今日も暗い部屋で本を読む。
本能か性質か知らないが自分は暗い方が何かと落ち着くからだ。
激しさを己とする光よりも沈黙を己とする闇の方が生物に適しているのだろうから多分本能だ。
そんな事を考えながら毎日本を読み推理、考察し、物を製作し修理してこの店で過ごしている。
求聞史記にも(内容はどうかとして)商人として紹介され少しは売れ行きは上がるかと思えばそうはならなかった。
客は幾らか増えたが皆商品を買わず騒ぎを起こして帰って行く輩ばかりだ。
他に来る客(?)と言えば…
「…店主さん?いる?」
「こんにちはー」
「…開店中と札を下げておいたはずだよ。それに店員が居ないんだ、店主が店を離れる訳にはいかない」
「はいはい、悪かったわ。その通りだったわね」
「ごめんなさいー」
「…いえ、こちらこそすみませんでした。古明地のお二方」
「別に気にしていないわ、あと敬語は止めてくれる?違和感を覚えるから」
「…分かった、それで本日のご用件は?」
「ん、まあ今日は相談かしらね」
やはりだ。
「…それで?」
「最近気分転換になるかと思って久しぶりに地上に出てきたのですが、まあ何と言うか心の声が聞こえてきてそれが畏怖の念で、って所まではいつも通りなんだけど…ちらほら私やこいしを尊敬したり良く思っている奇異な人たちが居るのだけど…店主さんは知らない?」
「さあ…君や妹さんのファンじゃないか?」
「こいしならともかく…私になんてファンがつく筈ないと思うけど。それにさとりだし…」
「ふむ…」
最近
地上
畏怖の念と尊敬
『さとり』を
ああ、なるほど。
「…やっぱり、幾らかはファンがいるかもしれないよ」
「え?」
「ちょっと考えたら分かったよ、これは少しだけ得意分野だ」
「どういう事?」
「さとり、君はある意味妖怪より仏様に近いという事さ」
「は?」
「いいかい?『さとり』とは教徒によって違うが、文字で表せば『悟り、覚り、さとり』と表し同じ意味を持つ。日常会話では知らなかったことを知ること、気がつくこと、感づくこと、仏教においては真理に目覚めること、迷いの反対を指し更にそれは智慧を示す。そしてその境地に入ろうとした者は皆まず『声』を聞こうとしたんだ」
「声を?」
「ああ、ある人は仏様の声を、ある人は亡くなった師匠を、そしてある人は」
「…」
「『亡くなってしまった弟に会いたくて、会えなくても声だけでも聞きたくて…』ってね」
「…その人は?」
「さあ、元気にしてると思うよ」
「ふーん?」
「…なんだい?ニヤニヤして」
「だって『元気にしてる』って生きてるってことでしょう?死んでるなら貴方なら『あっちでも~』とか言いそうだもの。しかも、最低でも近くに居るくらいは関係があったんでしょう?」
「…ふん、まあね」
「あら素直に認めるのね」
「そりゃね、君の―」
「そう、『第三の目』から逃げられない」
「相談に乗らなきゃ良かったかな、これは」
「はいはい、商品買って行くから機嫌を直しなさいな」
「……」
「そうね…これを下さるかしら?」
さとりが手にしたのは紫蘭が描かれたしおり。
「……それではこの値段で如何でしょうか」
「ふふふ…ええ、それでいいわ、買いましょう。それにしても、ふふふ…」
「………何か?」
「いえ、何も?」
「…………」
「『分かってる癖に性質が悪い、この鬼め』ですか。あらあら、今日は色々物騒な二つ名を貰うわね」
「…まあいい、さっきの話だが、人里の近くに寺が出来たと聞いているから多分その影響だと思うよ」
「そう…ってあら?こいしは?」
「さっきまでいたようだが?」
「お姉ちゃん、店主さん、その辺に花が咲いてた!」
「「…………」」
