「冬ですねぇ」
「空気が冷たくて、だけど澄んでいて、気持ちのいい朝ねぇ」
開いた障子の向こう。調えられた庭園を覆う白い綿帽子を眺めながらお茶をすする一羽のうさぎ(もしかしたら『一人』かもしれない)に返す、おっとりしたお医者さん。
「ねぇ、イナバに永琳。寒いから、そこ、閉めて欲しいんだけど」
「ああ、すいませ……」
「あらあら。いけませんよ、そんなことでは。
かつての歌人には、『冬はつとめて』を歌ったものがいるでしょう?
こうした、空気の澄んだ朝ほど、冬の空気を堪能することが出来て、それはそれはとても季節の味を……」
「ああ、清少納言? あれダメよ。ただの影羅だもの」
思わず、その場の全員が沈黙した。
この屋敷で一番、何よりも愛でられている姫様の言葉に、誰もが顔を見合わせる。
「世の中のありふれたものに対して、何とかかんとか帳尻あわせに言葉連ねてるのって、その場のものを受け入れるんじゃなくて、新しいものを見つけようとしてるってことでしょ?
本来見えないものを『見える』って、無理やりこじつけてる辺りがダメダメよね」
「……えーっと……」
あの、師匠。どのように、私は言葉をつなげればいいでしょうか。
……そうね、うどんげ。出来ないことは『出来ない』って素直に言うのも必要なのよ。
わかりました。
一瞬の間にアイコンタクトで意思疎通をした師弟は、とりあえず、話題を変えることにした。
「と、とりあえず、障子、閉めますね。風邪を引いたら大変ですし」
「永琳。蓬莱人って風邪を引くのかしら?」
「……どう……でしょうね」
普通は引かないんですけど、あなたの場合はわかりません。
内心で、思いっきり、お医者さんはつぶやいた。
とりあえず障子は閉められ、外から吹き込んでくる冷えた風はシャットアウトされる。
さてさて、と一同は卓について、それが当然とばかりにみかんに手を伸ばす。
「何だか退屈ね。
何か面白いこと、ないかしら?」
「それなら、もう季節は過ぎてしまいましたが、読書などいかがでしょうか。
先日、慧音さんから名作を借りてきまして」
これです、と取り出された本を見て、お姫様は言った。
「ああ、源氏物語……」
「結構、面白かったですよ。特に……」
「この紫式部ってのも、結構な腐女子だったしねぇ。
何、イナバ。あなた、こーいうエロ本が好きなの?」
またもや空気が固化した。
師匠。私はどのように反応を返したらいいんでしょうか。
うどんげ……たまには素直に、『わかりません、てへっ☆』でいいのよ。
わかりました、師匠。だけど『てへっ☆』はちょっと恥ずかしいので……。
あら、何を言ってるの。あなたはつきのうさぎなのだから、ツインテールセーラー服がデフォルトでしょ?
よくわかりません。っていうかわかりたくありません。
師弟の絆は、とても深いものである。
「自分の理想の美男子を作ってあれやこれやよ? こんなものを他人に勧めるなんて、あの知識人も大したことないわね。
竹取物語読みなさいよ、竹取物語」
「は、はあ……」
「ねぇ、永琳。何かない? 退屈だわ」
「……えっと、あの……。
で、では、そうですね……」
……ねぇ、うどんげ。何かない?
何もないですよ……。外で遊ぼうって言っても『寒いからやだ』って言うでしょうし……。
大人しく、ここでかるた遊びにでも興じてもらいましょうか……。
それはそれで『やだ』って言うと思いますよ。まだお正月じゃないわよ、とか何とか。
師弟の間に言葉はいらない。ただ、熱い視線さえあれば、それでいい。
「そいじゃあ皆さん、雪だるま作りなんていかがでしょうか!」
すぱーん、と障子を開けて現れる因幡の兎。
彼女に向かう二人の視線は、『よくやってくれたわ』『あとは頼んだからね、てゐ』という、実に他力本願なものだった。
「雪だるま?
