ある時、私は蝶になった夢を見た。
私は蝶になりきっていたらしく、それが自分の夢だと自覚できなかったが、
ふと目が覚めてみれば、まぎれもなく私は私であって蝶ではない。
蝶になった夢を私が見ていたのか。
私になった夢を蝶が見ているのか。
きっと私と蝶との間には区別があっても絶対的な違いと呼べるものではなく、
そこに因果の関係は成立しないのだろう。
~荘子~
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私、博麗霊夢は蝶になっていた。
これは夢か、または現か。それは分からない。
ただ蝶になった私は、幻想郷の空を飛んでいる。ヒラヒラ、ヒラヒラと。
飛んでいる場所は、魔法の森でもなく、迷いの竹林でもなく、向日葵が咲き誇る太陽の畑でもなく、人間たちが最も多く住む場所――人間の里。
人々は忙しそうに動き回る。
飛び続けていると、酒場からあまり会いたくない人物の声が聞こえてきた。
博麗霊夢として会えば、確実に説教が飛んでくるが、今の私は博麗霊夢ではなく蝶だ。気兼ねすることもない。
私は酒場に入ると、その人物の近くにある柱に泊まった。
「閻魔さま! いい飲みっぷりだねぇ」
「おい武田。負ける! 俺はお前に賭けてるんだぞ」
「映姫さまー。がんばれー」
「武田。頑張れ……っ。幻想郷の男の意地を見せてやれ」
酒場の一角にて盛り上がる集団。老若男女合わせて20名はいる。
盛り上がっている理由は、飲み比べの賭け試合。勝負をしているのは、人里の飲み比べ大会で準優勝した武田と、地獄の裁判官として有名な四季映姫・ヤマザナドゥ。賭け比率は3:7と、映姫の圧倒的であった。
「おかわりをお願いします」
「……おか……わ、 」
武田はテーブルの上に倒れた。
「27杯と38杯で、映姫さまの圧勝だっ!」
「さすが、地獄の閻魔さま」
「くそ……。武田でも勝てなかったか」
「きゃあああ。映姫さま、かっこいいー」
「……くそ。次は、つぎは絶対に、勝つぞ」
「ええ。私は何度でも勝負を受けます。何時でも挑戦してきなさい」
「へへ――」
「武田……。貴方の勇士は、私は忘れません」
注意。武田は死んでいません。気を失っただけです。
「さて店主、お酒をお願いします。アルコール度数が最高のをお願いします」
「お、まだ飲むんですかい」
「ええ。飲み比べもいいですが、ゆっくり飲むお酒の方が好きなんですよ、私は」
店主は、映姫に店の中で最も高いアルコール度数の酒を差し出した。
酒の名は『酒豪殺し』と言う。名の通り、どんな酒豪もこれを飲めば飲み倒されるとされる。と、言ってもあくまでも人間用なので、人外……特に鬼が飲んでも飲み倒されることはない。
酒壺から盃に酒を入れて、口元へ運ぶ。
「見つけましたよ! 映姫さまっ」
酒屋に怒鳴り込んで来たのは、真紅の髪に高い下駄、極端に大きい大鎌を持った少女――小野塚小町だった。
「……こんにちは小町。よく分かったわね。私が此処にいるって」
「映姫さまに対しての声援が、外まで聴こえて来ましたから、簡単でしたよ。さ、帰りますよ。映姫さまの審判を待っている霊が沢山いるんですからねっ」
「私は、もう少し此処で飲んでたいんだけど」
「か・え・り・ま・す・よ。え・い・き・さ・ま」
「し、仕方ありませんね」
映姫は、観念したのか大人しく席を立った。が、次の瞬間に走り始めた。映姫の履物は靴なのに対して小町は高い下駄。多少運動能力では劣ってはいるが、履物が靴と下駄では走りやすいのは靴だ。そのため走りに持ち込めば逃げ切れると、映姫は考えた。
しかし、その考えは甘かった。
