鬼、という妖怪がある。
妖怪の種類は多い。それこそ数え切れないほどだ。だが、古来から恐れられ続けている妖怪といえるのが鬼だろう。
だが、鬼のする事とは他の人食い妖怪と何ら変わりない。人を攫い、喰らうだけだ。人から見れば十分な恐怖だが、妖怪から見れば別段普通の事だろう。人も食事をする、彼らはその規模が人より大きいだけだ。
ならば何故鬼が此処まで強調して恐れられるのか。
それは、鬼とは全ての妖怪を纏めた存在だからだ。
鬼の語源は隠(おぬ)が転じたものであり、隠とは得体の知れぬものの総称である。
人は自身を守るため、理解できないものや得体の知れぬものを恐れる。その恐れを後世に伝えようと形に記す。正体不明の妖怪、鵺が姿が記された文献で残っているのが証拠といえるだろう。
その恐れが妖怪を生んできたのだ。つまり、鬼は妖怪の大元と呼べるだろう。
それ故、昔から鬼に関わる文献や言い伝えなどは多い。代表的なもので言えば……百鬼物語や大江山の酒呑童子があるだろう。
そして民間に伝わっているもので鬼が関わる最も有名なものの一つに今日……即ち、節分が挙げられる。
「……ふぅ」
そこまで考え、僕は天を仰いだ。視界に移るのは見慣れた天井だが、気分転換には丁度いいだろう。
今言った様に今日は節分、如月の立春だ。冬から春に移り変わる時期だというのに、窓の外に広がる世界には雪が積もっている。何ともおかしな事だと思う。まだまだストーブに休暇は与えれないらしい。
――カランカラン。
とそんな事を考えていると、扉の鈴が控えめに働いた。
「おーっす、香霖いるよな?」
「いらっしゃ……って魔理沙か。今日は何の用事だい」
「うんにゃ、今日は節分だからな。豆撒こうぜ」
そう言って魔理沙は手に持った帽子を突き出した。成程、確かに豆が入っている。
「えっと、確か歳の数だけ豆食べるんだよな。香霖は……」
「百以上の豆を食えと? それは一種の拷問じゃあ……」
「不死の連中に比べればマシだと思うぜ? 八桁超えるだろ」
「まぁそれはそうだが……って、何で家で豆撒きをするなんて話になってるんだ。僕は承認した覚えは無いぞ」
「だろうな。今言ったんだから」
「ハァ……」
全く……何時もそうだが、魔理沙のやる事は急すぎる。今にして思うと緋々色金の一件も随分急だったな……まぁ、その見返りとしてあの刀を手に入れた訳なんだが。
と、今はそんな事はどうでもいい。香霖堂で豆撒きなんかをさせる訳にはいかないのだ。
「豆撒きなんてしないよ」
「えー? 何でだよ、楽しいぜ? 鬼は外ー福は内ーってさ」
「その鬼は外が駄目なんだよ」
「ん、何でだ?」
「それは……と」
「ん?」
「説明するには鬼の成り立ちと全妖怪の関係を説明しなければならないが……」
「掻い摘んで短く頼むぜ」
「……ハァ」
念の為に聞いた問いに対して帰って来たその言葉を聞き、頭の中で話を纏めながら僕は溜息を吐いた。
自分から知ろうという積極的な姿勢がないというのは魔法使いとしてどうなのだと思うが……まぁ、それはまた今度言えばいいだろう。今説明を求められているのは鬼と妖怪の関係についてだ。
「簡単に言うと、鬼は妖怪の大元なんだ」
「ほぅ、で? 何でそれがここで豆撒いちゃいけない事になるんだ?」
「香霖堂は人妖どちらも受け入れる古道具屋だよ。妖怪の大元である鬼を払うという事は妖怪の立ち入りをお断りするという事だ。客を意図的に減らすような事はしたくないんでね」
「妖怪の客なんて見た事無いぜ。鬼役が面倒なだけだろ?」
