Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

スターキッチン

2011/01/29 00:31:54
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「ら♪ たったーん♪ らたたたーん♪ たったーん♪」

 鼻歌を口ずさみながら、スターことスターサファイアは木をくり抜いて作ったボウルに玉子を割り入れ、菜ばしでかちゃかちゃ掻き回していた。
 三匹が住まう魔法の森の大木にも朝日が差し込み、竈の上のフライパンがかぐわしいバターの香りを部屋中に広げ、爽やかな朝の気分を作り出している。
 これで雀の鳴き声でもあろうものなら文句無しなのだが、魔法の森にもし雀が生息しているとすればそれは十中八九なんらかの妖怪である。未知のものに対して迂闊に手を出せば命がいくつあっても足りないアグレッシブな場所なのだ。

「たーん♪ たたたーん♪ たたたーん♪ らたたらたららたたーん♪」

 そんなサバイバリィな環境で育まれたキノコの甘辛煮を玉子液を流し入れたフライパンに乗せ、菜ばしでフライパンをつつくように叩いた。

「たーん♪ たらっらったったったたたーん♪ でっでーん♪」

 非力な妖精ながら器用にフライパンを操り、スターは焼けて固まってきた玉子を巧みに引っくり返し、オムレツを形作ってゆく。
 スターサファイアは妖精ながらこれで結構料理が得意なのである。
 魔法の森に住まう悪戯好きの光の妖精三匹組であるが、その中で主に料理を担当しているのはスターである。理由は単純に、三人の中でもっとも無難に幅広いメニューを作れるからだ。
 ルナチャイルドことルナは嗜好が妖精としては逸脱しており、苦味や酸味や辛味といった大人な味を好む傾向にある。彼女が得意とするのはむしろ酒のおつまみだ。
 サニーミルクことサニーは三妖精のリーダーであるが、料理に関しては丸っきりそこらへんの妖精と大差ない。できるとすれば瓦の下に紛れ込んだ雀の上に日光を集中して蒸し焼きにすることくらいか。
 そういうわけで、今日もスターは朝食のために料理の腕を振るう。

「よっ、と」

 二つ目のオムレツを引っくり返そうとスターが手首をスナップさせ、フライパンを躍らせた。
 その時、スターは引き寄せられるように一瞬目線を窓の方へとやった。注意が逸れてオムレツがべしゃりとフライパンの上で破けてしまう。

「ああっ!? やっちゃったわ。これはサニーの分にしましょうそうしましょう」

 菜ばしで適当に形を取り繕いながらスターは手早く崩れたオムレツを完成させ、フライパンを竈に置き直すと窓へと近づいた。

「……もういない?」

 首を傾げたスターは額に指を当てて首を傾げた。

「一瞬だけ、生き物の気配が現れるのよね。なんなのかしら」

 だが深く考えることはせず、スターは三個目のオムレツ作成に取り掛かった。




※※※※※





「それはきっと、誰かが私たちを監視しているのよ――!」

 サニーミルクは太陽マークが入った自前のお箸を拳握りして、なぜだかとても嬉しそうに言った。
 ルナチャイルドは自前で浸けたお新香をぱりぽりして飲み込んだ後、箸先をサニーに向けて問いかけた。

「誰かって誰よ」
「さぁ? でもきっと、幻想郷全土を揺るがす大戦争を起こした私たちを危険視した奴らがいても、おかしくはない」
「そうね、サニーの言う通りだわ」

 スターサファイアはにっぱり笑って自前で作ったきのこオムレツをお箸で切り分け、口の中へと運んだ。
 三妖精の朝の食卓は、料理中にスターが感知した謎の生き物の話題で盛り上がっていた。
 ここ最近、なぜだかよく現れるデカい生き物の気配をスターは少々気にしていた。スターサファイアの能力は動く物の気配を探る程度の能力であり、現代風に言うのなら生体レーダーであり、オレの下はスタンドだ! 風に言うのならエアロスミスである。
 この能力は能力圏内に侵入した生物の大きさも大まかに把握することができる。だが形状まではわからないため、実際眼で見ないことには引っかかった生き物が大きな犬なのか、仔馬なのか、妖怪なのか、人間なのか全くわからない。
 わからないとは言っても、魔法の森にそのくらいの大きさの生き物はそうそういるものでもないし、ましてやこんななんの変哲も無い大木の傍でじっとする理由は特に無いはずだ。
 で、サニーに崩れたオムレツに対してツッコミを入れられる前にと話題を振った結果がこうである。

