遊戯室。
レミリアの瞳に写るのは球の道筋。
腰を低く落とし、見据えるのは己が描いた運命。
左手を神槍の名を冠した長物の前方に、右手は後方に。
――そして放つ。
コン、と軽い音に続いて3つの重低音が静かな部屋に反響した。
「①、②、③、と。やりぃ」
早い話、ビリヤードである。たった一人で孤独に突いていた。
しかし、なかなかの腕前である。背丈が短いため、かなり独特な姿勢ではあるがそれでも見事に狙い通りの結果を導いた。それもそのはず、レミリアのビリヤード歴は長い。優に400年以上はやっているのだ。
(さて、次は④……⑤……)
再びビリヤード台に視線を落とし、感覚的に打つ道筋を定める。
ふと、影が差した。
音を聞きつけたのだろうか、妹のフランドールが扉を開いてやって来た。
「あら、どうしたのフラン?」
「別に。聞き慣れない音がしたから」
ぷいと顔を紅に染め、つっけんどんに返事した。
「ああ、寂しいのね」
「なっ……!!」
「オッケーオッケー。丁度お誂え向きにビリヤード台あるし、これで姉妹の仲を深めましょうね」
「ちょっ、こら! 寂しいってなんだ!」
「はーいはいはい。ビリヤードは判る?」
「話を誤魔化さないで!」
「フランは初めてでしょう? 大丈夫よ、私が基本からしっかりと教えてあげる」
「こ、この……」
フランドールは拳を爪が白くなるまで強く握り締め、奥歯をギリギリ鳴らす。
事実、寂しいから姉を捜していたので強く突っ込めなかった。
「ほら、こっちおいで」
「むぅ……」
自分は大人だからここは冷静に対処しよう。フランドールはそう決めた。
沸々と沸き上がる怒りを鎮め、静々と姉の言う通りに従う。
ただ、ビリヤードという遊びはフランドールにとって初めてである。内心、童のごとくワクワクしていた。
「はいこれがキュー」
「ん」
やたら笑顔が眩しいレミリアから手渡された一本の棒。キューだ。
これ位なら充分フランドールの知識内だ。
「はいこれがユニフォーム」
「ん」
やたら白い歯が輝かしいレミリアから手渡された白い制服。ユニフォームだ。
これ位なら充分フランドールの知識内だ。
「いやこれほんとにビリヤードのユニフォーム!?」
「そうよ」
渡された制服を広げてみれば、なんという事だろうか。
超、超、超マイクロミニのフレアスカートであった。
これはフランドールの知識外であった。
「こんなの着れないよ! だ、だって、こんなに短かったら打つ時に……その……あの……」
フランドールの身長は決して高くはない。見た目年齢相応の高さだ。故に大人用に造られたビリヤード台を使用するには腰を高く突き上げる必要がある。そうすれば後は言わずもがな。
「それがいいんじゃないの」
「お? 今何て言った?」
因みにこれは余談であるが…………フランドールは最近、ドロワ派からパンティ派に転向した。
「あ……いや……と、とにかく早くこれに着替えなさい」
「やだ。こんなの絶対ビリヤードのユニフォームじゃない。そもそも遊び程度でユニフォームなんか着たくない」
「バカ。遊びだからこそ本気でやらないとつまらないでしょ」
「じゃあ」
フランドールはジト目でレミリアに向き直る。
「じゃあ何でお姉様はユニフォームじゃないのさー?」
「うぐ……それを言われると」
「ふん! どーせ私の下着を見たくてそんな事言ってんでしょっ!! お姉様の考えなんてお見通しなんだから!」
「なによぉ~。可愛くなーい」
図星を指摘され、へそを曲げたレミリア。口を尖らせ、不機嫌を露わにする。
「はぁー判ったわよ……次。これ、球。これ、台。ルールはキューで球をホールに入れる。以上」
あからさまにやる気を無くしたようだ。
それもそのはず。
レミリアはこの為だけに魔法の森からユニフォームを特注したのだ。
フランドールが遊戯室に訪れるまでの準備期間は一年やそこらではない。
「な、なんで不機嫌になるのよ。もう……。ねぇ、大まかなルールは知ってるから打つ時のフォームとかテクニックを教えてよ」
