「うらめしや~」
「はいはい、れいが~ん」
「最近、りらくしょんが薄くなってない?」
「リアクションね。そりゃあ、毎日毎日驚かしにくれば、どう反応していいかも分からなくなるわよ」
寺の縁側でいつもどおりごろごろと寛いでいた私の元に、空から舞い降りてきたのは水色の唐傘お化けだった。
大きな傘を大事そうに抱えながら隣に座った不法侵入者は、私に向かってにこりと笑い掛けてくる。
可愛らしく無邪気なその笑顔に、私はついつい気を許してしまうのだ。
小傘がこうして毎朝私を驚かしにくるようになったのは、あの異変が終わった頃からだ。
太陽の眩しいとある朝。彼女は突然命蓮寺へとやってきた。
晴れ渡った空の下、日傘でもない傘を差した少女がこちらをじっと見つめながら、小庭にぽつりと佇んでいる。
障子を開いた瞬間、飛び込んできたその異様な光景に、私は思わず驚きの声を上げてしまった。
私のその驚きようを見た小傘はなぜか涙を流して、久しぶりに驚いてくれた、やった、ありがとう、などと言いながら私の手を握りぶんぶんと振った。
そう、それからだ。
彼女にこんな風に懐かれるようになったのは。
「つまんないなあ」
「つまらないなら、弾幕勝負でもする?」
「うーん、いいや。今日は日向ぼっこしよう?」
いつもの小傘の我が儘に、へいへい、と聞き分けよく返事をする。
拒んで駄々をこねられるのもめんどくさい。
そう、めんどくさいだけだ。甘やかしたいわけではない、決して
「じゃ、お膝借りるよ~」
靴を脱いで縁側に上がった小傘が歌うように楽しげにそう言った。
彼女は寝そべっていた私の身体の前方に回り、伸ばしていた脚に無理やり頭を乗せて目を瞑る。
そしてそのまま五分も経たないうちにぐっすりと眠ってしまった。早い。
もう、小憎たらしいくらい可愛い寝顔しちゃって。
悪戯しちゃうぞ……うん、してしまおう。
さて、何をしてやろうか。
額に肉と瞼に黒目、はこの前雲山に書いたら一輪に怒られた。怒りながらも一輪も吹き出しそうになってたなあ。
髪型いじり、はこの前聖にやったら一週間くらい元に戻せなくて星に泣かれてしまった。あの時は素直に謝ったね。
鼻つまみ、はこの前村紗にしたらもう一度死なせてしまうところだった。死ぬわけないだろってナズに突っ込まれたけど。
ああ、どれもこれも駄目だ。どうしよう。
ぐるぐると様々な思考が脳内で回転する。ついでに尾もくるくる回る。
そんな時、私の視線にふとあるものが止まった。
小傘の子供っぽい寝顔の中、薄紅色のふっくらした唇。
細い隙間からはすうすうと寝息が漏れ、時折小さく寝言が聞こえている。
それを眺めている内に、人間のガキ大将よろしく、私の子供っぽい悪戯心にぽっと火がついてしまった。
「ちょっとだけなら、いいよね……?」
いったい誰に対して言い訳をしているのか。
「ごめん!」
それもこれも全部、可愛いあんたが悪いのよ。
どこかの古い歌謡曲にありそうなセリフを零しながら、私は上半身をそっと起こして、早速小傘の顔に自分の顔を近づけた。
小傘の白い肌に影が差し、目の前に柔らかそうな唇が迫る。
そして、あともう少しで唇同士が触れ合うだろう、その時――。
「うんん……ぬえ……?」
びくり、と私の肩が上がった。
どこか甘ったるい声を上げて、瞼を薄く開き、まだ眠たそうなとろりとした目でこちらを見つめてくる小傘。
私の心臓は爆発しそうなほどの脈動を全身に響かせた。
「あ、あの、小傘?」
「んむ……」
まだ寝ぼけているのか目線が安定していない。
