秋、と聞いて諸君らは何を連想するだろうか。
読書の秋、スポーツの秋、食欲の秋とこれは外の世界の人間が掲げる三大代名詞なのだと書物から知りえた情報である。
この言葉に霖之助は少々疑問を抱いていた。食欲の秋というのは、分からないでもない。農作物の実りの季節だから。
しかし、読書は時間があるときに意思次第で出来ることだし、スポーツなど里の人間はまずそんなことに時間を費やしたりしない。
精々、幻想郷の少女らがやれ弾幕ごっこと憂さを晴らすくらいなのだ。ある時、外の世界を知る者に聞いたのだがそれはどうやらキャンペーンみたいなものらしく、実際その言葉に倣う者は少ないのだとか。
本の売れ行きを伸ばしたいとかこの機会に肥満体系を如何にかしようだとか、企業の陰謀めいた策略と思えばいい。そう言っていたのだ。
ああなんだ、これは人間たちの販促行事だったということかと霖之助はすっきりとした気分でゆっくりと眠りについた。
「……して、…き…いのよ。…たし、……なにも…してるのに…!」
何だろう、辺りが騒がしい。
目を開けると何故か早苗が泣きそうな顔で見下ろしていた。
まあ現躁狂少女な彼女が何を仕出かそうが不思議なことはないが、こればかりは面食らわずにいられなかった。
「あ~あ、起きちゃいましたよ」
「凄いなびっくりだ。最優秀脚本賞モノだな。自作自演ご苦労さんってトコだな」
「秋だってのにとってもサムい空間が出来上がっちゃったわ。もうやりたくないよこんなこと」
どうやら霊夢と魔理沙も来ていたらしい。
覆いかぶさる早苗を退かし、もそりと体を起こす。一体何をしにきたのだ、この子らは。
「やあ、お早う。と言ってももう昼頃か、寝室に上がり込んで君らは何をしてたんだ?」
ちらと時計を見やり、遅い挨拶をかます。そういえば昨晩、本に夢中になって寝るのが大分遅くなったんだっけ、と数時間前の出来事を思い出した。
「早苗がね、貴方が泥のように寝てたからって悲劇のヒロインごっこしようとか言い出したの。じゃんけんで順番決めて私、早苗、魔理沙の順番だったんだけど。起きちゃったからこの勝負はたった今無効になったわ」
「私がやらなくて済んだってのは救われたな。感謝してますぜ香霖」
「早苗、昨日来たばかりだけど今日は何をしにきたのかな」
ニシシと魔理沙が笑う。
霊夢が耳まで真っ赤になった顔をを手団扇で扇ぎ火照りを冷まそうとしている一方、早苗は実に悔しそうに地団駄を踏む、と三者三様の反応を見せる。
普段、ぼんやり屋の霊夢が赤面するなどとは、果たして悲劇のヒロインというのはそれほどの辱めなのだろう。…見たいとは思わないが。
「きぃ!店主さんが起きなければ私の華やかしい勝利は確定してたのにぃっ」
「何が華やかしいよ!アンタの前置き自体どす黒かったわ!頭ン中侵食されてるんじゃない?曲りなりにも巫女がそんなでいいの!?」
「はんっ、霊夢の設定とか甘ったるくて砂糖で出そうだったわ。あれぇ?ブラックコーヒー飲んでたのに?ってくらいにね」
「まあまあ、落ち着こう。私は素敵な光景が拝めただけで充分」
「忘れろぉっ!」
二人を拝む魔理沙を見て思う、きっとそれは直視してはいけないものなのだろう。秋茄子のそれと類似した、否、それよりもおぞましい光景に違いない。
くぅ、と腹がなった。そういえば昨日は食事を一切摂取していなかった。そんな気分ではなかったというのもそうだが、食材が尽きたのだ。米や調味料などはまだあるが、野菜、肉等がない状態である。
その時は明日、買出しに行こうと考えていたのが、今では何処かで済まそうかとか考えている。決して自堕落ではない、断じて有り得ない。
「ほら、着替えるから出てった出てった」
「言われなくても。そうそう、霊夢も早苗も含めての話があるから早めに頼むな」