「はいはい……」
「『はい』は一回」
「キスは一日?」
「一回だけ……ってこら!! 何言わせるのさ!!」
「えー? 少な~い、もっとしたいー」
「うううるさいっ!! この馬鹿姉!! いいから早く教えてよ!」
「判ったわよ」
投げやりに返事したレミリアはフランドールの背後に立ち、両手をとる。
その状態でフランドールを誘導する。
「いい? まず左手の三指はこんな感じで……」
手と手が重なり、温かみが伝わる。背中にも姉の温もりが感じられる。
おまけに耳元で囁くように話すものだからやたら意識してしまう。
フランドールの頭は瞬時にして沸騰した。顔も茹でたタコのように赤い。
何も考えられなくなり、レミリアの言葉も耳に届かなくなってしまった。
何だかんだ言ってもフランドールは姉が好きなのだ。普段は決して態度や言葉にしないが少し意識してしまうとこの有り様。
「ちょっと、聞いてるの?」
レミリアの呆れた声にフランドールの意識は覚醒する。
「え? あ!? き、聞いてたよっ!?」
「そう? じゃ、今度は手解きなし、一人でやってみましょう」
「う、うん」
レミリアが一歩下がる。
「準備はいい?」
「う、うん」
フランドールは慌てて返答する。レミリアの話を聞いていなかったので余裕を失っていた。
「まずは、左手の三指を大きく開いて置いて」
「開いて、置く」
「キューに人差し指と親指を添えて」
「添える」
「右手は親指と中指で軽く持つ」
「軽く持つ」
「他の指は添えるようにして持つ」
「添えるように持つ」
「肘はなるべく直角くらい」
「直角」
「次。キュー置いて」
「置く」
「スカートの裾を両手の人差し指と親指で優しくつまんで」
「つまむ」
「そのまま焦らすようにたくしあげて」
「たくしあげる……?」
「そう! その調子! もうちょっと! あっ! もう少し! あっ見えおぐふっ」
刹那。レミリアの鳩尾(みぞおち)にフランドールの拳が沈んでいた。
恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤に染めレミリアに詰め寄る。
「お姉様……? 途中から私に何させようとしてたのかな?」
「ちょっ……ゲホっ! 待っ……! ……息が……ゲホっ!……でき、ない……」
鳩尾は吸血鬼にとっても急所のようだ。レミリアの口からヒューヒューと息が漏れる。
「この馬鹿姉! えっち! 変態!」
「し、失礼ね。貴女が私の話を聞いてないから、からかっただけよ」
「むぐ」
それを言われれば弱い。
フランドールは恨めしそうな瞳でレミリアを睨む。
「判った。判ったから。ちゃんと真面目にするからそんな目でみないで頂戴」
「しっかりやってよ……」
□ □ □
「うん、フォームはなかなか良くなってきたわ」
「ほんと!?」
フランドールは姉から認められた喜びで顔を綻ばす。
つられるようにしてレミリアも笑顔を見せる。
「次はショットだからまず下着を脱ぎなさい」
「お姉様? 五分前に真面目にやるって言ったよね?」
相変わらず涼しい顔でレミリアは指示する。
「何言ってるの? さっきから真面目にしてるじゃない。……えっ!? もしかして知らないの~? 打つ時に下着を脱ぐのは当然でしょ」
「う、嘘だ! そんなの聞いた事ない!」
「はい! 私はビリヤード歴!?」
「よ、400年……」
「ね?」
「『ね?』じゃないよ! いくらなんでもそれは嘘でしょっ!?」
「……フラン。地上にはね、たくさんの事があるの。地下では知り得なかった驚きと発見が地上にはあるの。フラン、世界を知りなさい。初めての経験でも決して臆してはいけないわ」
「いやいやいやいや……」
「フラン」
「ひっ」
いつになく険しい目でフランドールを見つめる。声も普段より低く冷たい。
レミリアの血より紅い瞳に怯えた自分の姿が目に入った。
