―僕が河童というものを見たのは実にこの時が始めてだったのです。
芥川龍之介『河童』
僕は、河童というものに多少の興味を持っていた。
それは、彼らの持つ技術に対しての興味が大半を占めていたが、彼ら自身に対して興味が無かったかというと、それは嘘になってしまう。
秋分を過ぎ、暑さも和らいで、そろそろ蝉の声も聞こえなくなってきたころのこと。彼女の来店があったのはそんな日のことだった。
最初は扉が勝手に開いたように見えた。開いた扉の内にも外にも人影が見当たらなかったからだ。
妖精の悪戯かなにかだろうと思い扉を閉めようと立ち上がったとき、その違和感に気づいた。
店の内側の景色が揺らいでいたのである。まるで真夏に熱せられた地面の熱で、少し上空の景色が揺らぐように。
どのくらいその揺らぎを見ていただろうか、突然その揺らぎに色が付きはじめると、見る見るうちに一人の少女が現れた。
「みつかっちゃったかー」
照れ笑いながら少女はそんなことを言った。
「勝手に開くような扉は使ってないはずだからね。」
「ここに来れば外の世界の道具が見れるって聞いたんだけど・・・。」
「確かに、幻想郷で外の世界の道具を扱っている店はここぐらいだろうね。」
この店のことと僕のことは以前妖怪の山に来た白黒の魔法使いから聞いたらしい。
そして、自分は『河童』だと付け加えた。
僕の名は森近霖之助。
魔法の森の近くで香霖堂という雑貨屋を経営している。
「外の世界の道具を見にきたそうだね、じゃあこれなんかはどうかな。」
そう言って、僕は二つ折りにされた長方形の物体を取り出した
「これは、コンピューターという所謂外の世界の式神のようなものだ。」
彼女は外の世界の道具を取り出して見せるたびに、驚愕と感嘆の声を上げ、目を輝かせながらこれはいったいどんな道具なのだ。と質問を投げかけてきた。
しばらくそんなやり取りが続いた後、お気に召したものがあったらしく、それを手に取り
「これはいくらだい?」
そんなふうに聞いてきた。
「お金はいいよ、そのかわり僕のお願いを聞いてくれないかな?」
彼女がどの商品を手に取ろうと、こう言うことは決めていた。
「河童の使っている道具を見てみたいんだ。」
僕は以前から河童の情報は集めるようにしていた。
資料によってその内容はまちまちだが、どの資料にも当てはまることは、頭に皿を持ち、背には甲羅、手足には水かきがあり、好物は胡瓜である。といったことだ。(もっとも、これらの資料は外の世界の物だが)
以前、人間の里に住む九代目阿礼乙女が書いた幻想郷縁起を読ませてもらったことがあるが、そこにはまだ河童という名前と少しの説明しか書かれていなかった。
「河童というのは人間と比べてかなり高度な技術を持っているそうじゃないか、もしよかったら見せてくれないか。」
「別に構わないけど、道具といっても今は特に持ち合わせてないし・・・」
「特別なものでなくてもいいんだ。たとえば、君が店に入ってきた時君の姿が見えなかったが、それも河童の道具の力なんじゃないかな?」
実際のところあれは彼女の能力である可能性もあるが、河童は皮膚組織の色がカメレオンのように変化すると書かれている資料も読んだことがあった。
その特性を技術転用した可能性は十分にある。
彼女は驚いたような感心したような顔をした後、たはーと声を出し頭を掻きながら。
「よくわかったね、これは光化学迷彩って名前なんだけど・・・」
彼女の着ている服について説明を始めた。
彼女の話は技術的な部分が主だったため少々理解に苦しむ部分もあったが、それより実際に河童の技術に触れることができるという喜びの方が大きかった。
それからしばらくの間、彼女の取り出す河童の道具の技術の高さと精密さに驚愕と感嘆の声を上げていた。
「とりあえず今持ってるのはこれぐらいかな。」
「そうか。今日はありがとう。」
「こちらこそ」
「もしよかったら、また河童の道具を見せてもらえないかな?」
「もちろんだよ。その時はまた外の世界の道具と交換してくれるのかな。」
「考えておくよ。」
「そうだ、最後に一つだけ教えて欲しいんだ。」
彼女が扉に手をかけたとき声をかけた。
「外の世界の資料にも河童について多くのことが書かれていたんだが、そのほとんどが頭に皿だの背中に甲羅だの、言うなれば、『外の人間の妖怪としての河童』しか描かれていなかったんだ。これはなぜだかわかるかい?」
彼女は少し考えた後
