※注意
八月の設定です。
許容出来る方は↓よりどうぞ。
日光が容赦なく幻想郷を照らす葉月の中頃。
僕は何時もの様に店番という名の読書に時間を費やしていた。
店の中は何時もに比べ幾分か暑いが、それ程暑いという訳ではない。
僕が住んでいる魔法の森は、木々が日光を防ぎ、自然と避暑地の様になるのだ。入り口付近である此処は少しその効果が薄いが、それでもまだマシな方だろう。
日光を覆う物が無い里よりはずっと、だ。
こんな日には日傘が欲しくなるだろう。売りに行けば結構な利益が見込めそうだが……って、日傘の材料は修理に使ったんだっけか。
「……ふぅ」
一息吐き、栞を挟んで本を閉じた。
「やれやれ……集中できないな」
何時もよりは暑いからだろうか。気が付くと僕はそう呟きながら扇子を取り出し、自分を扇いでいた。
この扇ぐという動作。涼を求める為の行動なのだが、実は非常に効率が悪い。というのも、自身が涼めるだけの風を出そうと扇げば、それだけ自身の力を消費する。結果その場は涼めても、後々それ以上の暑さに見舞われる事になる。一つを減らしても二つが足されれば結果的に足されるのと同じ事だ。
しかし、そうまで分かっていて僕がこの動作を止めないのは……矢張り、その場しのぎでも涼みたいのだろう。顔に心地良い風を感じながらそんな事を考える。
後々井戸水に足でも浸けようか。そんな事をふと思った時だった。
――カランカラッ。
この暑さの中、此処までやって来た者の存在を、扉の鈴が告げた。
「ん、いらっしゃ……」
音を聞き扉の方へ目を向けるが、しかしそこには人の影は無い。
目を向けた先にあるのは、見慣れた店内だ。
ただ一点、中央部がぐねりと歪んでいる事を除けば、だが。
「おや、君か」
陽炎にも見えるそれの正体は知っている。
僕がそう言うと、歪みは景色との境界を作り出し、次に色彩を持つ。
そして歪みの下から現れたのは、僕が思っていた通りの妖怪の姿だった。
「やっ、旦那」
歪み……即ち光学迷彩を解除した少女、にとりはそう言うと、僕の所までやって来た。
「こんな暑い中わざわざ此処まで来るとは、今日はどういった用かな?」
「ん? いや、ちょっと旦那に頼みがあってね」
「頼み?」
「うん」
「……まぁ、余程無理な要望じゃない限り聞くよ」
客じゃない事に若干落ち込みながら、僕は彼女の言に耳を傾けた。
「今日さ、里で祭りがあるじゃないか」
「祭り……あぁ、そういえばそうだね」
毎年恒例の夏祭りはこの時期に行われる。確か今日の夕方からだったと僕は記憶している。
この暑い中、せめて楽しんで暑さを忘れよう、そんな考えもあるのかもしれない。
「で、私も行ってみたいんだよ、その祭りとやらにさ」
「行ってみたい……という事は、今まで言った事は無かったのかい?」
「うん……私人見知りだし」
「……確かに、ね」
此処に来るまでも光学迷彩を常に纏っている事からもそれは分かる。
「でも、それじゃあ駄目だと思って、今年は行こうと思うんだ」
「ほう」
「だけどやっぱり私一人じゃ不安なんだ……」
「だから僕に同行してほしい、という事かい?」
「……うん。椛は哨戒の仕事で行けないし、こんな事頼めるのは旦那しかいないんだ」
「……フム」
考える。
丁度暑いと思っていた所だ。祭りに参加して涼を得るのも良いかもしれない。騒がしいのも……まぁ、偶には悪くない。
それに、商人として河童との繋がりは大きな武器になるだろう。ここで借りを作っておけば河童の道具が手に入るかもしれない。
まぁ道具云々を抜きにしても、霊夢や魔理沙といった他の友人ではなく、僕を頼ってくれたというのが純粋に嬉しかったりもする。