小傘は手をついて私の身体を支えにしながら、ふらふらと起き上がると。
「ぬえ~」
「わ、ちょっと!」
あろうことか、私に倒れ込むように抱きついてきたではないか。
背中に回された腕がぎゅっと私をしめつける。
間近に感じる小傘の身体の柔らかさと心地よさ。
昂ぶっていた胸の鼓動が不思議と癒され静まっていく。
「こ、小傘、あんまりひっつかないでよ」
「えー何で?」
「何でって、そ、それは……」
けれども、私の心臓はすぐにまた元どおりに暴走し始めた。
上に乗った小傘が、鼻先が触れるくらいの距離に顔を近づけてきたからだ。
「あれ、ぬえ、顔が真っ赤だよ?」
「……だーもう!」
「うわっぷ」
迫りくる小傘に私は自棄になって、彼女を思いきり抱きしめ返した。
肩口で彼女がもごもごと何か言っているが、今は無視しておく。
一応言っておくが、別にこのまま抱きしめていたいからこうしたわけではない。あくまでも照れ隠しだ。
私は誰に言い訳をしているのだろうか……。
それにしても、悪戯で驚かせるつもりが、逆にこちらが驚かされるとは。
小傘にもほんと困ったものだ。
無自覚に他人を驚かせてどうするんだ、まったく。
まったく、もう。
寺の縁側でごろごろと取っ組み合いのように絡む妖怪二匹。
傍から見れば私たちの姿は不可解極まりないものだろう。
「ねえ、ぬえ」
「何よ」
「……大好き」
「ぶっ」
だから、なぜそんな無自覚に驚かすのかなあ。
「あ、今、驚いたね。やった」
ってわざとかい。
ほんと敵わないな、この唐傘お化けには。
私は自分にしか聞こえない声で、雲一つない空に向かって、そっと呟いた。
明日も晴れたらいいな。
そしたらまた彼女は傘を差して、ここまできてくれるだろう。
私を驚かしに、きっと。
「はいはい、れいが~ん」
「最近、りらくしょんが薄くなってない?」
「リアクションね。そりゃあ、毎日毎日驚かしにくれば、どう反応していいかも分からなくなるわよ」
寺の縁側でいつもどおりごろごろと寛いでいた私の元に、空から舞い降りてきたのは水色の唐傘お化けだった。
大きな傘を大事そうに抱えながら隣に座った不法侵入者は、私に向かってにこりと笑い掛けてくる。
可愛らしく無邪気なその笑顔に、私はついつい気を許してしまうのだ。
小傘がこうして毎朝私を驚かしにくるようになったのは、あの異変が終わった頃からだ。
太陽の眩しいとある朝。彼女は突然命蓮寺へとやってきた。
晴れ渡った空の下、日傘でもない傘を差した少女がこちらをじっと見つめながら、小庭にぽつりと佇んでいる。
障子を開いた瞬間、飛び込んできたその異様な光景に、私は思わず驚きの声を上げてしまった。
私のその驚きようを見た小傘はなぜか涙を流して、久しぶりに驚いてくれた、やった、ありがとう、などと言いながら私の手を握りぶんぶんと振った。
そう、それからだ。
彼女にこんな風に懐かれるようになったのは。
「つまんないなあ」
「つまらないなら、弾幕勝負でもする?」
「うーん、いいや。今日は日向ぼっこしよう?」
いつもの小傘の我が儘に、へいへい、と聞き分けよく返事をする。
拒んで駄々をこねられるのもめんどくさい。
そう、めんどくさいだけだ。甘やかしたいわけではない、決して
「じゃ、お膝借りるよ~」
靴を脱いで縁側に上がった小傘が歌うように楽しげにそう言った。
彼女は寝そべっていた私の身体の前方に回り、伸ばしていた脚に無理やり頭を乗せて目を瞑る。
そしてそのまま五分も経たないうちにぐっすりと眠ってしまった。早い。