「でも監視するって言ったって……私たちのおうちはただの木よ? 窓も扉も妖精以外の目にはあるわけでもなし……」
「む、そう言えばそうね」

 サニーが盛り上がると水を差すのはルナの役目である。そうして二人が喧々諤々やっているのを眺めるのがスターのお仕事だ。
 ともあれルナの言う通り、妖精の住処というのは自然の中に住み込ませてもらっているわけなので、木をくり抜いてドアやら窓やら作っているわけではない。妖精だけしか住めない不思議なおうちなのである。
 サニーは首を傾げてルナにたずね返した。

「じゃあ妖精の誰か?」
「スター、それって妖精くらいの大きさなの?」
「ううん。私たちよりチルノよりおっきいわ。でも牛や馬ほど大きくはないわね」
「そうなると妖怪かなぁ。妖怪の中には、私たちのおうちの中を見通せる奴がいるのかもしれないわね」
「じゃ、そいつが何者かを突き止めましょ」

 自信満々の態度でサニーが腕組みしてうんうんと頷いていた。ルナは口を栗みたいな形にして、嫌そうにぼやく。

「えー。危なくないかしら?」
「大丈夫よ! 私たちの力を合わせて家の前で待ち伏せていれば、必ずそいつは現れるわ!」
「張り込みってわけね。面白そう!」
「え? ちょっ、本当にやるの?」

 ルナチャイルドの拒否はこういう場合、大概無視される。
 そういうわけで、本日の三妖精のミッション《ヲッチャーをヲチせよ》が開始された。




※※※※※





 大体妖精というのは見た目同様子どもっぽく、落ち着きが無くて思慮が浅い。
 潜入潜行潜伏行動は大の得意な三匹組も例に漏れず、潜心熟慮何それ美味しいの? といったところである。
 なので、張り込みは日も高くなる前に飽きられた。

「つまんないわー。ねぇスター、本当なの? いつまで待っても人っ子一人来ないじゃない」
「そうねぇ。日に二、三回くらいしか来なかったはずだから、もしかしたら夜中まで待っても来ないかも」
「そういうことは先に言ってよ……暇潰しに新聞読んだり本読んだりするのも飽きたわよー」

 おうちの屋根――木の幹の上に腰掛けた三匹はトランプや書籍の類を放り出し、暇を持て余しきっていた。
 特に今日はお日様もよく照りつける良い天気。日照量で活動能力が著しく左右されるサニーなどは有り余ったエネルギーを発散できずに、うずうずと落ち着かない様子である。

「大体張り込みといったらアレでしょ? あんぱん」
「盗りに行く? ミルクは……サニー担当で」
「なんでそうなるのよ! あーもう、動いてもいないのになんかお腹空いてきたような気がしてきたじゃない」

 別に妖精は精一杯動こうが動くまいが、栄養を取る必要など無い。サニーに限って言えばソーラーパネルを常に担いで活動しているようなもんである。
 しかしそこはまぁ気分というヤツで、ノリのいいスターはそうねと頷いた。

「ちょっと簡単なものでも用意してくるわ」
「お願いねー」

 おうちに戻っていったスターをサニーとルナは見送る。
 程なくしてスターはヤカンと風呂敷を持って戻ってきた。

「何? お茶とおむすび?」
「ううん。これ」

 スターが風呂敷をほどくと、そこには何やらどんぶり状のものが三つ、箸と一緒に転がるように出てきた。
 サニーとルナはそれを抱えるように持ち上げ、首を捻る。

「なんだっけこれ……どん兵衛?」
「ほら、森の外れにある変な店から盗ってきたじゃない。店主が霊夢たちに『これが外の世界のうどんやそばなんだ!』って妙に意気込んで説明してた」
「よく覚えてるわね。で、どうやって食べるのこれ?」
「やぁねルナ。ちゃんと書いているわよ」
「あらホントだ」

 紙蓋に書かれた『お召し上がり方』の項目を三匹は読みながら、やたらと不器用な手つきで中身の加薬やらスープやら麺やらを取り出したり入れ直したりをお互いの行動にツッコミながら繰り返し、ややぬるくなったお湯をそれぞれのカップに注ぎ始める。
 そこでサニーがあれ、と呟いた。

