紅葉みたいな小さな手がむぎゅっと、頬を潰すぐらい乱暴に包んできたから、ひんやりと心地良い感触を遅れて堪能できた。
視界を覆う青がさらりと鼻先をくすぐって「うむぅ」って唇を尖らせているのだろうか? くぐもった声を漏らして、不満そうにぱっと顔を上げる。
髪の先が、くしゃみをしてしまいそうに淡く鼻の頭を掠めて、青い瞳がまっすぐに私を見つめる、ふっと秋晴れの青空を連想してしまう瞳が間近に写った。
「あのね……あのね文」
「はい、どうかしましたチルノさん?」
膝の上で大人しく座っていた彼女との突然の触れ合いに、にこりと笑顔をつくりながら文花帖をパタンと閉じる。
今日一日に仕入れたネタを大雑把に分類していた所だったので、膝の上でいつもよりも神妙に大人しい、明らかに不自然な彼女に気づかなかったと彼女の頭を撫でる。
「……んむぅ」
心地良さそうに私の手の感触を味わいながらも、どこか不満そうにチルノさんは私をじっと至近距離から尚も見つめてくる。
その瞳が何かを訴えてきているのか、どこか曇って見えて首を傾げる。
さっきまでは果実をお腹一杯食べて眠そうに私の膝の上に陣取り、極楽仕様だった筈なのだけれどと。彼女の小さなほっぺを指の腹でぷにぷに押す。
「チルノさん。お腹でも痛いんですか?」
「違うよ。……じゃなくてさ」
チルノさんも触れたままの私の頬をぐにぐに押したりして、少し痛いが我慢して顔の形が変わるのに耐えていたら、チルノさんはぱっとまた唐突に手を離した。
「あたいさ……」
「?」
「あたい、文に甘えてばっかりだなって、思っちゃって」
「はい?」
お馬鹿な子供が、またおかしな事を言い出したな。
……等と内心で思いながら、愛想よくその頭をなでくりなでくりとしていると、チルノさんは思い悩んだ顔で私の頭を撫でていた手をとる。
「……だって、あたい文に甘やかされてるもん。分かるもの」
「はぁ」
「……だから、ふこーへーだなって」
「ふぅん?」
首を傾げつつも、彼女が何を言いたいのか分かってきて苦笑する。
妖精という種族だという事をのぞいても、ただのガキが、いえいえお子様がまた、何を言い出すのかと失笑しかけたのをそっと押し殺す。
相変わらずチルノさんの思考は怖いもの知らずで恐ろしく笑えますねと、さてどういうつもりなのでしょう? と、様子見のつもりでチルノさんに首を傾げてみせる。
面白かったら何か軽いネタぐらいにはなるだろうかと、その程度の心持ちで。
「チルノさんが気にする事はありませんよ。チルノさんは実際に子供なんですから、甘えられる時に甘えていれば良いんです」
「で、でも。それじゃ嫌なの!」
「どうして? 私にこうやって甘えているんです。丁度良いから霊夢さんや魔理沙さんにもやってみたらどうですか?」
そしてあの二人がどんな反応をするだろうかと予想して、それはなかなかに面白い趣向かもしれないなとほくそ笑む。このまま煽てて本当にやって貰おうとかなどと、この子猫みたいな気まぐれ妖精を見下ろすと、何やらムッとした顔と鉢あった。
意外で目を丸くするが、チルノさんの頬は不満そうにぷくうっと膨れている。
「おや、ご機嫌斜めですね。どうかしましたか?」
「……別に。文はお馬鹿だなって思って」
「…………は?」
馬鹿?
えと、まさか私が?
あ、あのチルノさんに、真顔で馬鹿と言われた?
ピキッ、と瞬時に苛立って、このまま膝の上にいるチルノさんを骨の一本でも折って泣かせてやろうか、と真面目に考えて、だけれど泣き喚くかもしれない彼女のうるささを想像したら、げんなりとして止める。騒音は嫌いである。
なので我慢してイライラを笑顔の裏に隠しつつ「それはそれは?」となるべく穏やかな声を意識して出す。
「私が馬鹿だなんて、面白い冗談ですね?」
「違うよ。文は馬鹿だよ」
「……ま、またまたぁ?」
「文のばーか!」
「……ははは」
……ぶち殺してやろうかな? と思いつつ、拳をぎりぎり握って我慢するが。いやぁ、下等な妖精に、それもチルノさんに馬鹿呼ばわりされるのがこんなにも屈辱だとは思わなかったなぁ。あはは、相手が私であった事を本当に感謝するべきですね。他の天狗だったら即殺どころじゃなくて拷問死もありですよ。古臭いの多いから。
「……チルノさん、貴方ね」
「だって、文が悪いもの。馬鹿だもの。すっごく馬鹿だもの! とにかくウルトラーに馬鹿なんだもん!」
「い、いい加減に……っ」
「あたい、文にしかしないもん!」
べちんとひんやりに、手を握られて、感情が高ぶったのかチルノさんの冷気がざわりと増える。思わず顔を顰めてしまう程に冷え冷えとしていて、この季節には少々辛い。
「あたい、こうやってするの文だけだよ!」
「……だから、それはまだ私にしかしていないだけでしょう?」
「そうだけど、そうじゃないもん! 文の馬鹿!」
「……ま、また」
いい、加減に、イライラと我慢も通り越して苦痛になり始めたので、チルノさんの襟首をぐいっと持ち上げて黙らせようとする。
「あたい、文のお父さんになるんだもん!」
「…………」
はぁ?
