一の人気者。
サインを貰っとくなら今のうちよ。
「いやあ、そう言われるとそんな気もしてくるぜ。私って根っからの善人なんだなあ」
「そうそう。死んだら天国どころか、神様に生まれ変わりも間違いないわよ」
「そうか…? いや、そうだよな。私は神にまでなれるんだ…!」
褒める力っていうのは、こんな宗教めいた説得も可能にするほど恐ろしいもので。
この力を極めていけば、幻想郷一の人気者どころか独裁支配だって夢じゃない。
魔理沙を堕とすまでもう一息。
コンコン。
こんなタイミングでのノック音。
何でこんな時に来るのよ、誰かは知らないけど。
まったく、空気の読めないお客さんなんだから。
「お、誰だ? ちょっと出てくるぜ」
「私が行くわ。面倒なのだったら魔理沙は留守だって言っといてあげる」
「いいよそんな。ここ、私の家だし」
「魔理沙は神様なんだから。姿を簡単に外に見せちゃいけないのよ」
「あ、そっか。私は神になったんだもんな」
どこか簡単に信じすぎてる気もするけど、まぁそれは私の手腕のおかげってことにしよう。
さっさと迷惑なお客さんを帰して、幻想郷支配の第一歩をスタートさせないと。
あぁ、忙しい。
「わ、アリスさん。魔理沙さんはお留守ですか?」
「…えぇ。私はお留守番」
迷惑な空気の読めない困ったお客さんの正体は、狙ったような外見の兎、鈴仙。
両手に抱えた箱を見る限り、薬の訪問販売だろう。
私を見て怪訝そうな顔をしたのは、おそらく私が都会派な妖怪だから。
都会派な私を説得して薬を買わすのは無理だと、恐れおおのいているに違いない。
「じゃ、アリスさんでも。ちょっとお時間いただけます?」
「いえ。忙しいのよ、見て分かる通り」
「あぁ、いけません! 時間に追われてると感じているんでしょう。おぉ、かわいそうに」
明らかなオーバーリアクションをかましながら語る彼女。
本当に暇じゃないんだけど、神様になったと自惚れている魔理沙だから少しだけ放っておいても問題ない。
何より、この都会派な私をどう説得するのか興味があるのが本当のとこ。
「出来る人ほど、アリスさんのような感覚に悩まされるんです。私だけ時間が他の人より足りてない、不公平だと」
「別にそんなことないけど」
「隠さなくてもいいですよ! 恥ずかしがることはありません。むしろ誇るべきです。惰性で毎日を過ごしている人には分からない感覚ですから」
確かに、少しなら時間が足りてないことを感じることもある。
何かを思いついたらとりあえず行動してみる私だから、たくさん思いついた日には徹夜だってする。
思いつかない日はひたすら寝てるけど。あとは魔理沙のとこへ冷やかしぐらい。
「惰性で行動してる人って、本当に多いんですよね。今は本気を出す時じゃないとか言いながら、結局は自分から動き出せない怠け者なんですよ」
「言いすぎじゃない?」
「しかし! アリスさんは違います! だからこその時間に追われるこの感覚、肉体的にも精神的にも辛いと感じたことありませんか?」
『言いすぎじゃない?』とか言ったけど、もちろん私はそんな怠け者じゃない。
ひたすら寝る日もあるけど、それは次の行動への準備期間だから。私のは本当に本気を出す時じゃないのよ。本当だってば。
その証拠として、彼女の言う時間に追われている感覚に囚われることがある。時々だけど。
「まぁ、確かにそんな時もあるわね」
「でしょう? そんなアリスさんに、このお薬です! ヤゴコロ印の時間に鈍感になる薬!」
「わ、怪しそうな名前。飲んだら過労死しそうね」
「ご心配なく。効果は一日で切れますから、短期間集中するのに最適です!」
ちょっと魅力的な薬かもしれない。
集中できない時って、どうにも時間を確認することが多い。
そうして、まだ何時かぁ、集中できてないなぁって落ち込むことがほとんど。
「…実はですね、これは秘密にしてほしいんですけど」
「なに?」
「この薬、アリスさんを想定して作られたんですよ。幻想郷でも屈指の都会派であるアリスさんの助けになればいいなって、師匠が」
