時刻は午前0時を回った頃だった。
「初詣行こうぜ! 」
という威勢のいい声が外から聞こえてきた。
「今から寝る所だったんだけど」
「そう言うなって! あ、あけましておめでとう! 」
「あけましておめでとう。……眠くないの、アンタ」
シャワーを浴びて髪を乾かしてそろそろ寝ようと思ったときだった。
コンコンと窓を叩く音がしたのだ。
開ければ、顔にホコリがついたまんまのお隣さんがいた。
「いーや、全然。やっと大掃除が終わったところだからこれから飲みに行こうと思ってな」
「あ、そう。それはご苦労様。おやすみなさい」
「あー、タンマタンマ! ちょい待ってくれ! 」
「寒いから閉めるわよそろそろ」
「アリスってば! 」
冬の風がひゅーひゅー部屋に入ってくる。風呂上りで薄着な格好には辛い。
そんなわけでお隣さんに構わず窓をバン、と閉めたらバン、という音がした。
魔理沙が窓を叩いていた。
「アーリース! せっかくのデートの誘いを断るのか!? いつからそんな冷たい女になっちまったんだよ! 」
「はぁ? 誰がいつあんたの女になったっていうのよ。ていうかただ飲みたいだけでしょ神社行くのは」
「う、ぐ、そ、そうだよ! 正月は飲むもんだって相場が決まっているだろ! 」
「魂胆はあれね。もしも自分がつぶれたときはよろしくアリス、こんなところかしら」
「う、ああいや違うぜ!? ただお前と飲みたいんだよ私は! 本当だって! だからそんなに冷たい目でこっちを見るな! 」
大方、昨日の夜から飲みたかったに違いない。神社では昨日から宴会が続いている。
しかし、魔理沙の場合そうもいかなかった。原因は自宅の大掃除である。
「で、終わったって事? その顔は」
「あ、ああ! ちゃーんと水周りも全部掃除したぜ! 」
「本当かしらねぇ。まぁほとんど終わってたけど」
「これも全部アリスのおかげだぜ。サンキューな! 」
そう、ここ二日ほど、私は魔理沙の家の大掃除を手伝っていた。
手伝っていたというより、あんまりに酷すぎるから勝手に掃除していただけなんだけれど。
だってあまりに汚かったのだ。一部からしてはいけない臭いがした。これで本人からはちょっぴり甘い香りしかしないので、一体どういうことだと思った位だ。
そんなこんなで自分の家の掃除をほっぽりだして隣の家を掃除していた。
いつもならこんなに遅くまでかからない筈なのに、この時間に風呂に入っていたのはそのせいである。
「で、それはいいとして魔理沙、コレ見なさい」
「む? 」
机に置いてある鏡を出して、目の前に出してやる。
途端に彼女の顔が赤くなった。
「げっ」
「お風呂場も掃除したんだっけ」
「う、し、したけど……うわぁ」
「いいから一度入って出直してきなさい。私その頃には寝てるかもしれないけど」
「えー…今から帰るの面倒だぜ」
「いーからせめて顔洗ってきなさい。このまんま行ったら霊夢に笑われるわよ」
鼻の頭のちょっと黒くなっている部分を掻きながら、魔理沙はばつの悪そうな顔をした。
そういえば髪の毛もぼさぼさである。本当に、片づけが終わってすぐに来たのだろう。
「うー、た、確かに」
「ね。ほら、風呂入ってから来なさい。寝てるけど」
「な、なぁアリス」
「なによ」
「風呂貸して」
「嫌」
まさかとは思ったがやっぱり来た。
勿論即答で断る。
「ケチー! いいだろべつに減るもんじゃないし! 」
「そういう問題じゃない。新年早々振り回されるこっちの身にもなりなさい。もう一回沸かさなきゃならないでしょ」
「別にぬるくてもいいんだけどなぁ」
「そういう訳には……あーもうわかったわよ」
「え、いいのか? ほんとにいいのか? 」
「いいわよもう、とりあえず寒いから窓閉めるわよ。玄関から入りなさい」
「サンキュー助かったぜ! 宴会行くからには身だしなみはきちんとしなくっちゃぁな! 」
何が宴会行くからにはだ。どうせ酔っ払って弾幕ごっこしてなにも覚えていないのがオチだというのに。
新年早々振り回されっぱなしでなんだかなぁと思う。
けれどあのまま放っておいたらそのまま神社に行きそうだし、なにより耳が赤くなっていた。
こういう所が甘いのだと自分でも思うのだけれど。
やれやれと思いつつ窓を閉める。