頼られた以上は、期待には応えなくてはならないだろう。
「……ま、それくらいなら構わない、かな」
「ほ、ホントかい!? 有難う旦那!」
「あぁ……こちらこそ、誘ってくれて有難う、かな? 嬉しいよ」
「ぇ、う、嬉しい?」
「ん? あぁ」
「そっか……えへへ」
僕がそう言うと、にとりは頬を抑えた。暑いのだろうか、その頬は僅かに染まっていた。
「フム……しかし」
「へ?」
「君、その格好で行くつもりかい?」
そう言って、にとりの服装を指摘する。
来店した時と同じで、にとりは光学迷彩を身に付けている。
人に慣れるというのが目的なら、これを使用する訳にはいかない。
かといってこの作業服の様な服装は目立つ。目線が気になって慣れる所ではないだろう。
「あー……失念してたね」
「やれやれ……」
にとりは椛君とよく将棋をするそうだが、6:4でにとりが負ける事が多いらしい。
理由は詰めの甘さだとか。
その事が出ているな、等と思いつつ、僕は溜息を吐きながら腰を上げた。
「奥へ来てくれ。仕入れた浴衣が何着かある」
「おぉ! それはいいね!」
「全く君は……」
早く行こうと急かす彼女を尻目にやれやれと溜息を吐きながら、僕は奥へと足を進めた。
***
「ふわぁ……これが祭りかぁ……」
「……矢張り、喧騒の中にいるのはどうも心地良いものではないな」
日が傾き、夏の暑さも和らぐ頃、僕とにとりは祭りが行われる里へと到着していた。
里全体で行われる祭りというだけあって、全体が活気付いている。あちらこちらが騒がしいが、まぁそれは祭りである以上仕方が無い。
「……ねぇ、旦那」
「ん、何だい?」
「やっぱりこの浴衣……変じゃないかい?」
そう言って、にとりはくるりと後ろを向き、肩越しに此方にちろりと目を向ける。
店の中で選んだ浴衣は外から入ってきたもので、淡い緑色の浴衣だ。
彼女の青い髪と相まって、とてもよく似合っている。
その青い髪の頭部だが、あの帽子は被っていない。河童だから皿があると思ったが、帽子の下に皿は無かった。
何でもにとり曰く、『顔を覆う形のゴーグルを開発してた河童が、テスト後岸に上がった時にそれを頭の上に外した。それを見た人間が「河童の頭には皿がある」と伝えた』らしい。
あの帽子は頭部用の光学迷彩らしい。
「変じゃないよ。そんな心配はしなくていい」
「う、うん……でも、こういう服を着るのは初めてだから、ちょっと不安でね」
「何も不安を感じる事は無い。似合っているさ」
「……ほ、ホントに?」
「似合うと思ったからこそ、僕はその色を推したんだ。嘘を言う筈が無いだろう」
そこまで言うと、にとりは再び体の向きを変えた。
「……そーだね。うん。旦那を信じるよ」
言って、にとりは僕の手を取った。
「さ、行こっか旦那。ここで話してても始まんないし」
「あぁ」
「あ、それと……」
「?」
「……はぐれちゃ駄目だから、手、離さないでね」
「了解……」
ぎゅうと握られた手を握り返し、僕は喧騒の中へ入り込んだ。
***
「ゎ、旦那旦那、あれってさ」
「ん? あぁ、風鈴か」
「綺麗だねぇ……見た目も音もさ」
「まぁね……だが、君達河童の技術ならもっと凄い物が作れるだろう?」
「んーん。河童の中には硝子細工ができる奴なんていないよ。皆機械ばっかりさ」
「ほう、そうなのかい」
「うん。だから盟友達のこういう技術は素直に凄いと思うよ。だからこの後の花火も楽しみなんだ」
◆◆◆
「ぉ? 射的なんてあるんだね」
「弾幕ごっこをしている君達は毎日している様な物だと思うがね」
「ん~……違いないね。旦那はしないのかい?」
「止めておくよ」
「ふーん。射的は苦手かい?」
