本日、珍しいことに僕は里へ来ていた。
天子とともに。
「人がいっぱいいるね、霖之助」
「まぁ人里だからね、当たり前と言えば当たり前だ」
何故、僕が天子を里に連れてきたか。
それは少しばかり前のことだった。
時は遡る事数時間前。
僕は店に訪れた天子の応対をしつつ非売品候補の道具を弄っていた。
『…ねぇ霖之助』
『何だい天子』
道具に目を注ぎながら僕は答える。
『霖之助はここでお店を開く前は人里で働いてたって本当?』
『あぁ本当だよ、霧雨道具店って言う店でね』
『じゃあ里には詳しいの?』
『まぁ、道案内くらいは出来ると思うけど…』
その言葉を言った瞬間である、天子は勢い良く立ちあがって僕の両肩を持って正面に向き直させながら言い放った。
『ねぇ!人里行きたい!』
『あ、あのね天子、僕が里から出たのはもう何年も昔、どう変わってるか分かったものじゃ…』
『問答無用!』
と言い放つと天子は僕の手首を掴む。
それと同時に僕の手に握られていた拾い物が床へと落ち、転がった。
『さぁ行くわよ!』
僕は、それを拾う間もなく外へ連れ出される。
気づけば指には先ほどの道具の部品と思わしき針金製の輪。
そう言えば、あの道具の名前は発煙手榴弾とかいったな、確かあらゆるものを隠し通すことが出来る程度の能力だった気がする。
と、考えた瞬間であった、開け放たれた香霖堂の玄関から白い煙がもうもうと立ち上ったのは。
あぁなんてことだ、そんな事を考えつつ僕は天子に引きずられていった。
と、言うのが数時間前の出来事。
里に着いてからと言うの物、僕は天子に道案内をさせられている。
「…ほら、あれが火の見櫓だ、あれで里の何処で火事が起きているかすぐに分かる」
「結構高いのねー」
天子は見る物すべてが新しいと言ったように僕の言葉に耳を傾けていた。
実際、悩み事も何もない天界では下界の物すべてが珍しいものなのだろう。
僕はと言うと既に何度もこの景色を見ているため、別段珍しいとは思わない、僕にとっては天界の道具の方が珍しい気がするが、天子曰く『あんなものガラクタ以下』だそうで、これが価値観の違いというものなのかも知れない。
「…ところで、お腹は空かないか?天子」
「ん、そう言えば」
まぁそうだろう、香霖堂からここまで僕を引きずって全力疾走したのだから腹が空かない道理はない。
そうと決まれば善は急げだ、今度は僕が天子の手を掴み走り出した。
「えっ?どうしたの?霖之助!」
「着いて来て」
正直、走らずとも良い距離である、だが気が逸った、ただそれだけのことだった。
走る事数分、僕は小さな店へ着いた。
「…さぁここだ」
そう言いながら暖簾をくぐる。
「僕が働いていたときに良く来たお店だ、安い割に美味しい」
「へぇ~」
座敷へ上がり、向かい合って座る。
店内を見回すと、何処も変わっていなく、少しばかり安心した。
暫く店内を見回していると、天子は僕に話しかけてきた。
「そうだ霖之助、里で働いていたころのお話してよ」
「働いていたころか、そうだな沢山ありすぎてどれにすればいいか…」
「一番印象に残っているので良いよ」
その言葉を聞き、僕は僕にとって一番印象に残っている話を、恥ずかしい話でもあるが語り出した。
「そうだな、あれは道具店で働き始めた時だね、初めての冬だった。僕は屋根に積もった雪を必死になって降ろしていた、晴れの日で良く見えていたが足を滑らせて落っこちたんだ」
「え、大丈夫だったの?」
「まぁ大丈夫だった、回転した視界に眩しすぎる太陽が…」
「…君が初めて落ちた時は曇りでしたよ、霖之助君」
背後からの聞きなれた声に振り向くと、そこには温和な表情を浮かべた初老の男性が座っていた。
「親父さん!」
そう、僕の師匠で霧雨道具店の店主、霧雨さんが座っていたのだ。
「久しぶりだね、大きくなったじゃないか」
「…霖之助、この人だれ?」
「僕の師匠だ。それにしても親父さん、こんなところで会えるとは…それより初めて落ちた時は曇りって」
「曇りの時は不注意で、二度目の晴れは溶けた雪に足を取られて、落ちたじゃないですか」
そう言えばそんな記憶があった。
と呆気に取られている僕をよそに親父さんは天子へ近づき自己紹介をしていた。
