「ねぇ、早苗」
ぬえが仰向けで本を読みながら私を呼んだ。
この前渡したとあるラノベの二巻ではないらしい。
大きさ的に。
「どうしました?」
「この本ってさー。いわゆる妖怪図鑑よねー」
そう言ってぬえは持っていた本をこちらにパスした。
受け取ってみると……
「……幻想郷縁起、ですか」
「そーよ」
幻想郷縁起。
幻想郷の著名な妖怪や危険なスポットを紹介していて、幻想郷の人間が安全に過ごすためには必須とも言える本。
「……妖怪図鑑と言うと少し語弊がありますね。安全を守る人や神も載っていますから」
「でも基本は妖怪図鑑でしょ?」
「……まぁ、基本は」
「でしょ!?なんで私が載ってないのよー!」
「あら、まだ載ってなかったんですか?」
「そーなのよ」
それは不思議な話だ。
鵺と言えば平安時代の有名な書物にも書かれていた妖怪だ。
早苗が幻想郷でぬえに会う前から存在を知っていた、という程度には外でも著名な妖怪である。
確認されたのが最近とはいえ、1年以上経っているのにまだ載っていないとは。
「……正体不明とか言い続けてるから、載せようにも情報がないんじゃないですか?」
「あー……」
「そろそろ正体の2割くらい明かしちゃえばどうです?」
「いや、それはダメ!正体不明は私のアイデンティティーなんだから!」
「アイデンティティー……ついこの前まで封印されてたのに、よくそんな言葉知ってましたね」
「えへへー、ほめてほめてー」
「だが断る」
「えっ」
「……さて、正体不明を貫きつつ幻想郷縁起に載るには……うーん」
「……ぐす」
涙目でこちらを見てくるぬえを無視して考える。
飴をやるのは三日にいっぺんで十分なのだ。
ここ数ヶ月鞭しかやってない気もするけど。
「……うーん、やっぱり少しは情報ないと載らないでしょうね……」
「うう……じゃあどうすりゃいいのよ……」
「…………そうだ!」
「お?どうするの?」
「うんうん。まずはとりあえず人里に行きましょう!」
「え、ちょ、早苗ー?」
ぬえを引っ張って人里に向かう。
目指すはもちろん、稗田家だ。
人里の入り口に降り立ち、そこからは歩く。
「ね、早苗ー。結局どうするの?」
「そうですね、とりあえずぬえは鵺とばれないような格好をしていてください」
「へ?……人里の人間には私はただの人間に見えるけど……」
「あ、そうなんですか。じゃあそのままでも結構です」
「……ねぇ」
「大丈夫ですって。ぬえの悪いようにはなりません。たぶん」
「たぶん!?」
「ほら、稗田家が見えてきましたよ!」
「え、ちょ、早苗、たぶんって」
「さぁ、これから幻想郷縁起著者に直談判します!」
「ええー!?」
「ごめんくださーい!」
「うわ、うわ、早苗の行動力、時々怖いよ……」
「任せておきなさいって!」
「でもたぶんなんでしょ!?ねぇ!?」
……というわけで、ただいま私、封獣ぬえは、幻想郷縁起著者である稗田阿求氏と向き合っております……
「珍しい……と言うより初めてですね、あなたがここに来るのは」
「はい!今日はよろしくお願いします!」
早苗は何に対してか知らないけどすっごくやる気になってます。
「ふふ、よろしくお願いします。えーと、用とはどういったものでしょう?」
「実はですね、幻想郷縁起未収録の妖怪、封獣ぬえについて耳よりな情報がございまして」
「……それは興味深いですね。詳しくお聞かせ願えますか?」
なんか早速いろいろばらされそうな雰囲気がする。
……でも、悪いようにはしないって言ってくれたし……。
「ええ、もちろん。こちらもそのつもりで来ましたから」
「よいしょ……と。では、お願いします」
阿求さんは筆と紙を用意して、メモをとる気まんまんのようです。
……下手なこと言わないでよ、早苗……
「実はですね……封獣ぬえは、宇宙人です」
「……は?」
……は?
「封獣ぬえの正体は、2009年に接近したルーリン彗星に乗ってやって来た、グリーゼ581星系の第4惑星出身の」
「ちょ、ちょっといいですか?」
「……はい?どうしました?」
「それは……確かな筋の情報、なんでしょうね?」
「ええ、もちろん。私という確かな筋からの情報です」
「…………ひやかしなら帰ってもらえます?」
……そりゃそうなるよ……
「いやいや、ひやかしなんかじゃありません。自信をもって提供できる情報です!」
「その自信はどこから来るんですか……」
「確信は自信に変換可能なのです!えーと、で、そのグリーゼ581第4惑星の」
「ちょちょ、早苗!」
もう我慢できない。止める。
「……どうしました?」
「いや、どうしました?じゃなくてさ……」
「……あの、こちらのかたは……?」
あ、まずい。
空気になってたのにつっこんだから、阿求さんが私に気づいた。
「あ、彼女は……えーと、この前外の世界から来た、鵺研究の第一人者です!」
「え?」
え?
「そんなに私の情報が信頼できないなら、彼女に聞けばどうです?」
ええー!?
「……ふむ、鵺研究の第一人者さんですか……。……すみません、色々教えていただいてもよろしいでしょうか?」
えええー!?
ちょ、早苗!
「(がんばっ☆)」
うわ、完全に外野決め込んでる。
親指とか立ててる。
「さぁ、鵺の情報、教えてください!」
「え、う、あ」
「さぁさぁ!」
うわーんどうすればいいのー!?