「……まぁ、そんな所だよ」
◆◆◆
「……ねぇ旦那、これって」
「イカ焼き……か」
「いらっしゃ……って、あら、霖之助さん」
「……意外だな。君が店番かい? 紫」
「えぇ。偶には良いかと思いまして。お一つ如何です? 外の世界の出店ではメジャーな食べ物ですのよ?」
「じゃあ、二つ貰おうか」
「はい、どうぞ。霖之助さんも私を見習ってもっと商売に勤しんだらどうですか?」
「十分勤しんでるよ。客が来ないだけでね」
「ん! 旦那旦那、これ美味しいよ!」
「そうかい」
「それは良かったわ」
◆◆◆
「お、霖の字じゃないか。奇遇だね」
「小町……仕事はいいのかい?」
「年に一度の祭りだよ?来なきゃ損だよ。それより……」
「……な、何?」
「霖の字……何時の間にこんな可愛らしい彼女こさえたんだい?」
「旦那とはそんな関係じゃないよ」
「彼女曰く、半盟友だ」
「ふふふ、隠さなくてもいいよ霖の字。全部分かってるからさ」
「君は本当に人の話を聞かないな」
「ハハハ……嘘々、ぜーんぶ分かってるって。んじゃ、アタイはもう行くよ」
「あぁ、行っておいで」
「ふふーん。お? イカ焼き……? 珍しいね! ちょっと……」
「審判『ラストジャッジメント』」
「イ゙ェアアアア!!!」
「「あ」」
***
「……さて、ここらでいいか」
「うん、そーだね」
空から茜は消え、代わりに黒が押し寄せる。
星も出始めた頃、僕とにとりは近くの仮設式の長椅子に腰掛けた。
「もうすぐ花火かぁ……」
先程買った綿菓子を頬張りながら、にとりはそう呟く。
「楽しみかい?」
「うん。近くで見るのは初めてだからね」
「まぁ、花火自体は山からでも見れるだろうしね」
全体が見えるという意味では、山の方が見栄えは良いかもしれないが。
「……あのさ、旦那」
「ん?」
「今日はありがとね。付き合ってもらっちゃってさ」
「何、気にする事は無いさ」
そう言うと、にとりはそっかそっかと笑いながら、再び綿菓子を頬張った。
「今日は楽しかったよ。機械弄りと同じくらい楽しかった」
「それは重畳……」
僕がそう答えた時、ふと前方の空に、尾を引き上ってゆく光が見えた。
「あぁ、始まったか」
「ふぇ?」
僕の呟きを聞き、綿菓子に齧り付いていたにとりは此方を振り向いた。
そしてそれとほぼ同時に、空に大輪の花が咲いた。
「ひゅいぃいっ!?」
僕の方に気を取られていたにとりは突然の事に驚いた様だが、まぁ気にする程の事ではないだろう。
「び……吃驚したぁ~……始まったなら言ってよ旦那!」
「悪い悪い、僕も先程気付いた所でね」
そんな事を話してる内に、二輪目の空の花が咲いた。
「ふわぁ……これだけ近いと迫力あるね」
「まぁ、ね。君達なら空を飛んでもっと近くに行けるのだろうが」
「あはは、私はとても無理だね。そんな怖い事」
そんな事を話しながら、暫し二人、花火を観賞していた。
「……ねぇ、旦那」
そして花火も終盤に差し掛かった時、にとりがふと呟いた。
「何だい」
「旦那はさ、今日来て良かった?」
「……何でそんな事を?」
「いや、何だか半ば無理矢理付き合わせちゃった感じがあるからさ……」
「……ハァ」
その言葉を聞き、自然と口から溜息が漏れる。
「にとり」
「……何だい?」
「僕は君に祭りに誘われた時、嬉しかったよ」
「へっ? う、嬉し……」
「それだけ言えば分かると思うんだがね」
それだけ言い、僕は再び花火に意識を向けた。
「……嬉しかった、かぁ」
そう呟くと、にとりは暫く黙った後、
「そっかそっか……ふふ」
と呟き、祭りの始まりからずっと握っていた手をぎゅうと握りなおした。
「いや、悪かったよ旦那。こういう場でそういう事を聞くのは野暮ってものだね」
