Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

私は鼠で君は猫

2011/02/13 01:26:27
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正直に言えば、私は緊張していた。

自分よりも明らかに年下の相手に、私は緊張していたのだ。

なぜならば、この子が猫だから。

それはつまり私、ナズーリンにとって、衝動的に恐れてしまう相手だから。

だから私がこの子、橙を前に緊張してしまうのは仕方のないことだ。

「あの、ナズちゃん」
「ナズちゃんって言うな!」
「にゃぅ……ご、ごめんなさい……」
「あ、い、いや、すまない。今のはその、条件反射というか、なんというか……」

どうして私はこんなに困っているのだろうか。
原因は、我が命蓮寺の長、聖白蓮の発言にあった。






『今度、八雲紫さんが、うちに来ることになりました』

その日私とそのご主人、寅丸星は聖の部屋に呼び出されるなりそんなことを伝えられた。
急なことだったので、私はご主人と顔を見合わせて、首を傾げた。

『そこで、紫さんと一緒に来る方々を、お世話してもらいたいんです』
『お世話というと、寺の案内とかでいいのかい?』
『はい、紫さんと私の話が終わるまでの間でいいのでお願いできますか?』
『私は構わないよ、ご主人は?』
『もちろん。聖の頼みなら、いくらでも聞きますよ』
『そうですか、ではお願いしますね』

私は、たまに人間が訪ねてきた時と変わらぬ対応をすればいいのだろう、とあまり深く考えずに頷いていた。
でも、蓋を開けてみれば……

『こんにちは!』

と、元気に挨拶してきたのは、まだ小さな女の子だった。
しかも、猫耳と尻尾、私はしまった、と頭を抱えた。

『ナズーリンは、そちらの女の子の相手をお願いしますね』

こそっと耳打ちしてきたご主人に、私はぶんぶん首をふりたくなったが、確かにもう一人の招待客である八雲藍は、ご主人と話したほうが吊り合うかなと思った。
身長的にも、雰囲気的にも……

私は『よろしくお願いします!』と元気に微笑む女の子を前に、そっとため息をつくのだった。










「ナズちゃん、どうかしたんですか?」
「だからナズちゃんって言うな!」
「にゃぅ……」
「あ、い、いや、その……好きに呼んでくれて構わない」

普段ちゃん付けで呼ばれることなんて全くない上に、自分より年下の少女がそんな呼び方をするものだから、つい怒ってしまう。
そうするとこの子は泣きそうになってしまうものだから、すぐにこちらが謝ってしまう。
全く本当に厄介な相手に当たってしまったなと思う。







私達は、命蓮寺の外にいた。
ご主人達と一緒に内部を案内して回るという手もあったのだが、なにせ先手を打って「お外に行きたいです」なんて言われてしまったものだから、もう逃げられなかった。
とりあえずは、外をぐるりと一周して、一応の案内を済ませた後、今に至る。
さて、これから何をしようかと私が考えていたとき

「紫さまの話、まだ終わらないのかなぁ……」

橙が突然、ぽつりとそんなことを呟いた。


さすがにまだ終わっていないだろうなと私は思う。
八雲一家が訪ねてきてから、まだ三十分ほどしか経っていない。
何の用があるのかは聞いていないから、その辺りなんとも言えないのだけど……ん?
そこで、私はあることに気がついた。

「あ……えっと、橙、でいいのかな?」
「あ、はい!私の名前覚えてくれてたんですね!」
「あ、あぁ、聖から聞いていたからな。橙、ひとつ聞いてもいいかな?」
「はい!なんでも答えます!」

橙は無邪気ではあるものの、いかにも良く躾けられているという風に背筋をピン、と伸ばしていた。
そんな仕草は、どこか可愛らしかった。

「君は八雲紫の用事が何なのか聞いていないのかい?」
「あ……え、えと……ごめんなさい……聞いてないです」

力なくそう答える橙。
耳や尻尾もさっきまでと比べて、しおしおと垂れてしまう。
急な落ち込み様に私はちょっと慌てた。

「す、すまない。知らないならいいんだ。全然気にしないでくれ」
「ほ……ほんとに?」
「ああ、何も問題はないから」
「あ、ありがとうナズちゃん」

私は、ナズちゃんって言うな!というお決まりのツッコミを必死に飲み込んだ。
ここで、そのツッコミをしてまた悲しませてしまうのも良くない。
しかし、私の思いとは裏腹に橙はどこか元気がなかった。

