空虚さだけが、此処に残りました。
誰も答えてくれない、誰も姿を見せてくれない、誰も彼も居ない。
一人きりで見上げた空は、いつもいつも曇り空。
白に覆われて、世界はいつも泣いていました。
「ねぇ、どうしてないているの?」
私は問い掛けました。
ざぁざぁ降りしきる涙は、私の声を掻き消してしまいました。
ずっとずっと、繰り返すだけの毎日。
ずっとずっと、誰も答えてくれない毎日。
ずっと。
空は遠くに居るから、聞こえないんだ。
私はそう思って、周りを見渡します。
私の周りには、一面に鈴蘭が咲いています。
ふわりと薫る鈴蘭に、私は問い掛けます。
「ねぇ、どうしてあなたは...」
その時、思ったのです。
私は、どうして問い掛けをしようとしたのでしょう。
私は、一体何を聞きたいのでしょう。
分からないまま、じぃっと鈴蘭を眺めるだけです。
鈴蘭は、項垂れたままです。
空の涙を受けて、ずっとずっと耐え続けています。
きっと、鈴蘭は空の心が分かるのかもしれません。
私は分からないから、空が答えてくれないのかもしれません。
でも、何を分かれば良いのでしょうか。
どうして泣いているの?
どうして悲しい顔をしているの?
一辺倒な言葉を並べ立てても、空には届きません。
だから、空の涙を身に受けても、私は空を見上げて一人きり。
思いやる心なんて、どこにあるのでしょう。
私はいつも一人きり。
悲しいの?
楽しいの?
それすら私には分からないまま。
言葉として紡ぐことは出来るけれど、心として分かるのでしょうか。
「ねぇ...」
こんな些細な疑問にも、誰も答えてくれません。
一人きりで、ずっとずっと、考え続けるしかないのです。
空を見上げても、延々と泣き続けています。
周りを見渡しても、延々と耐え続けています。
声なき声を発しているのでしょうか。
いくら見続けても、私には分かりません。
分からないまま。
「ねぇ、あなたたちは、かなしいの?」
分からないまま。
答えなんて、誰も教えてくれない。
もしかすると、誰も分からないのかもしれません。
分からないから、みんな静かに揺れ動くだけなのかもしれません。
それでも、私は問い掛け続けます。
何を聞きたいのかなんて、よく分からないのに。
悲しいとか、楽しいとか、言葉としては知っていても、それがどういうものなのかなんて、分からない。
私は、メディスン・メランコリーは、気付けば此処に居たのだから。
気付けば、この鈴蘭の花畑の真ん中に居たのだから。
空を見上げて、一人きりだったのだから。
誰も居ない世界に、たった一人きりだったのだから。
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いつまでも、ずっと、此処に居るのはどうなのでしょうか。
そう思っても、私には行く場所も、居る場所もありません。
ずっと、ここで空と大地を眺めるだけが、私の一生なのかもしれません。
そういえば、私はどうして此処に居るのでしょう。
灰色の世界で、誰も居ない世界で、一人きりでした。
気付けば、街から街へと連れられて、最後は緑あふれる空の下。
周りには誰も居ない、周りにはタイヤとか、よく分からないゴミしかない、そんな世界。
そこに、私は居たはずなのに。
ごみごみとした、緑あふれるゴミ置き場。
それが、私が覚えていた最後の記憶でした。
いつの間にか、覚えてもいませんが、此処に居ました。
不思議なことです。
鈴蘭に囲まれて、雨に打たれるだけの、そんな世界。
ゴミに囲まれた緑の世界と、何ら変わりがありません。
どうして、こんな所に私は居たのでしょう。
そして、気付きました。
どうして私は動けるのでしょうか。
私は、ただの人形だったはずです。
空を見上げることも、周りを見渡すことも、今の私には出来るのです。
不思議なことですが、きっと、そういう世界なのでしょう。
「ふしぎな、せかいなのね」
口から声も出ました。
今までは、考えるだけで、言葉として紡ぎ出せるなんて無かったのに。
声として出すのは、面白い感覚です。
自然と声を出していたのに、それに気付きもしないで今に至っていました。
意識すれば、色々と出来るようになるのでしょうか?