へぇ、いいわね。たまには。そういうのも面白そうだわ」
『え!?』
「……何よ、永琳、イナバ。その『え』は」
「あ、いえ、えっと……」
「普段、寒いの嫌いの姫様が……いや、その、ごにょごにょ……」
「それは、子兎たちからのリクエストなのでしょう?」
「そういうことです。
この雪だから、子供は風の子元気な子、っていうことで」
「いいわね。
よし。永琳。雪だるま作りましょう」
――というわけで。
今日の竹林のお姫様の遊びは雪だるま作りになったようだった。
永遠亭の庭に集まった子兎たちは、全部で30羽ほど。
「みんな、どんな雪だるま作りたい?」
『おっきいの!』
お姫様――輝夜の言葉に、当然のごとく、元気な声で返事がなされた。
「じゃあ、頑張って作りましょう!」
音頭をとる輝夜が、早速、足下の雪を固め始めた。
それを『はい』と近くの子兎に渡す。
彼女は嬉しそうに、それをころころ転がしながら大きくしていく。
「てゐ。今日は、天気がいいけど寒いから、みんなが風邪を引かないように注意していてね」
「はいはい、わかってます、わかってますよ。ご心配なく。
この因幡てゐ、健康について語らせれば、それは一夜を数え――」
「じゃ、お願いね」
「……って、スルー!?
……腕を上げたわね、鈴仙・優曇華院・イナバ……さすが我が仇敵……」
「何やってるの」
「あいてっ」
輝夜から雪球ぶつけられ、てゐは呻いた。
そうこうしているうちに、子兎たちが転がしていた雪玉は、その大きさを直径50センチほどにまで巨大化させている。
「水は?」
「あ、はいはい。ただいま」
今日は天気がよく、寒い一日だ。
足下の雪はさらさらな状態であり、雪だるまを作るには向いていない状態である。
そのため、輝夜はてゐにたっぷりの水を用意させている。それを雪玉にかけて、雪を練り固めてから、さらに大きくしていこうと言う寸法だ。
「姫様、姫様! おっきくなった!」
「まだまだ。もっともっと大きくしましょうね」
すでにその大きさは子兎たちくらいにまでになっている。
彼女たちだけでは転がすのが難しくなってきていたため、輝夜が、その輪の中に加わった。
「何やってるんだ。お前達のお姫様は」
「何だかんだで、うちの姫様は子供好きなんだよ。楽しそうでしょ?」
「暇人にしか見えないんだがな」
「まあまあ、そういわずに。
暇人具合から言えば、おたくさまだって大したものじゃないのさ」
「お前らのところの客を増やしてやってる功労者に対して、またずいぶんな言い草だな」
いつの間にやら、てゐの後ろに特徴的な衣装の娘が立っていた。
彼女――妹紅は、『病院の方に、患者が何人かいったぞ』とてゐに言う。
てゐは、「それをやるのは、私じゃなくてお医者様だよ」と気軽に返した。
「ま、いいや。
それじゃ、私は……」
「とうっ」
「あだっ!?」
後ろから、ぱこーん、と雪玉をぶつけられて、妹紅が声を上げる。
振り向いた先には輝夜の姿。しかも、その手に持っている雪玉は、水をかけて固めたものだ。
「とーう」
「だっ!?
……輝夜、てめえ……」
「ふっふっふ。仇敵の前で背中を見せるなんて、甘いわね。もこたん。
今のが戦場なら、あなたはすでに二回死んでいるわ!」
「上等だ! 吼え面かかせてやる!
