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冬がやってきた。この季節になると隣りが空く。春、夏、秋と毎日話しかけていた隣りが空く。
「貴女は今、夢の中なのでしょうね……紫。」
西行寺幽々子は、自室で一人呟いた。障子が開け放たれた右を見ると、白玉楼の広い庭は雪が薄く積もっていた。雪が降り出したのはついこの前のことである。ぽつりぽつりと降り出し、秋を消し去り、全てを白く染め上げる準備を始めた。山の木々は枯れた枝に白い葉を積もらせ、動物たちは眠りにつき、氷の妖精ははしゃぎ回り、はく息ですら世界を白く染め上げようとする。
全てが白という名の下に静かにゆっくりと染められていく季節。普段は優秀な従者のおかげて綺麗に整えられ、活き活きとしている白玉楼も、この季節だけは本来の姿を取り戻す。全てのものが死んだように静かになるこの季節だけは。
今日もしんしんと雪は降り続けている。
全てを眠らせようと、全てを静めようと、全てを終わらせようと。
「ねぇ、紫……貴女は一体、どんな夢を見ているのかしらね。」
幽々子は庭を見ながら呟いた。ここにはいない、今、深い深い眠りについている友人に向かって。この雪が降り出す季節になると、八雲紫は眠りに落ちる。幽々子もこれと言った理由は知らない。聞き出そうとしてもいつもはぐらかされる。まぁ、それが八雲紫と言ってしまえばそれまでなのだが。幽々子もどうしても知りたいという訳ではなかった。ただの興味本位、もしかしたらそれ以下の単なる会話のつなぎでしかなかったのかもしれない。
それでも、その話を振られた時の紫の顔は良く覚えている。
辛そうな、苦しそうな、誤魔化そうとする言葉にすら、そんな感情が乗せられていた気がする。
「ねぇ、紫……貴女にとって眠ることは、辛いことなのでしょうね。」
呟いた言葉は、雪の中へと消えていった。
雪は降り続ける。
人間ならば寒いのだろうが、生憎と西行寺幽々子には暑さも寒さも関係なかった。温度を感じれはすれど、それは感じられるだけのことなのである。
幽々子は時々考えることがある。自分が一体何者なのか。幻想郷に来て、白玉楼の主になる前は何をしていたのか。そして、八雲紫は西行寺幽々子にとって何であるのか……と。
幽々子自身、こんなことはくだらないことだと思っている。既に死んだ身でありながら、実に意味のないことを考えるものだと思っている。確かに昔、蔵で見つけだ日記から従者に春を集めさせ、西行妖を咲かせ、その下に眠る何者かを目覚めさせようと異変を起こした。結局、何者かを目覚めさせることはできなかった。今思うと、あの時の自分は若かったと幽々子は思っている。若さゆえのあやまちという言葉もあるが、まさにその通りであったのだろう。あの時の西行寺幽々子は、西行寺幽々子であって、西行寺幽々子でなかったのかもしれない。
「まぁ、結局何も分からずじまいで……博麗の巫女さん達からお灸を据えられたわねぇ。」
だが、幽々子にとって博麗の巫女に異変を解決されようがされまいがどうでもよかったと、今では思っている。確かにあのまま幽々子が、異変を完遂していたら幻想郷はただでは済まなかった。しかし、幽々子は必ず異変は食い止められると考えていた。いや、信じてすらいた。
「だって、貴女が許すはずないもの。」
幻想郷を創り、幻想郷の全てを知り、幻想郷を誰よりも愛している妖怪の賢者。八雲紫がそもそも許すはずがないのだ、もしそんなことになればどんな状況になろうが、どんな手段を使おうが八雲紫は止めるだろう。
例え、友人を殺してでも。
「ねぇ……紫。」
幽々子は、誰もいない庭に向かって言う。
「今、異変を起こせば……貴女に逢えるのかしら…ねぇ。」
トサリと庭の木に積もった雪が落ち、細い枝を揺らした。普段なら聞こえないような小さな音。雪が雪とぶつかり合うだけの音。そんな音が、ひどく大きく鮮明に白玉楼に響いた。
幽々子には、白い庭に波紋が広がったように見えた。しかし、すぐにその波紋は雪に融けて見えなく、聞こえなくなった。
雪はしんしんと降り積もる。
先ほどよりも木に積もった雪も心なしか増えたような気がした。これでは地面に降りた雪も相当積もっただろうと幽々子は思った。
「蔵には……行けないわねぇ。」
ついた嘘は、雪が受け止めた。
元々行く気もなかったが、口にしたら本当に行く気が失せた。あの日記は、異変以来読んでいない。別に読もうと思えばいつでも読めるのだが、異変以来あの日記を読む気にはなれなかった。今頃、蔵の中で寒い思いをしているのだろうか。ふと幽々子はそんなことを思った。長机に置かれた愛用の湯飲みを手に取る。可愛い従者が、大分前に持ってきてくれたものである。
あれほど暖かかったお茶は、すっかり冷めきってきた。
