「うーん、まいったなぁ」
土砂降りの雨の中、大木の下で雨宿りをしているナズーリンはため息混じりに呟いた。
「私が濡れネズミになるのは構わないんだがなぁ」
自分の手に持つ包みを見やる。それは彼女が主人から頼まれたおつかいの品だ。
つい先ほど人里の和菓子屋で購入し、さっさと帰ろうとしたところで突然の雨に見舞われてしまい、咄嗟に潜り込んだこの木の下で今に至る。
幾重にも生い茂る枝葉は、完全にとはいかないまでもかなりの雨を防いでくれた。逆に言えば、ほんの数歩前へ出ればあっという間に水浸し。つまりここから身動きが取れなくなってしまったのだ。
「菓子が水を被るのはよろしくない」
彼女の主人は甘い物が大好きだ。三度の飯より一度の甘味と言っても良い。俗物である。
菓子が雨で台無しになってしまえば、おそらく命蓮寺の中で涙とヨダレの雨が降ることだろう。
そこまでイメージして、彼女は再び嘆息を漏らす。
「仕方ない。止むまで待つか」
「大丈夫よ! 問題無し!」
突如掛けられた声に驚いて振り向くと、そこには奇妙な傘を掲げた水色髪の少女が立っていた。
「なんだ君は」
「申し遅れました。うらめしや!」
「名乗りたまえよ」
「私は通りすがりのからかさお化け、多々良小傘よ! 見たところこの雨にお困りの様子だけど」
あぁ、めんどくさいのに絡まれてしまった――ナズーリンは思ったが口には出さなかった。彼女にも一応の優しさはある。
しかし僅かながら顔に出てしまったらしい。小傘は眉をひそめた。
「……もしかして困ってなかった?」
「いや、困ってる」
「そう? お願いだから人の話には相槌打ってね。不安になるから」
ナズーリンはこくりと頷いた。小傘、満足。
「さぁ、という訳で私を使いんしゃい!」
「どういう訳だい」
危うく勢いで頷きかけたナズーリン。しかし反射によるツッコミの方が早かった。
「雨、降ってる。私、傘。あなた、使う」
「なるほど」
納得。こうしてナズーリンは彼女と一緒に帰ることになった。
深く考えてはいけない。感じるのだ。感じれば「かくかくしかじか」で原稿用紙数十枚分の物語を凝縮することも出来るのだから。
一本の傘に二人の少女が入って歩く。雨に当たらないようお互いのペースを意識しながらなので、その歩調は実にゆったりとしたものだ。
「相合い傘って何だか恥ずかしいね」
「君は本当にバカだな」
無駄に頬を染める小傘に力の抜けたツッコミを入れる。この場にロマンチックは欠片も無かった。
「それにしても大きな傘だ」
ナズーリンは改めて感心する。
そう。この傘は二人で使ってもまだ余裕があるほど大きく、強烈な雨粒にビクともしないほど厳つい。にも関わらず何故か柄の部分は驚くほど細いのだ。べろんと垂れた舌の長さも程々。
いったいどうやって支えているのだろう、と柄の付け根部分を見上げた途端――
「キャッ、どこ見てんのよ!? すけべぇ!」
小傘は慌てて騒ぎだし、ナズーリンを両手で突き飛ばした。
不意をつかれてまともにくらってしまった彼女は、包みを抱えたまま仰向けにひっくり返る。
「へへへ、変態! 覗き魔! すっとこどっこい!!」
今度こそ本当に顔を真っ赤にして怒鳴ると、小傘はそのまま何処かへ飛び去ってしまった。
残されたのは哀れな濡れ鼠と、どんどん水を吸っていく包みだけ。
ナズーリンは倒れたまま灰色の空を眺めると、とりあえず深呼吸。
そして全身で雨粒を受け止めながら、ただ一言、ぽつりと呟いた。
「……うらめしや」
性的な意味でなくても
小傘ちゃんは傘に入れて安心させながらも誘惑に負けて覗いた者を雨の中突き飛ばし絶望に追いやる妖怪だったのか……
ところで小傘ちゃんって穿いてないんじゃなかったっけ?