「昔からの河童の資料を読み比べてみればわかるんじゃないかな。河童は人間を捕まえて溺れさせたんだよ。まあ、嘘しか書いてないってわけでもないみたいだけどね。」
そんなことを言って店を後にした。
彼女が最後に言った言葉の真意。最初の頃こそ全く見えてこなかったのだが資料を繰り返して読むうちに気づいたことがあった。
それは、河童について書かれた資料の大半が河童が人間を捕まえ溺れさせることは記述しているが、河童が捕らえられたという事件などを記載しているものはほとんど無いということだ。
おそらく、昔の人はたとえ河童を捕まえたとしてもその高度な技術や着ている物のあまりの違いに正確に河童の姿を伝えることが出来なかったのではないか。
鞄、帽子、靴、手袋。
それらが
甲羅、皿、手足の水かき。
こう見えても不思議ではない。
自分の知らないものを他者に伝える時に自分の知っているものに例えて説明したのであれば十分にありえる話だ。
「それで、その河童はどうなったんだ?」
「結局それからは現れてないんだよ。」
「霖之助さんの接客態度が悪くて愛想尽かしたのかもね。」
「ちゃんとお客様としてお迎えしたよ。少なくとも君らと接するよりは丁寧だったさ。」
秋が過ぎ、冬が過ぎ、春も足跡を残しながら去り行こうとしている季節。僕は霊夢と魔理沙に河童について話していた。
「しかし、酷い奴もいたもんだぜ。こんなボロ道具屋を紹介するなんてな。」
「そうね、外の世界の道具は無くても、里の道具屋の方が品揃えも接客態度もいいと思うわ。」
「僕はその酷い奴に心当たりがあるんだが。」
「そうなのか、じゃあそいつに会ったら今度は里の店を紹介してやれって伝えておいてくれ。」
「ああ、わかった。確かに伝えておくよ。」
「ところで、霖之助さん。一つ気になることがあるんだけど。」
「河童が最後に言った。嘘ばかりではないって、どういうことかわかったの?」
「ああ、それはね。」
河童、という生き物が登場する物語はたいてい季節が夏である。
人間が水辺に近寄りやすくなるという理由もあるのだろうが、夏だと都合がよい理由が河童側にもあったのではないか。僕はそんな風に考えた。
次に河童が僕の前にあわられることがあったなら、せめて心ばかりのおもてなしをしてあげようと思う。
「花より団子ってことさ。」
芥川龍之介『河童』
僕は、河童というものに多少の興味を持っていた。
それは、彼らの持つ技術に対しての興味が大半を占めていたが、彼ら自身に対して興味が無かったかというと、それは嘘になってしまう。
秋分を過ぎ、暑さも和らいで、そろそろ蝉の声も聞こえなくなってきたころのこと。彼女の来店があったのはそんな日のことだった。
最初は扉が勝手に開いたように見えた。開いた扉の内にも外にも人影が見当たらなかったからだ。
妖精の悪戯かなにかだろうと思い扉を閉めようと立ち上がったとき、その違和感に気づいた。
店の内側の景色が揺らいでいたのである。まるで真夏に熱せられた地面の熱で、少し上空の景色が揺らぐように。
どのくらいその揺らぎを見ていただろうか、突然その揺らぎに色が付きはじめると、見る見るうちに一人の少女が現れた。
「みつかっちゃったかー」
照れ笑いながら少女はそんなことを言った。
「勝手に開くような扉は使ってないはずだからね。」
「ここに来れば外の世界の道具が見れるって聞いたんだけど・・・。」
「確かに、幻想郷で外の世界の道具を扱っている店はここぐらいだろうね。」
この店のことと僕のことは以前妖怪の山に来た白黒の魔法使いから聞いたらしい。
そして、自分は『河童』だと付け加えた。
僕の名は森近霖之助。
魔法の森の近くで香霖堂という雑貨屋を経営している。
「外の世界の道具を見にきたそうだね、じゃあこれなんかはどうかな。」
そう言って、僕は二つ折りにされた長方形の物体を取り出した
「これは、コンピューターという所謂外の世界の式神のようなものだ。」
彼女は外の世界の道具を取り出して見せるたびに、驚愕と感嘆の声を上げ、目を輝かせながらこれはいったいどんな道具なのだ。と質問を投げかけてきた。
しばらくそんなやり取りが続いた後、お気に召したものがあったらしく、それを手に取り
「これはいくらだい?」
そんなふうに聞いてきた。
「お金はいいよ、そのかわり僕のお願いを聞いてくれないかな?」
彼女がどの商品を手に取ろうと、こう言うことは決めていた。
「河童の使っている道具を見てみたいんだ。」
僕は以前から河童の情報は集めるようにしていた。