風呂をもう一度沸かしていると、玄関からバーンと大きな音がした。
少しは遠慮ってやつを考えて欲しい。誰の家だと思っているんだか。
まあその場合上海がお仕置きのレーザーを放つように細工はしてあるんだけど。
「ひどいぜ、いきなり攻撃するなんて! 」
「そうでもしないと、いつかあんたに家が壊されそうじゃない」
「な、そ、そんなに力があるわけないだろ、れっきとした乙女なんだぜ! 魔理沙さんは! 」
「乙女なら乙女らしく入りなさい。そろそろ風呂沸くから、はいコレタオル」
「お、助かるぜ」
「とっとと入ってきなさい」
「へーい」
パタパタと廊下を駆けて行く。そんなに早く宴会に行きたいのだろうか。
と、風呂場の前で、魔理沙が私に振り返った。
「あ、そうだ、アリス」
「何よ」
「どうせなら一緒に入るか……ったぁ! 」
とりあえず新年最初の一蹴りを入れておいた。
「や、やっぱり冷たい女だぜ」
涙目になる魔理沙を見て少しやりすぎたかなぁと思ったけれど、妙な事を言うそっちが悪いのだと言い聞かせた。
冬は寒い。
寒いが故に、空気が澄んでいる気がする。
魔法の森の上空は、森の中と違って余計にそう感じる。
ハーっと白い息を吐く。三日月と、星がいくつも見えた。
「あー痛い痛い、あざになったぞ」
「あんたがアホなこと言うからでしょ」
「アホじゃないぞ半分本……じょじょじょ冗談ですだから首は、く、首はよせっ」
東の方を見れば遠くに明るい場所が見える。
博麗神社にはさぞかし大勢の人間や妖怪が集まっていることだろう。
風邪を引かないようにローブを羽織り、魔理沙にはマフラーを貸した。
ちゃんと乾かさなきゃいけないと言ったのに、よほど宴会に行きたかったのだろう。ところどころ生乾きである。
「あーもう、バランス崩すじゃないかっ」
「なら降ろしなさいよ、自分で飛ぶって言ったでしょ」
「冗談じゃない、これからスピード出すんだ。しっかり捕まってろよ」
「だから私は……ちょ、ま、まって速っ」
「いっくぜーー! 」
ぎゅいいんと。
重力がかかる。
頬を切る風が痛い。
危うくバランスを崩しそうになるところを必死でしがみつく。
「あんたアホでしょーー! 」
「あーー? 聞こえないぜーー」
「アホだって言ってんのよーー! 」
スピードを上げたところで天地がひっくり返った。
と思ったらまた元にもどった。どうやら旋回していたらしい。
これだからこいつの後ろに乗るのは嫌なのだ!
「そんなことよりアリス、星がきれいだぜ! もっと上行くか!」
「そんな余裕ないわよ! 早く神社行って! 」
「そう言うなって、久々だろーこうやって二人乗りするの!」
二人乗り。
なんだかその言葉の響きに急に恥ずかしくなる。
返事をする代わりに服をぎゅっと握った。
「んー? ようやくその気になったか」
「なんの話よ」
「べつにぃ」
空を見上げる。
彼女の言った通り、星がきれいだった。
「なぁアリス、今年もよろしくな! 多分私、一杯迷惑かけてばっかりだけど! 」
「……うん」
小さな返事は、きっと彼女には聞こえない。
「おーいアリス? 」
「なによー」
「……返事がないから酔ったのかと思ったぜ」
「既に酔いそうよ」
「じゃあもっとスピード上げて平気だな! いっくぞおおお」
「わ!? ちょ、ちょっと待ちなさいよバカー! 」
更にスピードが上がる。
頬に当たる風が冷たいのは、きっとそのせいだ。
「速い、速いってばー! 」
「こんなんで速いなんてまだまだ甘いな、アリス!」
いつものような軽口で誤魔化す。
少しドキッとしたなんてこと、絶対に知られたくないから。
落ちないように、彼女の服をぎゅうと握った。
そのことに気付いたのだろうか、彼女の左手が私の手に触れる感触がした。
「だからああああ! もうやめてえええ! 」
「甘いぜ、まだまだこれからだぜーー! 」
体はすっかり冷えていた。
風が冷たく吹く中で、彼女の左手の温もりがやけにリアルだった。
「よーっす、霊夢。あけましておめでとう」
「魔理沙、あ、掃除ちゃんと終わったんだ」
「おー。コイツが手伝ってくれたおかげでな、アリス」
「う、うぇぇ……」
神社らしきところに着いたときには、すでに頭がぐるぐるしていた。
奥では沢山の声が聞こえるが、誰が誰だかわからない。
