「ふぁあ…。」
一つ大きな欠伸を、伸びをすると共に吐き出した。
じわり、目頭にうっすらと涙が滲む。
滲んだ涙は、光をくるりと孕んでしまって視界をぼやけさせた。
不透明極まりない景色を、貼り紙を引き剥がすようにぐい、と涙を拭う。
「小町。」
「ふぇっ?」
後ろから急に話し掛けられ、弛緩しきっていた所為かなんとも間の抜けた声を上げてしまった。
話し掛けた人物は確認するまでもないのだが、それでもある種の流れに従って『小町』と呼ばれた彼女は振り向いた。
「なんですか映姫様。…あり?」
小町はありふれた言葉を言って後に、違和感に気付き疑問の声を口にした。
「なんです?」
「いや、仕事中なのに『さん』が付いてなかったなぁ、と。」
欠伸や伸びなんかをしてはいたが、小町は橋渡しの仕事中である。
普段、映姫は仕事の最中は大体の人物に対して『さん』を付ける。
『さん』を付けないのは、よほど親しい相手かはたまた仕事をしていない時か。
「私は今仕事中じゃないからです。」
ああ、と納得しかけた小町だが、
「なんでです?」
映姫様の仕事は暇ができるもんでしたっけ、と小町は続けた。
「他の者に、『働き過ぎだ!』と言われて、しまいに『掃除をするから外で暇してきて下さい。』と言われたです。」
「あららら…。」
映姫だからこそ出された暇である。
しかし彼女は、見た目相応に甘味処等には行かず、小町のいる三途の川のほとりに来ている。
「他のところ行ってきてみたらどうです?最近、人里には物珍しい物が増えてきているみたいですし。」
「…小町は私がここに来て迷惑をしているなら、人里に行こうかと思います。」
「いや、そういった意図で言ったんじゃないんですけど。」
そして、小町は映姫の腕に抱えられている物に気が付いた。
それは一見、将棋のようにも見えたが盤の色が激しく異なっていた。
綺麗な緑の上には、黒の線が碁盤の目のように走っている。
「映姫様、それなんです?」
「これはですね、小町とやってみようと思って持ってきた物です。」
小町の先の言葉に何やらしょげていた映姫は、途端に割と薄いめである胸を張って、持っていた物を地面に置いた。
「なんですか、これ。」
「オセロです。」
「や、名前だけじゃ何がなんだかあたいはわかりませんって。」
そこからしばらく、映姫はこれがどういった物なのかを説明し始める。
説明とはいえ、実に単純だったためすぐに終わったのだが。
「じゃ、あたいが黒で。」
「私が白。」
「でも映姫様。」
「?」
「能力使わないで下さいよ?」
小町は困ったような顔で言う。
白黒争うこの遊びに、映姫の能力はあまりに適し過ぎている。
「使いません。当たり前です。じゃないと、」
「じゃないと?」
「貴女と遊びに興じ、ゆっくり、話すこともできやしない。」
その言葉を聞いた小町は、今度自分に暇ができた時に出向いてみようかと思ったのだった。
確かに、これは暇潰し。
けども、何か大切なことのように感じられるのだ。
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オセロは弱いから苦手だ…