魔理沙たちが寝室を出たのを確認して、早々と寝巻きから何時もの導師のような服着替え、洗面所で顔を洗い、剃刀で髭を剃り、最後に水で口を濯いで店のスペースに向かった。
「お、以外に早かったな」
「時間に余裕をもって行動するのが信条だよ。ルーズになってはいけない」
「言う割には、今の今までグースカと寝てたけどね」
「いいじゃないか、別に。僕が起きてから眠るまでが開店時間なんだし」
「自堕落ー。大体、お店は朝から晩まで開いてるのが普通です。中には一日中営業してる店だってあるっていうのに」
寝坊を指摘された上、駄目出しまで喰らい赤面しかけた頬をするりと撫で、反論の言葉を探すが弁明の余地も見付けられない。
頬を撫でた手からチクチクと感触を感じた、雑に剃ったから剃り残しがあったか、態々二度手間を踏むのも面倒なので少々気になるがまた別の機会に剃るとしよう。
「で、話があるって言ってたけど、何かね?」
「これだよ、ほぅら一杯あるだろ」
魔理沙が取り出したのは笊から溢れそうなほど積まれた秋茄子だった。
「秋茄子だね」
「ああ、秋茄子だぜ」
「食べるのかい。そもそも秋茄子というのは種子が少ない、つまり子種が少なくなるから嫁に食わすなと言われる所以なんだ」
「そうなの?味が良いから憎い嫁に食わせない姑の嫁いびりって聞いた覚えがあるけど」
「勿論、それもある。でもこれらは姑が憎い嫁に食わせたくないがための口実に過ぎない、と言われるが他にもある、'秋なすび わささの粕につきまぜて よめにはくれじ 棚におくとも'って和歌があるんだけどね
わささは若酒と書いてつまり新酒のこと、よめは夜の目、夜目と書いてネズミを意味している。要約すると酒粕に漬けた秋茄子を美味しくなるまで棚に置いているのは結構なことだがネズミに食べられないよう
注意しろって意味が込められているんだよ」
「へぇ~、初めて知りましたよー。私てっきり体を冷やして調子を崩すかと思ってましたもん」
「でも夜目が隠語だったり、新年に忌み言葉としてネズミを嫁が君と言うんだけど、それは正月三が日だけで秋に使われる訳じゃないからこの和歌のよめが本当にネズミのことを指しているなんて断定はできないよ」
「う~む、さっぱりよく分からん。つまりネズミに食べられなきゃいいんだな?命蓮寺のネズミは秋茄子が食べられなくてさぞかし残念だな」
「断定できないと言ったよ。君は話のどこら辺を聞いてた?」
「棚においた酒と茄子をネズミに食われるな、だったかな?あれ?盗られるな、だったような…」
魔理沙に関しては大体、話を聞き流しているだろうと予測はしていたが余りにもチグハグである。
これ以上話を掘り下げても魔理沙の頭がこんがらがるのが容易に目に浮かぶので深い溜息を区切りに話題を変えることにした。
「まあいい、その秋茄子、食べるにしても如何して僕の所にに来る必要があるかな?」
「こないだ買い物に行ったのよ。その時に里の人たちが大量にお裾分けしてくれたんだけどね、あんまりにも多いから私もお裾分けのお裾分け」
「物資の横流しってことですかぁ?霊夢ってば中々の悪よねー、憧れちゃうわぁ」
「いや、それは何かが違うような気がするけどなぁ」
これから外食にでも行くつもりでいた僕には思っても見なかった吉報であることに違いはない。
丁度、昼頃だしこの茄子を使った料理を作ろうか、何にしようか、天麩羅がいいな。
「今更だけど私たちもまだお昼済ませてないのよねぇ、焼き茄子が食べたいわ」
「私は味噌田楽がいいな」
霊夢と魔理沙が視線を交わす。
こんなやり取りを前にも見た覚えがある。確か、朱鷺鍋に入れる味噌の赤いか白いかで揉めたんだったな。
「おいおい、外でやってくれよ?」
「言われなくても」
「分かってるわよ」
勢い良く開け放たれたドアが反動でまた閉まる。しかし、完全には閉まりきらず半分開いた状態になった。
ふと、視界に映ったのはにこにこと優しい笑みで此方を見据える早苗、その手にはお払い棒が握られている。