色々と出鼻をくじかれた。がっつんと。
「そうよ、お父さん! ……お父さん? あれ違う? 何だっけ文?!」
いやしるか。
襟首を掴んでそのまま……という所で予想外の台詞がきて目をぱちくりさせると、チルノさんも不思議そうに困惑してそうな顔で慌てていた。
「あれ? えと、違うのよ! お父さんじゃないの!」
「はぁ、じゃあ何です?」
「わ、忘れちゃったんだもん!」
じわあって大きな瞳に涙まで浮かべて、大げさな彼女に、何だか興がそがれてしまって手を離してあげる。
ぺたん、とまた私の膝の上で大人しくなるチルノさんに、疲れた溜息を送って、私はうんうん悩むチルノさんの小さな頭を見る。
暫し待つが、やはり答えは見つからないらしくて「そうだ!」とチルノさんはぱっと輝いた顔で私を見る。
い、いつもの事ながら立ち直りが早すぎですね。
「……何ですか?」
非常に嫌な予感をさせてくれるキラキラ笑顔に、若干引きながら笑顔で尋ねると、チルノさんはその隙を狙ったとしか思えない素早さでがばあ! っと私にしがみついてきた。
「ぐ?!」
ぎゅううぅう、と手加減の無い子供の力に、うぐ、と流石に天狗の私も苦しくて、咄嗟に反応できなかった。
チルノさんの顎が肩にあたって、私の上半身はチルノさんにがっちりと捕まっていた。
「ち、ちょっとチルノさん?!」
「こういう事なのよ!」
「はあ?!」
抵抗して立ち上がって、その背中を服ごと引っ張るが、チルノさんはびくともせずにぎゅううぅうう!! と私に必死にしがみついてくる。
「あたい、文のこういうのだから、文はあたいに甘えればいいんだよ!」
「ちょっと?! 日本語を話してくださいよ! 妖精語っていうかチルノ語なんて難易度高すぎて取得する気もないんですよ!」
「だーかーらー、文はあたいを甘やかすから文もあたいに甘えればいいんだよ! あたい天才!」
「馬鹿だッ!!」
やっぱ実力行使で殴ってでも立場を分からせるべきじゃないか?! とイライラしながら怒鳴ると、満面の笑顔で期待に輝くチルノさんが「えへへ」って何が嬉しいのか照れた様に私ににいっと笑いかけてきた。
「……ぐっ」
笑っている子供を殴る趣味など、到底分からないし無い、清く正しい鴉天狗の私である。
しっかりとしがみ付かれて、両手両足が背中をぎゅうっとしている状況で無垢な笑顔を向けられて、わざわざ楽しそうなのを邪魔するつもりも、普段はまったくない。
むしろ楽しそうな様子を眺めて、次にどんな阿呆な事をやらかしてくれるのかとにやにや見つめるぐらいである。
よって。ここで彼女を力づくで排除、みたいな選択肢はなし崩しに消えてしまって、私はかなり大きく呻く事になった。
「ねえ文、あたいに甘えてよ」
「……ちょっと、勘弁してくださいよ」
「あたい、いっつも文にぎゅってして貰ったり頭を撫でて貰ったりしてるよ? 振り向いたら文がいたいりして、見守ってくれてるのだって分かるし、そんな文だから、あたいに甘えていいんだもの!」
……だから日本語を話せ。
げんなりとした頭痛に襲われながら、精神的に多大に疲れて、元いた場所に腰を下ろしてあぐらを掻いて頬杖を付く。
私には現状を理解する時間が必要だと、うっそりと瞳を閉じた。