あまりの迫力にフランドールは喉から息が漏れてしまう。
「あ……う……」
「フラン……?」
フランドールの顎にレミリアの指が添えられた。
詰め寄るようにレミリアの顔が近づく。その顔に普段のおちゃらけたレミリアの表情はない。
冷たい汗が流れる。
「ぬ、ぬ、脱ぎます!」
何とか声を絞り出す事が出来た。上擦った声だがしっかりと姉に伝わった。
「判ってくれて嬉しいわ。フランは賢い子ね」
冷えた表情だったレミリアはそれを聞いて一気にホクホク顔に。こんなに満面の笑みを見せる姉を見たのは初めてであった。
フランドールは仕方なしにスカートをたくしあげ、下着に手を掛ける。
「ホントにホントなんだよね?」
「そうよ。私だって今穿いてないわ」
「うそ!」
「ホントホント」
「……確認させてよ」
訝しげにレミリアを見詰めた。
「レディに対して何言ってるの。できる訳ないじゃない」
「だよね……うぅ……あっち向いてて」
「はいはーい♪」
やけに上機嫌なレミリアの声が気に掛かったがとりあえずは下着を脱ぐ……振りをする。
どうせ姉に自分が穿いていないか否かなど確認する術がないと考えたのだ。
それに、穿いていないのはやはり恥ずかしい。
「こっち向いてもいいよ」
「よーし準備万端ね。早速トライ!」
□ □ □
「ま、最初だから好きに打ちなさい」
「うん」
手球を好きな位置に置いて入れやすいものから狙う。
ショットに慣れさせるのがレミリアの狙いだ。だがもちろん、それだけではない。
「ほらフラン。また悪い癖がでてる。もうちょっと腰を上げなさい」
「あ、うん」
フランドールは言われた通りに腰を上げ、再び球に狙いをつける。
集中して球の道筋を頭の中に描いた。
その集中力は、レミリアの様子を顧みず、ただひたすらに手球を見据える程だ。
「フラン。もう少し上げなさい」
「うん」
「もう少し……もう少し……あっ」
「これ位?」
「…………」
「お姉様?」
「フラン。一旦中止よ」
背中から金属のように冷たい声がした。
フランドールは振り向いて姉の様子を確認する。
「はぁ~あ……」
レミリアは大袈裟に頭を抱え、大きなため息を吐く。
「フラン。お姉ちゃんに嘘吐いてることない?」
「何? 突然」
レミリアは決してフランドールと顔を合わせず、苛立ちを見せるようにビリヤード台の周りをグルグルと歩く。
「今なら許してあげるから、正直に答えなさい。さぁ、早く」
「だからなんの事なのさ?」
レミリアはビリヤード台に烈しく手を叩きつけた。
ダァン、と銃声のような音が反響する。
そして彼女は烈火の如く怒りだした。
「お姉ちゃんはフランがそんな子だとは思ってなかった!!」
「う……」
大きく開かれた漆黒の翼が姉をさらに大きく見せる。
フランドールは憤怒を体現するレミリアに怯んだ。
レミリアは伊達や酔狂で紅魔の主をしているのではない。実力でもぎ取ったのだ。そんな彼女の示威行為は脅しなどという生半可なものではなかった。
「さっきお姉ちゃんは何て言ったんだっけ!!」
「うぅー……」
どうして怒られているか判らないフランドールは首を傾げるしか出来なかった。
「下着を脱ぎなさいって言ったわよね!!」
「う、うん……」
「それがどうして紅と白の縞パンを穿いてるのかしら!?」
「うん?」
「ワンポイントのリボンが可愛らしいのは判るけども、ビリヤードの時は脱ぎなさいって言ったはずよ!!」
「おい」
「そりゃパンツが悪いって訳じゃないのよ!? パンツ見れればそりゃ嬉しいけども!! 御の字だけども!! それでも心の準備は……」
「おい」
「え? 何よ!」
「何で私が下着着けてるって判ったの」
「何でってそりゃ……! あ……」
「うふふ……ふふふふふ……」
フランドールは妖しく不敵に笑い始める。その瞳には加虐的な狂気が見え隠れしていた。
「お姉様……私がショットに夢中になってる時に覗いたね……?」
「あ……いや……その……違くて……」