食らえっ!」
「甘いわね! そんな雪玉なんかが私に当たるはずぶっ!?」
「あっはっは! どうだ! 私の必殺『雪玉散弾』の味は!」
「やったわねぇ!」
子兎たちが雪だるまを作る傍らで、いい大人が全力での雪合戦開始である。
全くおとなげない光景だが、子兎たちが好き勝手に陣営に分かれ、彼女達に協力して雪合戦に加わっているのだから、『ま、いいか』とてゐはそれをスルーした。
「あんた達、そろそろ頭を作ったほうがいいよ」
「えー?」
「やだやだ! もっと大きくする!」
「そんなら、転がせる程度に大きくするんだよ」
「はーい!」
そこでちらりと隣を見れば、きゃっきゃとはしゃぐ子兎に混じって、全力で戦う大人の姿。
「やれやれ」
ひょいと、てゐは小さく肩をすくめたのだった。
「今日はずいぶん、表がにぎやかだな。永琳殿」
「はい。
今、姫と子兎たちで雪だるまを作っていまして」
「雪だるまか。それは楽しそうだ」
「そこに、妹紅が混じって雪合戦が始まってまして」
「ははは。あいつも童心を忘れていないということか」
『輝夜ー! 逃がすかぁぁぁぁぁぁぁ!』
『おーっほっほっほ! 不意打ち襟首雪詰めが効果的すぎたようねぶっ!?』
『秘奥義、顔面直撃だっ! どうだ、参ったか!』
『やるわね、もこたん! やはりあなたは、私の生涯のライバルだわ!』
『そりゃ光栄だ! あともこたんやめろ!』
「……おとなげもなさそうだが」
表から響いてくる声に、上白沢慧音の顔が引きつった。
彼女は妹紅の付き添いで、人里から病人をここに連れてきていた。帰ろうとしたところで、鈴仙から、『少し時間が出来ましたので、師匠とお話ししていってください』と引き止められたのだ。
「ですけれど、彼女たちが元気なおかげで、子兎たちも楽しそうです」
「まあ、そうですね」
「子供は風の子。冬だからといって、家の中にこもっているのはよくありませんから」
外で遊びまわってこそ、元気にもなります、ということらしかった。
彼女のような医者が言うと説得力も抜群だ。
慧音は『ははは』と笑いながら、ぽんと膝を打つ。
『あー! ちょっとお二人とも、障子を破くのはやめてくださいよー!』
『輝夜がよけるのが悪い!』
『もこたんがよけるのが悪いのよ!』
「……ちょっと失礼」
「あ、ああ……」
がらっ、ぴしゃっ。
とたとたとた……。
『ごめんなさい永琳さん私たち仲良くします周りに迷惑かけません』
……とたとたとた。
がらっ。ぴしゃっ。
「お待たせしました」
何してきたんだ、この人は。
顔を引きつらせる慧音は、しかし、聞かなかった。聞くと不幸になるような気がしたのだ。それもひしひしと。
相変わらず、永遠亭最強の名をほしいままにする女性である。
「慧音さんも、雪だるま作り、いかがですか? ずいぶん大きなものが出来上がっていましたよ」
「あ、ああ……こほん。
いや、まぁ、楽しそうではあるけれど、私は遠慮させてもらいます。実を言うと、この寒さで、少し体調を崩しているもので」
「あら、そうなんですか。
でしたら、よろしければ診療を受けていってくださいな。今日は患者さんも少ないですから、すぐに診てあげられますよ」
「でしたら、午後にでもお願いしよう」
「はい」
やはり健康が一番ですね、と永琳。
それについては全く同意であるため、慧音はうなずき、その場を辞した。
戻り際、縁側から外を見ると、やたら大人しくなった輝夜と妹紅が、子兎たちと一緒に雪合戦に興じ、雪だるま作りを手伝っている光景があった。
「永琳殿は、やはり、料理がお上手なのだな」
「うちで一番、料理がうまいのは師匠ですから」
今宵の夕飯は、窓から庭を眺めながらの食事となった。
その場に同席している慧音が、卓に並ぶ料理に目を見張る。それを、誇らしげに、鈴仙が解説した。
「それを他のうさぎ達に伝授してるんです。曰く、『お母さんの手料理が、子供にとっては一番なのよ』って」
「なるほど。
ところで、鈴仙殿はいかがなものかな?」
「あはは。私はまだまだですよ。せいぜい、永遠亭特製『月見定食』を作れるようになったレベルですね」
「……それはどういう定食なのだろうか」
まさか、生卵を割って落としただけじゃあるまいな。
慧音の質問に、なぜか鈴仙は答えなかった。
忙しく働いているうさぎ達に混じって、『それじゃ、私もお仕事ですから』と彼女は席を立つ。
「こら、待て! ちゃんと頭をふかないと風邪を引くぞ!」
「もこたん、そっちの子も捕まえて!」
「あ、ああ、わかった!