そうすると、チルノさんはしがみついたままでは少し苦しいのか、気配だけでいそいそと自分にとって居心地の良い姿勢を探して、そのまま私の首に両腕を回して、膝立ちでぺったりと余す所無く密着してくる。
……。
あ、駄目だ。これじゃあ近くて冷たくて結局集中できない。
私は目を開けて、チルノさんがにこにこして私を見つめる瞳とまたはちあって「う」と喉奥を鳴らす。
私とした事が、このお子様のペースに見事に嵌っていると、もう何だか面倒になって流される事にした。
「……はいはい、分かりました降参です」
「え?」
「いいえ。で? チルノさんは私にどうして欲しいんですか?」
「どうしてって……甘えて!」
「……いや、ええそうでしたね。……じゃあ具体的には?」
もう疲れて投げやりに答えると、チルノさんがきょとん、とした目を向けてきた。
「? 甘えるんだから甘えれば良いのよ!」
「はい? いや、だから甘えるってどうやって甘えればいいんですか?」
「え?」
びっくり、といったチルノさんの表情。
うん? と私も固まる。
何だかお互いの言葉のキャッチボールがへろへろとおかしな方向に行っている気がして、私達はじっと顔を見合わせる。
「文、あのさ」
「ええ」
「……甘えるは甘えるだよ? どうやってって、何言ってるの?」
「いえ、ですから。甘えるって具体的にどうすれば、甘えるに……なるというか……方法と、いいますか」
話しながら、遅れて、チルノさんが非常に困った顔になって眉根を寄せてしまってから、私と彼女のずれにようやく「あ」と気づいた。
……そうか。
子供にとって、甘えるに『やり方』なんてものはなくて。ただ心のままに甘えられる相手に手を伸ばすだけなのだ。
「……はぁ、成程」
頬を掻いて、年をとったものだと苦笑。そういう感覚を本気で忘れる程には、私も長く生きている。
それを思い出させてくれた、チルノさんを見て、先ほどまでの乱暴な気持ちが静かに消えていく。
うん、まあそれだけでも。このふざけたお誘いに感謝しても良いかと、記者として少しだけ視点を広げられた礼を、彼女に目で伝える。
「あ! そっか。分からないならあたいが文をたくさん甘やかすよ!」
「……はい?」
え?
『甘える』が分からない時点でこの話題は終わったんじゃないの?
と、思惑がずれてしまい、私が疑問符を抱きながら笑顔で首を傾げると、チルノさんは何故か俄然気合を入れた様子で、また先ほどの様に力任せにぐりぐりと抱きついてきた。
それはまるで、あたいがいるからもう大丈夫だよ! あたいに甘えていいんだよ! とそれはそれは分かりやすい。
非常に迷惑な感じだった。
「よし! まずは頭をたくさん撫でて気持ちよくなるの!」
「あや、あややややや?! いい、いいですってば」
「なでなでなで!」
「痛い、ちょ、痛いですってハゲたらどうするんですか!?」
子供らしく、まったく手加減できていないせいで、涙目になって抗議するがチルノさんはもう目が真剣で、私を何が何でも甘やかすまで満足しなさそうだ。
さあ、と青ざめる。
こ、こうなったチルノさんが、もうどれっだけしつこくて迷惑で面倒なのか、身近で取材しているのでよく分かっている私は、かなりの危機感を覚えた。
いえいえ、嫌ですよコレは?!
何が悲しくてこんな妖精に、精一杯背伸びさせて甘やかされなくちゃいけないんです? 冗談じゃありません!