ジリジリと距離を詰られて行くレミリア。頭の中で必死に言い訳を考えながら一歩一歩後進する。
フランドールがキューを剣のように素振りし始めた。
風切り音が嫌に鋭い。
「ま、待ちなさい。キューは使い方を誤ればそれで殴殺も出来るのよ? だ、だからそれは早く仕舞いなさい。ふ、フランは良い子だから言う事聞けるわよね?」
「さぁ~? 私、お姉様の言う事を聞かない悪い子だから、ねっ!!」
「いだっっ!!」
レミリアの脳天に真っ直ぐ振り下ろされ直撃したキューは音を立てて真っ二つに折れた。折れた破片は回転しながら放物線を描き飛んでいく。
「あーん、折れちゃった。殴打には向いてないなぁ」
「おおおぉぉ…………」
折れたキューを投げ捨て、壁から二本目を取り出す。
それを見てレミリアは頭を抱え、後ずさった。
「そういえばお姉様穿いてないって言ってたよね?」
「え、え~? そんな事言ったかしらー?」
レミリアの背中が壁にぶつかった。
「言った」
「…………あは」
「確認しよ」
「こ、こらこら!」
「下着……穿いてるじゃん」
フランドールの予想通り、レミリアは普段用のドロワーズを身に着けていた。
「まぁ、淑女として当然よね」
「私には脱がせようとしてたけどね!!」
「貴女だって結局脱がなかったじゃない。おあいこよ」
「もう! 少しは反省してよ。……ところで少しは恥ずかしがらないの?」
フランドールにスカートを捲り上げられている。
純白のドロワーズが丸見えなのだがレミリアの表情に変化はない。
「恥ずかしい? 何言ってるの。いずれ私達は肌を重ね合わせる関係になるのだから、これ位で恥ずかしいなんてどうすっ痛゛ああああっ!?」
「あ、また折れた。ああ、そっか。キューは突く物だったね」
二本目も綺麗に折れた。
レミリアはクラクラと床に座り込み、フランドールは本日三本目を壁から取り出す。
「お姉様~私早く球を打ちたいな~?」
「あはは……? そ、それじゃ、ほら、向こうの手球で……」
「違う違う」
「え?」
フランドールは無邪気な微笑みでキューを構える。
レミリアに教わった見事な構えで真っ直ぐと……
「私が打ちたいのはお姉様の眼球」
レミリアの左目に向けて。
「オーケーオーケー!! 判った判った!? ちょっちょっと待って!! 本気で謝る!! 本気で謝るから!!」
「む」
その言葉を聞いてフランドールは攻撃の手を止め、レミリアの視線に合わせしゃがみ込む。
唇を尖らせてレミリアの顔を覗き込んだ。
「……ちゅ」
「!?」
不意打ちにレミリアはその唇に口付けを交わす。
「これで許して、ね?」
「こ、こ、この……」
フルフルと体を震わすフランドール。今までの比ではない位顔を紅に染め、キューを握り締めた。
「え、あれ? 駄目? 駄目なの? うそっ、ごめんごめん!」
「馬鹿姉」
「痛い」
コツンと、思いのほか軽い当たりに驚く。
さらに、キューを投げ捨てた妹が自分の胸に飛び込んで来た。
「ど、どうしたの?」
「もう一回してくれたら許す」
「……え?」
レミリアはキョトンと目を見開く。
それから目を逸らすようにフランドールは再び、ぷいと顔を背けてしまった。
その様子を見てレミリアは微笑う。いつもの、おちゃらけた余裕のある笑みだった。
「キスは一日一回じゃなかったのー?」
「う、うるさいうるさい! この馬鹿姉! いいから早くして」
「はいはい」
「『はい』は一回」
「キスは十回」
「勝手に増やすなぁ!!」
レミリアの瞳に写るのは球の道筋。
腰を低く落とし、見据えるのは己が描いた運命。
左手を神槍の名を冠した長物の前方に、右手は後方に。
――そして放つ。
コン、と軽い音に続いて3つの重低音が静かな部屋に反響した。
「①、②、③、と。やりぃ」
早い話、ビリヤードである。たった一人で孤独に突いていた。
しかし、なかなかの腕前である。背丈が短いため、かなり独特な姿勢ではあるがそれでも見事に狙い通りの結果を導いた。それもそのはず、レミリアのビリヤード歴は長い。優に400年以上はやっているのだ。