「あのね……私の話、聞いてもらってもいいですか?」

橙は落ち込んだ声のまま、静かに話をはじめた。

「私、藍さまの式だから、紫さまの式の式なんです」
「ああ、それはちょっと聞いていたけど」
「だけど、藍さまとは違って、私には八雲っていう名字がないんです……」

そういえば、そのことには少し違和感を感じていた。
八雲紫、八雲藍、とくれば、この子の名前は当然八雲橙になるのだろう。
でもこの子は、八雲という名を初めから名乗らなかった。
さほど気にはしなかったのだが、そこに何かあると言うのか。

「八雲の名前は、力をつけて、紫さまに認められないと名乗ってはいけないって、藍さまに言われたんです……」
「あ……そうだったのか……」
「だから私、八雲じゃないから、だから……何も知らなくて……ごめんなさい!」

橙は私に向かって頭を下げた。
すぐにそんなことは止めさせようと思ったのだが、何て声をかければいいかわからなかった。

力が弱いから、八雲の性は名乗れない。
厳しい家なんだな、と思う。
橙がなるほど良く躾けられているわけだ。
強くならなければ、しっかりしなければ、自分は家の名前を名乗ることもできない。
それはどれほど辛いことだろうか。

「紫さま、私のこと……家族だって認めてくれていないんです……」

橙は下を向いたままだ。
泣いているのかな、とも思ったが、違った。
むしろ真逆だった。

こらえているのだ。
必死で泣きそうな気持ちをこらえているのだ。
時折震える体がそれを示している。
そして、自分に八雲を名乗るだけの力がないことを悔しがっている。
たぶん下を向いている顔は、目を強く瞑りながら、歯を食いしばっているに違いない。


なんて強い子だろう。
泣いてもいいのに。
そんなことを我慢するような年ではないはずなのに。
それを耐えて、押し殺して、心の中に閉じ込めているのだ。


私がかける慰めの言葉なんて、きっと安っぽいものにしかならない。
だから、私は一つだけ、この子の間違いを訂正してあげる。

「家族じゃないなんてことは、ないと思う」

そこだけは、訂正してあげたかった。

「八雲紫が、橙のことを家族だと認めてないなんてことはないと思う」
「ナズちゃん……」

橙は顔を上げて私を見る。
その顔には戸惑いの色があった。
今日あったばかりの私が、こんなことを言うのはおかしいと思っているのだろう。
それは私もそう思う。
私はこの家族の何を知っているわけでもないし、そもそも八雲紫とは話したこともない。
だから無責任な言葉ではあるけれど。
でも、だからこそわかることだって、きっとあると思う。

「八雲を名乗らせないのは、確かに橙の力が弱いからだと思う」
「うん……」
「でも、それはそれ。これはこれじゃないか?」
「えっと……どういうことですか?」

私は言葉を捜した。
あまり抽象的な言葉を使っても、この子にはうまく伝わらないかもしれない。

「……つまり、八雲紫は、別に橙を嫌ってなんかいないってこと。むしろ大好きだから、早く八雲の性を名乗ってもらうために、あえて突き放しているんじゃないか?」
「うんと……ちょっとよくわかりません……」

むぅ、確かに今のも直接的とは言えないか。
命蓮寺は、わりと小難しいこと考える人たちが多いからなぁ……
私は迷った挙句、この言葉を使う事にした。

「八雲紫は、橙が好きなんだ。好きで好きで仕方ない。でも突き放してしまう。そういうのを、世間ではツンデレって言うんだ」
「ツン、デレ?」
「そうそう、好きな相手にうまく言葉を伝えられない。八雲紫はたぶん、そういう状態なんじゃないか?」
「……そうなのかなぁ……」
「そうだ、きっとそうに違いない。それに、橙が強くなるまで八雲を名乗ってはいけないって言われたんだろ?」
「うん」
「それなら、将来的に名乗れる可能性はあるってことだ。期待していない相手なら、家族と思っていない相手なら、強くなろうとなるまいと、同じ性なんて名乗らせるはずないじゃないか」
「うん……うん、そうかもしれないです……」