「あれ?君は行かなくていいのか?」
「…如何して、私が此処に残ったかお分かりですか?」
「お腹空いてないのかい」
「真逆。あの二人と争うよりも貴方を脅して注文を通した方が確実且つ安全なのですよ!」
お払い棒を構えた早苗がにじり寄る。
「因みに、君は何を御所望で?」
「麻婆茄子が食べたいですねー」
「何ィ!?麻婆茄子が食べたいだって!?早く言わなかったら手遅れになるところだぞ!」
これでもかと言うくらいワザとらしい大声を張り上げた。
案の定、半開きだったドアが開き険しい表情の霊夢と魔理沙がそこに立っていた。
きっと早苗が何も行動を起こさなかったことを不審に捉えたのだろう。
「早苗ー、抜け駆けする心算じゃないでしょうねぇ」
「麻婆茄子かぁ、お前となら分かり合えるってどこかで思ってたのに、残念だな」
二人して早苗の双肩に腕を回し、引き摺る形で外へと運び出す。
「え、え?ちょっと、離しなさいよー。畜生!腐れ店主め、次こそはぁー!」
「はいはい、言葉が汚いよ」
悔しがる早苗を敗者を蔑む悪役を彷彿とさせる笑みで見送ると戸が勝手に閉まった。
「ご機嫌いかが?素敵な香りを嗅ぎ付けて来ましたわ」
「昨日とあんまり変わらないな。力の強い妖怪は五感が異様に発達するものなのかい、是非とは言わないけどご教授願いたいね」
「あら、本当にそう思ってるの?鬱陶しそうな顔をしてるみたいだけど」
どうせ、茄子を巡って争う彼女らを見物にでも来たんだろう。
見物も喧騒も外でやれ、と言うのだが僕の周りの連中がそれを聞いた例がなく、殆どは向こうが勝手に場所を決めてしまう。
この場に於いての決定権は僕が有するというのに。
「茄子南蛮が食べたいわ」
「そうか、多分食べきれないだろうから分けてあげようか?」
「もぅ、貴方に作ってほしいものね」
「君のその訳の分からない能力で如何にかならないか?ほら、こうちょちょいと」
「出来ても無粋よ、料理は作るものでしょ」
確かに、紫が言うことに一理ある。
実際、料理を作っている時間というのは存外楽しいと感じている。
味を楽しむのは勿論だが、僕はどちらかというと作る過程を楽しむ方だ。
「でしょう?だから茄子南蛮、作ってくださる?」
「何を言っている?」
時折、心を読んだかのような発言をする。
そんなことだから胡散臭いと言われるんだよ?分からないよな。
「どうかなさいましたか?」
「何でもない、何でもないんだよ」
「可笑しな人ね、具合でも悪い?」
外の世界の三大代名詞ことを教えてもらった時もそうだが、この妖怪少女と二人きりでいるのは余り気持ちのいいものではない。
暫しの沈黙、早く誰でもいいから戻ってこないだろうか。
「やってやりましたよ!」
カウベルの仕事を奪うかのように力強く扉を開けた者がいる。
早苗が伸びきった霊夢と魔理沙の襟首を掴み、ガッツポーズを決め込む予想外の光景が扉の先に広がっていた。
漸く、感じる世界に安堵が流れ込んだのだ。喜ぶべきだ。
「ちょっと。いい加減放しなさいよ、服が伸びちゃうでしょ」
「そーだ、修繕とか面倒なんだぞぉ」
「やあ、お帰り。以外に以外だね、君が勝つなんて」
勝利の興奮冷めやらぬ早苗がズカズカと霖之助に歩み寄る。
腰掛けているので早苗の顔が目と鼻の先の距離まで詰まるが、興奮状態の彼女にとってはお構いなし、といったところだろうか。
「近いですわね」
「近いな」
「近すぎよ、またサムい空間作る気かしら?」
野次馬が小煩い。
そろそろ目の前の顔が鬱陶しく感じ始めてきた頃なので突き放そうと手を動かそうとしたら、早苗が口端を吊り上げ笑った。
「麻婆茄子、作ってくれますよね?」
「構わないけど、それだけじゃ味気ないよ。腐らせるのも勿体無いから霊夢と魔理沙…あと紫のリクエストも取り入れようか」
「え、いいの?」
「本当か、流石香霖、話の分かる伊達男~」