(さて、次は④……⑤……)
再びビリヤード台に視線を落とし、感覚的に打つ道筋を定める。
ふと、影が差した。
音を聞きつけたのだろうか、妹のフランドールが扉を開いてやって来た。
「あら、どうしたのフラン?」
「別に。聞き慣れない音がしたから」
ぷいと顔を紅に染め、つっけんどんに返事した。
「ああ、寂しいのね」
「なっ……!!」
「オッケーオッケー。丁度お誂え向きにビリヤード台あるし、これで姉妹の仲を深めましょうね」
「ちょっ、こら! 寂しいってなんだ!」
「はーいはいはい。ビリヤードは判る?」
「話を誤魔化さないで!」
「フランは初めてでしょう? 大丈夫よ、私が基本からしっかりと教えてあげる」
「こ、この……」
フランドールは拳を爪が白くなるまで強く握り締め、奥歯をギリギリ鳴らす。
事実、寂しいから姉を捜していたので強く突っ込めなかった。
「ほら、こっちおいで」
「むぅ……」
自分は大人だからここは冷静に対処しよう。フランドールはそう決めた。
沸々と沸き上がる怒りを鎮め、静々と姉の言う通りに従う。
ただ、ビリヤードという遊びはフランドールにとって初めてである。内心、童のごとくワクワクしていた。
「はいこれがキュー」
「ん」
やたら笑顔が眩しいレミリアから手渡された一本の棒。キューだ。
これ位なら充分フランドールの知識内だ。
「はいこれがユニフォーム」
「ん」
やたら白い歯が輝かしいレミリアから手渡された白い制服。ユニフォームだ。
これ位なら充分フランドールの知識内だ。
「いやこれほんとにビリヤードのユニフォーム!?」
「そうよ」
渡された制服を広げてみれば、なんという事だろうか。
超、超、超マイクロミニのフレアスカートであった。
これはフランドールの知識外であった。
「こんなの着れないよ! だ、だって、こんなに短かったら打つ時に……その……あの……」
フランドールの身長は決して高くはない。見た目年齢相応の高さだ。故に大人用に造られたビリヤード台を使用するには腰を高く突き上げる必要がある。そうすれば後は言わずもがな。
「それがいいんじゃないの」
「お? 今何て言った?」
因みにこれは余談であるが…………フランドールは最近、ドロワ派からパンティ派に転向した。
「あ……いや……と、とにかく早くこれに着替えなさい」
「やだ。こんなの絶対ビリヤードのユニフォームじゃない。そもそも遊び程度でユニフォームなんか着たくない」
「バカ。遊びだからこそ本気でやらないとつまらないでしょ」
「じゃあ」
フランドールはジト目でレミリアに向き直る。
「じゃあ何でお姉様はユニフォームじゃないのさー?」
「うぐ……それを言われると」
「ふん! どーせ私の下着を見たくてそんな事言ってんでしょっ!! お姉様の考えなんてお見通しなんだから!」
「なによぉ~。可愛くなーい」
図星を指摘され、へそを曲げたレミリア。口を尖らせ、不機嫌を露わにする。
「はぁー判ったわよ……次。これ、球。これ、台。ルールはキューで球をホールに入れる。以上」
あからさまにやる気を無くしたようだ。
それもそのはず。
レミリアはこの為だけに魔法の森からユニフォームを特注したのだ。
フランドールが遊戯室に訪れるまでの準備期間は一年やそこらではない。
「な、なんで不機嫌になるのよ。もう……。ねぇ、大まかなルールは知ってるから打つ時のフォームとかテクニックを教えてよ」
「はいはい……」
「『はい』は一回」
「キスは一日?」
「一回だけ……ってこら!! 何言わせるのさ!!」
「えー? 少な~い、もっとしたいー」
「うううるさいっ!! この馬鹿姉!! いいから早く教えてよ!」
「判ったわよ」
投げやりに返事したレミリアはフランドールの背後に立ち、両手をとる。
その状態でフランドールを誘導する。