「確かに面倒だったね。霧雨家で僕に豆をこれでもかとぶつけてきたのは親父さんと誰だったか」
半分とはいえ妖怪、地味に人間より効くのだ。それにそういえば、この子はあの頃から「弾幕はパワーだぜ」と言っていたような気がするな。
「身に覚えが無いのぜ」
そう言って、魔理沙はそっぽを向いてしまった。
少し罪悪感があるが、畳み掛けるなら今しかないだろう。
「ほら、分かったら帰ってくれ。豆撒きなら霊夢の所でやるといい」
「……ふん、分かったよ。こんな可愛い女の子より来ない客の方が大事なんてどうかしてるぜ」
そんな台詞を言い残し、魔理沙は店を出て行った。
「……やれやれ」
豆撒きの誘いを断っただけで何故ああも悲しそうな顔をするのか、相変わらずあの子はわからない。
「……次の八卦炉の調整はタダにしようか」
そんな事を呟き、僕は手元の本に視線を落とした。
***
「さて……そろそろ作るとするかな」
魔理沙が帰ってから暫くして、僕は一人そう呟きお勝手へと足を進めた。
豆を撒く気は無いが、節分に参加する気は十分あるのだ。
節分において邪気を祓う豆撒きとは別に、福を呼び込む行事も存在する。
恵方に向かい目を閉じ、願いを思い浮かべながらただただ無言で巻き寿司を食べるそれは、恵方巻きと呼ばれる。
商売繁盛の祈願でもある為、商店としては欠かせないだろう。
……尤も、普通の商店は豆撒きもやるのだろうが。
「……ふぅ」
そんな事を考えながら、一人黙々と作業を進めていく。
「干瓢、胡瓜、椎茸、出汁巻、八目鰻、田麩……と、こんなものでいいか」
酢飯を海苔の上に乗せ、その上に具を乗せていく。巻き簾でそれらを型崩れしないよう丁寧に巻けば、恵方巻きの完成だ。
「今年の恵方は……南南東だったか」
以前訪れた紫が言っていたから間違いは無いだろう。これで間違っていたら泣く。
「……では、頂きます」
呟き、南南東を向き目を閉じて、恵方巻を咥えた。
幻想郷では作る事すら出来ない海苔の風味が口に広がり、直後に酢飯の味が口を満たす。
それに続くかのように、巻いた具が己を主張し、僕の口中で溶け合ってゆく。
「………………」
感覚を味覚だけに委ねているからであろうか。口一杯に頬張ったそれは、普段食べる物よりも美味しく感じる。
その味と食感に舌鼓を打ちたい所だが、今は賞賛よりも願いを思うべきだろう。
商売繁盛、天下泰平、安寧秩序、天下一統。
そんな思いを抱きながら、一人黙々と恵方巻を食べてゆく。
「………………」
目を閉じていたからだろう。
その時やって来た、音無き来訪者に気付く事が出来なかった。
「………………」
恵方巻きを半分程消費した時だろうか。
自分が咥えている反対側に、何かが当たる様な感触を感じた。
「……?」
何事だと思い目を開けると、暫くぶりの色彩が僕の視界に飛び込んできた。
但し、その景色は僕が目を閉じた時とは若干だが異なっていた。
余り驚く事の少ない僕だが、その光景には思わず驚いた。
「………………」
「………………」
そりゃあ、誰だって驚くだろう。
節分の日に自分が食べている恵方巻きの反対側を、鬼が咥えているのだ。
驚かない方がおかしいだろう。
「……ッ!?」
「んふ」
顔を赤く染めた二本角の鬼は驚いた僕の顔を見ると、残念さと喜びが混じった様な顔で笑い、恵方巻きから口を離した。
「やー惜しい惜しい。気付かれなきゃ接吻できてたのにねぇ」
「……やれやれ」
