ポリポリと。
塩を軽くまぶしただけの豆を齧りながら守矢神社の境内に降り立つと、ちょうどお茶をしようとしていたらしい早苗が私を見つけて、ひらひらと手を振ってきた。
「おはよう」
「はい、おはようございます。お茶いります?」
「うん、いる」
ごそごそと袋の中の豆を取りだしてまた口の中に入れる。手作りの塩が絶妙に豆の甘さを引き出してこれがなかなかに旨い。
気になったらしい早苗に手渡すと、早苗も「あ」と意外そうに美味しいと呟いた。
「もうひとつ」
「ん」
「うん、美味しい」
「ん」
「お塩が効いていますね。飽きない美味しさです」
「ん」
「どうもどうも。はい、お茶です」
ずずっと早苗らしい苦味の少ないお茶を飲んで人心地つくと、豆をいれた袋を広げて、二人でポリポリとただ豆を味わう。
「でも、このお豆は本当に美味しいですね。うーん。家のと何が違うのでしょう……?」
「塩じゃないの? この塩ってムラサと一輪が手作りしたやつだし」
「えっ?! ど、どうやってですか?!」
「どうって、ムラサはあの穴あき柄杓で海水出せるから、それでその海水を沸騰させて作ってるみたいよ? そんで、作りすぎた塩を里の人たちに配ったりとかしてるみたいだし」
「……ぐっ。卑怯な。貴重な調味料を惜しみなく無償に分け与えるなんて……っ、そんなの純朴な里の人たちは惜しみなく感謝しまくって信仰心上がりまくりじゃないですか……!」
「いや知らないわよそんなの」
「……そ、それに考えてみれば、命連寺の信仰心って、元は宝船で縁起が良いとかいう理由付けもありましたよね……? ならばいっそ! 美味しい調味料の確保とついでに聖輦船の船長というムラサさんを引き抜いて……っ」
「無理っぽいし諦めれば? ぶっちゃけ守矢にムラサが魅了されるもの何もないし」
ポリポリと。
早苗が非常にうろんげで恨めしげな目をじっとりと向けてくるが、事実だからしょうがない。ああ、お豆が美味しい。
「うぅ、鬼は外ー」
「それは昨日で終わり」
「いいんです! 節分続行です!」
「一人でやっててね」
「ああもう! 悔しいけど美味しいんですよこのお豆! いえお塩が!」
やけ食いでポリポリ豆をリスみたいに食べ始める早苗を横目に、お茶をずずっと味わいながら空を見れば、雲が多いけれどそれなりに良い天気。
うん、平和平和。
「あ、そういやさ早苗」
「? 何でふか」
「うん実はさ……って、豆をそこまで頬につめないでよ」
「ん。しょうがないじゃないですか! 美味しいんです」
「そう……良かったね。いや、そうじゃなくて、今日から暫くの間でいいから泊めてくれない?」
「は?」
ずずっと、お茶を飲み干してお代わりを要求して、豆をまたポリっと噛んで味わう。
うん旨い。
「……えっ、いえ、どうしたんですか急に?」
「いや、帰りたくないから」
「えっ?」
「命連寺に、ね」
「っ?! 誘われてますかもしかして?!」
「誘ってねぇよ」
「あいた!?」
冗談なのかふざけているのか、とにかくテンション高い早苗をぺちりとすると、やっぱり冗談だったらしく、早苗は痛いです、とかぶつぶつ言いながらも、私の湯飲みにお茶を手馴れた様子で注ぎながら「で、どうしたんですか?」と冷静に聞いてくる。
「……うん」
「ぬえさん?」
「いや、昨日は節分だったじゃない?」
「ええ、節分でした」
「節分ってさ、豆を食べるじゃない」
「ええ、年の数だけですね」
注ぎたてのお茶で、そっと喉を潤して、ふっと笑う。
「……いやね、でも私たちって長生きだし、年の数はさすがに無理だからって、でも雰囲気を味わいましょうって、酒の摘みでのんびりと消費しようとして」
「はぁ、して?」
「……まあ、原因はムラサなんだけど」
「ムラサさん?」
「……あ、あいつ。そしたら空気も読まずに、笑って『年の数って、つまり生きた数ですよね』って、明らかに少なすぎる豆を取って、そんでさっさと食べきって、お酒とか飲みながらもどっか暇そうにぽつんとしやがって……っ」
「…………ちょっと守矢の余った豆を全力で取ってきます」
「あ、いい。それはいい! 私を含めて命連寺総員でムラサに豆を押し付けたから……! あいつはもういいから豆を食べればいいのよ! 何が生きた数よもっと食べなさいよ馬鹿っ! わ、私は違うけど一輪とかボロ泣きだったじゃない! 聖は我慢したけど泣きそうで星は泣き上戸でうるさいしもあのナズーリンさえ無言でムラサに豆を与えまくったわよ!」
だんだんと床を叩いて、ハッとして我に返る。
い、いけない。まったく私とした事が……っ。
正体不明の大妖怪がこんな事で憤っている所を見せるなんて、まったく……!