「やれやれ……全くだよ。久しぶりの祭りを楽しんでいたのに興がそがれた。友人に誘ってもらえれば嬉しいし、誘った方からそんな事を言われれば面白くも無い」
「悪かったって」
「全く……次からは気をつけてくれ」
僕がそう言ったのと同時に、今年最後の空の花が花弁を広げ、夜の黒に消えていった。
「む、花火は終わったか」
「ん、だね」
「さて、と……そろそろ帰ろうと思うんだが?」
「そうだね。今日は色々あって疲れたよ……きゅうり食べて早く寝よ……」
そんな事を話しながら長椅子を立ち、里の出口へと向かい歩き出す。
「さて……人見知りは治ったかい?」
「んー……微妙だね。やっぱり知らない人に囲まれたら不安だし」
「そうかい」
「……あ、ねぇ旦那。来年の祭りも頼んでいいかい?」
「何故」
「だって、旦那の傍って凄い安心するんだ。今日落ち着いてたのも旦那が一緒だったからだよ」
「それはどうも」
「だから良いでしょ? 来年のお祭りも一緒に行こ!」
「騒がしいのは御免だよ」
「そんな事言って、誘われて嬉しいんだろ?」
「……肯定はしない。だが否定もしないよ」
「ふふ、素直じゃないなぁ、旦那は」
そんな事を話しながら、僕達は香霖堂へと足を進めた。
八月の設定です。
許容出来る方は↓よりどうぞ。
日光が容赦なく幻想郷を照らす葉月の中頃。
僕は何時もの様に店番という名の読書に時間を費やしていた。
店の中は何時もに比べ幾分か暑いが、それ程暑いという訳ではない。
僕が住んでいる魔法の森は、木々が日光を防ぎ、自然と避暑地の様になるのだ。入り口付近である此処は少しその効果が薄いが、それでもまだマシな方だろう。
日光を覆う物が無い里よりはずっと、だ。
こんな日には日傘が欲しくなるだろう。売りに行けば結構な利益が見込めそうだが……って、日傘の材料は修理に使ったんだっけか。
「……ふぅ」
一息吐き、栞を挟んで本を閉じた。
「やれやれ……集中できないな」
何時もよりは暑いからだろうか。気が付くと僕はそう呟きながら扇子を取り出し、自分を扇いでいた。
この扇ぐという動作。涼を求める為の行動なのだが、実は非常に効率が悪い。というのも、自身が涼めるだけの風を出そうと扇げば、それだけ自身の力を消費する。結果その場は涼めても、後々それ以上の暑さに見舞われる事になる。一つを減らしても二つが足されれば結果的に足されるのと同じ事だ。
しかし、そうまで分かっていて僕がこの動作を止めないのは……矢張り、その場しのぎでも涼みたいのだろう。顔に心地良い風を感じながらそんな事を考える。
後々井戸水に足でも浸けようか。そんな事をふと思った時だった。
――カランカラッ。
この暑さの中、此処までやって来た者の存在を、扉の鈴が告げた。
「ん、いらっしゃ……」
音を聞き扉の方へ目を向けるが、しかしそこには人の影は無い。
目を向けた先にあるのは、見慣れた店内だ。
ただ一点、中央部がぐねりと歪んでいる事を除けば、だが。
「おや、君か」
陽炎にも見えるそれの正体は知っている。
僕がそう言うと、歪みは景色との境界を作り出し、次に色彩を持つ。
そして歪みの下から現れたのは、僕が思っていた通りの妖怪の姿だった。
「やっ、旦那」
歪み……即ち光学迷彩を解除した少女、にとりはそう言うと、僕の所までやって来た。
「こんな暑い中わざわざ此処まで来るとは、今日はどういった用かな?」
「ん? いや、ちょっと旦那に頼みがあってね」
「頼み?」
「うん」
「……まぁ、余程無理な要望じゃない限り聞くよ」
客じゃない事に若干落ち込みながら、僕は彼女の言に耳を傾けた。
「今日さ、里で祭りがあるじゃないか」