「ねぇスター。五分ってどれくらいの時間?」
「え? それって五分(ごぶ)じゃないの? お湯の量半分くらい入れてねっていう……」
「いやそりゃ違うわよスター。ほら、だってお湯の量入れる目安は、線までって書いてあるし」
「線? 線なんてあった?」
「あったっけ」
「どうだったっけ」
「あーもう! 外の人間はなんてややこしいものを食べているのかしら! おうどん一つ作るのにこんなに手間かけて混乱しなくちゃならないなんて!」

 ついに癇癪を起こしたサニーの叫びに、ルナとスターはうんうん全くだと頷く。ちなみにルナチャイルド、ちょっとそばにはうるさいので彼女だけそばを選んでいたりする。
 するとそこに一陣の風が吹いた。

「あやや、これは珍しい。妖精さんがカップ麺でお食事ですか?」
「え? ええ!?」

 つい先ほどまで能力感知圏内にいなかったはずの存在が目の前にいることにスターは驚き、そんな能力もないサニーとルナはさらに後ずさりして驚いた。
 瞬間移動と言っても良い速度で突風というほどの風も起こさずに、木の上に着地した射命丸文はにこにこと営業スマイルで三妖精に話しかけ続けた。

「ああ私のことは気になさらずどうぞゆっくり食事してくださいな」
「え? って、言っても……五分ってどれくらいの時間なんですか?」
「五分ですか? そりゃ三百秒ですが。って、ああ、待ち時間がわからないんですか? ええっと、どのくらい前にお湯を入れましたか?」
「わりとさっきのはずですけど」
「じゃ、一分削って二百四十秒としておきましょう」

 そして、いーち、にー、さーん、と三妖精は声を合わせて数を数え始める。その様子をニコニコスマイルで文はカメラに収めた。
 ところで、文が三匹に気づいたということはつまりサニーもルナも能力を発動し忘れて、迷彩が剥がれているという決定的事実が存在するわけだが、誰もそんなことには気づいていない。
 それに気づいたのは、カップ麺がいかなるものか数かぞえ中の三匹に講釈を垂れ、数を数えるのに邪魔だからとルナが能力発動してシャットアウトし、ずるずると文句を垂れながら三匹が麺を啜り、文と他愛もない世間話をしている時であった。

「あ゛あ゛っ!?」
「どうしたのサニー?」
「どうしたのじゃないわよスター! 私たち、張り込みしていたところなのに!」
「張り込み?」

 こいつぁ事件の予感だぜと、文はペン先を舐めてメモ帳を取り出す。一方スターは、無邪気な瞳でそんな文を見上げた。

「えーと、最近私たちのおうちの近くに、なんの前触れも無く生き物の気配が現れるんですけど……あなたですか?」
「え? いや、全く身に覚えがありませんが。詳しくお聞かせ願えますか?」
「それがかくかくしかじかで」
「ふむふむなるほど。お任せください妖精さん。その怪しげな謎の生命体の正体、必ずや私が激写し白日の下に晒してみせましょう」

 ブラウスをわずかに押し上げる丘陵地帯を文は拳で軽く叩く。その場のノリだけで生きているような三匹たちは、おー、とぱちぱち拍手した。




※※※※※





 射命丸文は妖精たちのランチを見届けた後、適当な木の枝の中に身を隠しファインダー越しに周囲を見回していた。
 文の本分とするネタ探し方法は羽を使うことであるが、そこにネタの種があるとわかっているのなら張り込みも辞さない。一日……否、半日くらいなら。
 千年ほども妖怪やっていれば普通はもっと落ち着きが出てくるものなのだが、そこは鴉天狗。半日じっとできるだけで文ちゃんは大人なのです。

(妥当な所では魔理沙さんあたりでしょうかね? ひよっ子とはいえ魔法使いの彼女なら、妖精の住処くらい見抜く目は持っているでしょうし、研究する理由もあるわ。さて、問題はそれをどういう風に調理して記事にするかね)

 取材も記事書きも編集も何もかも一人でやっている文は、常にこうして体は一つの仕事をしながら、頭の方は他の仕事の段取りを進めて効率化させている。頭の回転が速い鴉天狗ならではとも頑固で作業分担ができない妖怪らしいとも言える。
 文は枝葉に触れないよう、背中の翼を開きそちらに神経を集中させていた。音速の壁すら軽々と突破する鴉天狗自慢の翼であるが、同時に微妙な大気の流動を感じ取り逸早く飛行状態を制御するために、何かと敏感な器官でもあるのである。
 そのため、このように大気振動を基としたレーダーがわりにも使えるのだ。まずはこれで文は被写体の大まかな居場所を感知し、しかるべき後カメラに収め取材しようという段取りを考えているのである。
 だが、その段取りが間違っていたことに文は日が落ちてから気づいた。

(……心音が増えている? いつの間に!?)