「あら、なんだかお邪魔したようで気が引けますわ」
なら気だけじゃなくて身も引けてくれるといいんだけどねぇ。
紫が黒い笑みで此方を見据えるので仕方なくの対処である。
これくらいはしないと機嫌を損ねられても面倒だから本当に仕方なくである。
「う~ん、勝ったのは私なのに。それじゃあ、勝者はそれらしくふんぞり返ってますんで、よろしく!」
「何言ってるんだ?今、蓄えが底を尽きたんだ。作ってほしけりゃ買出しを頼むよ。いっそのこと君ら全員で行ってきてくれよ」
「ええ~!?何で?私勝者なのにィ!?」
「さぁ~なえ、行くわよ?」
買出しのメモとお金を早苗に渡す。
気色悪い薄ら笑い浮かべる霊夢が早苗の肩を掴む。それとほぼ同時に早苗の腹の虫が鳴いた。
「くっ、背に腹は変えられなません、ですが貴方に一泡吹かすその時まで、めげません、しょげません、へこたれません!」
本当に散り際の捨て台詞の上手い子だと思う。それ故にどのようにからかおうかと考えるのが楽しい。
「なぁんだ、香霖蓄え切らしてたんだ。ま、そんな気はしてたよ」
「私を顎でこき使うなんて貴方も随分と立派になられたものねぇ」
思いっきりの皮肉だ。唯でさえ一緒にいるだけでも生きた心地がしないのにネチネチと言葉で攻めてくるのは勘弁してほしい。
どうせ、そんなこともお見通しでわかっているから嫌がらせ染みたことをするんだろうな。
「紫、商店街まで繋いで頂戴よ」
「のんびり行きましょうよ。早ければいいものではないわ」
魔理沙と早苗が文句を垂れるのを紫は聞き流して扉から空へと飛び立った。他の三人もそれに続くように扉を潜り出た。
静けさと懐かしい悠久の時間が支配する香霖堂。
じきに帰ってくる少女らの腹を満たす為の仕度だけでもと、店主は腰を上げた。
そうだ、天麩羅も加えよう。秋は人妖問わず食欲がそそられる。
読書の秋、スポーツの秋、食欲の秋とこれは外の世界の人間が掲げる三大代名詞なのだと書物から知りえた情報である。
この言葉に霖之助は少々疑問を抱いていた。食欲の秋というのは、分からないでもない。農作物の実りの季節だから。
しかし、読書は時間があるときに意思次第で出来ることだし、スポーツなど里の人間はまずそんなことに時間を費やしたりしない。
精々、幻想郷の少女らがやれ弾幕ごっこと憂さを晴らすくらいなのだ。ある時、外の世界を知る者に聞いたのだがそれはどうやらキャンペーンみたいなものらしく、実際その言葉に倣う者は少ないのだとか。
本の売れ行きを伸ばしたいとかこの機会に肥満体系を如何にかしようだとか、企業の陰謀めいた策略と思えばいい。そう言っていたのだ。
ああなんだ、これは人間たちの販促行事だったということかと霖之助はすっきりとした気分でゆっくりと眠りについた。
「……して、…き…いのよ。…たし、……なにも…してるのに…!」
何だろう、辺りが騒がしい。
目を開けると何故か早苗が泣きそうな顔で見下ろしていた。
まあ現躁狂少女な彼女が何を仕出かそうが不思議なことはないが、こればかりは面食らわずにいられなかった。
「あ~あ、起きちゃいましたよ」
「凄いなびっくりだ。最優秀脚本賞モノだな。自作自演ご苦労さんってトコだな」
「秋だってのにとってもサムい空間が出来上がっちゃったわ。もうやりたくないよこんなこと」
どうやら霊夢と魔理沙も来ていたらしい。
覆いかぶさる早苗を退かし、もそりと体を起こす。一体何をしにきたのだ、この子らは。
「やあ、お早う。と言ってももう昼頃か、寝室に上がり込んで君らは何をしてたんだ?」
ちらと時計を見やり、遅い挨拶をかます。そういえば昨晩、本に夢中になって寝るのが大分遅くなったんだっけ、と数時間前の出来事を思い出した。
「早苗がね、貴方が泥のように寝てたからって悲劇のヒロインごっこしようとか言い出したの。じゃんけんで順番決めて私、早苗、魔理沙の順番だったんだけど。起きちゃったからこの勝負はたった今無効になったわ」