逆、むしろ立場が逆じゃないととてもじゃないが耐えられないって―――
「あ……」
甘え方。
何だか、はっと分かった。
今までに、彼女に触れられた記憶が、ふっと思い出させてくれた。
……えぇと。
そうなると現金なもので、何だか、そのせっかく思い出したその感覚を、試してみたくなる。
「あー、チルノさん」
「なでな……え? 何?」
「いえね? 『甘える』ってこう、ですかね?」
こつん、と。
私の額を彼女の薄い胸元にあてて、そっと目を閉じてみた。
咄嗟に頭を抱きしめるみたいに、ぴくりと当てられたチルノさんの小さな手の平の感触とか、決して逃げないで受け入れる姿勢とかが、ふわりと、少し驚くぐらい、心の警戒心を薄れさせていく。
「……。……あぁ、なるほど」
「え? ぇえ? あ、文?」
額だけを、ただ押し付けているだけなのに。
不思議な感覚だわ、と。
忘れていたその感覚を、ゆったりと心が思いだしているのか、懐かしさみたいなものが全身を暖かく浸して。
ただ、なるほどなぁと。
実感する。
「……これは、いいかもしれませんねぇ」
「あ、ああ文? あの、えと、冷たくない…?!」
「平気ですよ。むしろ重くないですか? チルノさんには私の頭だけでも重そうですけど」
「あ、文の頭は重くない、けど。……あのさ」
「ん~?」
「…………ぎゅって、ね? していい?」
ぱちくり、と。予想外の台詞に目を見開いて、返事をする間もなく。
彼女の小さな腕が私の頭を優しく抱きしめた。
きゅう、と。
先ほど、頭を撫でられていた時とは明らかに違う、こちらを慈しみ守ろうとする、そういうモノを嫌でも感じてしまって。
「…………あー」
まいった。
悔しいけど、落ち着くじゃないのよ……
子供はいつも、こんな感覚を無条件に感じているのかと。
不条理なものまで感じてしまって、感じてしまった自分にくすりと、笑って。
自然と。
甘えるみたいに、彼女の胸元にあてた額を、ぐりぐりと押し付けてみた。
「……はうぅ、ぅぅうぅう」
沸騰したみたいな、チルノさんの声とぎゅうっと私の頭を抱きしめる力は強くなって。
……うん。
困ったなぁ。
癖になりそうだと、悔しいけど抵抗すら馬鹿馬鹿しいぐらいに、心地良く瞳を閉じて、この感覚を堪能してしまう。
少しだけ、チルノさんの顔を見たくなって。
だけれど、そうするとこの体勢から抜け出さなくてはいけなくて。
あぁ、それは惜しいと。彼女の背中に回していた腕を、そっと引き寄せて、小さな身体だと思いながらゆっくりと抱き寄せて、そのひんやりとした温もりを味わった。
どうして、冷たいのに暖かいのかしら? なんて、夢見心地に思った。
◆ ◆ ◆
寝ている、から。そわそわする。
あれから。あたいのお膝の上で、文が拳で口元を隠すみたいにして寝息も薄く眠っていた。
文はこんな風に眠るんだと、身体を丸くして子供みたいで可愛いなって、あたいはドキドキしてきて。文の頭をなでなでする。
いつもあたいに優しい、でも意地悪な文は、あたいのお胸にぐりぐりってした後に、何だか眠そうだったからあたいのお膝を貸してあげて。そのままぐっすりと眠ってしまって。
あたいさっきから。文がかわいいかわいいしか思ってなくて。身体がしゅうしゅう熱い感じがしておかしくなりそうだった。
ころりと転がっている、文の写真機をちらちら見て。
前に触って怒られた事があるから、少し伸ばした手が途中で止まったけど、でも勿体無いからって。
パシャリって。
寝ている文を、撮った。
ドキドキして。
ごくりと唾を飲んだ。
「文、あのさ……えと、さ。……あたいね?」
写真機を丁寧に置いてから、文のさらさらな髪の毛に指を通したりしながら。どうしてか分からないけど、あたいの中が言いたい言いたいってうるさいから。
だから、恥ずかしいけど言うね?
「あたいね。文がね。……えとね」
きょろきょろと、今更だけど辺りを見回してしまって。誰もいないけど、それでも何だか嫌で。文の耳を両手でそうっと隠して、こしょっと。
内緒に言う。
「あたいね、文の事ね、『愛している』――――なんだよ?」
ぽんって、口に出したらすごく変な音が内側で聞こえた気がしたけど、それよりも何だかすごく恥ずかしくて文の髪の毛をくしゃくしゃにして。
こつんって、文の額にあたいの頬を寄せて。
そのあったかさに、やっぱりドキドキして。
「文、早く、起きてよ」
でも、まだ起きなくてもいいよって。
なんだか、複雑な感じだった。
うぅ、でも恥ずかしいから。やっぱり、やっぱりもう起きて欲しいなって。
もっと寝ててもいいよって、どうしてか思う心が二つあるから分からなくて、あたいはじたばたしたいのを我慢して。
文の寝顔にずっと、くらくらしていたのだ。
文の寝顔を写した写真機。
いつか、その写真をどうか見せて欲しいなって、今度はほっぺにちゅーしたくなって、でも駄目かなってうんうん迷いながら、そっと思った。
……いいや、やっちゃおう。
ただの名前が無い程度の能力のしかばねのようだ
!鼻の辺りから血の跡が見える。もしや鼻血だろうか。
早く結婚するべき
げふん、口ん中に極大の氷砂糖がみっちり詰まってた
うん結婚すればいいと思うよ、はたてあたりこの場面を激写されてさ
文はもっともっとあまえていいと思う
もっと甘えるべき
あややもちょっと黒いけど可愛い!
これがツンデレってやつね!
温もり温もりィ!
とてもカワイイ
逆もみてみたいですね
読んでて変な声でたわ
もってやってください
文ちゃんはもっと甘えてください!
文ちゃんはもっと甘えてください!