視界が揺れている。さっき食べたものが喉まで出掛かっている。
「あけましておめでとう、アリス。なに、二人乗りしてきたの? 」
「おう」
自信満々に彼女が答える。私と違ってけろっとしている。
その姿が恨めしく感じるが、気持ちの悪さにすぐにかき消された。
「星空デートしてきたってわけさ」
「へーぇ。あんたら仲いいのね」
なあにが星空デートだ。ロマンチックのカケラもなかったじゃない。
そう悪態をつく余裕さえなく、境内に座り込んだ。
ふと見上げたら、さっきまで居た空がきらきらと輝いていた。
「星空デート、ねぇ」
「ん、なにか言ったか? 」
「あけましておめでとう、って言っただけ」
「お、おう、あけましておめでとう」
にやっと笑った顔に私はそっぽを向く。
大きく吸った空気はやけに冷たく感じた。
「ちょっとちょっと、あんたら私にあけましておめでとうはないのー? ラブラブするのもいい加減にしなさいよー? 」
そんな風にしていたら、よく聞く声がした。
「だ、誰がこんなやつと! 」
「おいおいそんな頭ごなしに否定することないだろ」
「あんたも誤解するようなこと言うのやめなさい! 」
「だって本当のことだろー? 」
「ハイハイ痴話げんかは犬も食わないってね。とにかく二人とも中に入りなさい。私が寒い」
「だから痴話げんかじゃないってば!」
「そんなに照れなくったっていいだろー。それより早く中に行こうぜ」
「そうよ、そんなに照れることじゃないじゃない。早く中行きましょ」
「う、うぐ……って違う、確かに早く中に行きたいけど違うから本当に!」
けらけらと笑いながら、霊夢と一緒に先を行く彼女。
まったく人の気も知らないで、そう呟いた言葉はきっと聞こえない。
また今年も振り回されっぱなしなのだろう。
首のマフラーを巻きなおし、私は二人の後をついて行った。
「初詣行こうぜ! 」
という威勢のいい声が外から聞こえてきた。
「今から寝る所だったんだけど」
「そう言うなって! あ、あけましておめでとう! 」
「あけましておめでとう。……眠くないの、アンタ」
シャワーを浴びて髪を乾かしてそろそろ寝ようと思ったときだった。
コンコンと窓を叩く音がしたのだ。
開ければ、顔にホコリがついたまんまのお隣さんがいた。
「いーや、全然。やっと大掃除が終わったところだからこれから飲みに行こうと思ってな」
「あ、そう。それはご苦労様。おやすみなさい」
「あー、タンマタンマ! ちょい待ってくれ! 」
「寒いから閉めるわよそろそろ」
「アリスってば! 」
冬の風がひゅーひゅー部屋に入ってくる。風呂上りで薄着な格好には辛い。
そんなわけでお隣さんに構わず窓をバン、と閉めたらバン、という音がした。
魔理沙が窓を叩いていた。
「アーリース! せっかくのデートの誘いを断るのか!? いつからそんな冷たい女になっちまったんだよ! 」
「はぁ? 誰がいつあんたの女になったっていうのよ。ていうかただ飲みたいだけでしょ神社行くのは」
「う、ぐ、そ、そうだよ! 正月は飲むもんだって相場が決まっているだろ! 」
「魂胆はあれね。もしも自分がつぶれたときはよろしくアリス、こんなところかしら」
「う、ああいや違うぜ!? ただお前と飲みたいんだよ私は! 本当だって! だからそんなに冷たい目でこっちを見るな! 」
大方、昨日の夜から飲みたかったに違いない。神社では昨日から宴会が続いている。
しかし、魔理沙の場合そうもいかなかった。原因は自宅の大掃除である。
「で、終わったって事? その顔は」
「あ、ああ! ちゃーんと水周りも全部掃除したぜ! 」
「本当かしらねぇ。まぁほとんど終わってたけど」
「これも全部アリスのおかげだぜ。サンキューな! 」
そう、ここ二日ほど、私は魔理沙の家の大掃除を手伝っていた。
手伝っていたというより、あんまりに酷すぎるから勝手に掃除していただけなんだけれど。
だってあまりに汚かったのだ。一部からしてはいけない臭いがした。これで本人からはちょっぴり甘い香りしかしないので、一体どういうことだと思った位だ。
そんなこんなで自分の家の掃除をほっぽりだして隣の家を掃除していた。
いつもならこんなに遅くまでかからない筈なのに、この時間に風呂に入っていたのはそのせいである。