って、もこたんってのはやめろと言ってるだろう!
ああ、こら、そっちに行くな!」
何やら、廊下が騒がしい。
ひょいと顔を覗かせれば、妹紅と輝夜が、どたばたと、縦横無尽に駆け回る子兎たちを追いかけている光景があった。
彼女たちは、つい先ほどまで入浴時間を満喫していたのだ。どうやら、それと一緒にお風呂に入っていた子兎たちが逃げ出したらしい。
「うちは、今日は特別、にぎやかだよ」
「てゐ殿か。
にぎやかなのは嫌いか?」
「いんや、全然。むしろ、しんと静まり返った空気が嫌いだね」
手術の後とかさ、とてゐ。
それの意味することを悟って、そうだな、と慧音もうなずく。
「料理が出てくる前に、一杯、いかがです?」
「いや、やめておこう。それは品がないような気がする」
「おや、残念。
ところで、どうだい。あの雪だるま」
「見事だな」
庭の片隅に飾られた雪だるまは、大きさは2メートルほど。きりっと引き締まった顔つきの彼は、夜空を見上げている。
その側には、何羽もの雪兎たちが飾られていた。これは、子兎の母親たちが作ったものだ。
「みんな楽しんでいたようで何よりだよ」
「ここは、いつでもこんな風ににぎやかなのがいいのさ」
「そういう意味じゃないさ。
うちには入院してる患者もいるけどね。結構な数の患者は、みんな、毎日しけた顔してるんだよ。
ところが、今日は、表の子兎たちを見て、みんな楽しそうに笑ってたのさ」
子供ってのはすごいもんだね、とてゐは言う。
どんな神様にも、どんな超人的能力にも出来ないことが、子供には出来る。
今日はいい一日だったよ、と彼女は酒瓶に口をつけて、中身をラッパ飲みする。
「こら、てゐ! それ、みんなで飲むお酒じゃない!」
「いやいや、鈴仙様鈴仙様。これはお神酒でございます。お神酒は妖怪にとっては猛毒ゆえ、わたくしが毒見をしていたのでございます」
「そういう屁理屈はいいの! 返しなさい!」
「どーしよっかなー」
「こら、てゐっ!」
ぴょいこらぴょんと逃げ出すてゐを鈴仙が追いかける。
その後ろ姿に、「あら、二人とも。あんまりどたばたしちゃダメよ」と永琳が声をかける。
「……ったく。ようやく全員、捕まえた……」
「もこたんが怖い顔して追い回すからよ」
「お前が嫌がる子供たちの頭を無理に拭こうとするからだろう」
互いに丁々発止としたやり取りを繰り広げながら、輝夜と妹紅も戻ってくる。
そうして、鈴仙がてゐを捕まえて戻ってきたところで、卓の上に料理が出揃った。
「それでは、皆さん。今日も美味しく晩御飯を頂きましょう」
音頭をとる永琳にしたがって、『いただきまーす』と声が上がる。
今日のにぎやかな、その晩餐を、外から雪だるまが見守っていたのだった。
「空気が冷たくて、だけど澄んでいて、気持ちのいい朝ねぇ」
開いた障子の向こう。調えられた庭園を覆う白い綿帽子を眺めながらお茶をすする一羽のうさぎ(もしかしたら『一人』かもしれない)に返す、おっとりしたお医者さん。
「ねぇ、イナバに永琳。寒いから、そこ、閉めて欲しいんだけど」
「ああ、すいませ……」
「あらあら。いけませんよ、そんなことでは。
かつての歌人には、『冬はつとめて』を歌ったものがいるでしょう?
