冬の朝は寒い。ずっと布団に潜っていたくなる衝動に駆られながら私、霧雨魔理沙は目を覚ました。
「んぁ……寒いぜ」
布団から起こした体が外気に触れ、自然とそんな言葉が口から漏れる。
しかし今日は本当に寒いな……今年一番の冷え込みじゃないのか? いくらなんでも寒すぎるぜ。
「火……」
取り敢えず暖を取ろう。着替えるのはそれからでも遅くないだろう。そう思って枕元に置いてあるミニ八卦炉を手にとって火をともす。
「……んぁ?」
ところが、いくら時間が経ってもミニ八卦炉からは火どころか火の粉が上がる気配すらない。
「壊れたか?」
最近寒いから酷使はしてたが……そんなヤワな作りでもないんだがな。
まぁそんな事を思った所でこの現状が変わるわけでもないし……
「……うん。香霖に見てもらうしかないよ……な」
この寒い日に出歩かなきゃならんのかと思うと少し面倒だが、ミニ八卦炉が使えないんじゃ弾幕も研究も生活も出来やしないしな。
そう、これは仕方が無いんだ。ミニ八卦炉が壊れて困ってるから香霖の所に直してもらいに行くんであって、決して香霖に会える口実が出来たから嬉しいなんて思ってない。最近忙しかったから久しぶりに会えて嬉しいなんて思ってはいないのだ。うん。
「うん……これは仕方ないんだぜ」
そんな事を呟きながら、私は身嗜みを整える。私だって女の子だしな、それに……香霖の所に行くんだし。
「……さて、と。じゃあ行ってくるぜ」
誰も居ない家に錠を下ろしてそう告げ、私は香霖堂へ向かい歩き出した。この距離ならわざわざ飛ぶ必要もないし、冬は上の方が寒いから、私の判断は間違ってはいない。
冬の風が身に凍みる、寒い寒い朝だった。
***
香霖堂の前に到着し、はぁ、と息が漏れる。歩くと随分掛かったな……低空飛行で来た方が良かったかもしれん。
「おーす香霖、邪魔する……ぜ?」
早くストーブに厄介になろう。そう思って扉を開けた。
だが、その後聞こえてきたのは『いらっしゃ……やぁ、君か』という何時もの声じゃなく。
「……あれ?」
私以外誰もいない店内にからんからんと鳴り響く、虚しい鈴の音だった。
「……留守か?」
なら普通、本日休業の紙でも貼って行きそうなものだ。そして、扉にその紙は無かった。
「おーい、香霖ー」
となると、奥か。そう思い、何時もの様に勝手にあがる事にした。
「今日は店しないのかー?」
そう問いかけながら居間へ顔を覗かせる。
「……あれ?」
でも、そこにも香霖の姿は無かった。
「店にも居間にも、他の部屋にもいなかった……よな?」
居間は店から入った廊下の突き当たりにある。それはつまり居間以外の部屋は居間に行く時に必ず横を通る事になるのだ。そして、そこに人の気配は無かった。
「じゃあ……どこだ?」
一人呟き、香霖が行きそうな場所を考える。
無縁塚……は、秋にしか行かないから除外。
里……は、こんな寒い日にアイツが行く訳が無いぜ。除外。
神社……は、里と同じで寒いのが苦手なアイツが行く訳が無い。ましてや里よりも遠いんだ、可能性は無いと見て間違いない。除外。
「……???」
結局、行きそうな場所は何処も香霖が今は行きそうにないから全て除外となった。
「なら、どこに行ってるんだぜ?」
取り敢えず、今日は箒で来てないし……待つとするか。案外早く帰ってくるかもしれないしな。
「ストーブストーブ……っと」
店の方まで戻ってストーブに火を入れる。やり方は香霖がずっとやってたのを見て知っいたから、ストーブはしゅんしゅんと音を立てて難なく動き出した。勝手知ったる人の家だ。
勝手にやったら怒られるかもしれんが……ま、その時はその時だな。
「はぁ、暖かいぜ」
ストーブに手をかざしながら、自然とそんな言葉が出た。
「………………」
確かに、ストーブは暖かい。少し前まで寒かった店の中も少しづつだが暖まってきている。
「でも……」
呟き、勘定台に目を向ける。
そこに、何時も押しかける私を少し迷惑そうに、そして優しい目で見てくる店主の姿は無い。
知り合いがそこに一人居ないだけなのに。その空間がとても虚しく見える。
その事実が、私が感じる全てを重苦しい黒で塗り潰す。
「……寒いぜ」
誰に言う訳でもなく呟く。
火の勢いは、ごうごうと激しく燃えているのにだ。
***
昼を少し過ぎても、香霖は店の扉を開けなかった。
しゅんしゅんと音を立ててストーブが働く中、私は少し遅めの昼食を取っていた。材料は店の物を使ったが……何時もの事だし別に構わんだろう。
