※ヤマなし、オチなし、ほのぼの。
魔法の森の奥地にある、そこだけ木々をくり抜いたかのような隙間に佇む一軒の家。
その玄関から上品なノック音の代わりに届いたのは、扉をぶち破るかと思うほどの強音だった。
春を待って庭木の梢に巣を作っていた鳥たちが、敵襲かと慌てて宙を飛び舞った。
「アリス、ついにやったぜ!」
先ほどの音を上回る大声が家主の耳に届く時には、すでに侵入者はリビングの扉を越えていた。
純白のリボンをつけた黒い帽子を浅くかぶり、太陽のように微笑む少女。
片手には色褪せた箒。もう片方には金と白に包まれた大きな何かを抱えている。
アリスと呼ばれた少女は持っていた陶磁のカップをテーブルに置いて、椅子に座ったまま侵入者へと振り返った。
「魔理沙、騒々しいわよ。少しは落ち着きなさい」
「わりぃ。それよりほら――見つけてきたぞ」
反省しているのかしていないのか。
魔理沙と呼ばれた侵入者は笑顔を崩さずに、大事そうに抱えていたものをそっと絨毯に下ろした。
それは、幼子のような姿の、小さな妖精だった。
目を回しているようで、くたりと倒れ込むとそのまま動かなかった。
「どうだ。春にはまだ少し早いが、正真正銘の春告精だぜ」
「何かぐったりしてるけど、大丈夫かしら……」
「大丈夫、大丈夫。キノコの薬でちょっと眠っていらっしゃるだけだ」
「薬っていう時点で物騒よ。手荒なまねしてごめんなさいね、妖精さん」
アリスの心配交じりの言葉をあまり気にせず、魔理沙は身体を屈めて、倒れた妖精をよいしょと起こし、絨毯の上にしっかり座らせた。
肩をぽんぽん叩いて、妖精の意識を覚醒させる。
やがてゆっくりと瞼を開いた妖精は、ここが自分の知らない場所だと気づくと、怪訝そうにきょろきょろと部屋を見回した。
二人の魔法使いに目を止めた妖精は、しかし怯むことなく、その子供らしい顔に無邪気な笑みを浮かべた。
「まだ寝ぼけているのかしら?」
「いつもこんな感じじゃないか?それよりさ、早く始めようぜ」
こいつが逃げちまう前に、と魔理沙は妖精の頭を優しく撫でた。
すると妖精はくすぐったそうに、またにこにこと可愛らしく笑ってみせた。
「そうね。それじゃあ、石を持ってくるわ」
アリスは椅子から立ち上がり、人形を一体引き連れて、隣の部屋へと歩いていく。
扉が閉まるとともに魔理沙は椅子に座って、傍らのカップに自分用の紅茶を入れ始めた。
「おまえも飲むか?」
湯気の立つカップを立ち上がった妖精に差しだしたが、彼女はきょとんとカップの縁を見つめるだけだった。
「持ってきたわよ」
しばしの沈黙が流れた部屋に、アリスが大きな石を胸元に抱えて戻ってきた。
その石は人形よりも大きく、こがね虫のようなつやつやした翠の光を放っている。
アリスが石をテーブルに乗せると、興味を示したのか、妖精は近づいてテーブルの端から石を覗き見た。
「お、やはり気になるか。よおし、そのままそのまま……」
魔理沙とアリスは妖精の挙動をじっくりと眺めた。
まるで赤ん坊の這い這いを見守る親のようだ。
好奇心と誘惑に勝てず、その小さなを光る石に伸ばしていく春告精。
そしてようやく、細い指先が石に触れた途端――。
石の輝きが、水が沁み込んでいくかのようにじわりと変わった。
「桜色、ビンゴだな!」
「……綺麗な色ね」
それとともに、魔法使い二人の目の色も変わった。
魔理沙は子供っぽいきらきらとした瞳で、アリスは乙女のうっとりとした瞳で、石を見つめている。
そんな二人をよそに、妖精は興味深そうに煌めく石の感触を指の腹で確かめていた。
「春に触れると輝きを変える。本の記述どおりだな」
魔理沙がまた妖精の頭をくしゃくしゃ撫でながら、嬉しそうに笑った。
「これで魔鉱石の研究も捗るわ。魔理沙、本当にありがとう」
私のためにここまでしてくれて、とアリスも嬉しそうに顔を綻ばせた。
それを見て動揺したのか、思わず目線を逸らして頬をかく魔理沙。
「い、いや、私はただ面白そうだからつき合っただけさ、うん」
「それでも、ありがとう」
「まあ、そこまで言うなら……どういたしまして、だ」
「ふふっ、素直じゃないんだから」
「うるさい」
そう言って、互いに明るく微笑んだ。
そんな二人をしばらく観察していた春告精は、急に何かを思い立ったようで、二人に声を浴びせるように叫んだ。
「春ですよー!」
「うわ、何だ!?」
大声で何度も何度も春を告げながら、妖精は窓際へとばたばた駆けていく。
そして、少しだけ隙間が空いていた窓を全開にすると、妖精はへりに足を掛けることもなく、そのままの勢いで外へと飛び去った。
それは、梢に止まった鳥たちも呆気にとられるほどの一瞬の出来事だった。
「何、だったんだ……?」
「さ、さあ……」
もちろん、金色の魔法使いたちも、目を丸くして椅子に座り尽くしていた。
そんな中、テーブルに置かれた石だけが、先ほどと変わらない綺麗な桜色の輝きを放っていた。