「私がやらなくて済んだってのは救われたな。感謝してますぜ香霖」
「早苗、昨日来たばかりだけど今日は何をしにきたのかな」
ニシシと魔理沙が笑う。
霊夢が耳まで真っ赤になった顔をを手団扇で扇ぎ火照りを冷まそうとしている一方、早苗は実に悔しそうに地団駄を踏む、と三者三様の反応を見せる。
普段、ぼんやり屋の霊夢が赤面するなどとは、果たして悲劇のヒロインというのはそれほどの辱めなのだろう。…見たいとは思わないが。
「きぃ!店主さんが起きなければ私の華やかしい勝利は確定してたのにぃっ」
「何が華やかしいよ!アンタの前置き自体どす黒かったわ!頭ン中侵食されてるんじゃない?曲りなりにも巫女がそんなでいいの!?」
「はんっ、霊夢の設定とか甘ったるくて砂糖で出そうだったわ。あれぇ?ブラックコーヒー飲んでたのに?ってくらいにね」
「まあまあ、落ち着こう。私は素敵な光景が拝めただけで充分」
「忘れろぉっ!」
二人を拝む魔理沙を見て思う、きっとそれは直視してはいけないものなのだろう。秋茄子のそれと類似した、否、それよりもおぞましい光景に違いない。
くぅ、と腹がなった。そういえば昨日は食事を一切摂取していなかった。そんな気分ではなかったというのもそうだが、食材が尽きたのだ。米や調味料などはまだあるが、野菜、肉等がない状態である。
その時は明日、買出しに行こうと考えていたのが、今では何処かで済まそうかとか考えている。決して自堕落ではない、断じて有り得ない。
「ほら、着替えるから出てった出てった」
「言われなくても。そうそう、霊夢も早苗も含めての話があるから早めに頼むな」
魔理沙たちが寝室を出たのを確認して、早々と寝巻きから何時もの導師のような服着替え、洗面所で顔を洗い、剃刀で髭を剃り、最後に水で口を濯いで店のスペースに向かった。
「お、以外に早かったな」
「時間に余裕をもって行動するのが信条だよ。ルーズになってはいけない」
「言う割には、今の今までグースカと寝てたけどね」
「いいじゃないか、別に。僕が起きてから眠るまでが開店時間なんだし」
「自堕落ー。大体、お店は朝から晩まで開いてるのが普通です。中には一日中営業してる店だってあるっていうのに」
寝坊を指摘された上、駄目出しまで喰らい赤面しかけた頬をするりと撫で、反論の言葉を探すが弁明の余地も見付けられない。
頬を撫でた手からチクチクと感触を感じた、雑に剃ったから剃り残しがあったか、態々二度手間を踏むのも面倒なので少々気になるがまた別の機会に剃るとしよう。
「で、話があるって言ってたけど、何かね?」
「これだよ、ほぅら一杯あるだろ」
魔理沙が取り出したのは笊から溢れそうなほど積まれた秋茄子だった。
「秋茄子だね」
「ああ、秋茄子だぜ」
「食べるのかい。そもそも秋茄子というのは種子が少ない、つまり子種が少なくなるから嫁に食わすなと言われる所以なんだ」
「そうなの?味が良いから憎い嫁に食わせない姑の嫁いびりって聞いた覚えがあるけど」
「勿論、それもある。でもこれらは姑が憎い嫁に食わせたくないがための口実に過ぎない、と言われるが他にもある、'秋なすび わささの粕につきまぜて よめにはくれじ 棚におくとも'って和歌があるんだけどね
わささは若酒と書いてつまり新酒のこと、よめは夜の目、夜目と書いてネズミを意味している。要約すると酒粕に漬けた秋茄子を美味しくなるまで棚に置いているのは結構なことだがネズミに食べられないよう
注意しろって意味が込められているんだよ」
「へぇ~、初めて知りましたよー。私てっきり体を冷やして調子を崩すかと思ってましたもん」
「でも夜目が隠語だったり、新年に忌み言葉としてネズミを嫁が君と言うんだけど、それは正月三が日だけで秋に使われる訳じゃないからこの和歌のよめが本当にネズミのことを指しているなんて断定はできないよ」