こほん、と咳払い。
「ま、まあ、そういう訳で、現在はムラサに豆料理をたらふく食わせるキャンペーン中で、朝昼晩と豆料理オンリーだから、さすがに逃げようと思って」
「……あー。なるほど。そういう理由でしたか」
「うん」
「そういう理由でしたら、構いませんよ」
「ありがとう早苗」
「はい。お風呂にお布団に夢の世界までエスコートは可能です」
「うんそこはマジでいらない」
「つれないです」
残念そうに言うけれど、早苗がどこまで本気かはさっぱり謎なので、私は気にしない振りをして横目で睨んでみる。
早苗は美味しそうに豆を食べていて、やっぱ本気じゃないんじゃん、と。ずずずっとお茶を飲む。
「……そういえば早苗は?」
「はい、何がですか?」
「いや節分、何してたのかなって」
「ああ、私は霊夢さんの所とここで二回豆まきをしましたよ」
「ふぅん」
「霊夢さん、嫌がる文さんに豆を食べさせようってしてて、うふふ、あれって、普段いじれないからってイベントにかこつけて、凄く楽しそうでした。こう」
『いらない! 食べれない! 年の数って私がどれだけ生きてると思ってんですか?!』
『いいじゃないの減るものじゃないし』
『明らかに増えますよね!? 主に乙女にとっての危機な数字が!?』
『ほら、文、あーん』
『いらん!』
『……あーん!』
『ちょっ、こら、やめ?!』
……あー。想像つくわーそれ。
何っていうか、巫女って好きな奴を苛める事でしかアピールできないわけ?
だって早苗も……。
……ッ!
「あれ、どうしました? 顔が赤いですよ?」
「な、何でもないわよ!」
「そうですか。てっきりぬえさんが私の気持ちにようやく気づいてくれたのかと期待したのに……」
「ッ!?」
「あーあ、残念です」
また、そういう事を、さらっと……!
だから、冗談とかふざけているとかしか思えないっていうか、ここで食い下がらないならやっぱり本気じゃないんでしょうしね……!
ほらまた豆を食べてお茶飲んでるし! ほ、本当に落としたいとか思ってんならもっと気合入れなさいよむかつくわねえ!
「あ、お豆無くなっちゃいましたね」
「え?」
ハッとして視線を早苗の顔からずらすと、確かにお豆を入れた袋は空になっていて、あ、とちょっと名残惜しくなる。
食べられなくなると思うと食べたくなるのだから不思議だけれど、命連寺に行けばそれこそ大量にあるのだけれど。
「……」
「どうしましょうか?」
今は、まあ、何となく。
ここから動きたくないし。
「……別に、いい」
「そうですか。じゃあ何かお茶菓子を持ってきましょうか?」
そんで、なんか。
早苗にわざわざ持ってきてもらいたいほどに、何か食べたい訳でもない。
「……いらない。食べたくないし」
「そうですか」
「……」
「……」
ふぅ、と。
不自然な沈黙。
私は顔を逸らしているからわからないけど、早苗が何か思案しているみたいな。そんな感じ。
「?」と早苗を見ると、早苗は指先を唇にあててうーんとしばし唸ってから、私に向けてにこりと微笑んだ。
「なぁ、によ…?!」
「いえ、お掃除しようかなーって」
「え?!」
「……と思ったけど、やっぱりお茶が恋しいのでここにいようかなと」
「あ、ああ、そう」
ほっとして、何よ驚かすんじゃないわよ、ってお茶を飲む。
「あ。お花に水をあげにいこうかな」
「ぶっ」
小さく噴いた。
自分でもわからないけど何か焦って。早苗が腰を上げたのをみて何かいわなきゃと焦ってわたわたする。
「あ、それは朝にやったからいいんでした」
「へ?! あ、ああ、そう」
そしてまたぽすっと元の位置に座る早苗を見て、ほーっとして、うっかり早苗の服を掴んじゃった指を慌てて外して、ばれてないわよね?! とお茶をごくごく飲む。
「お代わりいります?」
「い、いる」
「はいどうぞ」
「ん。ありがと」
ずずーっと。今度のは少し苦くて舌先からすうっと落ち着いてきた。
早苗は、ただにこにこと私を見てて、何だよって睨んだら「いいえ」ってやっぱりにこにこしやがって。
私が大妖怪で、年上で、つまりお姉さんって分かってんだろうかとさらに強く睨んだ。
「私、ぬえさん好きですよ」
「ぼふっ?!」
お茶を飲もうとしたら脈絡なくきた。
「何でって聞かれたら、そりゃあ最初の出会いですよ。常識にとらわれないという悟りを開いた私の前にエイリアンとか。もう目から鱗どころじゃないすばらしさでした」
「まてまてまて?!」
「いえ、もうエイリアンさんじゃないのは分かってるんですけどね」
「そ、そう」
「失望しました」
「ええ!?」
「そして恋をしました」
「おかしいよね!?」
「まあそういう訳で、私はぬえさん好きですよ」
「とてもじゃないけど信じられるか!!」
怒鳴って。
それから頭を抱える。
あー……こいつ、もぅ、あー!!