資料によってその内容はまちまちだが、どの資料にも当てはまることは、頭に皿を持ち、背には甲羅、手足には水かきがあり、好物は胡瓜である。といったことだ。(もっとも、これらの資料は外の世界の物だが)
以前、人間の里に住む九代目阿礼乙女が書いた幻想郷縁起を読ませてもらったことがあるが、そこにはまだ河童という名前と少しの説明しか書かれていなかった。
「河童というのは人間と比べてかなり高度な技術を持っているそうじゃないか、もしよかったら見せてくれないか。」
「別に構わないけど、道具といっても今は特に持ち合わせてないし・・・」
「特別なものでなくてもいいんだ。たとえば、君が店に入ってきた時君の姿が見えなかったが、それも河童の道具の力なんじゃないかな?」
実際のところあれは彼女の能力である可能性もあるが、河童は皮膚組織の色がカメレオンのように変化すると書かれている資料も読んだことがあった。
その特性を技術転用した可能性は十分にある。
彼女は驚いたような感心したような顔をした後、たはーと声を出し頭を掻きながら。
「よくわかったね、これは光化学迷彩って名前なんだけど・・・」
彼女の着ている服について説明を始めた。
彼女の話は技術的な部分が主だったため少々理解に苦しむ部分もあったが、それより実際に河童の技術に触れることができるという喜びの方が大きかった。
それからしばらくの間、彼女の取り出す河童の道具の技術の高さと精密さに驚愕と感嘆の声を上げていた。
「とりあえず今持ってるのはこれぐらいかな。」
「そうか。今日はありがとう。」
「こちらこそ」
「もしよかったら、また河童の道具を見せてもらえないかな?」
「もちろんだよ。その時はまた外の世界の道具と交換してくれるのかな。」
「考えておくよ。」
「そうだ、最後に一つだけ教えて欲しいんだ。」
彼女が扉に手をかけたとき声をかけた。
「外の世界の資料にも河童について多くのことが書かれていたんだが、そのほとんどが頭に皿だの背中に甲羅だの、言うなれば、『外の人間の妖怪としての河童』しか描かれていなかったんだ。これはなぜだかわかるかい?」
彼女は少し考えた後
「昔からの河童の資料を読み比べてみればわかるんじゃないかな。河童は人間を捕まえて溺れさせたんだよ。まあ、嘘しか書いてないってわけでもないみたいだけどね。」
そんなことを言って店を後にした。
彼女が最後に言った言葉の真意。最初の頃こそ全く見えてこなかったのだが資料を繰り返して読むうちに気づいたことがあった。
それは、河童について書かれた資料の大半が河童が人間を捕まえ溺れさせることは記述しているが、河童が捕らえられたという事件などを記載しているものはほとんど無いということだ。
おそらく、昔の人はたとえ河童を捕まえたとしてもその高度な技術や着ている物のあまりの違いに正確に河童の姿を伝えることが出来なかったのではないか。
鞄、帽子、靴、手袋。
それらが
甲羅、皿、手足の水かき。
こう見えても不思議ではない。
自分の知らないものを他者に伝える時に自分の知っているものに例えて説明したのであれば十分にありえる話だ。
「それで、その河童はどうなったんだ?」
「結局それからは現れてないんだよ。」
「霖之助さんの接客態度が悪くて愛想尽かしたのかもね。」
「ちゃんとお客様としてお迎えしたよ。少なくとも君らと接するよりは丁寧だったさ。」
秋が過ぎ、冬が過ぎ、春も足跡を残しながら去り行こうとしている季節。僕は霊夢と魔理沙に河童について話していた。
「しかし、酷い奴もいたもんだぜ。こんなボロ道具屋を紹介するなんてな。」
「そうね、外の世界の道具は無くても、里の道具屋の方が品揃えも接客態度もいいと思うわ。」
「僕はその酷い奴に心当たりがあるんだが。」
「そうなのか、じゃあそいつに会ったら今度は里の店を紹介してやれって伝えておいてくれ。」
「ああ、わかった。確かに伝えておくよ。」
「ところで、霖之助さん。一つ気になることがあるんだけど。」
「河童が最後に言った。嘘ばかりではないって、どういうことかわかったの?」
「ああ、それはね。」
河童、という生き物が登場する物語はたいてい季節が夏である。
人間が水辺に近寄りやすくなるという理由もあるのだろうが、夏だと都合がよい理由が河童側にもあったのではないか。僕はそんな風に考えた。
次に河童が僕の前にあわられることがあったなら、せめて心ばかりのおもてなしをしてあげようと思う。
「花より団子ってことさ。」
こういう雰囲気は好きですよ