Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

あややといく

2011/01/28 19:42:10
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「もしもし衣玖よ、衣玖さんよ。世界のうちであなたほど、歩みののろいものはない」

 と文が言うと、衣玖は飄々とした態度で口を開いた。

「およよ、何をおっしゃるのです。だいたい、地上に這いつくばる汚いカラス天狗の癖にそういう尊大な口の聞き方はよくありません。私は不快です。もっと礼儀正しくしないと、いつか身を滅ぼしますよ。地面に顔面が埋まるまで土下座しなさい」
「随分とボロクソに言ってくれますね」
「だいたい生物には長所と短所というものがあるのです。たとえば私は絶世の美少女ですが、あなたは美が少ない女です」
「あやややや、この私が美しくないと言うんですか? いえいえ、そんな事はどうでもいいのです。なぜなら幻想郷一速い女。知ってます? 外の世界では皆挙って速さというものを競っているんですよ。速さとは偉さ。つまり、偉さとは速さ。これにより私は幻想郷一偉い女という公式が成り立ったのです」
「なるほど、では速さとは、偉さとはなんですか?」

 衣玖が鷹揚とした態度で問う。文は呆れたように口の端を吊り上げる。

「おっと、煙を巻いてマスコミを追い払おうって魂胆ですね。そうはいきませんよ。速さとは何か、そんな事は簡単です。たとえばここ、博麗神社から妖怪の山までの道のりを私とあなたが競争する。私はあなたを圧倒的に引き離す。これが速さです。そして偉さです」
「さてどうでしょうか。そんなに上手くいきますかね?」
「上手くいくに決まってるじゃないですか。なんでしたら勝負でもしますか? 大勢の人を呼んで競争するんです」
「望むところです。本当の偉さをあなたに教えてあげます」

 そして次の日。博麗神社には大勢の暇人が集まっていた。建前は二人の競争を見るというものであるが、実際はいつものように酒を飲みに来ているだけである。そこにはてゐの姿もあった。二人の競争をネタに小遣いを稼ごうと賭けを催している。オッズは衣玖:文で一:九であった。
 衣玖と文の二人はすでにスタートラインの上に足を乗せていた。競争開始まであと五分というところである。
 飛ぶ前の準備運動として、文が羽を上下に揺らす。うん、絶好調。と文は呟いた。
 不意に衣玖が近づいてくる。
 
「文さん、ご相談があるんですけど」
「なんですか? 八百長の相談なら受けませんよ」
「およよ、よく分かりましたね。この勝負、負けてください」

 衣玖はなんの悪びれもなく不正を口にする。文は首を傾げた。

「冗談ですよね? 清く正しい私がそんな頼みを受けると思ったのですか?」
「思いましたよ。私とあなたのオッズ、知ってますよね? 実は私の身内の者が、私が勝つ方に賭けてくれたのです」
「ははぁ、わかりましたよ。お金を渡すから負けてくれという事ですね。残念ですがそれは出来ません。私は些細な欲望に釣られるような妖怪では無いのですから。自分の誇りに素直なんです」
「あなたの誇りとはなんですか?」
「当然速さです」
「ではマスコミ魂の方はどうでもいいのでしょうか?」
「……どういうことです?」

 狼狽し眉をひそめる文に、衣玖は息を吹きかけるように耳打ちをする。

「大声では言えないのですが。この勝負で私が勝つとびっくりするくらいの大金が動きます。これはニュースになるほどの大金なのです。さらにはこの勝負、あなたが勝っても皆は当然の事だと思って記憶には留めません。しかし、鈍い私が勝てばそれはもう大事件です。ここまで言えば、賢いあなたならもうわかりますよね?」
「わかりますよ。なるほど、しかも私は事件の当事者の一人にして敗者。その私が新聞を書けば、果たしてどんな内容か気になるに決まっている。これは売れますね。次回の新聞大会も上位に入賞できそう。しかし、私の速さにたいする誇りはどうすればいいんですか」
「どこかで睡眠でもとってくださいよ。みんなはあなたが新聞を書くのに疲れて寝てしまったと思うだけです。心配しなくても大丈夫ですよ。あなたが幻想郷一速くて、私が遅いなんてことは周知の事実なのですから。だからこそ、私があなたに勝てるというのが事件になるのです。弱いものが強いものに勝つ方が劇的でしょう? それに、みんなあなたが遅いとは思いません。私にとっては、ほんのささいな僥倖ですよ。だからあなたは、自分のマスコミ魂に誇りを持ってくれればいいのです。自分の負けすらもネタに持っていける、ネタ魂に」
「ですが、私の速さを再度アピールして地霊殿での自機の人気度を上げる計画は……」
「それ以上速さをアピールしたら本格的に使われなくなりますよ? いいじゃないですか、あなたはボムが強力なんですから。武器は一つでもあれば、十分なんですよ」
「おーいあんた達、しゃべってないで速く位置につきなさい」

 合図係りである霊夢が気だるそうしながら衣玖を呼んだ。衣玖は泰然とした態度で自分の位置へ戻って行く。去り際に「ではよろしくお願いしますね」という声が聞こえたような気がした。
 
「さーて、頑張りますか」
 
 気合を入れようと呟いてみたが、まったく身が引き締まらない。
 空を見上げると、青いペンキをひっくり返したような、気持ちのいい晴天だった。風の吹く音色が文の体を通り抜ける。
 周りのざわめきはまったく耳に入ってこない。霊夢の声さえ聞こえない。
 文は逡巡しさまざまな景色を脳内に思い浮かべる。青々しく涼しい滝の裏、緑が眩しい優雅な草原、小鳥が囀る鬱蒼とした森の中。それはどこも睡眠に適した場所であった。
教訓:この世で一番偉いのは空気を読む事である。(って衣玖さんが言ってた)
ムラサキ
http://
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
テンポの良い会話ですらすらと楽しく読めました
2.名前が無い程度の能力削除
流された
3.名前が無い程度の能力削除
清く正しさは死んだ
4.名前が無い程度の能力削除
さすが衣玖さん。
5.名前が無い程度の能力削除
序盤の衣玖さん悪口酷すぎで笑いました