「むぐむぐ……」
何時もと同じ調理、何時もと同じ味付けなのに。
一人で食べてるからだろう。とてもじゃないが、美味しいとは思えなかった。かといって不味い訳でもない、ただただ無機質な味。
「……はぁ」
食べてる内に自然と溜息が漏れた。そりゃあ当然だと自分でも思う。
「香霖……」
何時も対面に座り、一緒に食事をする香霖の姿は無い。
普段此処で食事する時はそれが普通だった所為か、それが違うだけで随分と違和感を感じてしまう。
「どこ行っちゃったのぜ……」
そう呟いて本人が戻ってくる訳でもなく。香霖が居ないという事実が私の中に重く圧し掛かるだけだ。
「……はぁ」
その後、飯は残してしまった。不味いならともかく美味いとも不味いとも分からない物を残すのはどうかと思ったが、香霖が帰ってきたら食べれば良いだろうという結論に至った。
***
「………………」
――ぼーん、ぼーん、ぼーん……
「……はぁ」
壁の時計が酉の刻(約6時)を告げるのを聞きながら、私は一つ溜息を吐いた。
今朝私が扉の鈴を鳴らして以来、鈴はその音を一度も響かせてはいない。しゅんしゅんと音を立てていたストーブも、燃料が切れたのか今は大人しい。
こんな時間まで帰ってこないなんてのは珍しい。何時もは日が落ちる前には帰って来るんだがな。
「……何か、あったのかな」
嫌な事は考えたくないが、ここまで帰りが遅いと自然とそう考えてしまう。
「………………」
何となく、外に目を向ける。
冬は日が落ちるのが早く、もう外はすっかり暗くなっている。明かりが無かったら何も見えないだろう。
その闇が、私の心に影を落とす。
「……いや、考えすぎだな」
そう自分に言い聞かせても、不安は拭い去れない。
「………………」
気分を紛らわせるために、何となく商品を見てみる。
霧雨の剣、ぱそこん、すのこ、食器類、霊夢が持ってきた龍の骨、茶碗、ティーカップ、渾天儀……よくこれだけ集めたものだなと感心する。一部私が協力したようなものなんだがな。
今日はもう寝ようか、布団は借りればいいな。そう思って椅子から立ち上がった時だった。
「あっ」
私のスカートのポケットから、ある物が転がり落ちた。
それは店の端まで転がっていき、かたんという停止音の直後、ぼう、と火をともした。
落とした物はミニ八卦炉。今日私が此処にくる切欠を作った道具だ。火が点いたのは、転がったショックで直ったのかもしれない。
「ぁ…………」
でも。
それを見た私の目には。
「…………ッ」
何故か、涙が浮かんでいた。
一日中誰とも話していなかった孤独感、無機質な空間で過ごす虚しさ、そして香霖が帰ってこないんじゃないかという不安。
そんな感情でごちゃまぜになっていた私の目に飛び込んできた、火を点けたミニ八卦炉。
大げさかも知れないけど、それが香霖に『僕がいなくてもミニ八卦炉は直る。だからもう来ないでくれ』って言われたみたいに見えて。
そんな事を思うと、自然と涙が出てきた。
「……嫌だぜ」
店の一角で明かりを放つミニ八卦炉に向かって歩きながら呟く。
「絶対に嫌だぜ」
ミニ八卦炉を拾い上げ、店の奥に足を進めながら火を消す。
「私は……私にはッ、香霖が必要なんだぜ……!」
涙は止まる事を知らず、絶えず流れ続ける。
「店に香霖がいないだけで何も面白くないし、ご飯だって一人で食べても美味しくないし、ミニ八卦炉だってきっとまた壊れるんだ。だから」
少し言葉を止めて涙を拭い、続けた。
「一人にしないでほしいのぜ……」
……十分に食事を取っていなかったのと、歩き疲れてたこともあったのだろう。
布団に入った後私は少しの間泣き続け、やがて泣き疲れて眠りについた。
***
「ん……んん……」
冬の朝は寒い。それは幻想郷の何処でも同じの様で、香霖堂の布団で迎えた朝も例外じゃなかった。
「ん……寒いぜ」
そう呟き、暖を取ろうとミニ八卦炉に手を伸ばす。
「……ん、あれ?」
枕元に手を伸ばしたが、昨夜そこに置いた筈のミニ八卦炉の姿は無かった。
「どうなってんだぜ……?」
そう呟き、私はミニ八卦炉を探しに店の方に足を進めた。
「…………え?」
店に足を踏み入れ、私が見たのは。
「………………」
勘定台に向かって何かを弄っている、私が昨日ずっと待っていた奴……。
「香……霖……?」
その呟きで気付いたらしく、手を止めて振り返る。ちらと見えた手元には、分解された私のミニ八卦炉。
「おや魔理沙、起きたのかい?」