「妖夢に……持ってきてもらわないと…ね。」
手にした湯飲みを再び机に置く。コトリという音も雪が消してしまった。ふと幽々子は左隣の畳をさすった。ザラザラと畳と掌が擦れる音がする。畳もすっかり冷たくなっていた。
幽々子の左にはいつも紫がいた。
春から秋まで、紫は毎日幽々子の元を訪れた。時間は毎回ごとに違っていたが、それでも幽々子に会いに来なかった日はなかった。今でも幽々子ははっきりと覚えている。初めて紫から眠り続けると聞かされた時の気持ちを。あの時幽々子は、紫が帰った後、自室の布団に潜り声を殺して泣いた。せめて紫に泣くところは見られたくなかった。それでも泣くことは許してほしかった。
「あの日の翌日は、妖夢がびっくりしていたわねぇ。どうしたんですか幽々子様……って。」
泣いていたことは、今でも妖夢には話していない。はぐらかしたまま、今まで来てしまった。特別妖夢から追及されることもなかった。そこはしっかりとした従者である。
「貴女にも話さなかったけれど……紫は何も言わず抱きしめてくれたわよ……ね。」
腫らした目を見た瞬間、紫は何も言わず幽々子を優しく抱きしめた。そっと、赤子をあやすように、大切なものを守るように、何も言わなくていいというように。幽々子は、紫の温かな胸に顔を埋めると心が融けていくようだったのを今でも覚えている。
全てを受け入れ、拒絶せず、ありのままをあるがままに。
「幻想郷は……すべてを受け入れる…か。残酷な言葉……よねぇ……。」
幽々子はあの瞬間だったと思っている。紫に優しく抱きしめられた瞬間、自分は本当の意味で幻想郷に受け入れられたのだと。
「ねぇ、だったらこの気持ちも受け止めて頂戴……紫……。」
幽々子は、ぽっかりと空いた左の畳をさすりながら言う。
「貴女が………愛しいわ。」
そのまま幽々子はゆっくりと左へ倒れ込んだ。愛しい人の影を追うように、愛しい人に身体を預けるように。桜色の髪の毛が頬を撫でる。薄い水色の着物が、畳に広がる。投げ出された着物の裾から白く細い足が覗く。赤子が母の中で眠るように、幽々子は体を丸める。膝を曲げ、肘を曲げ、神に祈るように両手を重ねて。
「ねぇ、紫。こうしたら、貴女に……逢える…かし……ら。」
雪はしんしんと降る。春はまだ来ない。それでも愛しい貴女を待ち続ける。だからせめて、今は夢の中だけでも貴女に逢いたい。
ねぇ………紫………。
私の愛しい人。
私の恋人。
冬がやってきた。この季節になると隣りが空く。春、夏、秋と毎日話しかけていた隣りが空く。
「貴女は今、夢の中なのでしょうね……紫。」
西行寺幽々子は、自室で一人呟いた。障子が開け放たれた右を見ると、白玉楼の広い庭は雪が薄く積もっていた。雪が降り出したのはついこの前のことである。ぽつりぽつりと降り出し、秋を消し去り、全てを白く染め上げる準備を始めた。山の木々は枯れた枝に白い葉を積もらせ、動物たちは眠りにつき、氷の妖精ははしゃぎ回り、はく息ですら世界を白く染め上げようとする。
全てが白という名の下に静かにゆっくりと染められていく季節。普段は優秀な従者のおかげて綺麗に整えられ、活き活きとしている白玉楼も、この季節だけは本来の姿を取り戻す。全てのものが死んだように静かになるこの季節だけは。
今日もしんしんと雪は降り続けている。
全てを眠らせようと、全てを静めようと、全てを終わらせようと。
「ねぇ、紫……貴女は一体、どんな夢を見ているのかしらね。」
幽々子は庭を見ながら呟いた。ここにはいない、今、深い深い眠りについている友人に向かって。この雪が降り出す季節になると、八雲紫は眠りに落ちる。幽々子もこれと言った理由は知らない。聞き出そうとしてもいつもはぐらかされる。まぁ、それが八雲紫と言ってしまえばそれまでなのだが。幽々子もどうしても知りたいという訳ではなかった。ただの興味本位、もしかしたらそれ以下の単なる会話のつなぎでしかなかったのかもしれない。
それでも、その話を振られた時の紫の顔は良く覚えている。
辛そうな、苦しそうな、誤魔化そうとする言葉にすら、そんな感情が乗せられていた気がする。
「ねぇ、紫……貴女にとって眠ることは、辛いことなのでしょうね。」
呟いた言葉は、雪の中へと消えていった。
雪は降り続ける。
人間ならば寒いのだろうが、生憎と西行寺幽々子には暑さも寒さも関係なかった。温度を感じれはすれど、それは感じられるだけのことなのである。
幽々子は時々考えることがある。自分が一体何者なのか。幻想郷に来て、白玉楼の主になる前は何をしていたのか。そして、八雲紫は西行寺幽々子にとって何であるのか……と。