「初めまして、霧雨道具店の店長、霧雨です。霖之助君からは親父さんと呼ばれています、好きなように呼んでください」
「あ、比名那居天子です、初めまして」
「こちらこそ」
そして今度は僕の方に向き直って親父さんは言った。
「霖之助君たちはお昼、どうしたんだね」
「いや、これからここで食べようかと」
「あぁそれなら僕のところに来なさい、ねね、良いだろ?」
「え、良いんですか?」
「構わないよ」
そんなこんなで僕は親父さんに伴われ店を出ることにした。
「…おーい、母さん、今帰ったよー」
久しぶりの店は、ちっとも変っていなかった。
「あらおかえりなさい貴方…って霖之助さん、お久しぶり」
「こちらこそお久しぶりです、女将さん」
久しぶりに見た女将さんも、少しばかり年をとっているようだったが、余り変わってはいなかった。
「あら、こちらの女の子は?」
「えっと、その…」
「母さん、霖之助君のお嫁さんだ!」
余りにも突拍子の無いその一言に、親父さん以外のその場の人は、動けなくなってしまった。
そんな僕の両肩を親父さんはしっかりと握ると、声を震わせながら語り出す。
「霖之助君!ぼかぁ…ぼかぁ今日ほど嬉しいと思ったことは無い!」
「え?は?」
「君が、まさかあの君がこんな可愛いお嬢さんをお嫁さんにすることが出来るとは、思っていなかったのだ!」
「待って下さい、親父さ…」
「分かってる、皆まで言うな、式の費用は僕が出してあげようじゃないか!」
「ちょっ、待っ…」
「天子さん!霖之助君をよろしくお願いします!」
「えっ?あっ、はい」
何返事をしてる!天子!
「うん、これで良いんだ!うん、うん!」
「待って下さいよ、親父さん、人の話を聞いてくださいよ!」
「分かってる、僕は君の親同然だ!聞かなくとも分かってるさ!」
「いや、だから…」
親父さんは当然のごとく話など聞く気も無く、僕と天子を店内へ引きずり込んだ。
「まぁ今日はまだ天子さんの事も良く分からないからな、酒を飲みながらゆっくりと馴れ初めを聞かせれ貰おうじゃないか、母さん、お酒準備してくれ」
「はい」
ショックから立ち直った女将さんは笑顔で答えた。
逃げ場無しってこの事を言うんだね、ははは。
それから数時間後、僕らはやっと解放された。
酒に弱い僕は酒に強い天子(ちなみに酒が強かったおかげですっかり親父さんに気に入られてしまった)の肩を借りて香霖堂までの道を歩いていた。
「…ごめんよ、天子」
「何が?」
「いや、親父さんだよ、あの人たまにああなっちゃうんだ」
「面白い人だったじゃない」
そう、確かに面白いんだが、面白すぎてね…
「それにさ…」
「それに、何だい?」
「森近……森近天子って悪くないかなーって思えるんだ…」
「それって、まさか」
「うん、そのまさか…かな」
酒でぼやけた僕の視界に映る天子の顔が見る見るうちに赤く染まっていく。
と同時に僕の顔の温度も段々と上がってくるのが良く分かる、酒のせいではない事は僕自身が良く分かる。
「どっちかと言うと、その…何だ」
「何?」
「…何でも無いよ、うん」
酒でふらつく目で、香霖堂が見えて来た頃、僕の瞼は急激に重くなり、そのまま意識を手放すことにした。
目覚めた時、既に朝だった。
どうやらカウンターで眠ってしまったらしい。
「…そうだ、掃除しなきゃ」
そう言って、僕は手榴弾のお陰で散らかっているはずの店内を片づけるため立ち上がるが、目立ったごみは見当たらなかった。
「確か、手榴弾が破裂したはずなんだが…」
手榴弾殻は全く見つからず、その代わりに全く新品の同じ手榴弾が転がっていた。
僕はそれを手に取って、先ほどのドタバタが夢であった事を知った。
「夢、か…」
僕は手榴弾を投げ上げながら夢の中で言われた事を思い出し、微笑む。
『森近……森近天子って悪くないかなーって思えるんだ』
現実にはあり得ない事だろうが、いや、あり得ない事だから笑えるのだろう。
そして僕は読みかけの本に手を伸ばし、続きを読むことにした。
天子とともに。
「人がいっぱいいるね、霖之助」
「まぁ人里だからね、当たり前と言えば当たり前だ」
何故、僕が天子を里に連れてきたか。