魔法の森の奥地にある、そこだけ木々をくり抜いたかのような隙間に佇む一軒の家。
その玄関から上品なノック音の代わりに届いたのは、扉をぶち破るかと思うほどの強音だった。
春を待って庭木の梢に巣を作っていた鳥たちが、敵襲かと慌てて宙を飛び舞った。
「アリス、ついにやったぜ!」
先ほどの音を上回る大声が家主の耳に届く時には、すでに侵入者はリビングの扉を越えていた。
純白のリボンをつけた黒い帽子を浅くかぶり、太陽のように微笑む少女。
片手には色褪せた箒。もう片方には金と白に包まれた大きな何かを抱えている。
アリスと呼ばれた少女は持っていた陶磁のカップをテーブルに置いて、椅子に座ったまま侵入者へと振り返った。
「魔理沙、騒々しいわよ。少しは落ち着きなさい」
「わりぃ。それよりほら――見つけてきたぞ」
反省しているのかしていないのか。
魔理沙と呼ばれた侵入者は笑顔を崩さずに、大事そうに抱えていたものをそっと絨毯に下ろした。
それは、幼子のような姿の、小さな妖精だった。
目を回しているようで、くたりと倒れ込むとそのまま動かなかった。
「どうだ。春にはまだ少し早いが、正真正銘の春告精だぜ」
「何かぐったりしてるけど、大丈夫かしら……」
「大丈夫、大丈夫。キノコの薬でちょっと眠っていらっしゃるだけだ」
「薬っていう時点で物騒よ。手荒なまねしてごめんなさいね、妖精さん」
アリスの心配交じりの言葉をあまり気にせず、魔理沙は身体を屈めて、倒れた妖精をよいしょと起こし、絨毯の上にしっかり座らせた。
肩をぽんぽん叩いて、妖精の意識を覚醒させる。
やがてゆっくりと瞼を開いた妖精は、ここが自分の知らない場所だと気づくと、怪訝そうにきょろきょろと部屋を見回した。
二人の魔法使いに目を止めた妖精は、しかし怯むことなく、その子供らしい顔に無邪気な笑みを浮かべた。
「まだ寝ぼけているのかしら?」
「いつもこんな感じじゃないか?それよりさ、早く始めようぜ」
こいつが逃げちまう前に、と魔理沙は妖精の頭を優しく撫でた。
すると妖精はくすぐったそうに、またにこにこと可愛らしく笑ってみせた。
「そうね。それじゃあ、石を持ってくるわ」
アリスは椅子から立ち上がり、人形を一体引き連れて、隣の部屋へと歩いていく。
扉が閉まるとともに魔理沙は椅子に座って、傍らのカップに自分用の紅茶を入れ始めた。
「おまえも飲むか?」
湯気の立つカップを立ち上がった妖精に差しだしたが、彼女はきょとんとカップの縁を見つめるだけだった。
「持ってきたわよ」
しばしの沈黙が流れた部屋に、アリスが大きな石を胸元に抱えて戻ってきた。
その石は人形よりも大きく、こがね虫のようなつやつやした翠の光を放っている。
アリスが石をテーブルに乗せると、興味を示したのか、妖精は近づいてテーブルの端から石を覗き見た。
「お、やはり気になるか。よおし、そのままそのまま……」
魔理沙とアリスは妖精の挙動をじっくりと眺めた。
まるで赤ん坊の這い這いを見守る親のようだ。
好奇心と誘惑に勝てず、その小さなを光る石に伸ばしていく春告精。
そしてようやく、細い指先が石に触れた途端――。
石の輝きが、水が沁み込んでいくかのようにじわりと変わった。
「桜色、ビンゴだな!」
「……綺麗な色ね」
それとともに、魔法使い二人の目の色も変わった。
魔理沙は子供っぽいきらきらとした瞳で、アリスは乙女のうっとりとした瞳で、石を見つめている。
そんな二人をよそに、妖精は興味深そうに煌めく石の感触を指の腹で確かめていた。
「春に触れると輝きを変える。本の記述どおりだな」
魔理沙がまた妖精の頭をくしゃくしゃ撫でながら、嬉しそうに笑った。
「これで魔鉱石の研究も捗るわ。魔理沙、本当にありがとう」
私のためにここまでしてくれて、とアリスも嬉しそうに顔を綻ばせた。
それを見て動揺したのか、思わず目線を逸らして頬をかく魔理沙。
「い、いや、私はただ面白そうだからつき合っただけさ、うん」
「それでも、ありがとう」
「まあ、そこまで言うなら……どういたしまして、だ」
「ふふっ、素直じゃないんだから」
「うるさい」
そう言って、互いに明るく微笑んだ。
そんな二人をしばらく観察していた春告精は、急に何かを思い立ったようで、二人に声を浴びせるように叫んだ。
「春ですよー!」
「うわ、何だ!?」
大声で何度も何度も春を告げながら、妖精は窓際へとばたばた駆けていく。
そして、少しだけ隙間が空いていた窓を全開にすると、妖精はへりに足を掛けることもなく、そのままの勢いで外へと飛び去った。
それは、梢に止まった鳥たちも呆気にとられるほどの一瞬の出来事だった。
「何、だったんだ……?」
「さ、さあ……」
もちろん、金色の魔法使いたちも、目を丸くして椅子に座り尽くしていた。
そんな中、テーブルに置かれた石だけが、先ほどと変わらない綺麗な桜色の輝きを放っていた。