恵方巻きを食べる間は喋ってはいけないのだが……目を開けた以上気にしても無駄だろう。思い、溜息を吐く。
「やぁ香霖堂。邪気を祓う節分の今日、豆も撒かずに福招きかい? そんなんじゃあ鬼に邪魔されちゃうよ」
今みたいにねと、目の前の鬼……伊吹萃香はけらけらと笑う。
「何事かと思えば君か……今日は何の用事だい」
「いや何。節分の日に豆を撒かない店を見つけたんでね。鬼役の帰りに寄ってみただけだよ」
「鬼役?」
「ん、寺子屋で豆撒きしてたからね。飛び入りさ」
「あぁ……成程」
寺子屋の子供達は驚いた事だろう。楽しく豆を撒いていたら本物の鬼がやってきたのだ。
推測するに、扉からではなくいきなり現れたのだろう。今の様にだ。
霧状になって幻想郷の何処にでも現れる、まさしく神出鬼没。それが伊吹萃香だ。
「大変だったねぇ。子供は怯えて泣きじゃくるし、子供を守ろうと慧音は盾になるし。ま、事情話したら分かってくれたけどねぇ」
「何とも刺激が強い事だ」
「にゃはは……違いないね」
言って、萃香はけたけたと笑う。顔が赤い辺り、酒が入っているのだろう。逆に酒が入っていない萃香を僕は見た事が無い。
「まーそっからは痛いの何の。豆の集中砲火は鬼には効くね」
「だろうね」
豆は転じて魔滅となり、炒るだけで十分な力を持つ。ましてや邪気祓いの力を込めて炒った豆なら、弱い妖怪なら消滅一歩手前まで追い詰める程の威力はあるだろう。
それを何発も受けて無事な辺り、流石は生粋の鬼と言った所だろう。
「ホラ、こことか傷酷いよ」
「ん?」
言われて目を向けると、萃香はスカートを捲くり、足を見せた。
成程、言葉の通り脹脛(ふくらはぎ)の辺りに火傷の様な傷が見てとれる。
「これは……確かに酷いな」
「子供の背が小さいからね。変に大きくなるんじゃあなかったね」
そう言って萃香は、ところで……と続けた。
「他に何か無いかい?」
「他?」
「ぅん。ホラ、その……」
「特には無いが……何かあるのかい?」
僕がそう答えると、萃香は深く溜息を吐いた。
「あぁ……分かってたよ。香霖堂はそういう奴だってね」
「意味がわからないが……」
「分かんないなら別にいいよ……はぁーあやれやれ……」
残念そうに呟きながら、萃香は勘定台から飛び降りる。
「……で、寄った以外に何か用かな? 無いならお帰り願うよ」
「ありゃりゃ、節分に鬼は嫌われるねぇ」
「聞くだけ僕は優しいと思うがね」
「それもそうだねぇ。どこもかしこも鬼は外、寂しいったらありゃしない」
そう言うと、萃香は何処からとも無く瓢箪を取り出した。
「そんな日は酒でも飲まなきゃやってられないってね~♪」
「……そんな事言って、酒が飲みたいだけだろう」
「にゃはは、そうとも言うねぇ」
返して、萃香は瓢箪に口をつけて一気に呷った。
伊吹瓢と呼ばれるそれは、無限に酒が溢れる代物らしい。どの様な作りなのか一度じっくりと調べてみたいが……酒好きの本人が了承するかどうか、難しいところだ。
「ほらほら、香霖堂も飲みな!」
「鬼に酒で付き合う気は無いよ」
押し付けられる瓢箪を押し返しながらそう答える。
「ありゃりゃ……つれないねぇ。こーんな美人さんの誘いを断るなんてさ」
「生憎、天狗を平気で潰す様な鬼とは飲みたくないんでね」
飲めば僕が潰れるに決まっている。勝てない勝負は受けないのが当然だ。
「それに、君は美人というよりは可愛いの方が合っていると思うがね」
「……にゃっ?」
「ん?」
声に顔を上げると、萃香が顔を赤くして此方を見ていた。顔の赤さは酒が入っているからであろうが、先程のそれよりも赤く見える。