それは少しばかり前のことだった。
時は遡る事数時間前。
僕は店に訪れた天子の応対をしつつ非売品候補の道具を弄っていた。
『…ねぇ霖之助』
『何だい天子』
道具に目を注ぎながら僕は答える。
『霖之助はここでお店を開く前は人里で働いてたって本当?』
『あぁ本当だよ、霧雨道具店って言う店でね』
『じゃあ里には詳しいの?』
『まぁ、道案内くらいは出来ると思うけど…』
その言葉を言った瞬間である、天子は勢い良く立ちあがって僕の両肩を持って正面に向き直させながら言い放った。
『ねぇ!人里行きたい!』
『あ、あのね天子、僕が里から出たのはもう何年も昔、どう変わってるか分かったものじゃ…』
『問答無用!』
と言い放つと天子は僕の手首を掴む。
それと同時に僕の手に握られていた拾い物が床へと落ち、転がった。
『さぁ行くわよ!』
僕は、それを拾う間もなく外へ連れ出される。
気づけば指には先ほどの道具の部品と思わしき針金製の輪。
そう言えば、あの道具の名前は発煙手榴弾とかいったな、確かあらゆるものを隠し通すことが出来る程度の能力だった気がする。
と、考えた瞬間であった、開け放たれた香霖堂の玄関から白い煙がもうもうと立ち上ったのは。
あぁなんてことだ、そんな事を考えつつ僕は天子に引きずられていった。
と、言うのが数時間前の出来事。
里に着いてからと言うの物、僕は天子に道案内をさせられている。
「…ほら、あれが火の見櫓だ、あれで里の何処で火事が起きているかすぐに分かる」
「結構高いのねー」
天子は見る物すべてが新しいと言ったように僕の言葉に耳を傾けていた。
実際、悩み事も何もない天界では下界の物すべてが珍しいものなのだろう。
僕はと言うと既に何度もこの景色を見ているため、別段珍しいとは思わない、僕にとっては天界の道具の方が珍しい気がするが、天子曰く『あんなものガラクタ以下』だそうで、これが価値観の違いというものなのかも知れない。
「…ところで、お腹は空かないか?天子」
「ん、そう言えば」
まぁそうだろう、香霖堂からここまで僕を引きずって全力疾走したのだから腹が空かない道理はない。
そうと決まれば善は急げだ、今度は僕が天子の手を掴み走り出した。
「えっ?どうしたの?霖之助!」
「着いて来て」
正直、走らずとも良い距離である、だが気が逸った、ただそれだけのことだった。
走る事数分、僕は小さな店へ着いた。
「…さぁここだ」
そう言いながら暖簾をくぐる。
「僕が働いていたときに良く来たお店だ、安い割に美味しい」
「へぇ~」
座敷へ上がり、向かい合って座る。
店内を見回すと、何処も変わっていなく、少しばかり安心した。
暫く店内を見回していると、天子は僕に話しかけてきた。
「そうだ霖之助、里で働いていたころのお話してよ」
「働いていたころか、そうだな沢山ありすぎてどれにすればいいか…」
「一番印象に残っているので良いよ」
その言葉を聞き、僕は僕にとって一番印象に残っている話を、恥ずかしい話でもあるが語り出した。
「そうだな、あれは道具店で働き始めた時だね、初めての冬だった。僕は屋根に積もった雪を必死になって降ろしていた、晴れの日で良く見えていたが足を滑らせて落っこちたんだ」
「え、大丈夫だったの?」
「まぁ大丈夫だった、回転した視界に眩しすぎる太陽が…」
「…君が初めて落ちた時は曇りでしたよ、霖之助君」
背後からの聞きなれた声に振り向くと、そこには温和な表情を浮かべた初老の男性が座っていた。
「親父さん!」
そう、僕の師匠で霧雨道具店の店主、霧雨さんが座っていたのだ。
「久しぶりだね、大きくなったじゃないか」
「…霖之助、この人だれ?」
「僕の師匠だ。それにしても親父さん、こんなところで会えるとは…それより初めて落ちた時は曇りって」
「曇りの時は不注意で、二度目の晴れは溶けた雪に足を取られて、落ちたじゃないですか」
そう言えばそんな記憶があった。
と呆気に取られている僕をよそに親父さんは天子へ近づき自己紹介をしていた。
「初めまして、霧雨道具店の店長、霧雨です。霖之助君からは親父さんと呼ばれています、好きなように呼んでください」
「あ、比名那居天子です、初めまして」