幽々子自身、こんなことはくだらないことだと思っている。既に死んだ身でありながら、実に意味のないことを考えるものだと思っている。確かに昔、蔵で見つけだ日記から従者に春を集めさせ、西行妖を咲かせ、その下に眠る何者かを目覚めさせようと異変を起こした。結局、何者かを目覚めさせることはできなかった。今思うと、あの時の自分は若かったと幽々子は思っている。若さゆえのあやまちという言葉もあるが、まさにその通りであったのだろう。あの時の西行寺幽々子は、西行寺幽々子であって、西行寺幽々子でなかったのかもしれない。
「まぁ、結局何も分からずじまいで……博麗の巫女さん達からお灸を据えられたわねぇ。」
だが、幽々子にとって博麗の巫女に異変を解決されようがされまいがどうでもよかったと、今では思っている。確かにあのまま幽々子が、異変を完遂していたら幻想郷はただでは済まなかった。しかし、幽々子は必ず異変は食い止められると考えていた。いや、信じてすらいた。
「だって、貴女が許すはずないもの。」
幻想郷を創り、幻想郷の全てを知り、幻想郷を誰よりも愛している妖怪の賢者。八雲紫がそもそも許すはずがないのだ、もしそんなことになればどんな状況になろうが、どんな手段を使おうが八雲紫は止めるだろう。
例え、友人を殺してでも。
「ねぇ……紫。」
幽々子は、誰もいない庭に向かって言う。
「今、異変を起こせば……貴女に逢えるのかしら…ねぇ。」
トサリと庭の木に積もった雪が落ち、細い枝を揺らした。普段なら聞こえないような小さな音。雪が雪とぶつかり合うだけの音。そんな音が、ひどく大きく鮮明に白玉楼に響いた。
幽々子には、白い庭に波紋が広がったように見えた。しかし、すぐにその波紋は雪に融けて見えなく、聞こえなくなった。
雪はしんしんと降り積もる。
先ほどよりも木に積もった雪も心なしか増えたような気がした。これでは地面に降りた雪も相当積もっただろうと幽々子は思った。
「蔵には……行けないわねぇ。」
ついた嘘は、雪が受け止めた。
元々行く気もなかったが、口にしたら本当に行く気が失せた。あの日記は、異変以来読んでいない。別に読もうと思えばいつでも読めるのだが、異変以来あの日記を読む気にはなれなかった。今頃、蔵の中で寒い思いをしているのだろうか。ふと幽々子はそんなことを思った。長机に置かれた愛用の湯飲みを手に取る。可愛い従者が、大分前に持ってきてくれたものである。
あれほど暖かかったお茶は、すっかり冷めきってきた。
「妖夢に……持ってきてもらわないと…ね。」
手にした湯飲みを再び机に置く。コトリという音も雪が消してしまった。ふと幽々子は左隣の畳をさすった。ザラザラと畳と掌が擦れる音がする。畳もすっかり冷たくなっていた。
幽々子の左にはいつも紫がいた。
春から秋まで、紫は毎日幽々子の元を訪れた。時間は毎回ごとに違っていたが、それでも幽々子に会いに来なかった日はなかった。今でも幽々子ははっきりと覚えている。初めて紫から眠り続けると聞かされた時の気持ちを。あの時幽々子は、紫が帰った後、自室の布団に潜り声を殺して泣いた。せめて紫に泣くところは見られたくなかった。それでも泣くことは許してほしかった。
「あの日の翌日は、妖夢がびっくりしていたわねぇ。どうしたんですか幽々子様……って。」
泣いていたことは、今でも妖夢には話していない。はぐらかしたまま、今まで来てしまった。特別妖夢から追及されることもなかった。そこはしっかりとした従者である。
「貴女にも話さなかったけれど……紫は何も言わず抱きしめてくれたわよ……ね。」
腫らした目を見た瞬間、紫は何も言わず幽々子を優しく抱きしめた。そっと、赤子をあやすように、大切なものを守るように、何も言わなくていいというように。幽々子は、紫の温かな胸に顔を埋めると心が融けていくようだったのを今でも覚えている。
全てを受け入れ、拒絶せず、ありのままをあるがままに。
「幻想郷は……すべてを受け入れる…か。残酷な言葉……よねぇ……。」
幽々子はあの瞬間だったと思っている。紫に優しく抱きしめられた瞬間、自分は本当の意味で幻想郷に受け入れられたのだと。
「ねぇ、だったらこの気持ちも受け止めて頂戴……紫……。」
幽々子は、ぽっかりと空いた左の畳をさすりながら言う。
「貴女が………愛しいわ。」
そのまま幽々子はゆっくりと左へ倒れ込んだ。愛しい人の影を追うように、愛しい人に身体を預けるように。桜色の髪の毛が頬を撫でる。薄い水色の着物が、畳に広がる。投げ出された着物の裾から白く細い足が覗く。赤子が母の中で眠るように、幽々子は体を丸める。膝を曲げ、肘を曲げ、神に祈るように両手を重ねて。
「ねぇ、紫。こうしたら、貴女に……逢える…かし……ら。」
雪はしんしんと降る。春はまだ来ない。それでも愛しい貴女を待ち続ける。だからせめて、今は夢の中だけでも貴女に逢いたい。
ねぇ………紫………。
私の愛しい人。
私の恋人。
きっと夢で会えるさ
ゆかりん早く目覚めたげてー