 全く、いつの間にかとしか表現のしようがなかった。前触れもなくある程度の大きさの生物が鳴らす音量の心拍音を翼が捉えたのである。
 文は慌てて音の方向へとファインダーを向けた。その瞬間、たった数枚の写真を撮るために千回以上撃墜されて磨かれた文の危機予知能力が出した警告に体が反射反応し、頭を下げる。
 とすっ、と軽い音をさせて背後の幹にナイフが突き立っていた。
気づかれた!

「ですが、幻想郷最速の私から逃げられると思ったら大間違いですよ!」

 背中を見せて逃げようとする被写体に今度こそファインダーを向け、枝から飛び立ちながら文はシャッターを切った。
 夕闇に閉じた魔法の森に、フラッシュの閃光が瞬く。しかしその影に、文がファインダーに捉えていたはずの被写体は存在しなかった。

「心拍音もしない……? 私が反応できない速度で逃げた? そんなわけありませんね。零時間移動に類する能力の持ち主だったのでしょう。こうなると、魔理沙さんなわけありませんね」

 獲物を逃しはしたが、追い詰め甲斐のある強敵にむしろ文は興奮していた。一縷の望みを託し、写真が現像されるのを待つ。
 やがて一枚の写真がカメラから吐き出され、文はそれを見てニヤリと笑った。

「次号の一面記事はこれで決定ね」




※※※※※





 ひそひそひそひそひそ

 紅魔館の妖精メイドは、今日もロクに働かずお喋りにお熱であった。
 だが妖精のお喋りとはどちらかというとぺちゃくちゃといったやかましいもので、周囲に気を使うなどということはメイドであろうともあまりない。紅魔館において気使いは門番の専売特許なのである。

「それじゃあ私たち、危ないんじゃあ……」
「こんな物騒なとこで働いていたら大変なことになっちゃう……」
「でも三度三度のごはんにふかふかベッドを用意してくれるような住処って、あんまりないし……」
「その三度三度の食事にどk

 ぶすぶすぶすぶすぶすぶすぶすっ

 サボってお喋りばかりしていた妖精メイドに、突如として飛来してきた豪雨のようなナイフ群が襲いかかり、一匹残らず一回休みを強制させた。
 そのナイフを投げつけた紅魔館のメイド長、十六夜咲夜はやれやれと肩をすくめて妖精メイドの死体を窓から庭へと投げ捨てる。どうせ一日も放置しておけば翌朝には復活しているものだ。
 すると、庭の手入れをしていた美鈴が咲夜に気づき、慌てた様子でこちらへと駆け寄ってきたのだ。

「咲夜さーん! 大変ですよ!」
「あら? どうしたの美鈴。マンドラゴラでも引っこ抜いた?」
「ええまぁ危うく死にかけましたが……って、違います! この新聞、読まれました?」
「新聞? まだだけど」

 美鈴が差し出した文々。新聞を紅魔館は多重契約しており、妖精メイド用、主用、図書館用などあっちこっちに用意されたポストに放り込まれている。もっとも咲夜はレミリアとの話題作りのために流し読みするくらいであるが。
 大体この文々。新聞、新聞というくせに一週間に一度発行すればいい方という超不定期新聞である。読もうという気になってもそんな時には手元に無かったりする新聞、一体誰が情報源として有効活用するというのか。
 咲夜はそんなことをつらつら考えながら新聞を受け取り、開いた。
 固まった。

