絶え間なく宴会の雰囲気に包まれているような幻想郷にあっても、やはり新年を迎えた祝賀会となればいつもとは勢いも変わってくる。何処に行っても年明けを楽しむ酒の香りが漂っているような、そんな和気藹々としためでたい風景があちらこちらで散見されていた。
それは三が日が過ぎた今でも変わりが無い。人も人あらざるものも皆分け隔て無く、そして絶え間ない笑いと共に酒宴を楽しみ続けていた。
しかし何事にも例外というものは存在する。この新春の幻想郷内においても、場違いな辛気くさい雰囲気を醸し出す箇所が確かにあった。
魔法の森近くにある道具屋、香霖堂。その軒下には、華やかな文字で大きく「新春大売り出し開催中!」と書かれた垂れ幕があった。しかし売り出し中と言うのはよいのだが、その玄関からは明らかに負の空気が漂っている。周りを全て黒く染め上げてしまうのではないかと伺えるほどの陰気な空気が。
正月の祝い空間に真っ向から喧嘩を売る道具屋。今その負の塊と化した香霖堂に、一直線に飛び込む黒い流れ星が一つあった。彼女のその『黒』は周囲を飲み込もうとする負の黒とは違い、確固たる個を持った、なにものにも染まらない事を示す『黒』だった。
「よう香霖! 元気に年越し出来たか? まぁこの空気を見る限り無理だったみたいだけどな!」
勢いそのまま店内へと乗り込む黒い流星、霧雨魔理沙。開口一番毒を吐くのは、周りを漂う毒に飲み込まれない為ではなく、これが彼女の素、そのままだからだ。
「フムン。君たちが神社で大晦日から三が日にかけて夜通し馬鹿騒ぎを続けてくれたお陰で、僕は静かな新春を過ごす事が出来て万々歳だったよ」
知り合いの悪態に対して、慣れた調子で言い返す香霖堂の主人、森近霖之助。しかしその目は、虚ろなままあらぬ方向を見詰め続けている。表情も、幽鬼と見間違えんばかりの陰湿なものだ。
そう、今年の博麗神社では、来るものは老若男女人妖問わず迎え入れるという大規模で、正月を祝う祝宴という名の飲み会を続けていた。その為かどうかは因果関係がはっきりしない為判らないが、店主自ら一念発起して新春大売り出しを行った香霖堂を訪れる客足は、ここ三日間で零という悲惨極まりない結果となっていた。これではいくら閑古鳥の鳴き声を聞き慣れている霖之助といえど、陰気の井戸の底に沈みたくもなるだろう。
「何しに来たんだい魔理沙。悪いが香霖堂は正月休みの真っ最中だよ」
自ら外に垂れ幕まで出しておきながら、そのような事を言ってのける霖之助。放っておけば塵と消えてしまうのではないかと思えるような危うさが、その言の葉には籠もっていた。
「全く、誰もお客が来なかったからって、そう不貞腐れるなよ。現にほら、稀代の美少女がこうやって店に来てるんだからさ」
そう言いつつクルリと一回転してみせる魔理沙。周囲の如何ともし難い陰気さを吹き飛ばす為か、朗らかな笑みを浮かべながら霖之助へと語りかける。
しかし霖之助はと言えば、とりつく島もないといった感じで自分の殻に閉じこもってしまっていた。
「別に。僕としては、正月という新しい時代の訪れを一人で厳かに楽しんでいるだけだ」
「判った判った、そう拗ねるな」
頑なな表情のままの霖之助に、魔理沙は根気よく言葉を投げかけ続ける。が、よく観察すると魔理沙の方も我慢の限界らしく、その手にはしっかりと握りしめられたミニ八卦炉の姿があった。これ以上霖之助が厳重な扉の向こうに引きこもり続けるというなら、扉もろとも吹っ飛ばしてしまおうといった算段だろう。
「拗ねている訳がない。拗ねる事など何もないのだから」
「はいはい。そういう事にしておいてやるよ」
面倒くさい相手と面倒なやり取りを重ねつつ、魔理沙は一つ決心を固める。
次の手がとっておきの切り札だ。それで駄目なら、綺麗さっぱり吹き飛ばして気分をさっぱりさせて帰ろう、と。
「まぁ、聞け香霖。ここに私が頂いてきたとっておきの酒があるんだがな」
何処に仕舞っておいたのか、魔理沙は洋酒の瓶を取り出す。ラベルには異国の文字が何やら記載されており、一見しただけで高級品と判る代物だ。
因みに彼女の言う「頂いた」と言うのは、読んで字の如く勝手に頂いてきたと言う事だ。恐らく何処かの洋館辺りがその被害者だろう。
「生憎、私は洋酒には詳しくないんでな。それで香霖、この酒に合う肴を知らないか。お前なら判ると思ってな」
魔理沙の切り札『お前なら判る』。他の誰でもない、霖之助という個人に向かって放たれた言葉。自らを頼るその殺し文句に射貫かれたのか、霖之助はその重い腰を漸く上げる。どことなくその表情が嬉しげなのは、きっと気のせいではないだろう。
「仕方が無いな魔理沙は。まぁいい、今年最初のお客様の頼みだ。僕自ら最高の肴を用意しようではないか」