ぬえは完全に困惑している様子。
そりゃそうだ。
私だってこうなるとは思わなかった。
情報がないなら無茶苦茶な情報を与えておけば、正体不明も深まるし、その情報で幻想郷縁起にも載るし、一石二鳥だと思ったのだけど。
うーん、やっぱりちょっと無理があったかな……
……ま、あたふたしてるぬえが可愛いし、もうちょっと放置しておこう。
ごめんね☆
……ただいま私、封獣ぬえは、幻想郷縁起著者、稗田阿求氏に追い詰められております……
どうしてこうなったの……
「……どうしました?」
「あ、いえ、えーと、何から話そうか迷ってるとこです……」
「そうですか、決まり次第早速お願いしますね!」
早苗はずっとニコニコこっちをみてるだけ。
助けに入る気は全くないみたい。
自分で何とかするしかないのだけど……
正体不明は貫きたいし、でも幻想郷縁起には載りたいし……
……仕方ない。とりあえず、『正体不明』って載せてもらう方針で……
「えーとですね、鵺という妖怪は、そもそも正体不明が前提となった妖怪なんですよ」
「ええ、それは知っています」
じゃあそう書いてくださいよ!
「……ええと、ですからして、正体不明の正体について議論しても仕方がないのです」
「……はぁ」
む、なんか目に少し失望の色が見える。
だめだ、このままでは載せてくれないかもしれない。
「えーと、しかし、存在しているのは確かなので……」
あぁ、もういいや!
ストレートに言う!
「正体不明の妖怪で、猿の頭、虎の手足、狸の胴体、蛇の尾を持つと言われている。とか書けばいいと思います!」
「……え?」
「え?」
「……私の聞いた話では、背が虎で足が狸、尾は狐、頭がネコで胴は鶏とのことでしたが……」
「…………。……まぁ、そこは諸説ありますし……」
「いえ、幻想郷縁起に嘘をのせるわけには参りません。……あなたの方が、正しいのですか?」
「え、いや、まぁ、そこは、人によって……」
「人によって?」
あっとまずい!
「え、えーと、私の知る鵺研究者の方々の間でも諸説ある、ということです、はい!」
「うーん、そうですか……」
ふう、なんとか乗りきった。
「……結局、確定情報はないんですか?」
うーん、あんまり情報は与えたくないんだけど。
「そうですね……」
「ありますよ!」
え、早苗?
「はい?……まさかまた……」
「いえいえ、まぁあれも真実ですが、もっと別のことです!」
「はぁ。まあとりあえずお願いします」
「前回ぬえが出現したときは、私が退治しました!」
「……は?」
……えーと、早苗?
「ですからですね、今後鵺が現れたとしても、私であれば退治することが可能です!」
「……それは、本当なのですね?」
「ええ、本当に本当です!」
「では、鵺はどんな格好を
「重要なのはそこではないです!」
して……は?」
「重要なのはただひとつ!守矢神社を信仰しましょう!そうすればあなたは鵺から救われます!そう書いておいてください!じゃあ行くよ!ぬえ!」
「あ、ちょ、待ってよ早苗ー!」
「……なんだったんでしょう、一体……ってぬえ!?ぬえって言いました!?今!!」
「気のせいですよー!!」
「え、ちょっと!早苗さん!!」
「おじゃましましたー!!(ガラガラ)」
「あ、待っ……(ドテッ)」
「またいつかー!!(ガタン)」
「…………うう、体の弱さがこれほどまでに恨めしいのはいつぶりでしょう……」
人里からの帰り道。
「よかったですねー!これでぬえも幻想郷縁起に載りますよ!」
「えー……あんなんで載るのかなぁ……」
「載ります載ります!」
「結局早苗が信仰集めしただけな気がするんだけど……」
「ま、そこはそこです。……それにしても、正体不明は必死で堅持しましたね」
「まぁね!ひとっつもばらしたくないもの!」
「私には?」
「……うーん、どうしよっかなー」
「教えてくれないと文さんあたりにいろいろぶちまけちゃいますよー」
「えっ……な、なにを?」
「そうですね……例えばこの前寝るときに」
「わー!わかったわかった!言う!ばらす!みんなばらすから!」
「うふふ、ぬえはいい子ですねー」
「うう……絶対いつか立場逆転してやる……」
「ぬえにはきっと無理ですよー」
「はぁ……早苗の部屋の本棚の裏の」
「ん?」
笑顔でお札を突きつけてくる早苗。
「これだもんなぁ……」
「ふふ、修行が足りませんよ?」
「どんな修行よ……」
「さ、ぬえ!帰ったらご飯にしますよ!」
「はぁ……はいはい」
いろんな意味で、早苗には勝てそうにないな……
数日後
「ぬえ……ぬえ!!」
「……何?」
朝から早苗に叩き起こされた。
……なんだろ、すっごく嬉しそうだ。
「載りましたよ!幻想郷縁起!」
「載った?ふーん。幻想郷縁起に……ってええ!?載ったの!?」
「そうなんですよ!」
「よくあんなんで載せたね阿求さんも!見せて見せてー!」
「もちろん!ほら!」
といって渡された最新版の幻想郷縁起。
開かれた真新しいページは寝起きには少しまぶしくて。
その文字が見えるまで、すこし時間がかかった……
東風谷 早苗
妖怪の山山頂にある、守矢神社の風祝。人間でありながら、神でもあるという。最近は妖怪退治にも精を出し始めたようで、長らく地底に封印されていた鵺を退治したという話もあり、人里での人気も高まっている……
「……ってこれ早苗じゃん!!」
「え?ええ、私ですよ」
「私は!?」
「ぬえは……まだですね」
「直談判の意味無いじゃん!」
「まぁ、ぬえもいつか載りますよ、いつか、ね?」
「うう……」
やっぱり、まだ勝てそうにないよ、早苗……