よしよし、我ながらナイス説得力じゃないか。
まぁなんか八雲紫には若干申し訳ない気がするが……。


でも、この子を家族だと思わないなんて、そんなことは絶対にない。
だって、こんなに強い子なんだぞ。
家族と認められていないと感じて、でも、そのことに対して泣くのではなく、歯を食いしばって耐えるような子なんだぞ。
そんな良い子に恵まれて、もしこの子が家族じゃないなんて思ってるなら、八雲紫は絶対に大馬鹿だ。

「ナズちゃん……ありがとう」
「うっ……」

涙で潤んだ瞳がこちらを見上げている。
なんかこう胸にきゅんと来て、私は思わず心臓の辺りを押さえた。

「ナズちゃんって優しいんですね。それにとっても大人、うらやましいです」
「い、いや、その……ナ、ナズぅ……」

もはや名前に対するツッコミも忘れ、私はとても嬉しそうに笑う橙の顔を直視できずに視線を逸らしていた。





それから、橙と追いかけっこをしながら遊んでいたのだが、橙のあまりの速さについていけず、私は息が上がってしまった。
ちょっと休もう、という提案を橙はうん!と元気よく受け入れてくれたからいいもの、正直ちょっとショックだ。
なにせ、完全に速さでは私が負けているのだから。

(八雲家の教育恐るべし、だな……)

実際、橙がどの程度まで強くなればいいのかを知らないのだが、たぶんまだまだ時間がかかるのだろう。
それまでこの子はずっと自分を磨いていくはずだから、まさに末恐ろしいといったところか。





私達は命蓮寺の外に設置されていたベンチに座った。
橙はお行儀よく、両手を握ってぴったりと揃えた足の上に乗せている。
背筋も曲がってない。
そんな姿を見て、ふと、こんな妹が欲しいな、と思ってしまった。

「あの、ナズちゃんのご主人様ってどんな人なんですか?」
「ご主人?」
「はい、聞かせて欲しいです!」

見れば、橙の尻尾がゆらゆらと揺れていた。
それ以外のところはぴしっとしているのに、なんだか尻尾に全ての感情が表れてしまっているかのようだ。
私がそれを見てくすっと笑うと、橙は少し不思議そうに首を傾げた。

ああ、もう、いちいちかわいいなこの子は。なでなでしたくなってくる。

私はこの子が猫で、自分が鼠であるという事実を完全に忘れかけていた。

「いいだろう、聞いてくれ、うちのご主人のこと。いやむしろ愚痴らせてほしい」
「う、うん、ありがとう」

急に勢い付いて話しはじめた私に、橙はちょっとびっくりしているようだった。
いけない、いけない。ご主人のこととなると、つい冷静さを失ってしまう。

「うちのご主人は、本当にひどい人なんだ」
「ひどい人?」
「そう。まず物をよく失くす。大きさとか、重要さとか、そういうこと関係なしに、物を失くすことが多い」
「それは大変です。藍さまにも『物を大事にしない子はいけないよ』って言われました!」
「ああ、そうなんだよ。ご主人はいつまでたってもその癖が抜けないんだ。それで、物を失くしてしまうと、すぐに私に泣きついて来る」
「そうなんですか……あ、もしかしてナズちゃんの能力を使うんですか?」
「お、察しがいいじゃないか。というか、よく私の能力を知っていたな?」
「はい!だって今日挨拶するから、ちゃんとみんな、じゃなくて、みなさんの名前と能力を覚えてきたんです!」

私に誉められて、嬉しそうに自分の努力を語る橙。
あぁ、くそっ、我慢できない。
いいよね、もうなでなでしてもいいよね?