「祭り……あぁ、そういえばそうだね」
毎年恒例の夏祭りはこの時期に行われる。確か今日の夕方からだったと僕は記憶している。
この暑い中、せめて楽しんで暑さを忘れよう、そんな考えもあるのかもしれない。
「で、私も行ってみたいんだよ、その祭りとやらにさ」
「行ってみたい……という事は、今まで言った事は無かったのかい?」
「うん……私人見知りだし」
「……確かに、ね」
此処に来るまでも光学迷彩を常に纏っている事からもそれは分かる。
「でも、それじゃあ駄目だと思って、今年は行こうと思うんだ」
「ほう」
「だけどやっぱり私一人じゃ不安なんだ……」
「だから僕に同行してほしい、という事かい?」
「……うん。椛は哨戒の仕事で行けないし、こんな事頼めるのは旦那しかいないんだ」
「……フム」
考える。
丁度暑いと思っていた所だ。祭りに参加して涼を得るのも良いかもしれない。騒がしいのも……まぁ、偶には悪くない。
それに、商人として河童との繋がりは大きな武器になるだろう。ここで借りを作っておけば河童の道具が手に入るかもしれない。
まぁ道具云々を抜きにしても、霊夢や魔理沙といった他の友人ではなく、僕を頼ってくれたというのが純粋に嬉しかったりもする。
頼られた以上は、期待には応えなくてはならないだろう。
「……ま、それくらいなら構わない、かな」
「ほ、ホントかい!? 有難う旦那!」
「あぁ……こちらこそ、誘ってくれて有難う、かな? 嬉しいよ」
「ぇ、う、嬉しい?」
「ん? あぁ」
「そっか……えへへ」
僕がそう言うと、にとりは頬を抑えた。暑いのだろうか、その頬は僅かに染まっていた。
「フム……しかし」
「へ?」
「君、その格好で行くつもりかい?」
そう言って、にとりの服装を指摘する。
来店した時と同じで、にとりは光学迷彩を身に付けている。
人に慣れるというのが目的なら、これを使用する訳にはいかない。
かといってこの作業服の様な服装は目立つ。目線が気になって慣れる所ではないだろう。
「あー……失念してたね」
「やれやれ……」
にとりは椛君とよく将棋をするそうだが、6:4でにとりが負ける事が多いらしい。
理由は詰めの甘さだとか。
その事が出ているな、等と思いつつ、僕は溜息を吐きながら腰を上げた。
「奥へ来てくれ。仕入れた浴衣が何着かある」
「おぉ! それはいいね!」
「全く君は……」
早く行こうと急かす彼女を尻目にやれやれと溜息を吐きながら、僕は奥へと足を進めた。
***
「ふわぁ……これが祭りかぁ……」
「……矢張り、喧騒の中にいるのはどうも心地良いものではないな」
日が傾き、夏の暑さも和らぐ頃、僕とにとりは祭りが行われる里へと到着していた。
里全体で行われる祭りというだけあって、全体が活気付いている。あちらこちらが騒がしいが、まぁそれは祭りである以上仕方が無い。
「……ねぇ、旦那」
「ん、何だい?」
「やっぱりこの浴衣……変じゃないかい?」
そう言って、にとりはくるりと後ろを向き、肩越しに此方にちろりと目を向ける。
店の中で選んだ浴衣は外から入ってきたもので、淡い緑色の浴衣だ。
彼女の青い髪と相まって、とてもよく似合っている。
その青い髪の頭部だが、あの帽子は被っていない。河童だから皿があると思ったが、帽子の下に皿は無かった。
何でもにとり曰く、『顔を覆う形のゴーグルを開発してた河童が、テスト後岸に上がった時にそれを頭の上に外した。それを見た人間が「河童の頭には皿がある」と伝えた』らしい。
あの帽子は頭部用の光学迷彩らしい。
「変じゃないよ。そんな心配はしなくていい」
「う、うん……でも、こういう服を着るのは初めてだから、ちょっと不安でね」