「いい? まず左手の三指はこんな感じで……」
手と手が重なり、温かみが伝わる。背中にも姉の温もりが感じられる。
おまけに耳元で囁くように話すものだからやたら意識してしまう。
フランドールの頭は瞬時にして沸騰した。顔も茹でたタコのように赤い。
何も考えられなくなり、レミリアの言葉も耳に届かなくなってしまった。
何だかんだ言ってもフランドールは姉が好きなのだ。普段は決して態度や言葉にしないが少し意識してしまうとこの有り様。
「ちょっと、聞いてるの?」
レミリアの呆れた声にフランドールの意識は覚醒する。
「え? あ!? き、聞いてたよっ!?」
「そう? じゃ、今度は手解きなし、一人でやってみましょう」
「う、うん」
レミリアが一歩下がる。
「準備はいい?」
「う、うん」
フランドールは慌てて返答する。レミリアの話を聞いていなかったので余裕を失っていた。
「まずは、左手の三指を大きく開いて置いて」
「開いて、置く」
「キューに人差し指と親指を添えて」
「添える」
「右手は親指と中指で軽く持つ」
「軽く持つ」
「他の指は添えるようにして持つ」
「添えるように持つ」
「肘はなるべく直角くらい」
「直角」
「次。キュー置いて」
「置く」
「スカートの裾を両手の人差し指と親指で優しくつまんで」
「つまむ」
「そのまま焦らすようにたくしあげて」
「たくしあげる……?」
「そう! その調子! もうちょっと! あっ! もう少し! あっ見えおぐふっ」
刹那。レミリアの鳩尾(みぞおち)にフランドールの拳が沈んでいた。
恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤に染めレミリアに詰め寄る。
「お姉様……? 途中から私に何させようとしてたのかな?」
「ちょっ……ゲホっ! 待っ……! ……息が……ゲホっ!……でき、ない……」
鳩尾は吸血鬼にとっても急所のようだ。レミリアの口からヒューヒューと息が漏れる。
「この馬鹿姉! えっち! 変態!」
「し、失礼ね。貴女が私の話を聞いてないから、からかっただけよ」
「むぐ」
それを言われれば弱い。
フランドールは恨めしそうな瞳でレミリアを睨む。
「判った。判ったから。ちゃんと真面目にするからそんな目でみないで頂戴」
「しっかりやってよ……」
□ □ □
「うん、フォームはなかなか良くなってきたわ」
「ほんと!?」
フランドールは姉から認められた喜びで顔を綻ばす。
つられるようにしてレミリアも笑顔を見せる。
「次はショットだからまず下着を脱ぎなさい」
「お姉様? 五分前に真面目にやるって言ったよね?」
相変わらず涼しい顔でレミリアは指示する。
「何言ってるの? さっきから真面目にしてるじゃない。……えっ!? もしかして知らないの~? 打つ時に下着を脱ぐのは当然でしょ」
「う、嘘だ! そんなの聞いた事ない!」
「はい! 私はビリヤード歴!?」
「よ、400年……」
「ね?」
「『ね?』じゃないよ! いくらなんでもそれは嘘でしょっ!?」
「……フラン。地上にはね、たくさんの事があるの。地下では知り得なかった驚きと発見が地上にはあるの。フラン、世界を知りなさい。初めての経験でも決して臆してはいけないわ」
「いやいやいやいや……」
「フラン」
「ひっ」
いつになく険しい目でフランドールを見つめる。声も普段より低く冷たい。
レミリアの血より紅い瞳に怯えた自分の姿が目に入った。
あまりの迫力にフランドールは喉から息が漏れてしまう。
「あ……う……」
「フラン……?」
フランドールの顎にレミリアの指が添えられた。
詰め寄るようにレミリアの顔が近づく。その顔に普段のおちゃらけたレミリアの表情はない。
冷たい汗が流れる。
「ぬ、ぬ、脱ぎます!」
何とか声を絞り出す事が出来た。上擦った声だがしっかりと姉に伝わった。
「判ってくれて嬉しいわ。フランは賢い子ね」
