「誕生日……ですか」
「そ。人間ってのは来る年来る年、自分が生まれた月日をヤケに祝いたがるのよ……天狗には無いの?」
「いえ、それは普通に解りますし、誕生日もありますけど……」
今日は彼女の誕生日、らしい。彼女自身、博麗の巫女が先祖代々つけている簿記を見るまで忘れていたそうだ。――それもおかしな話だが。
……何にせよ祝う気持ちはある。
「と、とりあえず。お誕生日おめでとうございます」
「……ん、ありがと」
神社の縁側で茶を啜る一連の動作のあと、彼女は立ち上がった。
――どうしてこうも素っ気ないのか。少々、自分の命に無頓着過ぎないんじゃ。
「れ、霊夢さっ――」
「なぁに、何かくれるのかしら。誕生日プレゼント」
「あぅ……」
「新聞なら沢山あるから、もっと別のモノが良いわね……そうだ、お賽銭なんか一番欲しいわ」
「ざ、残念ですが今持ち合わせが無くて……」
「あっても入れないでしょうに」
「う……」
縁側下に掛けてあった箒を手に取り、境内を掃除し始める。普段通りの彼女の行為だが、どこか私の目には寂しく見える。
「霊夢さんは嬉しくないんですか」
「何がよ」
「誕生日ですよ。誰かに祝って貰えてるのに、ちっとも嬉しく無さそうですし」
「んー……特別、そういう事に喜ぶのは無いかな」
「……何でですか?」
「人間だもの」
……解せない。
同じ人間でも、魔理沙さんならきっと心から喜ぶだろう。
なのに、この人はどうだ。
自分の生に全く意識を向けない。
――この人の性格がアレなのは百も承知だけど。
「生きている事は至極当然な訳だから、わざわざそれを喜んだり、気に病む必要は無いの。あ、でも生きる事を諦めてる訳じゃないから。勘違いしないでね」
「人間が短命なのはご存じでしょう」
「当たり前でしょ。でも――私もまだ、博麗の巫女だから」
”博麗の巫女だから”。
前に彼女と試しに撃ち合った時の事である。
彼女に圧倒的差で負けてしまい、強さの秘訣か何たるかを聞き出そうとした所、この屁理屈で通された。
――確かに、博麗の巫女は幾度となく異変を解決してきたのは認める。
だが、根本的な理由になってない。
博麗の巫女だって負けはするし、それに彼女は独りだ。
境界を守る巫女故、隙間妖怪や神霊と関わりを持っている事以外、彼女は何人にも縛られていない。言うなれば孤軍。
教範者も居らず、誰の力も借りずに戦う彼女の姿が小さく見えたのだ。
そんな彼女に少しでも他に興味を持って欲しかった。
だから私はまず、彼女に新聞を渡す事から始めた。
金を取るのは少々不躾と思い、号外と称して適当にばら撒いた。
その結果、彼女の手には渡った。読んでもくれたし、たまに感想や世事について話題を持ち掛けてくれたりもした。
だがそう易々とそれが続く訳もなく、「新聞の山をどうにかしろ」とのキツい一言。逆に不躾だったらしい。
流石にソレ一本じゃ、私の印象をただ悪くするだけだった。
故に私は取材を始めた。
彼女――霊夢さんの事を、彼女をよく知っている者から聞き出せるいい方法だ。霊夢さん自身に話を持ち掛けるチャンスにもなる。初めて自分が新聞記者である事を幸せに思った瞬間だった。
彼女の事を見て、聞いて、知っていった。あの手この手で彼女の気を引こうとした。
そうしていた最中で、私は気付いた。
他に興味を持たない彼女の視線。
私はそれを自分に向けようと必死だった。
――あぁ、結局は彼女に構って欲しかったんだ、と。
それでも私は彼女に近付こうとした。
今だってそう。今も変わらない。
「理由になってませんよ! 貴女は巫女である以前に、幻想郷の住人でしょう」
「…………」
「……少しは反応してください」
「……話は終わり? 私、境内の掃除をしたいのだけれど」
「ぅ……」
§
結局彼女の気を引く事は出来なかった。
口だけじゃ、霊夢さんは動かせないのだろうか……。
「ここで引き下がったら私じゃないわ……」
口が駄目なら物で釣れ。
最早、人の機嫌を取るには定石な手段となってしまったが、実際効果があるのだから仕方ない。
だとしても、”ソレ”を選ぶ必要がある。
今の彼女相応の贈り物……。
「だとしたらやっぱり……花、でしょうか」
思い立ったが吉日、私はとある場所へ飛んだ。
少しばかり前の異変で、多義的にお世話になった所へ。