「う~む、さっぱりよく分からん。つまりネズミに食べられなきゃいいんだな?命蓮寺のネズミは秋茄子が食べられなくてさぞかし残念だな」
「断定できないと言ったよ。君は話のどこら辺を聞いてた?」
「棚においた酒と茄子をネズミに食われるな、だったかな?あれ?盗られるな、だったような…」
魔理沙に関しては大体、話を聞き流しているだろうと予測はしていたが余りにもチグハグである。
これ以上話を掘り下げても魔理沙の頭がこんがらがるのが容易に目に浮かぶので深い溜息を区切りに話題を変えることにした。
「まあいい、その秋茄子、食べるにしても如何して僕の所にに来る必要があるかな?」
「こないだ買い物に行ったのよ。その時に里の人たちが大量にお裾分けしてくれたんだけどね、あんまりにも多いから私もお裾分けのお裾分け」
「物資の横流しってことですかぁ?霊夢ってば中々の悪よねー、憧れちゃうわぁ」
「いや、それは何かが違うような気がするけどなぁ」
これから外食にでも行くつもりでいた僕には思っても見なかった吉報であることに違いはない。
丁度、昼頃だしこの茄子を使った料理を作ろうか、何にしようか、天麩羅がいいな。
「今更だけど私たちもまだお昼済ませてないのよねぇ、焼き茄子が食べたいわ」
「私は味噌田楽がいいな」
霊夢と魔理沙が視線を交わす。
こんなやり取りを前にも見た覚えがある。確か、朱鷺鍋に入れる味噌の赤いか白いかで揉めたんだったな。
「おいおい、外でやってくれよ?」
「言われなくても」
「分かってるわよ」
勢い良く開け放たれたドアが反動でまた閉まる。しかし、完全には閉まりきらず半分開いた状態になった。
ふと、視界に映ったのはにこにこと優しい笑みで此方を見据える早苗、その手にはお払い棒が握られている。
「あれ?君は行かなくていいのか?」
「…如何して、私が此処に残ったかお分かりですか?」
「お腹空いてないのかい」
「真逆。あの二人と争うよりも貴方を脅して注文を通した方が確実且つ安全なのですよ!」
お払い棒を構えた早苗がにじり寄る。
「因みに、君は何を御所望で?」
「麻婆茄子が食べたいですねー」
「何ィ!?麻婆茄子が食べたいだって!?早く言わなかったら手遅れになるところだぞ!」
これでもかと言うくらいワザとらしい大声を張り上げた。
案の定、半開きだったドアが開き険しい表情の霊夢と魔理沙がそこに立っていた。
きっと早苗が何も行動を起こさなかったことを不審に捉えたのだろう。
「早苗ー、抜け駆けする心算じゃないでしょうねぇ」
「麻婆茄子かぁ、お前となら分かり合えるってどこかで思ってたのに、残念だな」
二人して早苗の双肩に腕を回し、引き摺る形で外へと運び出す。
「え、え?ちょっと、離しなさいよー。畜生!腐れ店主め、次こそはぁー!」
「はいはい、言葉が汚いよ」
悔しがる早苗を敗者を蔑む悪役を彷彿とさせる笑みで見送ると戸が勝手に閉まった。
「ご機嫌いかが?素敵な香りを嗅ぎ付けて来ましたわ」
「昨日とあんまり変わらないな。力の強い妖怪は五感が異様に発達するものなのかい、是非とは言わないけどご教授願いたいね」
「あら、本当にそう思ってるの?鬱陶しそうな顔をしてるみたいだけど」
どうせ、茄子を巡って争う彼女らを見物にでも来たんだろう。
見物も喧騒も外でやれ、と言うのだが僕の周りの連中がそれを聞いた例がなく、殆どは向こうが勝手に場所を決めてしまう。
この場に於いての決定権は僕が有するというのに。
「茄子南蛮が食べたいわ」
「そうか、多分食べきれないだろうから分けてあげようか?」
「もぅ、貴方に作ってほしいものね」
「君のその訳の分からない能力で如何にかならないか?ほら、こうちょちょいと」
「出来ても無粋よ、料理は作るものでしょ」
確かに、紫が言うことに一理ある。