「何も不安を感じる事は無い。似合っているさ」
「……ほ、ホントに?」
「似合うと思ったからこそ、僕はその色を推したんだ。嘘を言う筈が無いだろう」
そこまで言うと、にとりは再び体の向きを変えた。
「……そーだね。うん。旦那を信じるよ」
言って、にとりは僕の手を取った。
「さ、行こっか旦那。ここで話してても始まんないし」
「あぁ」
「あ、それと……」
「?」
「……はぐれちゃ駄目だから、手、離さないでね」
「了解……」
ぎゅうと握られた手を握り返し、僕は喧騒の中へ入り込んだ。
***
「ゎ、旦那旦那、あれってさ」
「ん? あぁ、風鈴か」
「綺麗だねぇ……見た目も音もさ」
「まぁね……だが、君達河童の技術ならもっと凄い物が作れるだろう?」
「んーん。河童の中には硝子細工ができる奴なんていないよ。皆機械ばっかりさ」
「ほう、そうなのかい」
「うん。だから盟友達のこういう技術は素直に凄いと思うよ。だからこの後の花火も楽しみなんだ」
◆◆◆
「ぉ? 射的なんてあるんだね」
「弾幕ごっこをしている君達は毎日している様な物だと思うがね」
「ん~……違いないね。旦那はしないのかい?」
「止めておくよ」
「ふーん。射的は苦手かい?」
「……まぁ、そんな所だよ」
◆◆◆
「……ねぇ旦那、これって」
「イカ焼き……か」
「いらっしゃ……って、あら、霖之助さん」
「……意外だな。君が店番かい? 紫」
「えぇ。偶には良いかと思いまして。お一つ如何です? 外の世界の出店ではメジャーな食べ物ですのよ?」
「じゃあ、二つ貰おうか」
「はい、どうぞ。霖之助さんも私を見習ってもっと商売に勤しんだらどうですか?」
「十分勤しんでるよ。客が来ないだけでね」
「ん! 旦那旦那、これ美味しいよ!」
「そうかい」
「それは良かったわ」
◆◆◆
「お、霖の字じゃないか。奇遇だね」
「小町……仕事はいいのかい?」
「年に一度の祭りだよ?来なきゃ損だよ。それより……」
「……な、何?」
「霖の字……何時の間にこんな可愛らしい彼女こさえたんだい?」
「旦那とはそんな関係じゃないよ」
「彼女曰く、半盟友だ」
「ふふふ、隠さなくてもいいよ霖の字。全部分かってるからさ」
「君は本当に人の話を聞かないな」
「ハハハ……嘘々、ぜーんぶ分かってるって。んじゃ、アタイはもう行くよ」
「あぁ、行っておいで」
「ふふーん。お? イカ焼き……? 珍しいね! ちょっと……」
「審判『ラストジャッジメント』」
「イ゙ェアアアア!!!」
「「あ」」
***
「……さて、ここらでいいか」
「うん、そーだね」
空から茜は消え、代わりに黒が押し寄せる。
星も出始めた頃、僕とにとりは近くの仮設式の長椅子に腰掛けた。
「もうすぐ花火かぁ……」
先程買った綿菓子を頬張りながら、にとりはそう呟く。
「楽しみかい?」
「うん。近くで見るのは初めてだからね」
「まぁ、花火自体は山からでも見れるだろうしね」
全体が見えるという意味では、山の方が見栄えは良いかもしれないが。
「……あのさ、旦那」
「ん?」
「今日はありがとね。付き合ってもらっちゃってさ」
「何、気にする事は無いさ」
そう言うと、にとりはそっかそっかと笑いながら、再び綿菓子を頬張った。
「今日は楽しかったよ。機械弄りと同じくらい楽しかった」
「それは重畳……」
僕がそう答えた時、ふと前方の空に、尾を引き上ってゆく光が見えた。
「あぁ、始まったか」
「ふぇ?」
僕の呟きを聞き、綿菓子に齧り付いていたにとりは此方を振り向いた。
そしてそれとほぼ同時に、空に大輪の花が咲いた。
「ひゅいぃいっ!?」