 ――紅魔館のメイド長は妖精愛好者だった!?
 ――第123季5月14日
――魔法の森在住の光の三妖精、サニーミルクさん、ルナチャイルドさん、スターサファイアさんたちは常々自分たちを監視する謎の気配に恐怖していたという。
 ――「ええ。本当に。ごはんを作っている時なんかに気配を感じたら、怖くって玉子の黄身まで割れちゃって気が気じゃありませんでした」
 ――「そうよ! これは私たちの存在を危惧して監視する偵察兵に違いないわ!」
 ――「メイド服勝手に借りてごめんなさい」
 ――このように三人の妖精さんたちは謎の気配に怯えきっており、記者は昼も夜も無く魔法の森に張り込み、ついに犯人の姿を捉えることに成功した。
 ――この後ろ姿、犯人がメイド服を着用していることは一目瞭然である。そして幻想郷においてメイドを雇っているようなお屋敷といえば湖の辺に居を構える紅い悪魔レミリア・スカーレット嬢の根城、紅魔館しかありえまい。
 ――さらに書き連ねれば、この後ろ姿、どう見ても羽根は無く周囲の木々と比べてもその大きさが把握していただけるであろう。彼女は人間である。
 ――ならば妖精さんたちを監視していた不埒な輩は、紅魔館に住まう唯一の人間メイド、十六夜咲夜氏ということになるであろう。
 ――「私たち、自由に暮らしたいんです! 紅魔館に攫われて妖精メイドにされてしまうんでしょうか!? それとも、もっとひどいことを!? 不安で不安でお昼もぐっすり眠れない毎日が続いているんです!」(あまりの恐怖に泣き崩れるスターサファイアさん)
 ――この件については未だ推測の域は出ない。当文々。新聞は引き続きこの件について取材を進め、紅魔館にも接触する方針である。

「……咲夜さん」

 少し猫背になった美鈴が帽子越しに咲夜を上目遣いに見つめ、次の瞬間視線を逸らすように山となった妖精メイドの死体を見やった。

「……あの、まぁ所詮妖精ですし、趣味は人それぞれですがぎゃあああ!?」
「違うわよ!!」

 額にナイフをぶっ刺され、口を絞ったホースのように勢い良く血を噴出しながら美鈴は叫び声を上げた。
 咲夜は額に手をやり、新聞を床に落とした。なんということだ。まさか、あの場にいたのが幻想郷最悪のパパラッチ天狗だったとは。なぜ逃走する際に時間停止した時、始末しておかなかったのだろう。
 珍しく過去のミスを後悔する咲夜は、背後から歩み寄ってきて新聞を拾い上げた白く小さな手に気づかなかった。

「ん、今日は新聞来てたのね。さて今日の世界情勢は、と……」
「お嬢さま!? なんでこんな時間に!?」

 いつの間にか現れていた咲夜の主が、朝日が燦々と照らす窓の下、あくびをしながら新聞を読んでいた。

「トイレ」
「どう考えたってここは通り道じゃありませんわ!」
「だってお前たち二人が仲良くしているんだもん。混ぜてよ。で、咲夜」
「あ、はい?」
「妖精屍姦趣味を極めるなら地底の猫が専門家だって霊夢が言ってたわ」
「違います!!!」

 咲夜全身全霊全力全開の否定を聞いたレミリアは、ぱちくりと目を瞬かせて、首を傾げ、ぴくぴく痙攣する美鈴を見下ろし

「大丈夫よ、問題ない。その猫は幻想郷一の死体愛好家(ネクロフィリア)。海行かば水浮く屍、山行かば草生す屍を愛する真性の変態。想像するだけで心が躍らないかしら」
「やめてください本当に違うんです!」
「えー。美鈴ってキャラ薄いじゃん。キョンシーにしたってバチ当たらないと思うんだけど」
「やたら癖の強い暗器キャラにするつもりですか!」
「ゾンビロッカーに比べたらマシよ」
「そうじゃなくて、これには深いわけがあるんです!」
「ちょうどいいです。そのわけを聞こうと思っていたところでして」

 痙攣美鈴とメイドの死体を吹き飛ばし、一陣の業風が紅魔館の庭を吹き荒らした。
 そして、芝生の上に着地したるは一羽の鴉天狗。
 次の瞬間、全方位三六〇度を絶対包囲するナイフの檻が出現し射命丸文を閉じ込めた。

「よく来たわね天狗さん。ところでお嬢さま。今日の朝食は鳥料理にしようかと思うのですが」
「ちょ、ちょっと!? 紅魔館式おもてなしってこんなんでしたっけ!?」
「んー、朝はやっぱり納豆がいいわ。それより、インタビュー受けてあげなよ。私も咲夜の性癖を知りたいし」