「…へぇ?」
永琳もなかなか見る目があるじゃない。
私のことを考えて作ってくれたなんて、なかなか嬉しいことをしてくれて。
大して話したこともないのに私の都会派っぷりが知られてるなんて、知らないうちに人気者になったものね。
私ってば罪な女。
「それが他の人にも役に立ちそうなので、今日は魔理沙さんにご紹介しようと思ったんですよ。でも、まさかアリスさん本人に会えるなんて…!」
「ふふん。光栄でしょ?」
「それはもう! あ、サインお願いしていいですか? 出来れば師匠や姫様の分も合わせて三、四枚ほど」
「はいはい」
まったく、人気者なのも困りもの。
都会派の見本となるように、今まで以上に身だしなみや行動に注意しないといけないんだから。
まぁ、これも上に立つ者の定めよね。
「で、ですね。アリスさん。この薬のご購入については…」
「いいわよ、買ってあげる。私の為に作ってくれたんでしょ?」
「ありがとうございます! 師匠も喜びますよ!」
どこか、どこかしたり顔で喜ぶ彼女。
でも、そんな細かいことをいちいち気にするのは都会派じゃない。
都会派は常に大きく、寛大にかまえてないといけないんだから。
「お買い上げありがとうございました。じゃ、これで」
「そう? あがってゆっくりしていけばいいのに」
「いえ、アリスさんの邪魔はしたくないですから。また」
薬を貰いお金を渡した途端、急に淡泊な態度になったのは気のせいだろうか。
憧れる人の邪魔をしたくないという気持ちは分からないこともないけど、私が誘ってるのに。
まぁ、彼女は少し内気な娘なんだろう。そういうことにして。
私は神様魔理沙の相手をしないと。
「おい、エゴトロ。客が帰ったなら早く掃除しろ。神の命令だぞ」
「……」
鈴仙と話してたのは、わずか数分。
そのわずか数分でも、自惚れている魔理沙をさらに調子に乗らせるには十分な時間だったみたい。
さらに言わせてもらえば、もう私はエゴトロじゃない。
「あのね、魔理沙。あなた神様って言うけど、信者はいるのかしら」
「馬鹿言え、これから集めるんだよ。お前はその第一号だぜ。光栄だろ」
「なら、私の方が上ね。私には既に信者がいるもの。しかも組織的な」
「なに?」
ちょっと不機嫌そうに顔をしかめる神様。いや、ただの魔理沙。
所詮は普通の魔法使い。常識的に考えても常識に囚われずに考えても、都会派が普通に負るわけがないのよ。
今日から神様の座は私のもの。
「永遠亭。あそこの住人はみんなね、私の可愛い信者なのよ。さっきだってほら、私の為だけに薬を作ってきてくれたし」
「……」
「魔理沙は私の口車に乗せられただけ。魔理沙が馬鹿ってわけじゃないのよ、私が器用過ぎただけ。ごめんなさい」
「なぁ。ちょっとその薬見せてくれよ」
「いいけど? まぁ、羨ましいのは分かるけど嫉妬しないことね。醜い顔になっちゃうから」
せっかくの私の忠告も無視して、まじまじと薬を見つめる魔理沙。
私が頼んだわけでも無いのに作ってくれるなんて、改めて彼女達の好意を感じることができる。
…あれ。じゃあなんでお金取ったんだろ。
「そうだ、そうだよ! これ、どっかで見たことあると思ったんだ!」
「…へぇ、どこで?」
「人里でだよ。ポスターが貼ってあったんだ、詐欺まがいの医療品が出回ってるって。これ、ただの小麦粉の塊らしいぜ?」
…そう言われてみれば、確かに作りが雑。
一旦そう思えば、次々と感じてくる安物臭。
雑な作りなのも、魔理沙の話を聞く前だと手作り感があっていいと思えたのに。
「もう人里では有名になっちゃったから、こんな森の奥まで来たんだろうな。特にアリスは外に出ないから」
「え…じゃあ私、まんまと引っ掛かったわけ?」
「そうだな。都会派なアリスさんなら買いますよねみたいな感じで、上手いこと口車に乗せられたんだろ、どうせ」
人の事言えないな、とか言いたげな小憎たらしい笑みを浮かべながら語られて。
冷静になって考えてみれば、やけに褒められてばっかりだったような気がする。
私は何を浮かれていたのか。