全力疾走しても酒場の出入り口までたどり着くことが出来ない。映姫が座っていた場所は、店の奥とはいえ走れば10秒ほどで辿り着ける距離だが、数分走っても一向に店の出入り口に辿りつけなけない。
そんな映姫の肩に、小町の手が触れた。
「映姫様、あたいの能力をお忘れですか? あたいの能力は、『距離を操る程度の能力』ですよ。映姫さまと出口までの距離を最長に、あたいと映姫様の距離を最短にしました。あたいから逃げることはできませんよ、映姫さま」
勝ち誇る小町。
だが、映姫は笑う。これが小町の能力である時点で、映姫にも勝算がある。
「甘いですよ、小町。貴方こそ、私の能力を忘れたのかしら?」
「えっ」
再び映姫は走り出す。すると今度は、すぐに出入り口まで辿り着き酒屋の外に出た。
四季映姫・ヤマザナドゥの能力は、『白黒はっきりつける程度の能力』であり、小町が能力により生み出した幻想の距離を白黒はっきりさせたというわけだ。またこの能力によって定められたモノは、覆ることはない。そのため映姫と小町の距離が最短になることは、2度とないということになる。
「小町。貴女はもう少し私を見習って自堕落な生活を送るべきです。今のままだと婚期を逃しますよ」
「余計なお世話です。それにあたいに説教する暇があれば、自分自身に説教をしてください」
「説教と言われても、――私の理念は『仕事を遊びのようにだらけ、遊びを仕事のように真面目にする』ことです。何か可笑しいところでも?」
「その理念そのものが可笑しいですっ」
その後二人は、幻想郷中を走り回り、最後は妖怪の山の頂にて小町は見事に映姫を捕えることが出来たという。
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目を覚ますと、私は蝶ではなく博麗霊夢だった。
あの現実のような夢を思い返し、ふと思う。
蝶になった夢を私が見ていたのか。
私になった夢を蝶が見ているのか。
少しの間、考えてみたが結論は得られない。……自分という他者の境界があやふやな気さえする。
私は寝間着から巫女装束へと着替えてから、水で顔を洗うと人里へ向かった。
頼んでいたお茶が今日入荷する予定だと、昨日聞いたからだ。
人里でも特に賑わう商店街を歩いていると夢で見た酒屋があった。
何気に近寄ると、既知の2人がいた。
「あは、あはははは。よく分かりましたね、映姫さま。あたいが此処にいるって」
「あなたを応援する声が外まで聞こえてきてましたよ。ずいぶんと圧勝だったようね」
「えと、はい」
「非番なら羽目を外すのはいいでしょう。ですが、今は仕事中。それも真面目に働かず、酒屋で飲み比べ賭け試合とは何事ですかっ!!」
「すみません! すみません!」
「今日と言う今日は堪忍袋の緒が切れました。小町には私の裁きを受けてもらいます。覚悟しなさい」
2人の争いを見るかのように、酒屋の柱に赤白の蝶が泊まっている。
私の視線に気づいた蝶は、柱から離れどこかへと飛んでいく。
……もしかしたら、あの蝶は「向こう側」の博麗霊夢が「こちら側」を見ていたのかもしれない。
ただ私としては、不真面目な閻魔さまより、真面目な閻魔さま。
真面目な死神より、不真面目な死神の方が良い。
……ただ、どっちにしろ厄介には変わりない。
今回は霊夢の蝶夢ですが是非とも他のキャラの蝶夢も読んでみたいです。
グータラ閻魔に生真面目死神。本当に正反対なんですねこの二人(笑)
他も見てみたかった気もしますが、蛇足にならない程度にまとまってるこの文章でよかったのかもしれません。
朝から素晴らしいものを読ませて頂きました
反転世界ですか・・・。本当に面白い考えです。
いやはや、面白かったっす
自分はアウトドアなパチュリーやドジッ娘な咲夜さんが見たいです。