がり。
「痛い」
子猫はさとり様の手を引っ掻くと走って部屋を去っていった。
さとり様は引っかかれた場所とは反対の手でその場所を摩る。怪訝そうな顔をしてたが滲み出る血を見て、またやってしまったかと呟いた。
「……どうしてそう、何でも口にしてしまうのかなあ、ですか。仕方ないでしょう。覚りの性なんですから」
思案してたら、さとり様が答えた。べつに返事を望んでいるわけでは無かったのに。
「そうであっても無かろうとも、気になってしまうのですよ。あなた達がお互い会話をしている様に、返事を返してしまいます。聞かなかったことにはできないんですよ」
そう言ってさとり様はソファーの上に、仰向けになって寝転んだ。……だらしない。さとり様はいつも優雅に座っているから、その行動に多少驚いた。
さとり様は気にも止めず、
「だって、あの子が引っ掻くんですもん。ちょっと困らせてやろうかと思っただけなのに。なのに、本気で引っ掻きましたよ、あの子。地味に痛いです。私のお手々も心も」
さとり様はふて腐れたように言った。
子供ですか。
こんな事言っているけど、悪いのは全面的にさとり様である。断言できる。
あたいはそれまでの経緯を見ていた。猫の状態でさとり様に撫でてもらおうかと思ったが、先客が居た。仕方がないので床に丸くなっていた。
最初は仲慎ましく戯れていた。最近飼いだした新しいペットの子猫である。さとり様が何処かで拾ってきたらしい。
元々動物が大好きなさとり様。世話を焼いたり遊んであげたりと面倒をみていたので、子猫はさとり様に懐いていてたのだ。……さっきまでは。
「まだ嫌われてません」
さとり様が抗議の声をあげた。いや、あからさまに嫌いましたよ。本気で怒ってましたし。
さとり様と慎ましくしていたのだが、何を思ったのかさとり様は（本人は少し困らせたかった、と言うが）あらぬ言葉を口にしてた。
水を差すような言葉だったり、空気の読めない発言だったり、最終的にはこちらの耳を塞ぎたくなるくらい恥ずかしい言葉を言いそうになったので、子猫がとうとう切れて引っ掻いた。
……うん。さとり様が悪い。絶対悪い。あたいは子猫を擁護する。
「そうやって燐まで私を悪者にする」
さとり様は機嫌を損ねた。珍しい。普段は自分の非を認めるさとり様だが、子猫に嫌われたのが相当ショックだったのか、不満を露わにしていた。
「そりゃあね。不満も嘆きも言いたくなりますよ。あれだけ可愛がっていたのに、ちょっと意地悪したくらいで本気で嫌って。私はただ、あの子の可愛らしい姿を見たかったんですよ。困り顔を見たかったんですよ。だって、つい弄りたくなるじゃないですか。可愛いペットなんだし……」
物憂げにさとり様は言葉を漏らした。
「しかも燐にまで悪者扱いですし。私って信頼されていませんよね。燐にも結構嫌われていますもん。怨霊騒動の時がそうですし。小さい頃の燐は可愛かったのになー。あんなに愛情を注いであげたのに、この仕打ちですか。ご主人様は悲しいですよ」
思っていた以上に結構重傷みたいだった。
というかさとり様、まだ根にもってたんだ。
ひょいと、さとり様のお腹の上に乗った。さとり様は訝しげな顔をしている。あたいはそれを上から見下ろした。
「今度は下克上ですか？不忠義猫さん」
もししようとしたら、優勢ですね。
「立ち位置的にはね」
ふい、と視線を逸らした。
「確かに、信頼するしない、嫌う嫌わないは別にして、今でも好いてないとは限らないですよ？」
ちゃんと話がしたくて人型化した。体重を掛けないように腰を浮かせて乗り、片手でさとり様をあたいの方に向けた。
目を合わせたくてしたんだけど、なんか襲ってるみたい。
「……矛盾してる。わたしの事、怖がってるくせに」
さとり様の言った通りだった。これでもあたいの心臓はばくばくである。
主に刃向かっている恐怖感を持っている。
でも、それだけじゃなかった。優勢に立てた優越感と、それと、もう一つは、なにか暖かくて愛しいもの。
「でも、好きですよ。怖がって、信頼できてるとは言えないけれど」
「後ろの二つの方が、比が大きくとも？」
「ええ。多分」
あたいは笑ってた。
つられてさとり様も笑った。
「嫌っても、さとり様のこと好きだと思いますよ。あの子猫」
「そう願いたいですね」
大丈夫ですよ。だってあたいがそうですから。
そう言ってさとり様の傷を舐めた。ほんのりと、さとり様は顔を赤らめた。
「嫌っていますが愛しています」
「嫌われていますが愛されています」
気持ちって、簡単に測れるものじゃないと思うんだ。ね、さとり様？