私は、遠い記憶にある、人間の姿を思い描きました。
二つの足、二つの手。
それを上手く使って、人間は歩いていました。
私の体にも、二つの足に、二つの手が付いています。
上手く使えば、私も歩ける様になるのでしょうか?
「よい、しょっと...」
意識すれば、上手く立ち上がれました。
遠くまで見渡せる世界は、新鮮で、それでいてどこか怖くて。
座ったままの世界と違うのは、色が洪水の様にあふれていること。
遠くには緑もあるし、黄色もあるし、茶色だとか、水色だとか……。
見たことの無い、色々な世界が広がっていたのです。
「わぁ...!」
私は、自然と声を出していました。
これが、楽しいということなのでしょうか?
分からないのですが、自然と心がポカポカしてきます。
きっと、楽しいのでしょう。
初めて、私は目的を見つけました。
まだ見ぬ世界を、私は見てみたいのです。
そうすれば、私がここに居る理由も分かるかもしれません。
どうして空が泣いているのかも分かるかもしれません。
楽しいとか、悲しいとか、そういうことも、分かるかもしれません。
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「いち、に、いち、に...」
立つことは簡単でした。
けれど、歩くことはなかなかに難しいのでした。
何度も何度も、倒れては立って、倒れては……の繰り返し。
なんとか、ぎこちないながらも歩くことが出来るようになったのは、空がまぶたをとじた頃。
鈴蘭は、まだ頭をたれたまま。
空が涙を流し尽くしても、ずっとずっと俯いています。
悲しいのでしょうか、それとも違うのでしょうか。
今の私には分からないけれど、きっと、世界の隅々まで見て回れば、分かるようになるのでしょうか。
その時、ここに戻ってきたら、分かるのでしょうか。
「そのときは、きっとおしえてね」
鈴蘭に、そっと声を掛けました。
静かに揺れた気がしました。
もしかすると、私の言葉を分かってくれたのかもしれません。
空はまぶたをとじてしまったので、私は近くのものも見えません。
私のまぶたはひらいているのに、見えないまま。
けれど、空の遠くに、小さな光、大きな光、色々な光が見えます。
きっと、お星様が私を見ているのでしょう。
「てをのばしても、とどかない」
私がいくら伸ばしても、届かないお星様。
空虚な空間しか掴めない、そんな世界です。
いつの日にか、お星様とお話できる日も来るのでしょうか。
隅々まで歩いて、隅々まで探して、たくさんのことを学べば、もしかすると出来るのかもしれません。
分からないけれど、分かりたいのです。
動ける身体を誰かからもらえたのだから、動き回らないと損でしょう。
だから、私はいっぱい学びたいのです。
「いつか、いっしょにおはなししようね」
その時でした。
空の遠くから、一筋の光が流れてきました。
「きれい...」
お星様の涙なのでしょうか。
けれど、悲しい感じはしません。
むしろ、楽しい感じがします。
どうしてなのかは分からないけれど、お星様は悲しそうじゃないのです。
ゆっくりと立ち上がって、見上げます。
幾百もの軌跡は、ゆらり、ふらりと不定期に流れています。
一筋の涙は、空から落ちては黒に染まっていきます。
けれど、涙は次から次へとこぼれます。
淡い黄色、淡い青色、淡い赤色。
色とりどりの花畑、空のキャンパスを遊んでいます。
ずっと、ずっと。
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「じゃあ、いってくるね!」
鈴蘭の花と、空に向かって話します。
今日の空は、澄み渡る笑顔。
蒼く澄んだ心は、遠くの緑も青も、全てを美しくあるがままに見ています。
私は、ゆっくりと立ち上がります。
一歩一歩、大地を踏みしめて、まだ見ぬ世界へと旅立つのです。
私の目の前には、黄色い花畑。
その先には、緑のカーテン。
それを越えると、どうなっているのでしょうか。
「たのしみ、かも?」
胸が躍る心地。
新しい気分だけど、悪い気分じゃないのです。
ずっとずっと、先の先まで見たら、また戻ってきたい。
そして、鈴蘭とお話して、空ともお話しして、そして、お星様とも。
世界は広いんだから、きっと出来るよね?
無垢だから。
……ううむ、不思議な感じ。
私ではどう頭を捻っても、空をこう表現することは出来ないでしょう。
色の奔流も。
なにはともあれ、私の中でメディスンのキャラクタが固まった次第であります。