「で、それはいいとして魔理沙、コレ見なさい」
「む? 」
机に置いてある鏡を出して、目の前に出してやる。
途端に彼女の顔が赤くなった。
「げっ」
「お風呂場も掃除したんだっけ」
「う、し、したけど……うわぁ」
「いいから一度入って出直してきなさい。私その頃には寝てるかもしれないけど」
「えー…今から帰るの面倒だぜ」
「いーからせめて顔洗ってきなさい。このまんま行ったら霊夢に笑われるわよ」
鼻の頭のちょっと黒くなっている部分を掻きながら、魔理沙はばつの悪そうな顔をした。
そういえば髪の毛もぼさぼさである。本当に、片づけが終わってすぐに来たのだろう。
「うー、た、確かに」
「ね。ほら、風呂入ってから来なさい。寝てるけど」
「な、なぁアリス」
「なによ」
「風呂貸して」
「嫌」
まさかとは思ったがやっぱり来た。
勿論即答で断る。
「ケチー! いいだろべつに減るもんじゃないし! 」
「そういう問題じゃない。新年早々振り回されるこっちの身にもなりなさい。もう一回沸かさなきゃならないでしょ」
「別にぬるくてもいいんだけどなぁ」
「そういう訳には……あーもうわかったわよ」
「え、いいのか? ほんとにいいのか? 」
「いいわよもう、とりあえず寒いから窓閉めるわよ。玄関から入りなさい」
「サンキュー助かったぜ! 宴会行くからには身だしなみはきちんとしなくっちゃぁな! 」
何が宴会行くからにはだ。どうせ酔っ払って弾幕ごっこしてなにも覚えていないのがオチだというのに。
新年早々振り回されっぱなしでなんだかなぁと思う。
けれどあのまま放っておいたらそのまま神社に行きそうだし、なにより耳が赤くなっていた。
こういう所が甘いのだと自分でも思うのだけれど。
やれやれと思いつつ窓を閉める。
風呂をもう一度沸かしていると、玄関からバーンと大きな音がした。
少しは遠慮ってやつを考えて欲しい。誰の家だと思っているんだか。
まあその場合上海がお仕置きのレーザーを放つように細工はしてあるんだけど。
「ひどいぜ、いきなり攻撃するなんて! 」
「そうでもしないと、いつかあんたに家が壊されそうじゃない」
「な、そ、そんなに力があるわけないだろ、れっきとした乙女なんだぜ! 魔理沙さんは! 」
「乙女なら乙女らしく入りなさい。そろそろ風呂沸くから、はいコレタオル」
「お、助かるぜ」
「とっとと入ってきなさい」
「へーい」
パタパタと廊下を駆けて行く。そんなに早く宴会に行きたいのだろうか。
と、風呂場の前で、魔理沙が私に振り返った。
「あ、そうだ、アリス」
「何よ」
「どうせなら一緒に入るか……ったぁ! 」
とりあえず新年最初の一蹴りを入れておいた。
「や、やっぱり冷たい女だぜ」
涙目になる魔理沙を見て少しやりすぎたかなぁと思ったけれど、妙な事を言うそっちが悪いのだと言い聞かせた。
冬は寒い。
寒いが故に、空気が澄んでいる気がする。
魔法の森の上空は、森の中と違って余計にそう感じる。
ハーっと白い息を吐く。三日月と、星がいくつも見えた。
「あー痛い痛い、あざになったぞ」
「あんたがアホなこと言うからでしょ」
「アホじゃないぞ半分本……じょじょじょ冗談ですだから首は、く、首はよせっ」
東の方を見れば遠くに明るい場所が見える。
博麗神社にはさぞかし大勢の人間や妖怪が集まっていることだろう。
風邪を引かないようにローブを羽織り、魔理沙にはマフラーを貸した。
ちゃんと乾かさなきゃいけないと言ったのに、よほど宴会に行きたかったのだろう。ところどころ生乾きである。
「あーもう、バランス崩すじゃないかっ」
「なら降ろしなさいよ、自分で飛ぶって言ったでしょ」
「冗談じゃない、これからスピード出すんだ。しっかり捕まってろよ」
「だから私は……ちょ、ま、まって速っ」
「いっくぜーー! 」
ぎゅいいんと。
重力がかかる。
頬を切る風が痛い。
危うくバランスを崩しそうになるところを必死でしがみつく。
「あんたアホでしょーー! 」
「あーー? 聞こえないぜーー」
「アホだって言ってんのよーー! 」
スピードを上げたところで天地がひっくり返った。
と思ったらまた元にもどった。どうやら旋回していたらしい。
これだからこいつの後ろに乗るのは嫌なのだ!