「なぁ、アリス」
「なによ」
「勉強になったな。お互い」
「…そうね」
悔しいけど、今回は私が一歩及ばなかったことを認めないといけない。
いかに都会派な私だっていっても、いつだって完璧なわけじゃない。
これをきっかけに、更なる都会派を目指せばいいだけの話よ。
全然悔しくなんてないんだから。全然。
「おい、そんな落ち込んだ顔するなよ。私だって被害者なんだ。ついでに言うと加害者はお前なんだぞ」
「…で、でも、まっ…魔理沙は…まりさはバカだから…」
「分かった分かった。私は馬鹿だからそんなショックじゃないぜ。さ、紅茶でも入れてやるよ」
あまりにも復讐に燃えている私だから、武者震いで言葉が上手く出てこないのも仕方がないこと。
決して、けっして都会派のプライドが崩れた悔しさから泣きそうになってるわけじゃない。
今すぐにでも復讐に行きたいけど、せっかくの魔理沙の好意を無駄にするのは都会派じゃない。
ちょっとだけ魔理沙にはお世話させてあげよう。
ありがとう、神様。
「唐突ね。で、何?」
「お前、結構自分勝手だよな。かっこよく言うならエゴイスティック」
日差しの暖かいお昼時。
ぽかぽか陽気に誘われた私は、気の向くままに朝から散歩。
すると気の向くままに空腹になり、気の向くままに魔理沙宅へお邪魔してしまって。
それのどこが自分勝手だというのか。
「そうだな、今日からアリス・E・マーガトロイドに改名しろよ。EはエゴイスティックのEな」
「確かに、名前はかっこいいわね。ミドルネームがあるとこが特に」
「だろ。略してエゴトロだ」
「…呼びにくくない?」
ミドルネームをつけるなんて、魔理沙もなかなか都会派な発想が出来るようになったじゃない。
都会派の階段を一歩上ったわね、おめでとう。
…じゃなくて。
「ねぇ、私のどこがエゴトロなのよ。心当たりが全く無いけど」
「聞かれると思ってたぜ。ほら、今日だって急に押しかけてきたじゃないか」
「迷惑そうに言っちゃって。本当は嬉しいんでしょ? 私が来てくれて」
「そういうとこがエゴトロなんだよ」
まったく、素直じゃないんだから。
仮に本気で私のことをエゴトロだと思っているとしても、それは口に出すべきじゃない。
自分の性格や行動を非難されて嬉しがる人なんていないんだから。
都会派な私は、そこらへんをしっかりと心得ている。
「魔理沙は…そうね。勝手そうに見えて、意外と気遣いしてくれるとこあるわよね。今日だって追い返されなかったし」
「お、そうか? 別段気を遣ってるつもりはないが」
「なら、無意識によ。無意識に親切できるなんて、性根から善人じゃないと出来ることじゃないわ」
つい最近、外の世界から流れ着いてきた本がある。
その名も、『世渡り上手な人の褒める技100選』。
そう、誰だって褒められて嬉しいことはあっても、嫌悪感を感じることは少ない。
なら、会う人会う人みんなを褒めて褒めて褒めちぎっていけば、いつしか私は幻想郷一の人気者。
サインを貰っとくなら今のうちよ。
「いやあ、そう言われるとそんな気もしてくるぜ。私って根っからの善人なんだなあ」
「そうそう。死んだら天国どころか、神様に生まれ変わりも間違いないわよ」
「そうか…? いや、そうだよな。私は神にまでなれるんだ…!」
褒める力っていうのは、こんな宗教めいた説得も可能にするほど恐ろしいもので。
この力を極めていけば、幻想郷一の人気者どころか独裁支配だって夢じゃない。
魔理沙を堕とすまでもう一息。
コンコン。
こんなタイミングでのノック音。
何でこんな時に来るのよ、誰かは知らないけど。
まったく、空気の読めないお客さんなんだから。
「お、誰だ? ちょっと出てくるぜ」
「私が行くわ。面倒なのだったら魔理沙は留守だって言っといてあげる」
「いいよそんな。ここ、私の家だし」
「魔理沙は神様なんだから。姿を簡単に外に見せちゃいけないのよ」
「あ、そっか。私は神になったんだもんな」
どこか簡単に信じすぎてる気もするけど、まぁそれは私の手腕のおかげってことにしよう。