こうした、空気の澄んだ朝ほど、冬の空気を堪能することが出来て、それはそれはとても季節の味を……」
「ああ、清少納言? あれダメよ。ただの影羅だもの」
思わず、その場の全員が沈黙した。
この屋敷で一番、何よりも愛でられている姫様の言葉に、誰もが顔を見合わせる。
「世の中のありふれたものに対して、何とかかんとか帳尻あわせに言葉連ねてるのって、その場のものを受け入れるんじゃなくて、新しいものを見つけようとしてるってことでしょ?
本来見えないものを『見える』って、無理やりこじつけてる辺りがダメダメよね」
「……えーっと……」
あの、師匠。どのように、私は言葉をつなげればいいでしょうか。
……そうね、うどんげ。出来ないことは『出来ない』って素直に言うのも必要なのよ。
わかりました。
一瞬の間にアイコンタクトで意思疎通をした師弟は、とりあえず、話題を変えることにした。
「と、とりあえず、障子、閉めますね。風邪を引いたら大変ですし」
「永琳。蓬莱人って風邪を引くのかしら?」
「……どう……でしょうね」
普通は引かないんですけど、あなたの場合はわかりません。
内心で、思いっきり、お医者さんはつぶやいた。
とりあえず障子は閉められ、外から吹き込んでくる冷えた風はシャットアウトされる。
さてさて、と一同は卓について、それが当然とばかりにみかんに手を伸ばす。
「何だか退屈ね。
何か面白いこと、ないかしら?」
「それなら、もう季節は過ぎてしまいましたが、読書などいかがでしょうか。
先日、慧音さんから名作を借りてきまして」
これです、と取り出された本を見て、お姫様は言った。
「ああ、源氏物語……」
「結構、面白かったですよ。特に……」
「この紫式部ってのも、結構な腐女子だったしねぇ。
何、イナバ。あなた、こーいうエロ本が好きなの?」
またもや空気が固化した。
師匠。私はどのように反応を返したらいいんでしょうか。
うどんげ……たまには素直に、『わかりません、てへっ☆』でいいのよ。
わかりました、師匠。だけど『てへっ☆』はちょっと恥ずかしいので……。
あら、何を言ってるの。あなたはつきのうさぎなのだから、ツインテールセーラー服がデフォルトでしょ?
よくわかりません。っていうかわかりたくありません。
師弟の絆は、とても深いものである。
「自分の理想の美男子を作ってあれやこれやよ? こんなものを他人に勧めるなんて、あの知識人も大したことないわね。
竹取物語読みなさいよ、竹取物語」
「は、はあ……」
「ねぇ、永琳。何かない? 退屈だわ」
「……えっと、あの……。
で、では、そうですね……」
……ねぇ、うどんげ。何かない?
何もないですよ……。外で遊ぼうって言っても『寒いからやだ』って言うでしょうし……。
大人しく、ここでかるた遊びにでも興じてもらいましょうか……。
それはそれで『やだ』って言うと思いますよ。まだお正月じゃないわよ、とか何とか。
師弟の間に言葉はいらない。ただ、熱い視線さえあれば、それでいい。
「そいじゃあ皆さん、雪だるま作りなんていかがでしょうか!」
すぱーん、と障子を開けて現れる因幡の兎。
彼女に向かう二人の視線は、『よくやってくれたわ』『あとは頼んだからね、てゐ』という、実に他力本願なものだった。
「雪だるま?
