薄桃色の花びらが舞う本日、私は魔法の森を歩いていた。
目的はごくシンプル、引きこもってばかりいる知り合いを外に連れ出すためだ。
「…しかし、こんな辺鄙なところで住んでちゃ、苦労しないのか」
知り合いの住処兼仕事場の前で呟くと、開いてるであろうドアノブに手を掛け中に入る。
「霖之助、いるか?」
店内は蛻の殻、何時もならば目の前のカウンターで不機嫌そうな顔で不機嫌そうな声で迎えるはずなのに。
「…奥かー?」
しかし居ない。
珍しい、あの引きこもりが留守とは。
だがこの際ここに少し居座り霖之助が帰ってくるまで待とうか。
「よっこらっせっと」
そうと決め込み、私は霖之助が何時も座っている椅子に座り込み周りをぐるりと見渡す。
見たこともないし使い方も分からないような道具が雑然と並ぶ店内。
霖之助はこの店を何時もどのような目で見ているのだろうか、と言う興味がわく。
そして椅子を回し、窓を開け外に佇む白い桜を見やる。
「…ここから見えるのか」
以前何度か耳にした事はあったがここまで白いとは思わなかった。
しかしながら何時もの色を見慣れている者の目にはやはり驚かざるを得ない。
霖之助はどう思っているんだろう、あの桜を毎年見て。
「…やれやれ、買い物とは言えやはり辛いな」
そう思っていた矢先、店の呼び鈴を鳴らしこの店の店主、森近霖之助が帰宅した。
「おや霖之助、今帰ったのか」
「ん、慧音か、いらっしゃい」
霖之助は荷物を奥に置いてくると自分の場所である椅子に座っている私に問いかける。
「そう言えば何時来たんだ」
「あれは今から36万…いや、1万4000分前だったか…」
「知らないよ」
「お前が聞いたんだろう」
私は霖之助に椅子を譲り彼の膝に座り、背を霖之助の胸に預ける。
「…何で膝に座るんだ」
「良いじゃないか、減るか?」
「…減らないよ」
開け放たれた窓から流れ込む春の陽気を浴びながら私は霖之助に一つだけ質問をした。
「なぁ霖之助、お前こんなところで暮らしていけるのか?」
「随分な質問だね、現に僕は暮らしてるじゃないか」
「そうか、そうだったな」
私は一頻り笑うと目を閉じる。
眠るわけじゃない、ただ少し閉じるだけだ。
「…なぁ霖之助、里に戻らないか」
前々から思っていた事が、思わず口に出た。
「戻る気は、無いなぁ」
ゆっくりと吐き出される霖之助の言葉に若干失望しながら、私は続ける。
「こんな辺鄙な場所、何が良いんだ?」
「無縁塚に近いから、僕の仕事がやりやすいだけだよ」
「…そうか」
仕事がしやすいと言ってもやはり危険地帯じゃないのか、と言う疑問が浮かんだが、霖之助の事だ、そこら辺は百も承知なのだろう。
「そう言えば、君がはじめてここに来た時を思い出すよ」
「ん?はじめて来た時?」
「あぁ、君は僕の顔を見るなり『里に戻ってこい』と怒鳴ったじゃないか」
「そんなことあったなぁ」
まぁ、怒鳴った記憶はあるにはある、だが怒鳴らせたのは霖之助だ。
その事を話すと霖之助はとぼけた顔で聞き返す。
「僕のせいって、どういうことだ?」
「置き手紙だ、置くだけ置いて顔も出さずに出て行くなんて、何が『自愛を祈る』だ、私よりも虚弱な体して」
「…そんなキザな事書いたかな」
「あぁ書いてあったぞ、全文読みあげてやろうか?」
「ごめんよ、止めてくれ」
「ふん、まぁ良い」
私は頭にのっけていた帽子を机の上に置き、霖之助の体に自分の体を預けた。
「…寂しかったんだぞ、お前が出て行ってから、ずっと」
「ごめんよ…とは言えないけど、分かっていたつもりさ」
「ふん、口じゃどうとでも言える」
霖之助は黙りこみ、私の頭に手を置き髪の毛を撫でる。
男らしくない、まるで少女が花を摘むように優しく。
数回ほど往復させた後、霖之助はようやく口を開いた。
「…慧音、少し退いてくれないかな」
「ん?あぁ」
私が膝の上から退くと霖之助は買い物袋を漁り、中から箱の様なものを取り出した。
「少し、表に出ようか」
何時もの霖之助らしくない一言を聞いて、私は戸惑いつつ、彼の後を追う。
「…何をするんだ」
「まぁまぁそう急かさない急かさない」
霖之助はあの白い桜の元へ私を連れて行き、木の根もとに立たせた。
「少し待ってくれるかな」
そう言って霖之助は何処から取り出したのか三脚を据え付け、先程の箱の様なものを取り付ける。
「…うん、これで良し」
