―――咲夜。私の可愛い咲夜。
よく頑張ってくれたわね。長い間のお仕事、ご苦労様。
労うことしかできないけれど、貴女には本当に感謝しているのよ。
紅霧異変を起こしたり。永夜異変を解決しようと奔走したり。
私は楽しかったけれど、今思うと、貴女には迷惑のかけ通しだったわね。
今更だけど、ごめんなさい。……もう、届かない言葉だけれど。
覚えているかしら?貴女と主従関係を結んだ日のこと。私は、今でも鮮明に思い出せるわ。
あの日、私は貴女に、メイドとしての仕事と心構えを教えただけじゃなく、色々とワガママな注文を出したのよね。
「貴女は従者なんだから、私より先に寝てはイヤよ」
「もちろん、私より後から起きて来るなんて論外」
「食事は、どんな時にでも、とびっきりのものを作って」
「それから、いつも、いつまでも、美しくありなさい」
「でも、貴女は人間だから……。自分にできるだけでいいわ。そう、できる限り私に尽くしてくれれば、それで構わないから」
最後に一言そう付け足したら、貴女は少しだけ微笑んで「仰せのままに」と言っていたわね。
咲夜。貴女は、私があの日言った事を、いつまでも忘れずにいてくれた。
朝寝坊をしたことなんて一度もないし、それでいて、夜も毎日遅くまで仕事に励んでた。
今思えば、私は貴女の寝顔なんて、ただの一度も見たことがなかったかもしれないわ。
きっと可愛かったでしょうに、それが少しだけ心残りね。
でも、ただの人間にここまでできるものなのかと、私は密かに驚いていたのよ。
……そういえば、貴女にはこんな事も言ったんだったっけ。
「人の陰口なんて、絶対に言わないこと。そんなことは、つまらない人間のすることだわ」
「簡単よ。出会う誰をも愛すればいいの。ただ、それだけの事なのよ」
咲夜。勝手気ままな主やその友人、おまけに妹まで持って、愚痴を言う事も許されない貴女は、さぞ大変だったでしょうね。
自分で言うのも何だけど、もし私が、私のような性格の主に仕えなければならなくなったとしたら、おそらく三日と持たないわ。
他にも、パチュリーの実験が失敗して館が大変なことになったり、面倒な来客が毎日の様に現れたり。
いくら何でも、嫌になったこともあったでしょう。逃げ出したくなったときだって、きっとあるはずよね。
なのに、貴女は不平も不満もこぼすことなく、ずっと私の側にいてくれた。
咲夜。それは、あの日私が言った言葉を覚えていてくれたから?
「貴女は私のところへ家を捨ててくるのだから、帰る場所はないと思いなさい」
「その代わり、今日から私が貴女の家よ。私の行く場所が、貴女の住む場所になるのよ」
主従の契約を交わしてから、今まで。
いつだって、咲夜は私の隣で、微笑んでくれていたわね。
最後の日にも、貴女は私より早起きで。
いつもと何も変わらない、美味しい食事を作ってくれた。
もちろん、その姿はシャンとして、美しいものだったわ。
八雲藍に、魂魄妖夢。
幻想郷にも様々な従者がいるけれど、私の従者が貴女で本当に良かった。
貴女のような従者を持つことができた私は、最高の幸せ者よ。
咲夜。貴女は、あの日の約束を、たった一つだって忘れることなく守り続けてくれたわね。
だから。
私も、今こうして隣に居る貴女に、あの日に交わした『もう一つの約束』を果たそうと思うわ。
こんな約束を守ったところで、それは単なる自己満足に過ぎないかもしれない。
貴女にとっては、別段嬉しいことでもないのかもしれない。
それでも……これが、私にできる、主としての最後の勤めだと信じて。
ねえ、咲夜。貴女も覚えてるわよね?これが、あの日の約束だったでしょ?
「年をとっても、たった一日だって、私より先に逝っちゃダメ。これだけは絶対よ。死にゆく私の手を取って、涙の二つもこぼして見せなさい」
「その時には『貴女のおかげで素晴らしい日々が過ごせた』と言ってあげる。必ず、必ず言ってあげるから」
咲夜。
さよなら。貴女のおかげで、私は最後の数十年、とてもよい時間を過ごすことができた。
咲夜。
今まで、こんな私に愛想を尽かすことなく、ここまで長く付き合ってくれる従者はいなかったわ。
咲夜。
館に残った皆の事を、これからも頼んだわね。
咲夜。
……ありがとう。
ちなみに「関白宣言」のオチの歌では
「オレより先に寝てもいいから夕食は残しておいてください」
みたいな感じに、立場が逆転してしまった結婚生活が歌詞になってます。
オチの歌は「関白失脚」です。聴いてみてください。
…サダマサシシリーズデオハナシツクッタラオモシ(ry