私はお姉さまが嫌いだ。……ちょっとだけ嫌いだ。
昨日もせっかく私の部屋に遊びに来てくれたのに小言ばかり。
やれ服は脱ぎ散らかすなだの、やれ淑女としての嗜みがどうのと。
自分こそ服はベッドに脱ぎっぱなしだし、食事の時はよくポロポロと零して咲夜に怒られているくせに。
そういうのを見ていると人の事を言えないだろうと思う。
……でもやっぱり少しは仲良くできたらいいなあ、程度の願望はある。せっかくの家族だしね。
だけどどうやったら仲良くできるのか、いくら考えても全く思いつかない。
それに何か思いついたとしても、口を開けば喧嘩してしまう有様では仲良くするなんて夢のまた夢。
「……それで私に相談にきたと?」
「うん」
自分で悩んでも解らなかったら人に聞くといいよね。
幸い我が家にはなんでも知ってる頼れる魔法使いがいることだし。
「なんでもじゃないわよ、知ってることだけ」
「……パチュリーに猫耳って似合いそうだよね」
「生やしてあげましょうか?」
「できるの!?」
「できないわよ」
「……」
「何の話かしら」
「……なんでもない」
本当に何の話だろうか。思わず口をついて出てしまったが自分でもよくわからない。
それよりもお姉さまと私の話だ。私はわざとらしく咳払いを一つし、再び話をきりだした。
「それで何かいい方法はないかな?」
「ふむ」
そして彼女は本に目を落としたまま黙り込んでしまった。ページが進んでないところをみると考えてくれているのだろう。
文字を眺めているほうが、思考が捗るのは活字依存症のパチュリーらしいと思う。
私は駄目だ、ベッドの中で目を閉じている方が考えが纏まる。そのまま寝てしまって何を考えていたのか分からなくなる事が多いけれど……。
ちなみに最近は紅魔館が謎の軍団に襲撃されるも、私に謎の力が目覚めて返り討ちにするという、涙有り笑い有りの大長編ストーリーが私の頭の中でのマイブームだ。
「紅茶です。どうぞ」
「ん、ありがとう」
しばらく待っていると小悪魔が紅茶を持ってきてくれた。
彼女の紅茶は咲夜のそれに負けず劣らず、でも勝らずと言った感じだろうか。つまり、すごい美味しい。
私が紅茶に口をつけようとした所でパチュリーが口を開いた。
「小悪魔、あの本を持ってきて頂戴」
「かしこまりました」
そう言って小悪魔は見苦しくならない程度に小走りで、本棚の間へと消えていった。
私はなんとなく紅茶を飲むタイミングを逃してしまった気がして、とりあえずテーブルの上に置かれた受け皿に戻した。
待つのが苦手な私でも手持ち無沙汰にならないくらいに、すぐに小悪魔は本を抱えて戻ってきた。
二十冊ほどの……漫画、だろうか? それを小悪魔は五冊ずつ四つに分けて重ねていく。
私が困惑していると、パチュリーは小悪魔に軽く礼を言って説明をしてくれた。
「見てのとおり、これは漫画と分類される本ね」
「それは分かるけど、私あんまり漫画は読まないよ?」
「話は最後まで聞きなさいな妹様」
パチュリーは積まれた漫画を一冊だけ手に取り、表紙をやさしく撫でながら説明を続ける。
「これには、戦いに生きたある男達の生涯が描かれているわ。
普通に読む分にもかなり面白いけれど、私はその中に隠された本筋とは別の作者の思想を感じるわね。
本当はしっかり読んで初見の感動を味わって欲しいのだけれど貴女も早く本題に入りたいでしょうし仕方ないからあえてネタバレをするわ。
ストーリーのラストで主人公はライバルと凄まじい熱戦を繰り広げるの。
殴り、殴られ、主人公はそれまでの全てを出しつくし、その末に勝利をもぎ取るのだけれど、その代償もまた大きく彼は燃え尽き真っ白な灰になってしまうのよ。
ここで本題に繋がるのだけれど、まず注目したい点は二つある。
一つは二人の男が互いの思いを拳に乗せて殴り合ったという事。
古来より男性というものは夕日をバックに殴り合う事で友情を深めるというわ。
そしてもう一つが、最後には燃え尽きて真っ白な灰になるということね。
どういうことかわかるかしら? そう、これはつまり彼が吸血鬼だったという事の証明なのよ!