さっさと迷惑なお客さんを帰して、幻想郷支配の第一歩をスタートさせないと。
あぁ、忙しい。
「わ、アリスさん。魔理沙さんはお留守ですか?」
「…えぇ。私はお留守番」
迷惑な空気の読めない困ったお客さんの正体は、狙ったような外見の兎、鈴仙。
両手に抱えた箱を見る限り、薬の訪問販売だろう。
私を見て怪訝そうな顔をしたのは、おそらく私が都会派な妖怪だから。
都会派な私を説得して薬を買わすのは無理だと、恐れおおのいているに違いない。
「じゃ、アリスさんでも。ちょっとお時間いただけます?」
「いえ。忙しいのよ、見て分かる通り」
「あぁ、いけません! 時間に追われてると感じているんでしょう。おぉ、かわいそうに」
明らかなオーバーリアクションをかましながら語る彼女。
本当に暇じゃないんだけど、神様になったと自惚れている魔理沙だから少しだけ放っておいても問題ない。
何より、この都会派な私をどう説得するのか興味があるのが本当のとこ。
「出来る人ほど、アリスさんのような感覚に悩まされるんです。私だけ時間が他の人より足りてない、不公平だと」
「別にそんなことないけど」
「隠さなくてもいいですよ! 恥ずかしがることはありません。むしろ誇るべきです。惰性で毎日を過ごしている人には分からない感覚ですから」
確かに、少しなら時間が足りてないことを感じることもある。
何かを思いついたらとりあえず行動してみる私だから、たくさん思いついた日には徹夜だってする。
思いつかない日はひたすら寝てるけど。あとは魔理沙のとこへ冷やかしぐらい。
「惰性で行動してる人って、本当に多いんですよね。今は本気を出す時じゃないとか言いながら、結局は自分から動き出せない怠け者なんですよ」
「言いすぎじゃない?」
「しかし! アリスさんは違います! だからこその時間に追われるこの感覚、肉体的にも精神的にも辛いと感じたことありませんか?」
『言いすぎじゃない?』とか言ったけど、もちろん私はそんな怠け者じゃない。
ひたすら寝る日もあるけど、それは次の行動への準備期間だから。私のは本当に本気を出す時じゃないのよ。本当だってば。
その証拠として、彼女の言う時間に追われている感覚に囚われることがある。時々だけど。
「まぁ、確かにそんな時もあるわね」
「でしょう? そんなアリスさんに、このお薬です! ヤゴコロ印の時間に鈍感になる薬!」
「わ、怪しそうな名前。飲んだら過労死しそうね」
「ご心配なく。効果は一日で切れますから、短期間集中するのに最適です!」
ちょっと魅力的な薬かもしれない。
集中できない時って、どうにも時間を確認することが多い。
そうして、まだ何時かぁ、集中できてないなぁって落ち込むことがほとんど。
「…実はですね、これは秘密にしてほしいんですけど」
「なに?」
「この薬、アリスさんを想定して作られたんですよ。幻想郷でも屈指の都会派であるアリスさんの助けになればいいなって、師匠が」
「…へぇ?」
永琳もなかなか見る目があるじゃない。
私のことを考えて作ってくれたなんて、なかなか嬉しいことをしてくれて。
大して話したこともないのに私の都会派っぷりが知られてるなんて、知らないうちに人気者になったものね。
私ってば罪な女。
「それが他の人にも役に立ちそうなので、今日は魔理沙さんにご紹介しようと思ったんですよ。でも、まさかアリスさん本人に会えるなんて…!」
「ふふん。光栄でしょ?」
「それはもう! あ、サインお願いしていいですか? 出来れば師匠や姫様の分も合わせて三、四枚ほど」
「はいはい」
まったく、人気者なのも困りもの。
都会派の見本となるように、今まで以上に身だしなみや行動に注意しないといけないんだから。
まぁ、これも上に立つ者の定めよね。
「で、ですね。アリスさん。この薬のご購入については…」
「いいわよ、買ってあげる。私の為に作ってくれたんでしょ?」
「ありがとうございます! 師匠も喜びますよ!」
どこか、どこかしたり顔で喜ぶ彼女。
でも、そんな細かいことをいちいち気にするのは都会派じゃない。
