燦然と輝ける宙の光は、蒼然と広がる千切れた綿のような雲が広がる、漠大な蒼穹の下まで降り注ぎ。
吹き抜ける風は、幻想郷を循環する、満ち足りた生命の清らかさを映した様な透き通った薄碧の小川の、爛然と揺らめく水面の光に、視
線を投じる私の髪を、撫でる。
遥か高き穹窿の果てより響く数多の轟風の成す重音は、大地に立つ葦にはあまりにも低く深く呻り、その壮大さに足元さえ失いそうな、
世界の広大さを、想像の、ある種の限界と言うべき境界の如く感じさせられる。
世界とは語りきるには余りにも厖大で語る自分が馬鹿馬鹿しく、
世界とは語らぬには余りにも身近で、馬鹿馬鹿しさ、さえも可笑しくて、
ああ、生きているのは、このように感じる事でもあるのだ。
と、煩雑な日常と連続しながらも切り取られ、私が過ぎ去れども続くだろう一大のパノラマを前に想う。
結局、自然に満ちた世界の素晴らしさに畏れ入るこの時間は何時までも続く訳ではない。
そして、これはよくある何時もの風景なのだ、喧騒に満ちた日常の内にふと忘れてしまう様な出来ごとなのだ。
だから、私はその移り往く風景の一場面を、その素晴らしさを残したくて。全てを投げ打つ覚悟を以て、虚心坦懐の境地に至り、その
願いを叶えようとしていた。
ここは、幻想郷の中でも比較的妖怪と遭遇しにくい山の中の、見渡しの良い、急な坂だった。妖怪が出にくいと言っても、全く出ない
という訳ではない。性質の悪い妖怪に出会えば食い殺されるかもしれない。
しかし、その考えはこの場所に出かけスケッチを取る数日の間に消えていった。
何やら場所決め、スケッチに費やしたここ数日、無邪気な視線を何処からか感じる気が、無意識の内にするのだ。
意識して、その視線を感じる事は出来ない。無意識の内に、在るようで無いような視線を、感じる様な感じない様な感覚。それも視線
を受けたと思うのは、後からになって、なんとなくそんな気がするのである。
とても、不可思議に思えた。
男はその視線を無意識的に好ましいモノと感じていた。
これはきっと、神々に見守られているに違いない。この画を完成させて見せろ、と私を応援してくれているのだ。
自分は憑いている、私はそう思った。
筆を執る前に回想する。
私は、特に突出した才能の無い平凡な画家だった。画家という職業を持つ人口の決して多いとはいえないこの幻想郷の人里の中に於い
てさえ、そうであった。しかし、『幻想郷の風景を愛する心だけは人一倍くらいは在ったかも知れない』。
私が画家を憬れたのは、幼少の折、とある妖怪が書いたという、いちまいの風景画を見た時だった。その時迄、徒々瞳を過ぎて往った
平凡な風景の数々。しかし、一枚の風景画に映った『作品』として、見る事の『対象』として、描かれた風景を見たときから幻想郷の、
何時でも過ぎていく風景は、敬愛し、いつかこの手に、あのような『画』としてモノにしたいと思うようになったのだった。
それからというもの、数々の日々、独学で画の描き方を学び、市場で風景画があればとにかく買って、その真似をして、それについて
深く考えて、色々な人に評価してもらい、『とにかく色々な事があった』。
寺子屋では、何時も授業中に画ばかり描いていて、随分と怒られてしまったなあ。
人里の外で画を書くと言った時には、随分と反対された。
それでも、今日の朝方、人里から山へ向かった時、いつも人里の外で描くのは危険だと反対していた先生も。
「……全く強情だな」
と、呆れたように。しかし、自分の熱意を感じ取ってくれたのか。
「頑張れよ。応援するよ」
と言ってくれた。
しかし、妙だった。
どこか視線が上の空だった様な気がする。何故かその時はそんな先生に違和感を感じる事は無かった……。
そもそも、応援の為に、態態赴いてくれたとは考えづらい。多分自分を引き留めにきたのだと思うが……。
なんだか、不安が込み上げてきた。
私は何かから目を背けているような。
その時、視線が男を貫いた。『そんなことはどうでもいい、徒、画を描けばいい』。
いや、屹度、これは自分を応援してくれている、神さまか何かが、慧音先生を説得してくれたんだろう。
矢張り、自分は憑イてイるんダ……。
私は――
頭の中で何かが警報を鳴らしている『のは気のせい』。視線が貫いた。
――私は、とにかく集中するのだ。この『画』の為に全身全霊を込めるのだ。
あれ、しかし、自分が画描きとして、平凡だったのは、何より『画』にかける執着がなかったからではないだろうか。
『そんなことは、無い』。視線が貫いた。
あの画には憬れたものの、自分には才能が無く、画を描いても人から嘲笑われ、いつしか、風景画に対するあの想いは消えて……。
……そうだ、あの日、私はスケッチをしに来たのではない、人知れず、自殺し――
『今のは、全て、忘れろ』。視線が。
『風景、に対する幼少からの、憬れ、だけ、残れ』。視線。
風景。幼少の頃よりの憬れ……。……目の前に映る、風景。
……。
燦然ト輝ケル宙ノ光ハ、蒼然ト広ガル千切レタ綿ノヨウナ雲ガ広ガル、漠大ナ蒼穹ノ下マデ降リ注ギ、吹キ抜ケル風ハ、幻想郷ヲ循環
スル、満ち足りタ生命の清ラカさヲ映シテ様な透キ通った薄碧の小川の、爛然と揺らめく水面の光に、視線を投じる私の髪を、撫でル!
