人影のない道をひとり歩く。吐く息はとても白く、吹く風は身を切る程に冷たい。
息よりも白い、降り積もった雪を踏み分け、さくさくと小気味よい音を辺りに響かせていると、前方に目的地である大きな館が見えてくる。はやく暖まりたいと、私は自然と足を速めた。
* * *
火の焼べられた暖炉の前に腰を下ろす。パチパチと音を立てて燃えているそれは、冷えきった私の身体には暖かく、それでいて少し熱い。
「そんなところに座らないで、椅子に座ればいいのに」
ティーセットを持って現れた、この部屋の主が言う。後方にいる彼女に少しだけ視線を向け、すぐに暖炉に視線を戻した。
「『誰かさんのせいで身体が冷えきっているのよ』ですか。それはすみませんでしたね」
背後で何かを置く音がする。ティーセットをテーブルに置いているのだろう。続けて紅茶を注ぐ音がしたから多分正解。
「さあ、お茶にしましょう?」
「仕方ないわね……」
暖炉の前から身体を退け、私は彼女の正面の椅子にどっかと座った。
「砂糖もミルクも入れなくていいんですよね」
彼女の言葉に頷き、受けとったストレートティーを口に含む。紅茶特有の味と香りが口内を満たしていく。
私と違い、彼女は角砂糖をひとつ紅茶に入れた。銀色をしたティースプーンで掻き混ぜると、角砂糖はすぐに溶けて消えた。いつもならミルクも混ぜる彼女だが、今日はテーブルの上にミルクは用意されていない。なんとなく気になって聞いてみると、今切らしているのだと返事をもらう。
「こいしが使いきってしまったんです」
こいし。彼女の妹の名だ。そういえば今日は姿を見かけていない。いつもなら館を訪れた時点で何かしらちょっかいをかけてくるというのに。
「地上の友達の所へ行ってくると言って出かけていきました。……会わなかったんですか?」
「会ってないけど……」
地上に行くには普段私がいる橋を通っていくことになるが、今日私は橋の上で誰とも会っていない。無意識のうちに見逃してしまったのだろうか。
困った子ですね、と彼女は苦笑した。
「最近はほんと地上にお熱ね」
「はい?」
私の言葉の意味がうまく伝わらなかったのか、首を傾げる彼女に「あんたの妹よ」と早口で告げる。
「前はあんたにべったりだったからさ」
「ああ、なるほど」
少し前、まだ地上との交流が途絶えていたころは、この姉妹は妬ましい程に仲が良かった。あの子には多少放浪癖はあったものの、今よりはずっと多くこの館にいて姉にくっついていたはずだ。
「……妬ける?」
「いえ、全然」
ちょっと意地悪な質問を投げかけたつもりだったが即答され、少し拍子抜けする。そんな私を見て一度くすりと笑うと、彼女は言葉を紡いだ。
「あの子は地上に行くようになってから、よく笑うようになりました。それも、本当に楽しそうに笑うんです」
確かに以前より表情が豊かになった気がする。前は貼り付けたような笑顔ばかりだった。
「あの子が楽しそうに笑っているなら、隣にいるのは私じゃなくてもいいんです」
「そういうものなの?」
「はい」
よくわからない。そう思っていたらまたくすりと笑われた。ちょっと悔しくなって彼女から視線をずらす。
「でもですね、パルスィ」
名前を呼ばれつい目を向けると、彼女は穏やかに笑っていた。思わず見惚れる。
「あの子が本当に誰かを必要としている時に隣にいるのは私なんです。それだけは誰にも譲れません」
言い終わると、彼女は紅茶のおかわりをいれてきますと、空になったティーポットを持って席を立った。
「本当に必要としている時……ね」
先程の彼女の笑顔を思い出す。大切なものを慈しむように、穏やかに目を細めていた彼女。彼女にそんな顔をさせたのは、隣にいた私ではなく、今頃地上のどこかで友達と楽しく遊んでいるはずのあの子。
あの子が楽しそうに笑っているなら、隣にいるのは自分じゃなくてもいいと彼女は言った。
あの子が本当に誰かを必要としている時に、隣にいるのは私なんだと彼女は言った。
「……妬ける」
いつでも隣にいたいと思う私は、彼女のようにはなれそうもない。
息よりも白い、降り積もった雪を踏み分け、さくさくと小気味よい音を辺りに響かせていると、前方に目的地である大きな館が見えてくる。はやく暖まりたいと、私は自然と足を速めた。
* * *