こいしが持ってきた花は白いチューリップ。
紫蘭の花言葉は「あなたを忘れない」「お互い忘れないように」「変わらぬ愛」
に対し
チューリップ(白)の花言葉は「長く待ちました」「失恋」だ。
ちなみに紫蘭の方にも「薄れゆく愛」という意味もある。
「…ありがとうね」
とりあえず貰った花はそのままこいしにプレゼントした。
「店主さん」
「……なんだい?」
「いいんじゃないの?」
「………」
「別に間違っては無かったと思うわよ」
「ありがとう」
「『大きなお世話』」
「ふ…やはり苦手だ」
「ありがとう」
そう言って二人は去って行った。
さて、…まあこんな感じに何を思ったのか知らないが、わざわざ此処まで相談しに来る者も珍しくない。
だがしかし最近相談に来る者が増えてきた気がする。
また読みかけの本を読んでいると新たな客がやって来た。
「店主いるかい?」
「…開店中と札を――いや何でもない。それで、御用件は?」
「ん、ああ。先日宝塔を『愉快な』値段で売ってくれたからね。それを知らない御主人からの御礼だ」
「謝る気はないが受け取っておこう」
「ふん。それじゃ――」
「ちょっと待て、何も買っていかない気かい?」
「さすがにお金はそんなに今持って無いよ」
「ふむ、それはすまない。…そうだ、君の御主人は何をやっているんだい?」
「御主人かい?君は御主人が毘沙門天の宝塔の持ち主という事を知っているだろう?御主人は毘沙門天の代理を務めていて、今は人里の近くに新しく建てた命蓮寺という寺に私達と居るよ」
「ふむ…なら君の御主人に伝えてくれ」
「なんだい?」
「君のやっている事は確かに意味があるってね」
「…御主人も喜ぶよ」
内容は聞かずにナズーリンは去って行った。
「…中身はなんだ?」
『愛の 愛の愛の愛の愛の 命蓮寺~♪』
そこには涙目の寅ッ娘が踊っている映像が浮かぶ巻物が入っていた。
さらに読み耽っていると時間は流れ日が沈んだ。
そして―――
「お邪魔するわ」
ゆっくりと少し髪を跳ねさせたアリスが入って来た。
「今日はお客様が多いね、いいことだ」
「どういたしまして、かしらね」
「…淹れ立てのコーヒーだ、飲むかい?」
「…頂くわ」
両手でマグを持ち、吐息で軽く冷ましてから一口。
「おいしい…」
「そうかい、育てた人も喜ぶだろう。それで、今日はどうしたんだい?」
「自立人形の方がね…ちょっと難航してて…」
「前から聞こうとしてたのだが…どうやって作ろうとしているんだい?」
「今は…式神と同じやり方かしらね」
「ふむ…そのやり方だと時間がかかるね。外の世界のある所では人型の知能を持たせた機械は開発されているらしいと聞いたが」
「へえ?で、霖之助さんはどう思うの?」
「…その前に一つ、君は早く人形を完成させたいのかい?」
「…さあね」
「まあいいが、こんな言葉がある。『魔法とは科学の一面でしかない、同じく科学は魔法の一面でしかない。数値と比較と概念で表す事が科学であり、そして意識より先に感情と現象を引き出す事、それこそが魔法である』。故に僕がマジックアイテムが作れるんだ」
「…全然ヒントになってないんだけど」
「そうかい?魔理沙にはこれで通じたんだけどね。ならば言えるのは一つ『我思う、ゆえに我あり』だ」
「……そう、ありがと」
どうやら此処に来る客は最後までちゃんと聞かない者ばかりらしい。僕の一言を聞くとアリスはさっさと帰ってしまった。
バスケットを御礼に、と置いて行って。
多分アリスは僕の言ったことを聞かなかったことにすることだろう。
僕が言ったのは確かにある意味確実で簡単で今アリスがやっている方法に比べたら早く完成するはずだ。