遥か高き穹窿の果てより響く数多の轟風の成す重音は、大地に立つ葦にはアマリにも低く深ク呻り、その壮大さに足元さえ失いそうな、
世界の広大さを、想像の、アル種ノ限界と言ウベキ境界ノ如ク感ジサせラれル!!
アア。なんて、壮麗足ル幻想郷ノ風景!!……、…!………!!、
……。
回想を終えて、私は、スケッチの書かれた画用紙を手に取った。回想のお陰か、なんか妙にすっきりとした気分だ。
目尻には、今、この時迄自らが歩んだ人生を振り返り、そして得た、この景色を自らの画として残すことに対する、強靭な意思、決意
から溢れた涙が僅かに溜まった。
『この絵描きとしてある種の境地に辿り着いた心ハ、画の完成まで揺らぐこト無く、私の作品の中で空前絶後の傑作が出来上がルだろ
ウ』視線。視線。視線。視線。
屋外用のイーゼルに、風で舞わない様に画用紙を置き、筆を執ったその時だった。
ばくり。ぱきり。どさり。
唐突に背後から現れた鋭い牙が男の、首の肉を、骨を砕きながら力任せに引き千切り両断させた。
無造作に転がる男の首。
「もぐもぐ、おいしい!」
人食いの妖怪はかみちぎった肉の、精神の予想以上に旨い味をかみしめた。
倒れ伏した男の体からは脈々と血が流れおちていく。
その体はもう動く事も無いし、当然、画をかく事は無い。
そして、その何処にでもある幻想郷の秀麗な、風景、の一場面には血の滴る新鮮な成人男性の死体と、御馳走に頬を緩ませた妖怪の姿
が残ったのだった。ああ、無常。
そして、『その風景』を無意識に描く少女が居た。
描く少女は思う。いい食事風景を得る事が出来た、と。
いい食事風景には、妖怪にとっての『美味しい』食事が必要だ。
『美味しい』人間、それは傷悴し絵描きとしての心構えを失い、絶望して徒、死に行くような人間では駄目だ。まるで駄目だ。
これから、偉大な使命を果たさんと、意気揚々と、只管従順に素晴らしいモノに向かって歩む、人間ではないと。
能力を此処まで使うのは、中々大変だったが、お陰で良い、食事、を創る事が出来た。
完成した絵を、自分の部屋に掛けて眺めるのが楽しみだ。
この数日間、偽りの、夢、に向かって盲進し続けさせられた男は、そのまま自殺するよりかはマシだったのか、如何なのか。多分、そ
の最後は、偽りとはいえ、自分の愛した、風景、に成れたのだから幸せだったのだろう。
というのはおいといて、前半の風景描写が素晴らしい
語彙が豊富ですなあ…
こいしちゃんも本当妖怪らしいことだ
工夫を凝らした単語は確かに読んでいて楽しいですがそれの量が多すぎるとかえってよみにくく、疲れてしまいます。
しかし妖怪らしさが良く出ていて面白い話でした。
コメント有難うございます。
きっと人間も妖怪も美味しい食事は好きだと思います。
>>2様
コメント有難うございます。
風景描写は力を入れてみました。
>>3様
コメント有難うございます。
確かに読みづらいですよね。
雰囲気と読みやすさの調節も気を付けるようにしたいと思います。