 メイドの死体を椅子代わりに腰掛け、レミリアは咲夜を促した。
 咲夜は息を吐き、落ち着きを取り戻すとナイフケージに捕らわれたままの文に吐き捨てた。

「よくもこんな捏造記事を……」
「わ、私は見たまま聞いたまま思ったままを綴っただけで――ああ、すみません! 本当! 反省しています! 今ここで聞いたインタビュー内容を全て号外記事に纏めて今日中に幻想郷中に配布しますから!」

 ナイフの切っ先が十センチばかり近づいたので文は素直になったようだ。

「で……真相は一体どういうことだったんですか?」
「……お嬢さまに一番知られたくなかったのよ」
「あやや、やはり特殊な性癖を主に知られるのは――ごめんなさい! 本当にすみませんでした!」

 もはやナイフの切っ先は文の皮膚を引っ掻く寸前であり、彼女は軍人のような見事な直立不動の起立姿勢を強要されている。
 咲夜はため息をついて、告白を始めた。




※※※※※





「らったんたららん♪ らたらん♪ らたらた♪ らったらたらたらたらたらん♪」

 スターサファイアはご機嫌な様子で鶏肉に串を打ち、焼き鳥の準備を進めていた。
 既に出来上がっている串は肉だけに限らず、魔法の森で採れたきのこや山菜などが豊富に打たれ、今宵の酒の席を賑わすだろう。
 そんなスターの横に、三角巾で髪をまとめたルナチャイルドが立った。

「手伝うわ」
「あら、ありがとうルナ。気が利くわね」
「大量の鶏肉を仕入れたのはスターだからね。でも、どこに紅魔館のメイド長との伝手なんかあったのよ?」
「いんや。私もよく知らない」
「何それ」
「いきなり『料理教えてください』って言ってきたから、適当に教えてあげて、私が確保していた魔法の森で採れる食材と交換してもらっただけよ」
「全然話読めないんだけど」
「うん、私もよくわかんない」

 スターサファイア自身も話の経過はよくわからなかったが、妖精はノリだけで生きているような存在なので素直に咲夜の願いを聞き入れたのだ。
 ルナは首を傾げる。

「あれ? 確か紅魔館のメイド長って……パーティーに紛れ込んだことあったわよね? あの時の料理、スターの作るのよりずっと美味しかったわよ」
「うるさいわね、食べなくていいのよ別に」
「そうじゃなくて、なんでなの?」
「魔法の森の食材って毒とか色んな変な作用起こすものばっかでしょ?」
「まぁそうね」
「あの人間はまさか食べられるものがあるとは思わなかったらしいわ」
「ほう」
「それで、魔理沙さんが私の作った料理くすねていて、それを食べたことがあるらしいの」
「あらまぁさすが魔理沙さん」
「で、感動したそうで」
「趣味悪いわ」
「私が料理するところを覗いて、レシピを盗もうとしたらしいけどまぁ木の中までは見えるわけないし」
「そりゃそうよね」
「妖精の私なんかに教えを乞うのも恥ずかしいって思っていたみたいで」
「ふーん」
「ま、なんか心変わりがあったらしくて、これからもちょくちょく来るみたいだわ」
「ふふ、じゃあそのたび何かしら珍しい食材が手に入るってわけね。やったじゃない、スター」
「ふふふ、やったのはそれだけじゃないわよ?」

 そう言ってスターサファイアは、手の中に白い玉子のようなものを転がしてルナチャイルドに見せびらかした。
 ルナはそれを見て、合点が言ったようにほくそ笑む。

「そのキノコ……」
「そう、妖精のタマゴよ。渡した食材とレシピの中に紛れ込ませておいたわ。今夜の吸血鬼のディナー、あとでサニーと一緒に覗きに行きましょ♪」
シロタマゴテングタケ
深井零中尉「チキンブロス。おいしゅうございました」

第八回東方シリーズ人気投票スターサファイア支援のつもり。
スターは料理上手。
みづき
http://tenkai7tyoume.blog83.fc2.com/
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
スターかわかわ。軽いスプラッタも良いアクセントでした。
あと「おうち」って響きがなんかぐっと来ました。
2.名前が無い程度の能力削除
幻想郷流ほのぼのって感じが良かったです
3.名前が無い程度の能力削除
ほのぼの癒されます
さらっと海行かばが入ってて面白かったです