本当に分からない!
正体不明の私が分からない正体不明。
嘘なのか冗談なのか本当なのかおふざけなのか、ぜんぜん分からない。
なのに、嫌じゃない……ッ。
「あー……私、ここまで心を込めてこの言葉を送るの、あんたが二人目だわ」
「あら?」
「死ね、馬鹿……!」
「……あ、あの、それ明らかに最初の一人ってムラサさんですよね? っていうかぬえさんムラサさん好きすぎじゃないですか?! 短い会話にどれだけ名前を出すつもりですか?! 流石の私も妬きますよ?!」
「うっさい!」
「……くっ。当面のライバルはやはりあの船幽霊ですか。心から大量の豆を贈ろう」
早苗がむぅっと頬を膨らませて、でも時間は関係ありませんよね、やっぱり一瞬で大気圏を突き抜ける常識なんて通用しない恋もあるのですよとかあーだこーだ言ってて。
うるさいうるさいって、聞いてるだけで顔が熱くなって。
だから。
ちらりと、見えた。
足元にあった、一粒の豆。
それを握って。うりゃって投げた。あいたって、間抜けな声。
「おにはそと!」
「……え?」
「ばか!」
「……えーと」
「なんか、早苗のせいで苦しいじゃないのよ馬鹿!」
「……ぉお」
「何で喜ぶのよ!」
もう、もうもうもう!
本当に常識が通じなさすぎて、早苗をぽかぽかすると、いやぁ、とか参りましたぁ、とかにやけた声で言いやがるから本当に腹立たしくて、でも、ムラサの時みたいに、殴ってもすっきりしなくて。
「ね、ぬえさん」
「な、何よ」
「来年は、ここで一緒に節分をしましょう!」
「は、はあ?」
「約束ですね。さ、お風呂にいきましょうか!」
「まて、本当に待て! 何なのよあんたはいったい!」
「んー。だってしょうがないじゃないですかー」
ぎゅっと、不意に、早苗らしくない、早苗っぽくない。でも早苗の。ふにゃって微笑み。
「私のお姫様は、強引なのがお好きみたいなんですから」
なんて。
似合わない優しい顔して、誤魔化されないって言おうとして、失敗して。
よく分からないけど声がでなくなって、しょうがないから。早苗に引っ張られるままに、足を進める。
違う、から。
何が違うか分からないけど。でも違うから。
それを証明するために、私は早苗についていくだけなのだ。
だから。
「あ、ぬえさん。今晩は何を食べたいですか?」
「……豆以外」
「了解です♪」
しょうがないから。
来年はここで節分しようかなって、まあ、なんとなくだけど。
そう決めて。
この正体不明の人間を、この正体不明のぬえ様が、暴いてやるわよって。
何だかむかむかしてきて、ついでに腹が据わって。
えいって早苗に抱きついた。
早苗はぎょくんって変な感じに固まってから「……さすが、正体不明の妖怪さんですね」って、思い切り顔を逸らして、でもちらりと見えた耳が赤くて。
その反応こそ謎過ぎて。
やっぱり早苗は分からない。
でも、だからこそ知ってやろうと。「当然でしょう」って。
まあ今日もそれなりに正体不明を追及する。
平和な日常を、こいつと一緒に探求するのだ。
「ええ、でも現在は、理性が持つか心配です……!」
「は?」
「常識は捨てますけれど、人として大切な道徳は、まだ手放せないのですよ……!」
「はあ?」
そして、やっぱこいつは分からない。
なんでお風呂に入ってる最中に、急にそういう事を言い出すのかと。
まったく。
幸せになってほしい、ムラサも早苗も
俺得だったわ
焦らしたりあっけらかんとぶっちゃける裏を想像したら2828が止まらない。
そして、ぬえちゃん逃げてー。ここそそわだからっ
ぬえとても可愛い
ああもうぬえちゃん可愛いな。
あと何気にあやれいむでもニヤニヤが止まらない
さなぬえ良いです!最高です!、
だが良し
夏星さんの書くぬえは可愛いなあ
初めて読んだ