了
「痛い」
子猫はさとり様の手を引っ掻くと走って部屋を去っていった。
さとり様は引っかかれた場所とは反対の手でその場所を摩る。怪訝そうな顔をしてたが滲み出る血を見て、またやってしまったかと呟いた。
「……どうしてそう、何でも口にしてしまうのかなあ、ですか。仕方ないでしょう。覚りの性なんですから」
思案してたら、さとり様が答えた。べつに返事を望んでいるわけでは無かったのに。
「そうであっても無かろうとも、気になってしまうのですよ。あなた達がお互い会話をしている様に、返事を返してしまいます。聞かなかったことにはできないんですよ」
そう言ってさとり様はソファーの上に、仰向けになって寝転んだ。……だらしない。さとり様はいつも優雅に座っているから、その行動に多少驚いた。
さとり様は気にも止めず、
「だって、あの子が引っ掻くんですもん。ちょっと困らせてやろうかと思っただけなのに。なのに、本気で引っ掻きましたよ、あの子。地味に痛いです。私のお手々も心も」
さとり様はふて腐れたように言った。
子供ですか。
こんな事言っているけど、悪いのは全面的にさとり様である。断言できる。
あたいはそれまでの経緯を見ていた。猫の状態でさとり様に撫でてもらおうかと思ったが、先客が居た。仕方がないので床に丸くなっていた。
最初は仲慎ましく戯れていた。最近飼いだした新しいペットの子猫である。さとり様が何処かで拾ってきたらしい。
元々動物が大好きなさとり様。世話を焼いたり遊んであげたりと面倒をみていたので、子猫はさとり様に懐いていてたのだ。……さっきまでは。
「まだ嫌われてません」
さとり様が抗議の声をあげた。いや、あからさまに嫌いましたよ。本気で怒ってましたし。
さとり様と慎ましくしていたのだが、何を思ったのかさとり様は（本人は少し困らせたかった、と言うが）あらぬ言葉を口にしてた。
水を差すような言葉だったり、空気の読めない発言だったり、最終的にはこちらの耳を塞ぎたくなるくらい恥ずかしい言葉を言いそうになったので、子猫がとうとう切れて引っ掻いた。
……うん。さとり様が悪い。絶対悪い。あたいは子猫を擁護する。
「そうやって燐まで私を悪者にする」
さとり様は機嫌を損ねた。珍しい。普段は自分の非を認めるさとり様だが、子猫に嫌われたのが相当ショックだったのか、不満を露わにしていた。
「そりゃあね。不満も嘆きも言いたくなりますよ。あれだけ可愛がっていたのに、ちょっと意地悪したくらいで本気で嫌って。私はただ、あの子の可愛らしい姿を見たかったんですよ。困り顔を見たかったんですよ。だって、つい弄りたくなるじゃないですか。可愛いペットなんだし……」
物憂げにさとり様は言葉を漏らした。
「しかも燐にまで悪者扱いですし。私って信頼されていませんよね。燐にも結構嫌われていますもん。怨霊騒動の時がそうですし。小さい頃の燐は可愛かったのになー。あんなに愛情を注いであげたのに、この仕打ちですか。ご主人様は悲しいですよ」
思っていた以上に結構重傷みたいだった。
というかさとり様、まだ根にもってたんだ。
ひょいと、さとり様のお腹の上に乗った。さとり様は訝しげな顔をしている。あたいはそれを上から見下ろした。
「今度は下克上ですか？不忠義猫さん」
もししようとしたら、優勢ですね。
「立ち位置的にはね」
ふい、と視線を逸らした。
「確かに、信頼するしない、嫌う嫌わないは別にして、今でも好いてないとは限らないですよ？」
ちゃんと話がしたくて人型化した。体重を掛けないように腰を浮かせて乗り、片手でさとり様をあたいの方に向けた。
目を合わせたくてしたんだけど、なんか襲ってるみたい。
「……矛盾してる。わたしの事、怖がってるくせに」
さとり様の言った通りだった。これでもあたいの心臓はばくばくである。
主に刃向かっている恐怖感を持っている。
でも、それだけじゃなかった。優勢に立てた優越感と、それと、もう一つは、なにか暖かくて愛しいもの。
「でも、好きですよ。怖がって、信頼できてるとは言えないけれど」
「後ろの二つの方が、比が大きくとも？」
「ええ。多分」
あたいは笑ってた。
つられてさとり様も笑った。
「嫌っても、さとり様のこと好きだと思いますよ。あの子猫」
「そう願いたいですね」
大丈夫ですよ。だってあたいがそうですから。
そう言ってさとり様の傷を舐めた。ほんのりと、さとり様は顔を赤らめた。
「嫌っていますが愛しています」
「嫌われていますが愛されています」
気持ちって、簡単に測れるものじゃないと思うんだ。ね、さとり様？
了