アリスが言っている自動人形とは、『操り糸を必要とせず自らの意志で動く人形』。言いかえればある意味『人工生命』だ。
『操り糸を必要とせず』の部分は必要ないだろう。それこそ魔法でなんとでもなる。
そして『自らの意識で動く』の部分だが、僕が込めた意味合いは、紫が使役している式神ではなく『魂』を入れろ、人間と同じく成長の過程を踏めば簡単に完成する。という事だ。
人の体も人が、宗教のように言えば神が作ったものだ。
それに九十九神だって魂が宿ったものだ、そう考えるとアリスの言う『自動人形』の定義が分からなくなるが多分それは機械なのではないだろうか。
出された命令を簡単に単純な方法で動くそこに意識を見いだせるかわからないまさに人形。
なら、僕に出来る事は第三者のみがしてやれること。可能性を狭めてやるだけだ。
ただ此処まで考えて思ったことがある。
人形には九十九神として、そして人と妖怪にも魂は宿る。
なら、魂の中には何が宿っているのだろうか――。
途中で馬鹿馬鹿しくなってやめた。そんなの分かるはずがない。
「そんな明らか面倒臭そうなマトリョーシカは飾っておくだけで十分だ」
そう言ってアリスのお手製のサンドウィッチを頬張った。
そしてそれから次の日もまた次の日も人里や妖怪の山からも相談に来るものがポツリポツリと居た。
「ふん、せっかく忘れていられたのにな」
正確には忘れる事は出来ずに度々思いだす程度に抑えられていた、だが。
「にしてもそろそろ神社も信仰が危ういんじゃないか?」
相談に来る客(買っていく者もいる)の大体30%位があの寺関係の者だったのだ。
「まあ、いいんだが」
「お邪魔するよ」
「ん?ナズーリン…だったかな?」
「ああ、その通りだ。今日は商品を何かしら買っていくから安心してくれたまえ」
「そうかい、それはなにより」
「さて、用件だが御主人が今日店主殿と顔を合わせて感謝の意を込めたおもてなしをしたいそうだ」
「そうか」
「さて、どうするんだい?」
「行かせてもらうよ。さて、何を買うんだい?」
「…それじゃあこの接着剤を」
「お目が高いね、毎度あり」
「…さてやっと着いたか、里を横断して行くのは飛べる者が恨めしいね」
「嘘を吐くな、汗一つかいて無いじゃないか」
「まあそれはそうとしてここが…」
驚くべきはまず広さ。
これまでにないほど敷地面積は広く、軽く紅魔館とはいかなくともそれに匹敵するくらいはありそうだ。
本殿などを含めた建物とその隣に人里達に向けた遊覧観光サービスに使用する(現在季節の事もあり休止中)『聖蓮船』が佇んでいた。
次に人妖達が大勢通っているところもあげられるかもしれない。
まあ、確かに森を抜けて行かなければ行けないうえに妖怪たちがいつも集まる博麗神社と、妖怪の山を頂上まで登っていかなければいけない守矢神社に通うのは難しいと言うのもあるかもしれないが、妖怪達がこんなにもこの場所に通っているとは正直言うと少々驚いた。
そして見覚えがあるその光景に少し嫌な予感がし、何かしらの用事を付けてその場を去ろうとしたその時―――
「――あら?こんにちは、貴女がお客様?」
「…………」
彼女に会った。
「ええと、貴女、は―――」
「はあ…久しぶり、白蓮」
「…あ、あの…」
「…今回は僕が注意しなかった事が悪い。約束の、命令を一つ言ってくれ、僕はそれに従おう」
「…抱き締めても、良いですか?」
「…構わないよ」
「…暖かい」
自分より背の小さいかつての思い人を抱き返す。
気付かれないように口の端を噛みながら――――
独特な雰囲気が面白いです。導入編と言う事なので続きに期待。
で一瞬、混乱しましたw
貴女じゃなくて貴方ですよね?
続きを楽しみに待っています