「こちらこそ」
そして今度は僕の方に向き直って親父さんは言った。
「霖之助君たちはお昼、どうしたんだね」
「いや、これからここで食べようかと」
「あぁそれなら僕のところに来なさい、ねね、良いだろ?」
「え、良いんですか?」
「構わないよ」
そんなこんなで僕は親父さんに伴われ店を出ることにした。
「…おーい、母さん、今帰ったよー」
久しぶりの店は、ちっとも変っていなかった。
「あらおかえりなさい貴方…って霖之助さん、お久しぶり」
「こちらこそお久しぶりです、女将さん」
久しぶりに見た女将さんも、少しばかり年をとっているようだったが、余り変わってはいなかった。
「あら、こちらの女の子は?」
「えっと、その…」
「母さん、霖之助君のお嫁さんだ!」
余りにも突拍子の無いその一言に、親父さん以外のその場の人は、動けなくなってしまった。
そんな僕の両肩を親父さんはしっかりと握ると、声を震わせながら語り出す。
「霖之助君!ぼかぁ…ぼかぁ今日ほど嬉しいと思ったことは無い!」
「え?は?」
「君が、まさかあの君がこんな可愛いお嬢さんをお嫁さんにすることが出来るとは、思っていなかったのだ!」
「待って下さい、親父さ…」
「分かってる、皆まで言うな、式の費用は僕が出してあげようじゃないか!」
「ちょっ、待っ…」
「天子さん!霖之助君をよろしくお願いします!」
「えっ?あっ、はい」
何返事をしてる!天子!
「うん、これで良いんだ!うん、うん!」
「待って下さいよ、親父さん、人の話を聞いてくださいよ!」
「分かってる、僕は君の親同然だ!聞かなくとも分かってるさ!」
「いや、だから…」
親父さんは当然のごとく話など聞く気も無く、僕と天子を店内へ引きずり込んだ。
「まぁ今日はまだ天子さんの事も良く分からないからな、酒を飲みながらゆっくりと馴れ初めを聞かせれ貰おうじゃないか、母さん、お酒準備してくれ」
「はい」
ショックから立ち直った女将さんは笑顔で答えた。
逃げ場無しってこの事を言うんだね、ははは。
それから数時間後、僕らはやっと解放された。
酒に弱い僕は酒に強い天子(ちなみに酒が強かったおかげですっかり親父さんに気に入られてしまった)の肩を借りて香霖堂までの道を歩いていた。
「…ごめんよ、天子」
「何が?」
「いや、親父さんだよ、あの人たまにああなっちゃうんだ」
「面白い人だったじゃない」
そう、確かに面白いんだが、面白すぎてね…
「それにさ…」
「それに、何だい?」
「森近……森近天子って悪くないかなーって思えるんだ…」
「それって、まさか」
「うん、そのまさか…かな」
酒でぼやけた僕の視界に映る天子の顔が見る見るうちに赤く染まっていく。
と同時に僕の顔の温度も段々と上がってくるのが良く分かる、酒のせいではない事は僕自身が良く分かる。
「どっちかと言うと、その…何だ」
「何?」
「…何でも無いよ、うん」
酒でふらつく目で、香霖堂が見えて来た頃、僕の瞼は急激に重くなり、そのまま意識を手放すことにした。
目覚めた時、既に朝だった。
どうやらカウンターで眠ってしまったらしい。
「…そうだ、掃除しなきゃ」
そう言って、僕は手榴弾のお陰で散らかっているはずの店内を片づけるため立ち上がるが、目立ったごみは見当たらなかった。
「確か、手榴弾が破裂したはずなんだが…」
手榴弾殻は全く見つからず、その代わりに全く新品の同じ手榴弾が転がっていた。
僕はそれを手に取って、先ほどのドタバタが夢であった事を知った。
「夢、か…」
僕は手榴弾を投げ上げながら夢の中で言われた事を思い出し、微笑む。
『森近……森近天子って悪くないかなーって思えるんだ』
現実にはあり得ない事だろうが、いや、あり得ない事だから笑えるのだろう。
そして僕は読みかけの本に手を伸ばし、続きを読むことにした。
最初に実現するのは一体どれだろう・・・?
んん!
何かフラグが乱立してますが、特級フラグ解体士の霖之助ならどうにかなりますよね?
あと丁寧な言葉遣いの親父さんは初めて見た気がする。新鮮!
これはもう結婚するしかないな霖之助!
でも、新鮮で良かった。天子もかわいかったし
いやぁ天子が好きになりました。