実際、料理を作っている時間というのは存外楽しいと感じている。
味を楽しむのは勿論だが、僕はどちらかというと作る過程を楽しむ方だ。
「でしょう?だから茄子南蛮、作ってくださる?」
「何を言っている?」
時折、心を読んだかのような発言をする。
そんなことだから胡散臭いと言われるんだよ?分からないよな。
「どうかなさいましたか?」
「何でもない、何でもないんだよ」
「可笑しな人ね、具合でも悪い?」
外の世界の三大代名詞ことを教えてもらった時もそうだが、この妖怪少女と二人きりでいるのは余り気持ちのいいものではない。
暫しの沈黙、早く誰でもいいから戻ってこないだろうか。
「やってやりましたよ!」
カウベルの仕事を奪うかのように力強く扉を開けた者がいる。
早苗が伸びきった霊夢と魔理沙の襟首を掴み、ガッツポーズを決め込む予想外の光景が扉の先に広がっていた。
漸く、感じる世界に安堵が流れ込んだのだ。喜ぶべきだ。
「ちょっと。いい加減放しなさいよ、服が伸びちゃうでしょ」
「そーだ、修繕とか面倒なんだぞぉ」
「やあ、お帰り。以外に以外だね、君が勝つなんて」
勝利の興奮冷めやらぬ早苗がズカズカと霖之助に歩み寄る。
腰掛けているので早苗の顔が目と鼻の先の距離まで詰まるが、興奮状態の彼女にとってはお構いなし、といったところだろうか。
「近いですわね」
「近いな」
「近すぎよ、またサムい空間作る気かしら?」
野次馬が小煩い。
そろそろ目の前の顔が鬱陶しく感じ始めてきた頃なので突き放そうと手を動かそうとしたら、早苗が口端を吊り上げ笑った。
「麻婆茄子、作ってくれますよね?」
「構わないけど、それだけじゃ味気ないよ。腐らせるのも勿体無いから霊夢と魔理沙…あと紫のリクエストも取り入れようか」
「え、いいの?」
「本当か、流石香霖、話の分かる伊達男~」
「あら、なんだかお邪魔したようで気が引けますわ」
なら気だけじゃなくて身も引けてくれるといいんだけどねぇ。
紫が黒い笑みで此方を見据えるので仕方なくの対処である。
これくらいはしないと機嫌を損ねられても面倒だから本当に仕方なくである。
「う~ん、勝ったのは私なのに。それじゃあ、勝者はそれらしくふんぞり返ってますんで、よろしく!」
「何言ってるんだ?今、蓄えが底を尽きたんだ。作ってほしけりゃ買出しを頼むよ。いっそのこと君ら全員で行ってきてくれよ」
「ええ~!?何で?私勝者なのにィ!?」
「さぁ~なえ、行くわよ?」
買出しのメモとお金を早苗に渡す。
気色悪い薄ら笑い浮かべる霊夢が早苗の肩を掴む。それとほぼ同時に早苗の腹の虫が鳴いた。
「くっ、背に腹は変えられなません、ですが貴方に一泡吹かすその時まで、めげません、しょげません、へこたれません!」
本当に散り際の捨て台詞の上手い子だと思う。それ故にどのようにからかおうかと考えるのが楽しい。
「なぁんだ、香霖蓄え切らしてたんだ。ま、そんな気はしてたよ」
「私を顎でこき使うなんて貴方も随分と立派になられたものねぇ」
思いっきりの皮肉だ。唯でさえ一緒にいるだけでも生きた心地がしないのにネチネチと言葉で攻めてくるのは勘弁してほしい。
どうせ、そんなこともお見通しでわかっているから嫌がらせ染みたことをするんだろうな。
「紫、商店街まで繋いで頂戴よ」
「のんびり行きましょうよ。早ければいいものではないわ」
魔理沙と早苗が文句を垂れるのを紫は聞き流して扉から空へと飛び立った。他の三人もそれに続くように扉を潜り出た。
静けさと懐かしい悠久の時間が支配する香霖堂。
じきに帰ってくる少女らの腹を満たす為の仕度だけでもと、店主は腰を上げた。
そうだ、天麩羅も加えよう。秋は人妖問わず食欲がそそられる。
もう少し前後の話の接合性を考慮しましょう。
嗚呼、茄子たべたい・・・
しかし一体、霊夢はどんな演技をしたんだろうかw
早苗さんがいい具合に暴走しててよかったです。