そう言って振り返った顔は、香霖のそれで。
その顔を見た瞬間、昨日一日で溜まっていた感情が溢れ出して。
再び私の目に涙を浮かばせた。
「ミニ八卦炉はちょっと勝手ながら微調整して……ん? 魔理沙、何故泣いて……」
「こーりーーーん!!!!!」
「うわっ!?」
気付いたら、香霖の胸に飛び込んでた。
「やれやれ……どうしたんだい?」
「きっ、昨日から……ずっと待ってて……か、帰ってこないから……私、心配で……」
「……あぁ、成程」
「き、昨日……何処にいたのぜ?」
「妖怪の山だよ」
「ひっく……山?」
「あぁ。何か道具でも落ちてないかと思ってね。で、暫く探索してたら偶然にもにとりに会ってね」
「ぐすっ……にとり?」
「あぁ。少し話していたら興が乗ってきてね。気が付いたら夜になってて……で、一晩厄介になったという訳だよ」
「それで昨日は帰って来なかったのか……?」
「ん、そうだが?」
話を聞き終わり、香霖が帰ってこなかった訳が分かった。
でも、溢れている感情は止められなかった。
「…………馬鹿」
「うん?」
「ッ……馬鹿! 香霖の馬鹿! 私がどれだけ心配したと思ってんだ! 書置きぐらいあってもいいじゃないか!」
「あー……それは、済まなかった。失念していたよ」
「わ、私……すっごく心配したんだぜ。香霖がもう帰ってこないって思って……香霖、私の知らない所に行っちゃったんじゃないかって……!」
「ハァ……それは流石に大袈裟だよ」
「大げさってなぁ! ホントにそれぐらい心配したんだぞ!」
「……やれやれ」
――まぁ、心配させたのは悪かったよ。
そう呟いて、香霖は腕を回して抱きいてる私を引き剥がし、自分の目線が合う様に膝の上に座らせた。
「魔理沙」
「ぐすっ……何なのぜ?」
そして、少し溜めてから香霖は言った。
「魔理沙―――――」
***
「……えへへ」
「魔理沙、重いから退いてくれ。本が読めないだろう」
「嫌だぜ」
「全く……」
その数分後、私はまだ香霖堂にいた。ミニ八卦炉の調整も終わってるし、帰っても何の問題も無い。
でも、それは何だか嫌だった。
勘定台に香霖がいて、飯も一緒に食えるんだ。昨日できなかったから、今日やろう。
「……ハァ、しかし寒いな」
「ストーブが使えないからな」
「君が灯油を全部使うからだろう」
「悪かったってばー」
「やれやれ……」
……幻想郷の冬は、寒い。
特に今日は一段と寒く、ストーブが使えないなら尚の事だろう。
……でも。
『魔理沙……君を心配させたくはないからね。君の前からいなくなったりなんてしないさ』
「……ふふ」
今日は今までの冬で、一番温かい。
冬に見る花火も良いとは思いませんか?
別に夏が待てないとかそんなんじゃないですよ?(ぉぃ
「のぜ」の違和感に笑った
寒い日に出かけるはずが無いと言ってるのに、出かけてる事に対して説明不足が
ここをもう少し動機の肉付けすれば良かったかな、あとは特に問題点は無さそう。
幻想郷だもの。
ともあれ、良い魔理霖でした。
冬に花火をあげちゃいけないなんて法律はありません。
やっちゃって下さい、期待してます。
ー心暖まる魔理霖をありがとうございます。
心が温まりました
やはり・・・魔理霖は良い・・・。
これはいい魔理霖。やはり王道は心温まると再認識しました。
この距離の近さが何とも…!
とりあえずこの作品を読んだら、なんか体が砂糖の柱になったんで責任とってください^^
>>1 様
私も夏が待ち遠しいです。一月近い夏休みを全てSSに回せますからw
>>名無し 様
私の中の魔理沙は、通常時は「だぜ」、動揺・泣き声の時は「のぜ」なんですw
>>3 様
出かける筈がないというのは、あくまで魔理沙の予想なので、霖之助さんが出かけていても別段おかしくはないかなーと思ったんですが……理由は灯油の対価探しって事にしておいて下さいw
>>4 様
成程、常識に囚われてはいけないんですね!
>>投げ槍 様
ぃや、確かに法律はありませんけど、如何せん時期が……
>>タナバン=ダルサラーム 様
冬の花火も乙な物……という事ですかね。
>>奇声を発する程度の能力 様
温まっていただけて嬉しいです!
>>8 様
魔理霖はいいですよね!
>>淡色 様
距離が近いから切っても切れない関係っていいと思うんです。その近さ故……とかだったら尚更。
>>10 様
さ、砂糖の柱!? 責任と言われましても……w
読んでくれた全ての方に感謝!