幻想郷にも外の食べ物が増え始めた頃、私の趣味が増えた。
ただ、この趣味が果たして記事になるのか、それが何時も疑問に思えていたがそれをやり終えると、何故か記事の事なんか頭の隅にすらなくなっていて、ただただ全身を支配する満腹感に酔いしれるだけだった。
そう言えば、私のこのような行動を起こさせた最初の店は、何と言う名前だったろう。
現在里ではちょっとしたラーメンブームが起きているらしく、様々なラーメン店が群雄割拠していると聞く。
「調べてみますか」
そしてこれが、食堂発見伝と銘打った一連のルポの、始まりであった。
日曜日の昼下がり、初春の少しばかり肌寒い今日は、薄手のコートをひっかけてのんべんだらり歩いていた。
里までは飛んだ方が早いのだが、それだと腹は減るはずもなく、仕方なしに歩いている。
「…文さーん、何処行くんですかー」
後ろから掛けられた声に振り向くと、にこやかな顔で近付く白狼天狗、犬走椛である。
「おや椛さんこんにちは、今から里に行くんですよ、食事をしにね」
「何食べに行くんですか?」
「ラーメンです」
私の答えに彼女は満面の笑みを作った。
「ちょうど私も里に行くんですよ、ラーメンを食べに」
目的は、私と同じらしい。
そんな彼女は私に一冊の雑誌を取り出し突き付ける。
「今流行りの味噌ラーメン、これ食べに行くんですよね?」
それは、他の烏天狗が書いた紹介記事で、何とも豪勢な具が乗ったドンブリがでかでかと写されている。
彼女はどうやら私もその店に行くだろうと踏んでいるらしく
「ご一緒してよろしいでしょうか?」
と聞いてきた。
無論答えは
「駄目です、私はそっちには行きませんから」
否定である。
「そんな豪華なラーメン、他の天狗に任せればいいんです、私は周りに振り回されず自分の好きなようにやりますから」
「そんなぁ、こんな美味しそうなのに?」
「美味しかったら教えてください、じゃ」
里に着いた私は、強引に話を切り彼女と別れた後、数多の行列を成しているラーメン店をよそに裏の路地に入って行った。
里の通りから一本外れた路地には、天狗の情報誌には一切載せられる事の無い食堂がある。
そこへ近づくにつれ、私は歩く速度を上げざるを得ない。
古ぼけた暖簾がぶら下がる一軒の店、そこに辿り着いた時、私は無意識に深呼吸をしてドアを開け入店する。
「…すいませーん」
表に休みの札は掛かっていなかった、が、一人も客がいなく、それどころか店員すら見当たらない。
溜息をついたと同時に、奥から小柄な老婆が出てきた。
「…いらっしゃいませ」
その老婆は静かに呟くと、また奥へ引っ込む。
私は適当なところに腰を落ち着け、店内を見渡す。
清潔な店内、しかし漂白剤をはじめとする消毒剤特有の鼻に着く匂いが無いところをみると、どうやらここの店主は毎日欠かさず掃除をしているらしい。
そしてもうひとつ気づいた事は、メニューのどれもが、三ケタ以内に収まっている事である。
「…ラーメン350円、味噌ラーメン塩ラーメン400円、ですか」
余りの事に、開いた口がふさがらなくなる。
先日まで安いと思っていた里のラーメン屋の最低価格が、980円だったからだ。
「…味は、大丈夫ですかねぇ」
逆に不安になってしまう、ここまで安いと、何かあるのではないか。
しかし店にはいって何も頼まないのは無礼な行為なので、早速注文する。
「すいませーん」
「ご注文はお決まりですか」
「はい、ラーメン一つ、お願いします」
「畏まりました」
老婆が再び奥へ戻ると、私はテーブルの下に詰まれていた漫画雑誌を手に取る。
外の世界から流れて来た漫画を真似して描いた幻想郷の作品で、どうやらつい最近発行された同人漫画の様だ。
「良く書かれてますね~」
元が古い漫画の絵を真似て書いたものだから外の新しい画風と比べると些か古臭いが、これが幻想郷の文芸の興りだと思えば、それはそれで楽しめる。
不二子不二雄の画風を真似た作画は以前某所で読んだ今の外の漫画よりもやはり馴染めるもので、読んでいて苦にならない。
「お待たせいたしました」
半分ほど読み進めたところで、頼んでいた物が届いた。
見た目は、普通である。
叉焼、シナチク、刻んだネギ、なると、ゆでたホウレン草と言った、何処までも普通の、在り来たりなラーメンだった。
「…まぁ食べてみますか」
と、まずはスープを一口飲み込む。普通だ。
シナチクを口に入れる。普通だ。
麺を啜る。普通だ。
ここまで何もないラーメンは、珍しい。今時の幻想郷でもスープや麺、具材に創意工夫を凝らしている。
しかし工夫しすぎてつぶれた店は星の数ともいえる。逆に言えばこれは、何の用心も懐疑も挟まず安心して食べられるラーメンだと言えるのではないか。
そう思うと、美味しく思えて来た。
「…ごちそうさまでした、お金、ここに置いておきますね」
「ありがとうございました」
空になった丼と、テーブルの上に置いた金と、小さく御辞儀する老婆を残し、私は店を出た。
山に戻った私は、早速犬走に捕まえられた。
「…いや~美味しかったですよ、私が行ったお店、あれ一杯1800円と言うのが納得できる味でしたよ、うん」
「ほ~、さいですか」
どうやら彼女が行った店も、当たりだったようだ。
「ですがねぇ、もっと凄いのはメニューの多さなんですよ」
と、延々くだくだ語る彼女を尻目に、私は次はどんな店に会えるだろうか、そう思いながら次は何を食べようかと思案にふけるのだった。
出来るならば、今日のような、昔懐かしい漫画とメニューが揃えられていて、小さめの店に会えたらば、と思う。
「ちょっと聞いてます?文さん」
「聞いてますよ、一応ね」
多少うんざりしながら彼女を見やると、またもや豪勢な料理が映し出された雑誌を突き付けていた。
「今度こそ一緒に行きましょうね!」
「あぁ、うん、機会があったら行きましょう」
私は適当に返事しながら空を見上げる。
初春の、暖かな一日だった。
良いよね、隠れ家的な御店って