「そんなことよりアリス、星がきれいだぜ! もっと上行くか!」
「そんな余裕ないわよ! 早く神社行って! 」
「そう言うなって、久々だろーこうやって二人乗りするの!」
二人乗り。
なんだかその言葉の響きに急に恥ずかしくなる。
返事をする代わりに服をぎゅっと握った。
「んー? ようやくその気になったか」
「なんの話よ」
「べつにぃ」
空を見上げる。
彼女の言った通り、星がきれいだった。
「なぁアリス、今年もよろしくな! 多分私、一杯迷惑かけてばっかりだけど! 」
「……うん」
小さな返事は、きっと彼女には聞こえない。
「おーいアリス? 」
「なによー」
「……返事がないから酔ったのかと思ったぜ」
「既に酔いそうよ」
「じゃあもっとスピード上げて平気だな! いっくぞおおお」
「わ!? ちょ、ちょっと待ちなさいよバカー! 」
更にスピードが上がる。
頬に当たる風が冷たいのは、きっとそのせいだ。
「速い、速いってばー! 」
「こんなんで速いなんてまだまだ甘いな、アリス!」
いつものような軽口で誤魔化す。
少しドキッとしたなんてこと、絶対に知られたくないから。
落ちないように、彼女の服をぎゅうと握った。
そのことに気付いたのだろうか、彼女の左手が私の手に触れる感触がした。
「だからああああ! もうやめてえええ! 」
「甘いぜ、まだまだこれからだぜーー! 」
体はすっかり冷えていた。
風が冷たく吹く中で、彼女の左手の温もりがやけにリアルだった。
「よーっす、霊夢。あけましておめでとう」
「魔理沙、あ、掃除ちゃんと終わったんだ」
「おー。コイツが手伝ってくれたおかげでな、アリス」
「う、うぇぇ……」
神社らしきところに着いたときには、すでに頭がぐるぐるしていた。
奥では沢山の声が聞こえるが、誰が誰だかわからない。
視界が揺れている。さっき食べたものが喉まで出掛かっている。
「あけましておめでとう、アリス。なに、二人乗りしてきたの? 」
「おう」
自信満々に彼女が答える。私と違ってけろっとしている。
その姿が恨めしく感じるが、気持ちの悪さにすぐにかき消された。
「星空デートしてきたってわけさ」
「へーぇ。あんたら仲いいのね」
なあにが星空デートだ。ロマンチックのカケラもなかったじゃない。
そう悪態をつく余裕さえなく、境内に座り込んだ。
ふと見上げたら、さっきまで居た空がきらきらと輝いていた。
「星空デート、ねぇ」
「ん、なにか言ったか? 」
「あけましておめでとう、って言っただけ」
「お、おう、あけましておめでとう」
にやっと笑った顔に私はそっぽを向く。
大きく吸った空気はやけに冷たく感じた。
「ちょっとちょっと、あんたら私にあけましておめでとうはないのー? ラブラブするのもいい加減にしなさいよー? 」
そんな風にしていたら、よく聞く声がした。
「だ、誰がこんなやつと! 」
「おいおいそんな頭ごなしに否定することないだろ」
「あんたも誤解するようなこと言うのやめなさい! 」
「だって本当のことだろー? 」
「ハイハイ痴話げんかは犬も食わないってね。とにかく二人とも中に入りなさい。私が寒い」
「だから痴話げんかじゃないってば!」
「そんなに照れなくったっていいだろー。それより早く中に行こうぜ」
「そうよ、そんなに照れることじゃないじゃない。早く中行きましょ」
「う、うぐ……って違う、確かに早く中に行きたいけど違うから本当に!」
けらけらと笑いながら、霊夢と一緒に先を行く彼女。
まったく人の気も知らないで、そう呟いた言葉はきっと聞こえない。
また今年も振り回されっぱなしなのだろう。
首のマフラーを巻きなおし、私は二人の後をついて行った。
二人乗りは浪漫ですよね!
やっぱり二人乗りは夢があるよな