この二つを組み合わせることにより、これは吸血鬼の友情を深める秘訣が描かれているということがわかるわね!」
「う、うん。そうだね」
喘息は完治したのだろうかという程に熱弁を繰り広げるパチュリーに対し、私はちょっと引いていた。
しかもそのせいで話をほとんど聞いてなかった。
もはや私がいることを覚えているのかも分からないほどに彼女はヒートアップしている。
私から相談をした手前あまり言いたくないけど、正直もう帰りたい。
「──という作戦よ妹様。」
「ふぇ?」
どうやらちゃんと私の事を覚えていたらしい。いきなり話を振られて、逆に私のほうが変な声を出してしまった。
まずい、大事な部分を全く聞いてなかった。
「えーと……ごめん。もう一回説明して?」
「ふむ、仕方ないわね。まずこの作品には作者の隠された思想が──」
「そっ、そこは聞いてたから最後の作戦のくだりだけお願い!」
あれをもう一度繰り返されたらまず間違いなく心が折れる。
申し訳ないけど重要な部分だけ聞きたかった。
「つまり妹様は、この本を部屋に持ち帰って読んでいればいいわ」
「……それだけ?」
それだけよ、と続けながら彼女は持っていた一冊を積まれていた本の上に重ねた。
よく見ればページの端が少し擦り切れているのが判る。
先程の語りといい、もしかして彼女は私にこれを読ませたかっただけなのではないだろうか……。
流石にそんなことは無いと思いたいけど……。
「読み終わったら是非感想を聞かせて頂戴な」
不安になってきた。
「じゃあさっそく部屋で読んでみるね」
「ええ、レミィによろしくね」
そうしてフランは私が薦めた本を抱えると図書館を出て行った。
……読み終えるのが楽しみね。
「意外と早かったですね、フランドール様」
「あら、何のことかしら」
先程まで一言も喋らなかった小悪魔が、二人分のすっかり冷めてしまった紅茶を片付けながら話しかけてきた。
「そのうち来るだろうと思ってたんですよね。あらかじめ本まで用意しちゃって。しかもあんな演技まで」
「たまたま今回の件に丁度いい本があるのを思い出しただけよ」
「うふふ」
「……言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
「いえ、ただ『正直は美徳なり』と誰かが言ってたかなと思いまして」
微笑みながら彼女はそう言った。私の使い魔だけあっていい性格をしてると思う。
私は無言のまま読みかけになっていた本に栞を挟むと、ため息をつきながらゆっくりと閉じた。
「あまり本を読まないツレない友人に比べて、妹様はよく読書をするしね。私だって誰かと知識を共有してみたりもしたくなるのよ」
「それだけです?」
「……まあ、たまにはお節介もしたくなるってことね」
それだけ聞くと笑顔で小悪魔は紅茶を持ってこうとした。
「ああ、小悪魔。淹れかえるなら三つお願いできるかしら」
「三つですか?」
「ええ」
私の返事と同時に図書館の扉が開く。
どうやら例のツレない友人がきたようだ。
その友人は瀟洒な従者を従えて真っ直ぐこちらへ歩いてくる。
「ツレない友人、とはまたツレないねパチェ」
「あら、心の声が出てしまっていた様だわレミィ」
どうやら悪魔の耳は廊下だろうと難なく部屋の中の会話を聞き取れるらしい。
カップを持った小悪魔に替わり、悪魔が私のいるテーブルへと着く。
毎度の事ながら暇を持て余して私のところへきたらしい。
私としてもレミィといる時間は楽しいものだが、残念ながら今回のその時間は私のものではない。
そういえば、と話題を振りかけた彼女を制し、適当な理由を告げて退散してもらう。
「ちょっとこれから実験があるのよ。暇を潰すなら妹様のところにいってきなさい」
「なんだよ、ほんとにツレないな……。まあそういうことならまた今度にするか」
「ああそれと咲夜に少し手伝って貰いたいのだけれど、いいかしら」
「私ですか?」
「ん、別に構わないよ。あまり無茶な実験じゃなければね」
咲夜が許可を貰おうとしたのに先んじて、レミィはそう答えた。そしてそのまま彼女は踵を返し、軽く手を振りながら扉へと向かっていく。
彼女が扉を開けたところで、丁度すれ違うように小悪魔が戻ってきた。
ティーポットと、カップを三つ持っている小悪魔をレミィは横目で見る。
そんなレミィに軽く一礼をしてから小悪魔はこちらへとゆったり歩いてきた。
レミィはしばらく彼女を見ていたが、私の考えが解ったのか笑顔を浮かべながらパタパタと廊下を走っていった。
騒がしい足音が聞こえなくなるまで待ってから、私は咲夜と小悪魔に席に着くよう促した。
本人が承諾したとはいえ自身の主人をほうっている状況が心配なのだろう。恐る恐るといった感じで咲夜は椅子に座る。
小悪魔は三人分の紅茶をテーブルに用意してから、嬉しそうな顔で咲夜に続いて席に着いた。
それから少し間をおいて、咲夜は私に問いかけてきた。
「それで、今回はどんな実験をなさるんですか?」
「そうね……」
小悪魔の淹れた紅茶を一口飲み、閉じていた本を開きながら私は答えた。
「姉妹の絆を修復する実験、かしらね」
面白かったけど、
ところどころ話が飛んでて行間を読みまくらないといけないところが残念だなぁと思いました。
エターナルフォースなんちゃらとかだそうです
なるほど行間。次からもっと意識して書いてみますー