へぇ、いいわね。たまには。そういうのも面白そうだわ」
『え!?』
「……何よ、永琳、イナバ。その『え』は」
「あ、いえ、えっと……」
「普段、寒いの嫌いの姫様が……いや、その、ごにょごにょ……」
「それは、子兎たちからのリクエストなのでしょう?」
「そういうことです。
この雪だから、子供は風の子元気な子、っていうことで」
「いいわね。
よし。永琳。雪だるま作りましょう」
――というわけで。
今日の竹林のお姫様の遊びは雪だるま作りになったようだった。
永遠亭の庭に集まった子兎たちは、全部で30羽ほど。
「みんな、どんな雪だるま作りたい?」
『おっきいの!』
お姫様――輝夜の言葉に、当然のごとく、元気な声で返事がなされた。
「じゃあ、頑張って作りましょう!」
音頭をとる輝夜が、早速、足下の雪を固め始めた。
それを『はい』と近くの子兎に渡す。
彼女は嬉しそうに、それをころころ転がしながら大きくしていく。
「てゐ。今日は、天気がいいけど寒いから、みんなが風邪を引かないように注意していてね」
「はいはい、わかってます、わかってますよ。ご心配なく。
この因幡てゐ、健康について語らせれば、それは一夜を数え――」
「じゃ、お願いね」
「……って、スルー!?
……腕を上げたわね、鈴仙・優曇華院・イナバ……さすが我が仇敵……」
「何やってるの」
「あいてっ」
輝夜から雪球ぶつけられ、てゐは呻いた。
そうこうしているうちに、子兎たちが転がしていた雪玉は、その大きさを直径50センチほどにまで巨大化させている。
「水は?」
「あ、はいはい。ただいま」
今日は天気がよく、寒い一日だ。
足下の雪はさらさらな状態であり、雪だるまを作るには向いていない状態である。
そのため、輝夜はてゐにたっぷりの水を用意させている。それを雪玉にかけて、雪を練り固めてから、さらに大きくしていこうと言う寸法だ。
「姫様、姫様! おっきくなった!」
「まだまだ。もっともっと大きくしましょうね」
すでにその大きさは子兎たちくらいにまでになっている。
彼女たちだけでは転がすのが難しくなってきていたため、輝夜が、その輪の中に加わった。
「何やってるんだ。お前達のお姫様は」
「何だかんだで、うちの姫様は子供好きなんだよ。楽しそうでしょ?」
「暇人にしか見えないんだがな」
「まあまあ、そういわずに。
暇人具合から言えば、おたくさまだって大したものじゃないのさ」
「お前らのところの客を増やしてやってる功労者に対して、またずいぶんな言い草だな」
いつの間にやら、てゐの後ろに特徴的な衣装の娘が立っていた。
彼女――妹紅は、『病院の方に、患者が何人かいったぞ』とてゐに言う。
てゐは、「それをやるのは、私じゃなくてお医者様だよ」と気軽に返した。
「ま、いいや。
それじゃ、私は……」
「とうっ」
「あだっ!?」
後ろから、ぱこーん、と雪玉をぶつけられて、妹紅が声を上げる。
振り向いた先には輝夜の姿。しかも、その手に持っている雪玉は、水をかけて固めたものだ。
「とーう」
「だっ!?
……輝夜、てめえ……」
「ふっふっふ。仇敵の前で背中を見せるなんて、甘いわね。もこたん。
今のが戦場なら、あなたはすでに二回死んでいるわ!」
「上等だ! 吼え面かかせてやる!