しかし、急にはっとした様な表情になると、すぐに此方を睨みつけてきた。
「……香霖堂」
「……何だい?」
「それは……私が子供っぽい、って事かい?」
「……いや、そういう意味じゃあないんだが……気を悪くしたなら謝ろう。済まなかった」
「……ハァ」
軽く溜息を吐き、萃香はそっぽを向いてしまった。
「……ま、悪気がないんじゃ怒る訳にもいかないしね」
「……それはどうも」
「でも私の気持ちが収まる訳でもないんだよねー」
そう言って萃香は瓢箪を呷り、そうだねと続けた。
「一緒に飲んでくれたら許してあげてもいいかなー」
「……やれやれ。分かったよ、ご一緒させてもらおう」
「にゃはは……賢明だねぇ」
そう言ってけたけたと萃香は笑う。
「ほれ、まぁ飲め」
言って、萃香は商品棚に置いてある杯に伊吹瓢の酒を注ぎ僕に手渡す。
「あぁ……全く。まさか節分に鬼と酒を飲む事になろうとはね」
「豆を撒かないからだよ、香霖堂」
「撒く訳にもいかないだろう。人妖全て受け入れる香霖堂だ。妖怪の根本である鬼を退けて妖怪を向かえる事は出来ないよ」
「ほぅ、妖怪が全部鬼か。中々面白い解釈だね……と、すると此処は羅刹国か」
「あぁ、確かにそうなるね」
羅刹国。『今昔物語集』に登場する女性の鬼しか存在しない島の事であり、後に日本の南方あるいは東方にあると信じられる様になった島である。
主な勢力の筆頭格は全て女性の妖怪である為、妖怪を全て鬼と仮定するならこの表現はあながち間違ってはいないだろう。
間違っている部分をあげるとすれば僕の様に男の妖怪もいるという事、妖怪だけではなく人間も住んでいると言う事、そして幻想郷に海が無い事ぐらいであろう。
「ま、そんな事より飲もうじゃないか!」
「君のペースに付き合うつもりはないよ。僕はゆっくりと飲むさ」
節分の夜、鬼と酒盛りというのも粋なものだろう。
そんな事を思いながら、僕は杯に口をつけた。
いっそ、ずっと深夜脳のまま(ゲフンゲフン
いえ何でもありません
凄くよく分かる
ニャハハ言ってる萃香可愛い!
単語登録すれば簡単に出るようになりますよー
程よい甘さもグッジョブと言わざるを得ない……!
追伸:微妙に子供扱いされて睨む萃香さんを想像したら物凄く和みましたw
この後は酔い潰された霖之助を膝枕したり、一緒に寝たり(性的な意味は有りません)…
いつか両側から恵方巻きを完食するような関係に成って欲しいと思ってしまいました^q^
出来れば次もこのカップリングで書いていただきたいですねぇ。
GoogleIMEを使えば、萃香に限らず東方関係は簡単に出るよ!
手書き検索はないけれど。
>>1 様
私に寝るなと?
軽く死ねますねw
>>奇声を発する程度の能力 様
分かってくれますか、この気持ちがッ!
萃香はにゃははって笑うのが可愛いです。
>>3 様
萃霖いいですよね!
辞書登録……その手があったか……
>>淡色 様
きっとジト目で頬とか膨らませてるんでしょうね……あぁ、これは和むw
>>5 様
そして朝起きて変に意識しちゃう萃香とかですね、分かります。
>>投げ槍 様
つ、次も!?
同じカプはあまり続けたくはないので、また今度という事であれば……
>>7 様
な、何とそんなものが!?
>>8 様
手書き検索が出来ないのですか……それじゃあちょっと使いづらいかな……
読んでくれた全ての方と、変換についてアドバイスをくれた方々に感謝!