僕の方に気を取られていたにとりは突然の事に驚いた様だが、まぁ気にする程の事ではないだろう。
「び……吃驚したぁ~……始まったなら言ってよ旦那!」
「悪い悪い、僕も先程気付いた所でね」
そんな事を話してる内に、二輪目の空の花が咲いた。
「ふわぁ……これだけ近いと迫力あるね」
「まぁ、ね。君達なら空を飛んでもっと近くに行けるのだろうが」
「あはは、私はとても無理だね。そんな怖い事」
そんな事を話しながら、暫し二人、花火を観賞していた。
「……ねぇ、旦那」
そして花火も終盤に差し掛かった時、にとりがふと呟いた。
「何だい」
「旦那はさ、今日来て良かった?」
「……何でそんな事を?」
「いや、何だか半ば無理矢理付き合わせちゃった感じがあるからさ……」
「……ハァ」
その言葉を聞き、自然と口から溜息が漏れる。
「にとり」
「……何だい?」
「僕は君に祭りに誘われた時、嬉しかったよ」
「へっ? う、嬉し……」
「それだけ言えば分かると思うんだがね」
それだけ言い、僕は再び花火に意識を向けた。
「……嬉しかった、かぁ」
そう呟くと、にとりは暫く黙った後、
「そっかそっか……ふふ」
と呟き、祭りの始まりからずっと握っていた手をぎゅうと握りなおした。
「いや、悪かったよ旦那。こういう場でそういう事を聞くのは野暮ってものだね」
「やれやれ……全くだよ。久しぶりの祭りを楽しんでいたのに興がそがれた。友人に誘ってもらえれば嬉しいし、誘った方からそんな事を言われれば面白くも無い」
「悪かったって」
「全く……次からは気をつけてくれ」
僕がそう言ったのと同時に、今年最後の空の花が花弁を広げ、夜の黒に消えていった。
「む、花火は終わったか」
「ん、だね」
「さて、と……そろそろ帰ろうと思うんだが?」
「そうだね。今日は色々あって疲れたよ……きゅうり食べて早く寝よ……」
そんな事を話しながら長椅子を立ち、里の出口へと向かい歩き出す。
「さて……人見知りは治ったかい?」
「んー……微妙だね。やっぱり知らない人に囲まれたら不安だし」
「そうかい」
「……あ、ねぇ旦那。来年の祭りも頼んでいいかい?」
「何故」
「だって、旦那の傍って凄い安心するんだ。今日落ち着いてたのも旦那が一緒だったからだよ」
「それはどうも」
「だから良いでしょ? 来年のお祭りも一緒に行こ!」
「騒がしいのは御免だよ」
「そんな事言って、誘われて嬉しいんだろ?」
「……肯定はしない。だが否定もしないよ」
「ふふ、素直じゃないなぁ、旦那は」
そんな事を話しながら、僕達は香霖堂へと足を進めた。
浴衣姿のにとり…悪くない、それどころか良い。
そして小町のお約束も健在ってわけですか、ナイスです。
こんな時に気分転換出切るssは素直に嬉しいよ。
大丈夫だ、も(ry
素晴らしい作品でした!
最後に、季節感は叩き付けるもの!
ありがとう御座います
今回も存分にニヤニヤさせていただきました!
どこか懐かしい気分にさせてもらえました
>>投げ槍 様
元気になって頂けてよかったです!
もうこのシリーズは小町無しじゃ書けないと思うのでw
>>2 様
こんな時に投稿していいものかと悩んだんですが、そう言って頂けると此方も嬉しいです。
>>3 様
叩き付けるもの……成程、そういう事か。
>>奇声を発する程度の能力 様
いえいえ、此方こそ読んで頂き有難う御座います!
>>淡色 様
技術者組は恋愛よりも親愛が強い。これは一種のジャスティスだと思うんです。
>>けやっきー 様
ですね……私がまだ連続投稿とか言って酷い物を書き上げてた時代ですよ。
読んでくれた全ての方に感謝!
わわわ、もったいないお言葉、有難う御座います!
読んでくれた全ての方に感謝!