その言葉と共に霖之助が取り付けた箱の一部が赤く点滅し始めた。
霖之助は少し急いで私の隣へと立つ。
「な、なぁ…あれは何なんだ?」
「まぁまぁ、見ててごらん」
その言葉と同時に、箱は眩い光を放ち、私の目をくらませる。
「…何だったんだ?」
「うん、良し」
霖之助は箱に近寄り、何かを弄っていた。
そして何かを引っ張り出し、私の元へ近づく。
「…何だ、それは」
「写真だよ、天狗に珍しい道具と引き換えに使い方を教えてもらった」
それは確かに新聞で見かける様な写真で、私と霖之助が並んで映っていた。
「…インスタントだから、画質は良くないだろうけど」
言いながら、霖之助は写真を慎重に二つに裂き、片方を私に押し付ける。
「これでも、寂しいかい?」
差し出された片方は、霖之助が写り、私に笑顔を向けていた。
「…いや、十分だ」
「そうか、それは良かった」
そう言いながら霖之助は私が写っているだろう片方を胸のポケットへしまい終えると、私に手を差し伸べる。
「さ、余り長く外に居たくない、戻ろう」
「…あぁ」
私は霖之助の手を握り、店へと戻った。
自宅へ帰りついた後、私は写真をもう一度見直した。
白い桜の花びらが舞う中で、霖之助は私に向かって微笑んでいる。
『これでも、寂しいかい』
霖之助の言葉を反芻しながら、一人呟く。
「寂しくないぞ、霖之助」
私は写真を自分の筆入れに収め、タンスにしまいこんでいた別れの置き手紙を取り出した。
封筒から手紙を取り出し、ざっと眺める。
『拝啓 上白沢慧音殿』
霖之助らしい几帳面な字で始まり
『自愛を祈る 森近霖之助』
で終わるその手紙は、誰がどう見たって、飾りすぎだと思う。
「やっぱり、キザな奴だ、ふふ」
微笑みながら、手紙を丁寧に折りたたみ封筒に収め、元の場所へ戻す。
「…もう、寂しくない」
それだけ呟き、私は外を見やる。
春の霞んだ蒼い空に、薄桃色の桜が舞う晴れた日だった。
花見を開けば、さぞ楽しいだろう。
目的はごくシンプル、引きこもってばかりいる知り合いを外に連れ出すためだ。
「…しかし、こんな辺鄙なところで住んでちゃ、苦労しないのか」
知り合いの住処兼仕事場の前で呟くと、開いてるであろうドアノブに手を掛け中に入る。
「霖之助、いるか?」
店内は蛻の殻、何時もならば目の前のカウンターで不機嫌そうな顔で不機嫌そうな声で迎えるはずなのに。
「…奥かー?」
しかし居ない。
珍しい、あの引きこもりが留守とは。
だがこの際ここに少し居座り霖之助が帰ってくるまで待とうか。
「よっこらっせっと」
そうと決め込み、私は霖之助が何時も座っている椅子に座り込み周りをぐるりと見渡す。
見たこともないし使い方も分からないような道具が雑然と並ぶ店内。
霖之助はこの店を何時もどのような目で見ているのだろうか、と言う興味がわく。
そして椅子を回し、窓を開け外に佇む白い桜を見やる。
「…ここから見えるのか」
以前何度か耳にした事はあったがここまで白いとは思わなかった。
しかしながら何時もの色を見慣れている者の目にはやはり驚かざるを得ない。
霖之助はどう思っているんだろう、あの桜を毎年見て。
「…やれやれ、買い物とは言えやはり辛いな」
そう思っていた矢先、店の呼び鈴を鳴らしこの店の店主、森近霖之助が帰宅した。
「おや霖之助、今帰ったのか」
「ん、慧音か、いらっしゃい」
霖之助は荷物を奥に置いてくると自分の場所である椅子に座っている私に問いかける。
「そう言えば何時来たんだ」
「あれは今から36万…いや、1万4000分前だったか…」
「知らないよ」
「お前が聞いたんだろう」
私は霖之助に椅子を譲り彼の膝に座り、背を霖之助の胸に預ける。
「…何で膝に座るんだ」
「良いじゃないか、減るか?」
「…減らないよ」
開け放たれた窓から流れ込む春の陽気を浴びながら私は霖之助に一つだけ質問をした。
「なぁ霖之助、お前こんなところで暮らしていけるのか?」
「随分な質問だね、現に僕は暮らしてるじゃないか」
「そうか、そうだったな」
私は一頻り笑うと目を閉じる。
眠るわけじゃない、ただ少し閉じるだけだ。
「…なぁ霖之助、里に戻らないか」
前々から思っていた事が、思わず口に出た。
「戻る気は、無いなぁ」
ゆっくりと吐き出される霖之助の言葉に若干失望しながら、私は続ける。
「こんな辺鄙な場所、何が良いんだ?」