火の焼べられた暖炉の前に腰を下ろす。パチパチと音を立てて燃えているそれは、冷えきった私の身体には暖かく、それでいて少し熱い。
「そんなところに座らないで、椅子に座ればいいのに」
ティーセットを持って現れた、この部屋の主が言う。後方にいる彼女に少しだけ視線を向け、すぐに暖炉に視線を戻した。
「『誰かさんのせいで身体が冷えきっているのよ』ですか。それはすみませんでしたね」
背後で何かを置く音がする。ティーセットをテーブルに置いているのだろう。続けて紅茶を注ぐ音がしたから多分正解。
「さあ、お茶にしましょう?」
「仕方ないわね……」
暖炉の前から身体を退け、私は彼女の正面の椅子にどっかと座った。
「砂糖もミルクも入れなくていいんですよね」
彼女の言葉に頷き、受けとったストレートティーを口に含む。紅茶特有の味と香りが口内を満たしていく。
私と違い、彼女は角砂糖をひとつ紅茶に入れた。銀色をしたティースプーンで掻き混ぜると、角砂糖はすぐに溶けて消えた。いつもならミルクも混ぜる彼女だが、今日はテーブルの上にミルクは用意されていない。なんとなく気になって聞いてみると、今切らしているのだと返事をもらう。
「こいしが使いきってしまったんです」
こいし。彼女の妹の名だ。そういえば今日は姿を見かけていない。いつもなら館を訪れた時点で何かしらちょっかいをかけてくるというのに。
「地上の友達の所へ行ってくると言って出かけていきました。……会わなかったんですか?」
「会ってないけど……」
地上に行くには普段私がいる橋を通っていくことになるが、今日私は橋の上で誰とも会っていない。無意識のうちに見逃してしまったのだろうか。
困った子ですね、と彼女は苦笑した。
「最近はほんと地上にお熱ね」
「はい?」
私の言葉の意味がうまく伝わらなかったのか、首を傾げる彼女に「あんたの妹よ」と早口で告げる。
「前はあんたにべったりだったからさ」
「ああ、なるほど」
少し前、まだ地上との交流が途絶えていたころは、この姉妹は妬ましい程に仲が良かった。あの子には多少放浪癖はあったものの、今よりはずっと多くこの館にいて姉にくっついていたはずだ。
「……妬ける?」
「いえ、全然」
ちょっと意地悪な質問を投げかけたつもりだったが即答され、少し拍子抜けする。そんな私を見て一度くすりと笑うと、彼女は言葉を紡いだ。
「あの子は地上に行くようになってから、よく笑うようになりました。それも、本当に楽しそうに笑うんです」
確かに以前より表情が豊かになった気がする。前は貼り付けたような笑顔ばかりだった。
「あの子が楽しそうに笑っているなら、隣にいるのは私じゃなくてもいいんです」
「そういうものなの?」
「はい」
よくわからない。そう思っていたらまたくすりと笑われた。ちょっと悔しくなって彼女から視線をずらす。
「でもですね、パルスィ」
名前を呼ばれつい目を向けると、彼女は穏やかに笑っていた。思わず見惚れる。
「あの子が本当に誰かを必要としている時に隣にいるのは私なんです。それだけは誰にも譲れません」
言い終わると、彼女は紅茶のおかわりをいれてきますと、空になったティーポットを持って席を立った。
「本当に必要としている時……ね」
先程の彼女の笑顔を思い出す。大切なものを慈しむように、穏やかに目を細めていた彼女。彼女にそんな顔をさせたのは、隣にいた私ではなく、今頃地上のどこかで友達と楽しく遊んでいるはずのあの子。
あの子が楽しそうに笑っているなら、隣にいるのは自分じゃなくてもいいと彼女は言った。
あの子が本当に誰かを必要としている時に、隣にいるのは私なんだと彼女は言った。
「……妬ける」
いつでも隣にいたいと思う私は、彼女のようにはなれそうもない。
日が落ちるのが早い冬、人肌が恋しくて、友の暖かさに涙することも有ります。
紅茶を飲みながら 暖炉の火を眺めるだけのひととき。
うかんでは消える様々なものと、それらを紡いだ 二言三言交わすだけの会話。
少しのまどろみの中にある果てしない安心感――。
心の世界を少しだけ共有してみたいと思うのも、また冬の寒さがもたらしたものかもしれません。
季節は巡り、今は冬。
あなたの世界を切り取った、素敵なひとときをありがとうございます。
これ、好きです。妬けちゃう。