冷えた表情だったレミリアはそれを聞いて一気にホクホク顔に。こんなに満面の笑みを見せる姉を見たのは初めてであった。
フランドールは仕方なしにスカートをたくしあげ、下着に手を掛ける。
「ホントにホントなんだよね?」
「そうよ。私だって今穿いてないわ」
「うそ!」
「ホントホント」
「……確認させてよ」
訝しげにレミリアを見詰めた。
「レディに対して何言ってるの。できる訳ないじゃない」
「だよね……うぅ……あっち向いてて」
「はいはーい♪」
やけに上機嫌なレミリアの声が気に掛かったがとりあえずは下着を脱ぐ……振りをする。
どうせ姉に自分が穿いていないか否かなど確認する術がないと考えたのだ。
それに、穿いていないのはやはり恥ずかしい。
「こっち向いてもいいよ」
「よーし準備万端ね。早速トライ!」
□ □ □
「ま、最初だから好きに打ちなさい」
「うん」
手球を好きな位置に置いて入れやすいものから狙う。
ショットに慣れさせるのがレミリアの狙いだ。だがもちろん、それだけではない。
「ほらフラン。また悪い癖がでてる。もうちょっと腰を上げなさい」
「あ、うん」
フランドールは言われた通りに腰を上げ、再び球に狙いをつける。
集中して球の道筋を頭の中に描いた。
その集中力は、レミリアの様子を顧みず、ただひたすらに手球を見据える程だ。
「フラン。もう少し上げなさい」
「うん」
「もう少し……もう少し……あっ」
「これ位?」
「…………」
「お姉様?」
「フラン。一旦中止よ」
背中から金属のように冷たい声がした。
フランドールは振り向いて姉の様子を確認する。
「はぁ~あ……」
レミリアは大袈裟に頭を抱え、大きなため息を吐く。
「フラン。お姉ちゃんに嘘吐いてることない?」
「何? 突然」
レミリアは決してフランドールと顔を合わせず、苛立ちを見せるようにビリヤード台の周りをグルグルと歩く。
「今なら許してあげるから、正直に答えなさい。さぁ、早く」
「だからなんの事なのさ?」
レミリアはビリヤード台に烈しく手を叩きつけた。
ダァン、と銃声のような音が反響する。
そして彼女は烈火の如く怒りだした。
「お姉ちゃんはフランがそんな子だとは思ってなかった!!」
「う……」
大きく開かれた漆黒の翼が姉をさらに大きく見せる。
フランドールは憤怒を体現するレミリアに怯んだ。
レミリアは伊達や酔狂で紅魔の主をしているのではない。実力でもぎ取ったのだ。そんな彼女の示威行為は脅しなどという生半可なものではなかった。
「さっきお姉ちゃんは何て言ったんだっけ!!」
「うぅー……」
どうして怒られているか判らないフランドールは首を傾げるしか出来なかった。
「下着を脱ぎなさいって言ったわよね!!」
「う、うん……」
「それがどうして紅と白の縞パンを穿いてるのかしら!?」
「うん?」
「ワンポイントのリボンが可愛らしいのは判るけども、ビリヤードの時は脱ぎなさいって言ったはずよ!!」
「おい」
「そりゃパンツが悪いって訳じゃないのよ!? パンツ見れればそりゃ嬉しいけども!! 御の字だけども!! それでも心の準備は……」
「おい」
「え? 何よ!」
「何で私が下着着けてるって判ったの」
「何でってそりゃ……! あ……」
「うふふ……ふふふふふ……」
フランドールは妖しく不敵に笑い始める。その瞳には加虐的な狂気が見え隠れしていた。
「お姉様……私がショットに夢中になってる時に覗いたね……?」
「あ……いや……その……違くて……」
ジリジリと距離を詰られて行くレミリア。頭の中で必死に言い訳を考えながら一歩一歩後進する。
フランドールがキューを剣のように素振りし始めた。
風切り音が嫌に鋭い。
「ま、待ちなさい。キューは使い方を誤ればそれで殴殺も出来るのよ? だ、だからそれは早く仕舞いなさい。ふ、フランは良い子だから言う事聞けるわよね?」
「さぁ~? 私、お姉様の言う事を聞かない悪い子だから、ねっ!!」
「いだっっ!!」