食らえっ!」
「甘いわね! そんな雪玉なんかが私に当たるはずぶっ!?」
「あっはっは! どうだ! 私の必殺『雪玉散弾』の味は!」
「やったわねぇ!」
子兎たちが雪だるまを作る傍らで、いい大人が全力での雪合戦開始である。
全くおとなげない光景だが、子兎たちが好き勝手に陣営に分かれ、彼女達に協力して雪合戦に加わっているのだから、『ま、いいか』とてゐはそれをスルーした。
「あんた達、そろそろ頭を作ったほうがいいよ」
「えー?」
「やだやだ! もっと大きくする!」
「そんなら、転がせる程度に大きくするんだよ」
「はーい!」
そこでちらりと隣を見れば、きゃっきゃとはしゃぐ子兎に混じって、全力で戦う大人の姿。
「やれやれ」
ひょいと、てゐは小さく肩をすくめたのだった。
「今日はずいぶん、表がにぎやかだな。永琳殿」
「はい。
今、姫と子兎たちで雪だるまを作っていまして」
「雪だるまか。それは楽しそうだ」
「そこに、妹紅が混じって雪合戦が始まってまして」
「ははは。あいつも童心を忘れていないということか」
『輝夜ー! 逃がすかぁぁぁぁぁぁぁ!』
『おーっほっほっほ! 不意打ち襟首雪詰めが効果的すぎたようねぶっ!?』
『秘奥義、顔面直撃だっ! どうだ、参ったか!』
『やるわね、もこたん! やはりあなたは、私の生涯のライバルだわ!』
『そりゃ光栄だ! あともこたんやめろ!』
「……おとなげもなさそうだが」
表から響いてくる声に、上白沢慧音の顔が引きつった。
彼女は妹紅の付き添いで、人里から病人をここに連れてきていた。帰ろうとしたところで、鈴仙から、『少し時間が出来ましたので、師匠とお話ししていってください』と引き止められたのだ。
「ですけれど、彼女たちが元気なおかげで、子兎たちも楽しそうです」
「まあ、そうですね」
「子供は風の子。冬だからといって、家の中にこもっているのはよくありませんから」
外で遊びまわってこそ、元気にもなります、ということらしかった。
彼女のような医者が言うと説得力も抜群だ。
慧音は『ははは』と笑いながら、ぽんと膝を打つ。
『あー! ちょっとお二人とも、障子を破くのはやめてくださいよー!』
『輝夜がよけるのが悪い!』
『もこたんがよけるのが悪いのよ!』
「……ちょっと失礼」
「あ、ああ……」
がらっ、ぴしゃっ。
とたとたとた……。
『ごめんなさい永琳さん私たち仲良くします周りに迷惑かけません』
……とたとたとた。
がらっ。ぴしゃっ。
「お待たせしました」
何してきたんだ、この人は。
顔を引きつらせる慧音は、しかし、聞かなかった。聞くと不幸になるような気がしたのだ。それもひしひしと。
相変わらず、永遠亭最強の名をほしいままにする女性である。
「慧音さんも、雪だるま作り、いかがですか? ずいぶん大きなものが出来上がっていましたよ」
「あ、ああ……こほん。
いや、まぁ、楽しそうではあるけれど、私は遠慮させてもらいます。実を言うと、この寒さで、少し体調を崩しているもので」
「あら、そうなんですか。
でしたら、よろしければ診療を受けていってくださいな。今日は患者さんも少ないですから、すぐに診てあげられますよ」
「でしたら、午後にでもお願いしよう」
「はい」
やはり健康が一番ですね、と永琳。
それについては全く同意であるため、慧音はうなずき、その場を辞した。
戻り際、縁側から外を見ると、やたら大人しくなった輝夜と妹紅が、子兎たちと一緒に雪合戦に興じ、雪だるま作りを手伝っている光景があった。
「永琳殿は、やはり、料理がお上手なのだな」
「うちで一番、料理がうまいのは師匠ですから」
今宵の夕飯は、窓から庭を眺めながらの食事となった。
その場に同席している慧音が、卓に並ぶ料理に目を見張る。それを、誇らしげに、鈴仙が解説した。
「それを他のうさぎ達に伝授してるんです。曰く、『お母さんの手料理が、子供にとっては一番なのよ』って」
「なるほど。
ところで、鈴仙殿はいかがなものかな?」
「あはは。私はまだまだですよ。せいぜい、永遠亭特製『月見定食』を作れるようになったレベルですね」
「……それはどういう定食なのだろうか」
まさか、生卵を割って落としただけじゃあるまいな。
慧音の質問に、なぜか鈴仙は答えなかった。
忙しく働いているうさぎ達に混じって、『それじゃ、私もお仕事ですから』と彼女は席を立つ。
「こら、待て! ちゃんと頭をふかないと風邪を引くぞ!」
「もこたん、そっちの子も捕まえて!」
「あ、ああ、わかった!
