魔理沙が盗んだ物を返してくれると言うので、わざわざ出向いたのだ。
「この家のどこかにあるはずだぜ。たぶんな」
そう言い残して彼女はどこかへ飛んでいった。
あとには人形と私だけが残された。
太陽は傾き始めたばかりで、日没にはまだ遠い。
遊び疲れた子供が家に帰るのは、きっと星が出る頃だろう。
「つまり、失くしたから返して欲しければ探せってことなのね」
言葉にしてみると気力が大きく削がれてしまった。
未完成の研究書一冊くらい、どうでもいいような気がしてくる。
あれは他の大切な物を守るために、わざと盗ませ易くした物なのだ。
「実はそれが目的だったりして」
そう考えると徐々にやる気が戻ってきた。
あの白黒の思い通りになってやる必要は無い。
彼女の予想の上を行こう。
まずは私の流儀に従って、魔女の工房を整頓することからだ。
「うわ、キノコが生えてる」
散らばる服を拾い上げてみて驚いた。
服の山で隠されていた物があらわになったのだ。
さすがに寝室の床を実験用の繁殖スペースに使っているとは思えない。
いくら魔理沙でも、ちょっとは衛生に気を使っていると信じたかった。
なんとか吐き気を堪えた渡しは、台所から刃物をいくつか見繕って人形達に持たせる。
撤去、撤去、撤去……。無心で作業を行う。
十数本ほど片付けさせたところでトラップが発動したようだった。
小さな首が四つ、転がり落ちる。
「なによこれ。私が悪いの!?」
文句を言ったところで本人に聞こえるわけではないのだが、叫ばずにはいられなかった。
そもそも、掃除をしてやろうなどと考えたのが間違いだったのかもしれない。
当初の目的どおり、奪われた物を取り返す。そして無事に帰る。
無事に帰るなんて言葉が脳裏をよぎる時点で何かが間違っている気もするが、ともかく目的を果たす事だけを考えるべきなのだ。
小さく息を吐いて決意を固める。
刃物を戻すために再度キッチンへ入ると、テーブルの上にはカビの生えたパンがあった。
「見えない。何も見えない」
自分の手で扉を開いて棚を調査する。
人形に開けさせても構わないのだが、中を確認できるのは私ひとりだ。
覗き込むために人形をどける手順が増えるのを嫌ったのもある。
一つずつ開いては確かめ、閉じる作業を繰り返す。
この部屋は全ての戸を開け放したまま歩き回れるほど広くなかった。
食料庫らしき場所もあったが、どれもこれもカビが生えていた。
「なるほど、菌類仲間ですものね」
迷わず捨てた。
手を出さないと決めたはずなのに、不衛生に対する嫌悪感が私を行動させた。
もしも近くに覚妖怪がいた時のために言い訳を考えておくけれど、親愛の情からやったわけではない。
誤解をしてもらっては困る。
私は魔理沙の事なんて何とも思っていないし、ただこれは自分にとって気持ちが悪いから捨てるだけなのだ。
補填をしてやるのも、勝手に捨てた事を怒られないためでしかない。
さっき拾い集めた服を洗濯してやっているのも、これは、その……。
そうだ。あいつが汚い服装で私の家に来たら困るから。それだけよ。
「はあ。こんなに疲れたのにちっとも見つからないわね」
溜め息がこぼれる。
そのとき河童の造った洗濯機が爆発した。
「大江戸~?」
意味もなく呼んでみたけれど返事は無い。
残っている人形を整列させてみるが、探している人形はいなかった。
これは私のせいじゃない。
あの子は自宅に置いてきたはずだ。
たぶん。きっと。おそらくは。
それよりも重要なのは探し物だ。
私は最後の手段としてダウジングを行う事にした。
ダウジングとは棒やスティックや細長い物や振り子を使って地下水、金属、遺失物などを発見する技術である。
私は本職のダウザーではないが問題は無い。
ダウジングの本質とは、意識的に働かせる視覚や聴覚が「気づきそびれた」目的物を無意識によって再発見することだ。
「熟達したダウザーは無意識からの微弱な信号に気づくけど、目的物への知識があれば信号は強化される」
思わず笑みがこぼれた。
私は探し物についても魔理沙の性格についても熟知している。
つまり今回に限れば、私はダウジングのプロフェッショナルと同等以上であると言える。
結果はすぐに出た。書斎だ。
「なんだ、こんなところにあるんじゃない」
机の上なんて分かり易すぎる。絶対におかしい。
その思いから中身を確かめてみると内容に驚かされた。
素晴らしい成果があった。
まさか私が未完成のまま放置していた研究に進展があるとは思わなかった。
しかも、実用化が不可能だと思われた原因まで取り除かれている。
魔理沙はこれを自慢したかったのかもしれない。
問題が山積みになった論理を前にして、彼女は何を考えたのだろう。
もしかすると、それは私が最初に研究を始めた時の決意と同じかもしれない。
絶対に答えに辿り着いてみせるという、根拠のない、けれど強い感情。
私は行き詰った時、難度のわりにリターンが少なすぎると感じてこの研究を放棄した。
でもそれは、狐が手に入れられなかった葡萄を酸っぱいと決め付けた行為と何が違っていただろう?
出来ない事は諦めるのが賢いと判断した狐は、ひとを欺くために葡萄の存在を教えた。
けれど私が騙した人間は、努力の末に葡萄を手に入れたのだ。
「こんな時はなんて言えばいいのかしら」
心が震えて言葉が出てこない。それでも感動を伝えられる相手が誰もいないのが悔しかった。私はいま一人きりだ。
度重なる罠の発動と謎の爆発によって荒れ果てた魔理沙の家には、自分のほかに誰もいない。
ところで思い返してみると、捨てた物の中にはシャーレなどもあった気がする。
気がするというか……うん。やっぱりある。
もしや、食料に生えていたカビも特定の種類を培養するための下準備だったのだろうか。
菌類だし、魔理沙が研究していてもおかしくはない。
「おかしくはないけど、この展開はおかしいわ」
今日ほど古明地さんの長女が傍にいて欲しいと願った日はない。
私の行動に悪意は無かったのだと証明をしてくれるのなら、第三の眼にキスしてあげるのに!
「それは気持ち悪いのでやらなくていいです」
「えっ」