「ふぁ……な、ナズちゃん?」
「橙は良い子だなぁ、よしよし」
「ふにゃぁ……ごろごろ……」

やばい、超かわいい。
猫の鳴き声が、若干私の本能を呼び覚まして、警鐘を鳴らしているのだが、なでなでする手を止められそうにない。
もうこれ、最終兵器じゃないだろうか。

「にゃ、にゃぁ……ナズちゃん……なですぎですにゃぁ……」

はっ、い、いかん。
私は一体何をしているんだ。
話の続きをしなければ……

「こほん。ええっと、それでな。とにかく、ご主人は何かあるたびに私を頼ってくるものだから、いつもほんとに困っているんだ」

なんとか、気持ちを立て直して話すことが出来た。
本当に危なかった。
この子の前では、もうちょっとだけ冷静なお姉さんでいさせてほしい。

「でも、ナズちゃんはご主人様のこと好きなんですね!」
「なっ……い、いきなり何を!?」
「だってナズちゃん、ご主人様の話をするとき、すっごく楽しそうでした。それってご主人様のことが大好きだからですよね!」
「~~~~~~~~~~っ!!」
「私も、藍さまの話をするときはいつもにこにこしちゃうもん。ナズちゃんもきっと大好きなんだろうなぁって」
「な、なな、なにを……そ、そんなわけが、な、ないだろう?」
「えっ……じゃあ、好きじゃないんですか?」

橙の不安げな瞳がこっちを見上げている。
ど、どうしよう。
この瞳に見つめられると、誤魔化したりできなくなりそうだ。

「あ、わかった!ナズちゃんってツンデレなんですね?」
「なぁ!?ち、ちがう!!断じて違うぞそれは!!」
「でもでも」
「ちーがーうー!絶対ちがう!私がご主人に対してそんな……お、覚えたての言葉をすぐに使おうとするな!」
「にゃ、にゃぅ……ごめんなさい……」

橙がしゅんと落ち込んでしまう。
で、でもこれは橙が悪いんだ。
私がご主人に対して、つ、ツンデレだなんて……
それってまるで私がご主人のことを……
や、やっぱり違う!そんなの違う!

「あの、怒らせちゃってごめんなさいです……」
「い、いや、わかってくれればいいんだ」

橙はぺこりと頭を下げたが、なんかもう私が頭を下げるべきなんじゃないだろうかと思ってしまう。
お詫びの意味をこめて、橙の頭をなでてあげることにした。
いや、決して私の欲望とかそういうものでは一切ない。

「にゃ、にゃぁ……ナズちゃん……なでなで気持ちいいよぉ……」
「よしよし、橙はいい子だ」

もうこの子うちで育てちゃダメかなぁ。
でも、絶対私甘い教育しかできないだろうからなぁ。
それで橙が悪い子になってしまったら本末転倒だしなぁ……。
などと、私は甘い妄想に浸っていると。

「橙!紫様がお帰りになるそうだ!!」

突然、遠くから八雲藍の声が聞こえてきた。
どうやら、お別れの時間のようだ。

「ナズちゃん、あの、今日はありがとうございました」

ベンチから勢いよく立ち上がると、橙は礼儀正しく深々とお辞儀をした。
うん、やっぱりこの子はしっかり育っていく方がいい。
私なんかに甘えずとも、この子は育っていける。
八雲という家族の一員として。

「今度は、私が橙のところへ遊びにいこうかな」
「ほんとに?」
「ほんとうに。だから、ちゃんと八雲を名乗れるように頑張れ」
「うん!またね、ナズちゃん!」

私が、返事を返す間もなく、橙は物凄いスピードで、八雲藍の方へと飛んでいってしまった。
うん、私がかけるべき言葉はかけられただろうし、これでいいだろう。



どうか、私の前で八雲橙と名乗る日が来ますようにと祈りつつ。
私は、もうすぐかかるであろうご主人からの呼び出しに答えるため、その場を後にするのだった。
こんにちは、ビーンと申します。

この話は、藍と星、紫と聖、と続けて一本の話にするつもりだったんですが、雰囲気がだいぶ違ったので、橙とナズで完結させた方が良いと思い、この形で投稿させていただきました。

橙もナズも書くのは初めてだったので、こんなの違う!って思った方は申し訳ないです。

感想等ありましたら、遠慮せずお願いします。
ビーン
http://
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
ねこねずみ!
2.奇声を発する程度の能力削除
橙可愛い!!てかツンデレってww
3.名前が無い程度の能力削除
ニヤニヤが止まらない! ねことねずみもかわいいよぉ!!
4.名前が無い程度の能力削除
なんだ、ツンデレか。
ツンデレなら仕方ない。