「最近あんたみたいな奴ばっか来るわね」
太陽の畑。
燦々と照りつける太陽と、その光を一向に受ける広大な向日葵畑。
そこには、誰もが畏れ慄く一人の妖怪が住んでいる。
四季折々の花を手中に収め、自在に操る幻想郷のフラワーマスター、風見幽香。
「そうなんですか?」
「そうよ、”贈るのにうってつけの花を寄越せ”。ここに来る奴らは口を揃えて言っていたわ――貴女も?」
「いや、まあその……」
「――好きになさい。その代わり用事が終わったら早々に消えて頂戴。……全く、私を図鑑か何かと勘違いでもしてるのかしら」
後の方は聞き取れなかったが、とりあえず許可は貰った。後は彼女に贈る為の花を探そう。
「と言われましても、私は生憎花を見る目がありませんて……」
特別、花に特別な思いを抱いたりはしなかった。せいぜい「綺麗だ」止まり。
だが、今大事なのは私の意見ではない。霊夢さんが貰って喜んでくれるモノ。
見る目のない私にそれが選べるのか――と、早々に諦めムードを醸し出した時だった。
ふと、小屋の隣でこじんまりと置かれた鉢植えに目が留まる。
「これ、何ですか? 花と言うより葉っぱだけみたいに見えますけど」
「オモトよ。今日の誕生花という事だから、外に置いてみたの」
「あややっ!」
誕生花――これだ。これこそ彼女に贈るにふさわしい。
だが彼女がわざわざここに置くような代物だ、一筋縄では手に入らないであろう――とは思う。
「これ、頂けませんでしょうか」
その言葉を聞いた幽香さんの眉が、ぴくりと動くのを見た。
無論、彼女の癪にさわる事なのは重々承知。
だが、このような代物をみすみす逃すのは惜しい。
「――タダとは言いませんよ」
三枚。
私は彼女に”交換条件”を提示した。
「……少しは愉しませて頂戴な」
「勿論、愉しませる積もりですよ」
傘が開くと同時に、彼女の眼の色が変わった。
それに呼応するかの如く、辺りの向日葵が一斉に彼女を向く。
「――職業柄、嘘はあまり吐きたくありませんからね!!」
§
黄昏時。
私は再度、博麗神社に訪れた。――彼女から頂いたモノと一緒に。
手に入れるのに少々骨が折れたが、それにも代え難い代物なのだ。
「文……どうしたのよ、ボロボロじゃない」
彼女が駆け寄ってくる。
心配してくれた事だけで胸がいっぱいなのだが、今はもっと大事な事がある。
何も言わず、ずい、と軽い包装のされた鉢植えを差し出す。
小さな赤い実と、青青とした葉が幾重にも伸びている。
彼女に鉢植えが渡された途端、今まで溜まっていたモノが口からとめどなく溢れ出した。
「オモトの鉢植え、です」
「私に? 貰えるのは嬉しいけど……何でこんな物?」
「言いましたよね? 誕生日プレゼントが欲しいって……今日だからこそ、貴女に受け取って欲しかったんです」
「――まだ引きずってたの……それで、これに込められたメッセージとやらはあるのかしら」
「”長寿”」
「…………ぇ?」
「今日の誕生花で、花言葉は”長寿”。――別に貴女が、自分の事をどう思おうと勝手です。だけど、貴女を考えているのは貴女自身だけではないんです。だから……博麗霊夢。せめて、私の気持ちだけでも汲んでください。置いてかれる側の気持ちを……考えてください」
「文…………」
しばらく二人固まっていた。
話を切り出そうにも口が動かない。
口を動かそうにも言葉が見つからない。
考える間に、疲弊した体が立つ事を止め、霊夢さんの肩に倒れてしまう。
「……っ、ごめんなさい」
「馬鹿」
「えっ」
観念したかの様に溜め息を吐き、私に肩を貸して歩き出す霊夢さん。
彼女は、笑っていた。
「気苦労させた罰よ、夕飯ぐらい付き合いなさい」
「霊夢さん……」
「……嫌かしら?」
「めっ、滅相もない! お誘いとあらばご相手をするのも記者の嗜みです!」
「意味不明よ……ま、過度の期待はしないで頂戴ね。それよりまず貴女の手当てから」
これで、少しでも彼女が私――もとい、誕生日の事を大切に思ってくれたのなら本望。
これが来る年も続く様に、私は彼女の気を引き続けたい。
出来る限り永く。
彼女が生を喜ばん事を。
「さー、今夜は霊夢さんが潰れるまで付き合いますよ!」
「潰れる程のお酒はウチに無いのだけれど……」
霊夢