十六夜咲夜が死んだ。
寿命という絶対的な運命は、皮肉にも運命を操る少女から最愛の従者を奪っていった。
もっとも優秀な従者を亡くした紅魔館はしかし、彼女が生きていた時と変わる事なく機能し続けた。
掃除や料理等の家事分担、侵入者に対する対処と司令塔の確立
おおよそ考えられる仕事の全ての対処方法を彼女は一冊のノートに纏めソレを遺言とした。
己の身が朽ちても決して誰も困る事のないように事細かに丁寧に纏められていた。
彼女の残した一冊のノート、身体の上手く動かなくなった後に纏められたその中に
完全で瀟洒な従者は死を迎えても確かに屋敷に存在し続けた。
その中には紅茶の淹れ方も事細かに記載されていた。
ただし紅茶の淹れ方だけはメイド妖精達に向けられた言葉ではなかった。
彼女がその一生をかけて尽くした彼女の主人に向けての言葉だった。
そして今レミリアは地下にある妹の部屋の前に二人分のティーセットを持ち立っていた。
何度も練習した。
彼女のノートを穴が開くまで見直して、彼女の様に紅茶を淹れられるまでずっと努力した。
その努力の成果を今試す事となる。
懐中時計を握る。
冷たく堅い時計には確かに彼女温もりが残っていた。
500年以上妹を閉じ込めていた重い扉、自分からこの戸を叩くのは初めてであった。
不安はある。
恐怖もある。
それでもここに来た。
妹をここから出す、妹と話すきっかけを彼女が作ってくれた。
ここまでされては動かないわけにはいかない。
「フラン、ちょっといいかしら?」
息を整えて戸を軽く叩いた。
――
「ねぇ、お姉様?私お姉様が淹れた紅茶が一番好きよ、メイド達が淹れるモノよりずっと好き」
「そう?ありがとう」
「ええ、だってお姉様の淹れたお茶は咲夜が淹れたお茶と同じ味がするもの」
――
十六夜咲夜は死んだ今も尚、紅魔館に在り続ける。
住人の記憶の中に、思い出の中に、味覚の中に、確かに存在している。