もう、小憎たらしいくらい可愛い寝顔しちゃって。
悪戯しちゃうぞ……うん、してしまおう。
さて、何をしてやろうか。
額に肉と瞼に黒目、はこの前雲山に書いたら一輪に怒られた。怒りながらも一輪も吹き出しそうになってたなあ。
髪型いじり、はこの前聖にやったら一週間くらい元に戻せなくて星に泣かれてしまった。あの時は素直に謝ったね。
鼻つまみ、はこの前村紗にしたらもう一度死なせてしまうところだった。死ぬわけないだろってナズに突っ込まれたけど。
ああ、どれもこれも駄目だ。どうしよう。
ぐるぐると様々な思考が脳内で回転する。ついでに尾もくるくる回る。
そんな時、私の視線にふとあるものが止まった。
小傘の子供っぽい寝顔の中、薄紅色のふっくらした唇。
細い隙間からはすうすうと寝息が漏れ、時折小さく寝言が聞こえている。
それを眺めている内に、人間のガキ大将よろしく、私の子供っぽい悪戯心にぽっと火がついてしまった。
「ちょっとだけなら、いいよね……?」
いったい誰に対して言い訳をしているのか。
「ごめん!」
それもこれも全部、可愛いあんたが悪いのよ。
どこかの古い歌謡曲にありそうなセリフを零しながら、私は上半身をそっと起こして、早速小傘の顔に自分の顔を近づけた。
小傘の白い肌に影が差し、目の前に柔らかそうな唇が迫る。
そして、あともう少しで唇同士が触れ合うだろう、その時――。
「うんん……ぬえ……?」
びくり、と私の肩が上がった。
どこか甘ったるい声を上げて、瞼を薄く開き、まだ眠たそうなとろりとした目でこちらを見つめてくる小傘。
私の心臓は爆発しそうなほどの脈動を全身に響かせた。
「あ、あの、小傘?」
「んむ……」
まだ寝ぼけているのか目線が安定していない。
小傘は手をついて私の身体を支えにしながら、ふらふらと起き上がると。
「ぬえ~」
「わ、ちょっと!」
あろうことか、私に倒れ込むように抱きついてきたではないか。
背中に回された腕がぎゅっと私をしめつける。
間近に感じる小傘の身体の柔らかさと心地よさ。
昂ぶっていた胸の鼓動が不思議と癒され静まっていく。
「こ、小傘、あんまりひっつかないでよ」
「えー何で?」
「何でって、そ、それは……」
けれども、私の心臓はすぐにまた元どおりに暴走し始めた。
上に乗った小傘が、鼻先が触れるくらいの距離に顔を近づけてきたからだ。
「あれ、ぬえ、顔が真っ赤だよ?」
「……だーもう!」
「うわっぷ」
迫りくる小傘に私は自棄になって、彼女を思いきり抱きしめ返した。
肩口で彼女がもごもごと何か言っているが、今は無視しておく。
一応言っておくが、別にこのまま抱きしめていたいからこうしたわけではない。あくまでも照れ隠しだ。
私は誰に言い訳をしているのだろうか……。
それにしても、悪戯で驚かせるつもりが、逆にこちらが驚かされるとは。
小傘にもほんと困ったものだ。
無自覚に他人を驚かせてどうするんだ、まったく。
まったく、もう。
寺の縁側でごろごろと取っ組み合いのように絡む妖怪二匹。
傍から見れば私たちの姿は不可解極まりないものだろう。
「ねえ、ぬえ」
「何よ」
「……大好き」
「ぶっ」
だから、なぜそんな無自覚に驚かすのかなあ。
「あ、今、驚いたね。やった」
ってわざとかい。
ほんと敵わないな、この唐傘お化けには。
私は自分にしか聞こえない声で、雲一つない空に向かって、そっと呟いた。
明日も晴れたらいいな。
そしたらまた彼女は傘を差して、ここまできてくれるだろう。
私を驚かしに、きっと。