レミリアの脳天に真っ直ぐ振り下ろされ直撃したキューは音を立てて真っ二つに折れた。折れた破片は回転しながら放物線を描き飛んでいく。
「あーん、折れちゃった。殴打には向いてないなぁ」
「おおおぉぉ…………」
折れたキューを投げ捨て、壁から二本目を取り出す。
それを見てレミリアは頭を抱え、後ずさった。
「そういえばお姉様穿いてないって言ってたよね?」
「え、え~? そんな事言ったかしらー?」
レミリアの背中が壁にぶつかった。
「言った」
「…………あは」
「確認しよ」
「こ、こらこら!」
「下着……穿いてるじゃん」
フランドールの予想通り、レミリアは普段用のドロワーズを身に着けていた。
「まぁ、淑女として当然よね」
「私には脱がせようとしてたけどね!!」
「貴女だって結局脱がなかったじゃない。おあいこよ」
「もう! 少しは反省してよ。……ところで少しは恥ずかしがらないの?」
フランドールにスカートを捲り上げられている。
純白のドロワーズが丸見えなのだがレミリアの表情に変化はない。
「恥ずかしい? 何言ってるの。いずれ私達は肌を重ね合わせる関係になるのだから、これ位で恥ずかしいなんてどうすっ痛゛ああああっ!?」
「あ、また折れた。ああ、そっか。キューは突く物だったね」
二本目も綺麗に折れた。
レミリアはクラクラと床に座り込み、フランドールは本日三本目を壁から取り出す。
「お姉様~私早く球を打ちたいな~?」
「あはは……? そ、それじゃ、ほら、向こうの手球で……」
「違う違う」
「え?」
フランドールは無邪気な微笑みでキューを構える。
レミリアに教わった見事な構えで真っ直ぐと……
「私が打ちたいのはお姉様の眼球」
レミリアの左目に向けて。
「オーケーオーケー!! 判った判った!? ちょっちょっと待って!! 本気で謝る!! 本気で謝るから!!」
「む」
その言葉を聞いてフランドールは攻撃の手を止め、レミリアの視線に合わせしゃがみ込む。
唇を尖らせてレミリアの顔を覗き込んだ。
「……ちゅ」
「!?」
不意打ちにレミリアはその唇に口付けを交わす。
「これで許して、ね?」
「こ、こ、この……」
フルフルと体を震わすフランドール。今までの比ではない位顔を紅に染め、キューを握り締めた。
「え、あれ? 駄目? 駄目なの? うそっ、ごめんごめん!」
「馬鹿姉」
「痛い」
コツンと、思いのほか軽い当たりに驚く。
さらに、キューを投げ捨てた妹が自分の胸に飛び込んで来た。
「ど、どうしたの?」
「もう一回してくれたら許す」
「……え?」
レミリアはキョトンと目を見開く。
それから目を逸らすようにフランドールは再び、ぷいと顔を背けてしまった。
その様子を見てレミリアは微笑う。いつもの、おちゃらけた余裕のある笑みだった。
「キスは一日一回じゃなかったのー?」
「う、うるさいうるさい! この馬鹿姉! いいから早くして」
「はいはい」
「『はい』は一回」
「キスは十回」
「勝手に増やすなぁ!!」
早くなんとかしないと
400年のビリヤード歴なら、妹を圧倒する事など簡単だろう。
何故、何故に遊びと言う名目でビリヤード勝負を仕掛け負けた方は罰ゲームとして服を一枚脱ぐという展開に持ち込まなかった!?
最初羞恥と怒りで顔が赤く染まるフランちゃんとか途中恥ずかしがって上着を下に引っ張るフランちゃんとか下着だけになって「もう許してお姉様ぁ・・・」と呟くフランちゃんとか楽しめる要素は盛り沢山だろうがぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!?
後、誰か大体予想が付いたw
ビリヤードをするときは短いスカートに穿きかえるというのは合ってます。
洋館に遊戯室というのは一般的だと思いますがなんで今まで無かったんでしょうね。
笑わせてもらいました。ありがとうございます。
おやすみのキスを毎日しているってことが解明された。
ごちそうさまでした