都会派は常に大きく、寛大にかまえてないといけないんだから。
「お買い上げありがとうございました。じゃ、これで」
「そう? あがってゆっくりしていけばいいのに」
「いえ、アリスさんの邪魔はしたくないですから。また」
薬を貰いお金を渡した途端、急に淡泊な態度になったのは気のせいだろうか。
憧れる人の邪魔をしたくないという気持ちは分からないこともないけど、私が誘ってるのに。
まぁ、彼女は少し内気な娘なんだろう。そういうことにして。
私は神様魔理沙の相手をしないと。
「おい、エゴトロ。客が帰ったなら早く掃除しろ。神の命令だぞ」
「……」
鈴仙と話してたのは、わずか数分。
そのわずか数分でも、自惚れている魔理沙をさらに調子に乗らせるには十分な時間だったみたい。
さらに言わせてもらえば、もう私はエゴトロじゃない。
「あのね、魔理沙。あなた神様って言うけど、信者はいるのかしら」
「馬鹿言え、これから集めるんだよ。お前はその第一号だぜ。光栄だろ」
「なら、私の方が上ね。私には既に信者がいるもの。しかも組織的な」
「なに?」
ちょっと不機嫌そうに顔をしかめる神様。いや、ただの魔理沙。
所詮は普通の魔法使い。常識的に考えても常識に囚われずに考えても、都会派が普通に負るわけがないのよ。
今日から神様の座は私のもの。
「永遠亭。あそこの住人はみんなね、私の可愛い信者なのよ。さっきだってほら、私の為だけに薬を作ってきてくれたし」
「……」
「魔理沙は私の口車に乗せられただけ。魔理沙が馬鹿ってわけじゃないのよ、私が器用過ぎただけ。ごめんなさい」
「なぁ。ちょっとその薬見せてくれよ」
「いいけど? まぁ、羨ましいのは分かるけど嫉妬しないことね。醜い顔になっちゃうから」
せっかくの私の忠告も無視して、まじまじと薬を見つめる魔理沙。
私が頼んだわけでも無いのに作ってくれるなんて、改めて彼女達の好意を感じることができる。
…あれ。じゃあなんでお金取ったんだろ。
「そうだ、そうだよ! これ、どっかで見たことあると思ったんだ!」
「…へぇ、どこで?」
「人里でだよ。ポスターが貼ってあったんだ、詐欺まがいの医療品が出回ってるって。これ、ただの小麦粉の塊らしいぜ?」
…そう言われてみれば、確かに作りが雑。
一旦そう思えば、次々と感じてくる安物臭。
雑な作りなのも、魔理沙の話を聞く前だと手作り感があっていいと思えたのに。
「もう人里では有名になっちゃったから、こんな森の奥まで来たんだろうな。特にアリスは外に出ないから」
「え…じゃあ私、まんまと引っ掛かったわけ?」
「そうだな。都会派なアリスさんなら買いますよねみたいな感じで、上手いこと口車に乗せられたんだろ、どうせ」
人の事言えないな、とか言いたげな小憎たらしい笑みを浮かべながら語られて。
冷静になって考えてみれば、やけに褒められてばっかりだったような気がする。
私は何を浮かれていたのか。
「なぁ、アリス」
「なによ」
「勉強になったな。お互い」
「…そうね」
悔しいけど、今回は私が一歩及ばなかったことを認めないといけない。
いかに都会派な私だっていっても、いつだって完璧なわけじゃない。
これをきっかけに、更なる都会派を目指せばいいだけの話よ。
全然悔しくなんてないんだから。全然。
「おい、そんな落ち込んだ顔するなよ。私だって被害者なんだ。ついでに言うと加害者はお前なんだぞ」
「…で、でも、まっ…魔理沙は…まりさはバカだから…」
「分かった分かった。私は馬鹿だからそんなショックじゃないぜ。さ、紅茶でも入れてやるよ」
あまりにも復讐に燃えている私だから、武者震いで言葉が上手く出てこないのも仕方がないこと。
決して、けっして都会派のプライドが崩れた悔しさから泣きそうになってるわけじゃない。
今すぐにでも復讐に行きたいけど、せっかくの魔理沙の好意を無駄にするのは都会派じゃない。
ちょっとだけ魔理沙にはお世話させてあげよう。
ありがとう、神様。
ああ!成る程
必死に堪えてるアリス可愛いよw