って、もこたんってのはやめろと言ってるだろう!
ああ、こら、そっちに行くな!」
何やら、廊下が騒がしい。
ひょいと顔を覗かせれば、妹紅と輝夜が、どたばたと、縦横無尽に駆け回る子兎たちを追いかけている光景があった。
彼女たちは、つい先ほどまで入浴時間を満喫していたのだ。どうやら、それと一緒にお風呂に入っていた子兎たちが逃げ出したらしい。
「うちは、今日は特別、にぎやかだよ」
「てゐ殿か。
にぎやかなのは嫌いか?」
「いんや、全然。むしろ、しんと静まり返った空気が嫌いだね」
手術の後とかさ、とてゐ。
それの意味することを悟って、そうだな、と慧音もうなずく。
「料理が出てくる前に、一杯、いかがです?」
「いや、やめておこう。それは品がないような気がする」
「おや、残念。
ところで、どうだい。あの雪だるま」
「見事だな」
庭の片隅に飾られた雪だるまは、大きさは2メートルほど。きりっと引き締まった顔つきの彼は、夜空を見上げている。
その側には、何羽もの雪兎たちが飾られていた。これは、子兎の母親たちが作ったものだ。
「みんな楽しんでいたようで何よりだよ」
「ここは、いつでもこんな風ににぎやかなのがいいのさ」
「そういう意味じゃないさ。
うちには入院してる患者もいるけどね。結構な数の患者は、みんな、毎日しけた顔してるんだよ。
ところが、今日は、表の子兎たちを見て、みんな楽しそうに笑ってたのさ」
子供ってのはすごいもんだね、とてゐは言う。
どんな神様にも、どんな超人的能力にも出来ないことが、子供には出来る。
今日はいい一日だったよ、と彼女は酒瓶に口をつけて、中身をラッパ飲みする。
「こら、てゐ! それ、みんなで飲むお酒じゃない!」
「いやいや、鈴仙様鈴仙様。これはお神酒でございます。お神酒は妖怪にとっては猛毒ゆえ、わたくしが毒見をしていたのでございます」
「そういう屁理屈はいいの! 返しなさい!」
「どーしよっかなー」
「こら、てゐっ!」
ぴょいこらぴょんと逃げ出すてゐを鈴仙が追いかける。
その後ろ姿に、「あら、二人とも。あんまりどたばたしちゃダメよ」と永琳が声をかける。
「……ったく。ようやく全員、捕まえた……」
「もこたんが怖い顔して追い回すからよ」
「お前が嫌がる子供たちの頭を無理に拭こうとするからだろう」
互いに丁々発止としたやり取りを繰り広げながら、輝夜と妹紅も戻ってくる。
そうして、鈴仙がてゐを捕まえて戻ってきたところで、卓の上に料理が出揃った。
「それでは、皆さん。今日も美味しく晩御飯を頂きましょう」
音頭をとる永琳にしたがって、『いただきまーす』と声が上がる。
今日のにぎやかな、その晩餐を、外から雪だるまが見守っていたのだった。
雪合戦とか懐かしいなぁ
いいですね東方雪合戦
普段と違い弾は地上で補給しなきゃいけないから苦戦する霊夢とかチームワークで奮闘するバカルテッドとか