「無縁塚に近いから、僕の仕事がやりやすいだけだよ」
「…そうか」
仕事がしやすいと言ってもやはり危険地帯じゃないのか、と言う疑問が浮かんだが、霖之助の事だ、そこら辺は百も承知なのだろう。
「そう言えば、君がはじめてここに来た時を思い出すよ」
「ん?はじめて来た時?」
「あぁ、君は僕の顔を見るなり『里に戻ってこい』と怒鳴ったじゃないか」
「そんなことあったなぁ」
まぁ、怒鳴った記憶はあるにはある、だが怒鳴らせたのは霖之助だ。
その事を話すと霖之助はとぼけた顔で聞き返す。
「僕のせいって、どういうことだ?」
「置き手紙だ、置くだけ置いて顔も出さずに出て行くなんて、何が『自愛を祈る』だ、私よりも虚弱な体して」
「…そんなキザな事書いたかな」
「あぁ書いてあったぞ、全文読みあげてやろうか?」
「ごめんよ、止めてくれ」
「ふん、まぁ良い」
私は頭にのっけていた帽子を机の上に置き、霖之助の体に自分の体を預けた。
「…寂しかったんだぞ、お前が出て行ってから、ずっと」
「ごめんよ…とは言えないけど、分かっていたつもりさ」
「ふん、口じゃどうとでも言える」
霖之助は黙りこみ、私の頭に手を置き髪の毛を撫でる。
男らしくない、まるで少女が花を摘むように優しく。
数回ほど往復させた後、霖之助はようやく口を開いた。
「…慧音、少し退いてくれないかな」
「ん?あぁ」
私が膝の上から退くと霖之助は買い物袋を漁り、中から箱の様なものを取り出した。
「少し、表に出ようか」
何時もの霖之助らしくない一言を聞いて、私は戸惑いつつ、彼の後を追う。
「…何をするんだ」
「まぁまぁそう急かさない急かさない」
霖之助はあの白い桜の元へ私を連れて行き、木の根もとに立たせた。
「少し待ってくれるかな」
そう言って霖之助は何処から取り出したのか三脚を据え付け、先程の箱の様なものを取り付ける。
「…うん、これで良し」
その言葉と共に霖之助が取り付けた箱の一部が赤く点滅し始めた。
霖之助は少し急いで私の隣へと立つ。
「な、なぁ…あれは何なんだ?」
「まぁまぁ、見ててごらん」
その言葉と同時に、箱は眩い光を放ち、私の目をくらませる。
「…何だったんだ?」
「うん、良し」
霖之助は箱に近寄り、何かを弄っていた。
そして何かを引っ張り出し、私の元へ近づく。
「…何だ、それは」
「写真だよ、天狗に珍しい道具と引き換えに使い方を教えてもらった」
それは確かに新聞で見かける様な写真で、私と霖之助が並んで映っていた。
「…インスタントだから、画質は良くないだろうけど」
言いながら、霖之助は写真を慎重に二つに裂き、片方を私に押し付ける。
「これでも、寂しいかい?」
差し出された片方は、霖之助が写り、私に笑顔を向けていた。
「…いや、十分だ」
「そうか、それは良かった」
そう言いながら霖之助は私が写っているだろう片方を胸のポケットへしまい終えると、私に手を差し伸べる。
「さ、余り長く外に居たくない、戻ろう」
「…あぁ」
私は霖之助の手を握り、店へと戻った。
自宅へ帰りついた後、私は写真をもう一度見直した。
白い桜の花びらが舞う中で、霖之助は私に向かって微笑んでいる。
『これでも、寂しいかい』
霖之助の言葉を反芻しながら、一人呟く。
「寂しくないぞ、霖之助」
私は写真を自分の筆入れに収め、タンスにしまいこんでいた別れの置き手紙を取り出した。
封筒から手紙を取り出し、ざっと眺める。
『拝啓 上白沢慧音殿』
霖之助らしい几帳面な字で始まり
『自愛を祈る 森近霖之助』
で終わるその手紙は、誰がどう見たって、飾りすぎだと思う。
「やっぱり、キザな奴だ、ふふ」
微笑みながら、手紙を丁寧に折りたたみ封筒に収め、元の場所へ戻す。
「…もう、寂しくない」
それだけ呟き、私は外を見やる。
春の霞んだ蒼い空に、薄桃色の桜が舞う晴れた日だった。
花見を開けば、さぞ楽しいだろう。
けどまぁそれが霖之助らしいのかな?
でも無骨さの所々に垣間見える優しさ、慧音先生にはこれは効くだろうなぁ。
何かすっごい分かるなぁ……
ちなみに自分は写真に撮られるのがすっごい嫌いです。どれくらい嫌いかというと修学旅行で集合写真以外に一枚も写ってないぐらい。
>実は花見編も書いたんだが
待つぜー超待つぜー。wktk。
けーね先生可愛かったです。
霖之助さんカッケーっす!