鮮烈な目覚めだった。
思えば、いつだって目覚めは鮮烈だったのだけれど、だからこそ突き抜けるような覚醒が身の内より弾けて、己を取り巻く世界を一瞬で塗り替えていく様は、油絵の上に絵の具を重ねていくように、やはり間違いなく過去最高の彩りだった。
今年も自己ベスト。世界記録更新。悠久の昔より一度もたゆまぬ破竹の快進撃。
だってあの空を見ろ。こんなにも澄んだ。
したがって、革命だ。
ほら、風が吹いているから。全く新しい風が、足元で産声を上げたと思ったそばから巻いて吹き上がる。
最早古く淀んだ空気を駆逐せよ、今ここから空も土も水も光も、全ては新しく生まれ変わる。
これを革命と呼ばずして、何が革命か?
したがって、革命だ。
だから、私は旗を掲げよう。私がジャンヌ=ダルクだ。
機は熟した、征け!
雄叫びは私の胸から、頭の芯から世界へと轟いて、私の中へと再びこだまする。何度も何度もこだまする。
私は反芻する。
機は熟した、征け!
こんこんと止む事無く湧き出る熱い衝動は、髪の毛の一本一本に渡るまでひたひたと音を立てて私を満たす。否、髪の毛の一本一本に渡るまでの全てが枯れる事無き泉であって、情動が心の内より出ずるものであるのならば、心がどこにあるのかなどという問いがいかにくだらないものかがよくわかる。心とは体の隅々までくまなく存在するものであって、そもそも心と体はイコールだ。何故分かつ?
掌を空に掲げる。燦と燃える太陽の光に透ける、骨、腱と血管。流れる血潮と、それにのってぐるぐると私の細胞一つ一つを巡る歓喜を感じる。
そう、細胞一つ一つがそれぞれあます事無く私で、そんな私の集まりが私で、全にして一、一にして全な私たちの私が堪え切れずに叫ぶ声。
機は熟した、征け! 機は熟した、征け! 機は熟した、征け!
ぐるり世界を見渡す。革新の期待に満ちた世界が私を待っている。
鼻から息を吸い込む。この、新しい空気を目いっぱいに。満ちる。満ちた。五臓六腑に沁みた。
吸ったら吐かなければならぬ。それで、私はついに鬨の声を上げたのだ。敢然と、世界に対して突きつける宣戦布告。
「春ですよーっ!!」
いかにも、革命の女神にして無敵の将軍たる私の進軍は連戦連勝、ただの一瞬たりとも妨げられる事無く、まさしく風の如く全てを蹂躙してゆく。
くすんだ灰色の空気に殺がれていた陽光のなんと麗らかな事か。最早冷たく重く粘る冬の空気は吹き散らされて、色彩の鮮やかさを思い出した世界のこの輝きはどうだ。
陽は照らせ。空は澄め。風は踊れ。雲は遊べ。土は蠢け。川は走れ。花は咲け。草は芽吹け。樹は囁け。
とりどりの生命は、歓喜の凱歌を歌え。
春が来た。春が来た。
我が春の前に輝かぬ生命は許すまじ。
だから、私は春を宣告して回る。全世界が春に降伏するその時まで。
今にも笑い出しそうな、膨らみ切った桜のつぼみに。
「春ですよーっ!」
くるくると回りながら川面を滑る、出来損ないの笹舟に。
「春ですよーっ!」
平べったい石をひっくり返すと、不愉快そうに丸まっているだんご虫に。
「春ですよーっ!」
自らの存在意義に悩む哲学家の賽銭箱に眠る、サイダー壜の蓋に。
「春ですよーっ!」
あまねく申し渡す容赦無き春。次々と湧き起こる歓喜の歌。私の胸は震える。
今年の春は、最高の春だよ!
去年の春も最高の春だったけど、今年の春はもっと最高の春だよ!
合わせ鏡のように、私の内と外で反射して連鎖してゆく春の喜びは、いつしか耐え切れずに目元から頬を伝って流れ出す。
春ですよ。今年も春が来ましたよ。
ええ、とても素敵な春ですよ。
勝利、完全なる勝利、敗者はいないけれども。完璧に勝利。
ああ、これ程に喜びに満ち溢れて今年も私は征く。
抑え切れずきらきらと陽の光を反射しながらこぼれ続けるこの感情は、やはり希望と呼ぶのだろう。
全世界に、この希望を満たすまで、私は春を告げ続ける。
南から、北へ。
西から、東へ。
リリーホワイトが、春を届けに来ましたよ。
リリーホワイトが、希望を届けに来ましたよ。
届け、春!
届け、希望!
リリーホワイトですけどッ!
ひぇぇ
慧音先生にご出動願いました。
ホワイトリリー