いそいそと台所に向かい、あれやこれやと忙しげに動き回る霖之助。そんな甲斐甲斐しく動く霖之助を柔らかな目線で見詰めながら、魔理沙はポツリと呟く。
「……ちょろいな」
それは三が日が過ぎた今でも変わりが無い。人も人あらざるものも皆分け隔て無く、そして絶え間ない笑いと共に酒宴を楽しみ続けていた。
しかし何事にも例外というものは存在する。この新春の幻想郷内においても、場違いな辛気くさい雰囲気を醸し出す箇所が確かにあった。
魔法の森近くにある道具屋、香霖堂。その軒下には、華やかな文字で大きく「新春大売り出し開催中!」と書かれた垂れ幕があった。しかし売り出し中と言うのはよいのだが、その玄関からは明らかに負の空気が漂っている。周りを全て黒く染め上げてしまうのではないかと伺えるほどの陰気な空気が。
正月の祝い空間に真っ向から喧嘩を売る道具屋。今その負の塊と化した香霖堂に、一直線に飛び込む黒い流れ星が一つあった。彼女のその『黒』は周囲を飲み込もうとする負の黒とは違い、確固たる個を持った、なにものにも染まらない事を示す『黒』だった。
「よう香霖! 元気に年越し出来たか? まぁこの空気を見る限り無理だったみたいだけどな!」
勢いそのまま店内へと乗り込む黒い流星、霧雨魔理沙。開口一番毒を吐くのは、周りを漂う毒に飲み込まれない為ではなく、これが彼女の素、そのままだからだ。
「フムン。君たちが神社で大晦日から三が日にかけて夜通し馬鹿騒ぎを続けてくれたお陰で、僕は静かな新春を過ごす事が出来て万々歳だったよ」
知り合いの悪態に対して、慣れた調子で言い返す香霖堂の主人、森近霖之助。しかしその目は、虚ろなままあらぬ方向を見詰め続けている。表情も、幽鬼と見間違えんばかりの陰湿なものだ。
そう、今年の博麗神社では、来るものは老若男女人妖問わず迎え入れるという大規模で、正月を祝う祝宴という名の飲み会を続けていた。その為かどうかは因果関係がはっきりしない為判らないが、店主自ら一念発起して新春大売り出しを行った香霖堂を訪れる客足は、ここ三日間で零という悲惨極まりない結果となっていた。これではいくら閑古鳥の鳴き声を聞き慣れている霖之助といえど、陰気の井戸の底に沈みたくもなるだろう。
「何しに来たんだい魔理沙。悪いが香霖堂は正月休みの真っ最中だよ」
自ら外に垂れ幕まで出しておきながら、そのような事を言ってのける霖之助。放っておけば塵と消えてしまうのではないかと思えるような危うさが、その言の葉には籠もっていた。
「全く、誰もお客が来なかったからって、そう不貞腐れるなよ。現にほら、稀代の美少女がこうやって店に来てるんだからさ」
そう言いつつクルリと一回転してみせる魔理沙。周囲の如何ともし難い陰気さを吹き飛ばす為か、朗らかな笑みを浮かべながら霖之助へと語りかける。
しかし霖之助はと言えば、とりつく島もないといった感じで自分の殻に閉じこもってしまっていた。
「別に。僕としては、正月という新しい時代の訪れを一人で厳かに楽しんでいるだけだ」
「判った判った、そう拗ねるな」
頑なな表情のままの霖之助に、魔理沙は根気よく言葉を投げかけ続ける。が、よく観察すると魔理沙の方も我慢の限界らしく、その手にはしっかりと握りしめられたミニ八卦炉の姿があった。これ以上霖之助が厳重な扉の向こうに引きこもり続けるというなら、扉もろとも吹っ飛ばしてしまおうといった算段だろう。
「拗ねている訳がない。拗ねる事など何もないのだから」
「はいはい。そういう事にしておいてやるよ」
面倒くさい相手と面倒なやり取りを重ねつつ、魔理沙は一つ決心を固める。
次の手がとっておきの切り札だ。それで駄目なら、綺麗さっぱり吹き飛ばして気分をさっぱりさせて帰ろう、と。
「まぁ、聞け香霖。ここに私が頂いてきたとっておきの酒があるんだがな」
何処に仕舞っておいたのか、魔理沙は洋酒の瓶を取り出す。ラベルには異国の文字が何やら記載されており、一見しただけで高級品と判る代物だ。
因みに彼女の言う「頂いた」と言うのは、読んで字の如く勝手に頂いてきたと言う事だ。恐らく何処かの洋館辺りがその被害者だろう。
「生憎、私は洋酒には詳しくないんでな。それで香霖、この酒に合う肴を知らないか。お前なら判ると思ってな」
魔理沙の切り札『お前なら判る』。他の誰でもない、霖之助という個人に向かって放たれた言葉。自らを頼るその殺し文句に射貫かれたのか、霖之助はその重い腰を漸く上げる。どことなくその表情が嬉しげなのは、きっと気のせいではないだろう。
「仕方が無いな魔理沙は。まぁいい、今年最初のお客様の頼みだ。僕自ら最高の肴を用意しようではないか」
いそいそと台所に向かい、あれやこれやと忙しげに動き回る霖之助。そんな甲斐甲斐しく動く霖之助を柔らかな目線で見詰めながら、魔理沙はポツリと呟く。
「……ちょろいな」