「足が寒い」
それがどうして?
「……お前なあ」
ふうむ、とため息をつくけれど、あなたはそれ以上何も言わない。黙って手を伸ばし、みかんの皮を剥きはじめる。
その指の仕草はなんだか素敵。もしかしたらあなたの指をじっくりと見るのって、今が初めてかもしれないわね、これほど長い付き合いなのに。
そんな私に眉をひそめてあなたは言葉をかけてくれる。
「なんだよ、そんなにみかんをじろじろ見てさ」
うん、と私はうなずく。本当はみかんなんて見ていないけれど、あなたの言葉がなんだか今日は優しいから首を縦に振る。はあ、とあなたは小さく息をつく。
「ほら、半分わけてやる」
そして、あなたは皮を剥き終わったみかんの半分……よりひとかけら少ない方を私に渡す。私がケチね、と言うとあなたは
「剥いたのは私だ」
と言ってしれっとみかんを口に入れる。今度は私が小さくため息をついて、半分より小さいみかんを口に入れた。いつものように甘い。
「あのさ」
とあなたはぼんやり私を見て言う。
「もう一度言うけど、足が寒い」
ふうん、とだけ私は返す。私は別に寒くないし、あなたならどうにか暖かくすることができるでしょう? でもあなたはそんな考えを見透かしたように言う。
「面倒くさい。早くこたつの火鉢替えてくれよ」
どうしてそんなにあなたは面倒くさがるの? 私がやらなくて、あなたがやらなくて、そうしたら誰がこの灯火をつないでくれるの? 私にはそれがわからないから、こたつの中で足を素早く伸ばす。ぺしっ、と音がしてあなたは少し顔をしかめる。
「なんだよ」
私はぷう、と顔を膨らまし、こたつの上に顎をのせ、みかんの残りを口に放り込む。でも少しはあなたの考えることもわかっているの。だって火鉢の方がこたつとしていいものね。だから私はふっとあなたに微笑む。
「……変なやつ」
あなたはまたぽいっとみかんのかけらを口の中に入れる。
「なあ」
緑茶を少し啜って、あなたは私に問いかけてくれる。
「みかんがなくなったら、だよな?」
うん、と私は口に出して答える。かごの中にあと一個しかないわね、とも。
「まだ今すぐは食べない。でも、食べ終わったらさ、死ぬんだよな?」
あなたは小さく天井に向けて息をつく。
「不思議だ」
何が? 私は目でそう問いかける。
「死をここで迎えることが。このこたつの中でさ」
不思議でもないわ、と私はあなたに言う。
だって、こたつは素敵で完璧なところなのよ。赤斑点の布団とぬくもりのある木の板。その中に生ける灯火があって。足を暖めて、みかんを食べて、緑茶を啜って、ふっとここで眠ってしまって――殺し合いをして。ここで生きていけるからこそ、ここで死んでいけるの。
「なに言ってるんだよ」
あなたは鼻で笑って返す。
「火鉢とお茶を用意するのを、お前はあれほど面倒くさがるのにさ」
そうね、と私は笑った。でもそれさえなければ、やっぱりこたつは素敵な楽園なのよ。
「……違う、それがなければ楽園じゃあない」
あなたはふっと縁側の向こうに目を向ける。「楽園」か。忘れていた響きだよ、と懐かしい色に満ちる目。じっ、とくぐもった音が足元から這い出る。
「もう、どれくらい前のことなんだ?」
さあ、と私は言う。だって、私がそんなことを覚えていられるわけないでしょう? 私の前にある最後の一個がどれくらい前のものかなんて。
「まあ、お前のことだからそんなことだろうと思ったけどさ」
あなたは頭を軽く掻いて私に視線を送る。
「もし本当に覚えていたら教えてくれよ、あの頃がどれくらい前かって――」
それからあなたはそっと私に向き合ってくれる。
「なあ、輝夜?」
知らないわ、と私は小さくあなたにうなずく。
本当に知らないの。そういう嘘をあなたについたことはないわ。あなたを殺したいと思ったときだけよ。ねえ、それに気づいたことがある? 気づかないわよね? だって、今のが嘘なんだから。
「ややこしいよ」
あなたは頭を振って言う。
「お前のそういうところは、昔っから嫌いだ」
私だって、あなたのそういうところが昔っから嫌いだったわ。
「でもさ、お前が死ぬっていうなら、私も死ぬしかないよ。嫌いだからしょうがない」
そんな理由なの、と私がくすっと息だけで笑うと、あなたは私を睨んでくれる。
「じゃあ、お前にはもっと姫らしい答えがあるんだな?」
ええ、もちろん、と返す。あなたが疑わしそうに私を見つめるから、私もきちんと答えた。だって、月がなくなったら死ぬしかないじゃないの。
そう答えたあとの、あなたのぽかんとした顔。久しぶりに見た気がするわ。
「どこが姫らしいの?」
姫らしいわ、と反論する。自分の帰るべき場所がなくなったら死ぬなんて、これほど国を想う姫もそうはいないはずよ。
「ならさ……姫なら月を護る努力をしてもよかったんじゃないか?」
したわよ、と私はこたつの中で足を組み替えながら返す。でも、どうにもならなかったの、月の賢者だけでは。そこに私が加わっても、もう月がなくなってしまうことを止められなかったでしょうね……。
「あいつらがいれば、少しは変わったかな」
どうかしら。
「だって、そうだろう? あれだけの賢者が地上にもいたんだ」
でも、それも仮定の話でしかないの。だって、地上の賢者だって――。
「わかってるよ、もう言わなくていいよ」
そう……。
「今はお前と私と……永琳の三人だけ、それだけなんだ」
そう言ってあなたはあっ、と小さく漏らす。気づいたのね。
「そうだよ、あいつに訊けばよかったじゃないか。そうすれば何年前か知れたのに」
ああもう、とあなたは頭を掻く。
ああ、あなたの言葉はもしかしたら事実ではないかもしれない。本当はかの人がどこかで漂っていることだって、いえ、きっとそう――。でも私はそのことを口にしないであげる。そんな陳腐な事実よりも、私はあなたの言葉を大切にしたいもの。
やがて、あなたは息をついて、ぽつりとつぶやく。
「でも、今となっては本当にこたつしかないよ」
細かく言えばこたつとこの屋敷と緑茶とあとみかん一個ね、と私が言うと
「うるさいな、いちいち全部言うなよ」
とあなたは私を睨む。
「でもお前の言うとおり、それで全部で、それがお前のいう楽園なんだ」
そして、永遠に続く楽園。布団の下に眠る足がひやりとする。
「そこからお前がいなくなったら……私はもういいよ、死ぬしかないさ」
あなたはこたつの中にそっと手を入れて、それからじっと私を見る。ねえ、どうしてそんなに寂しそうな目をするの?
――しゅう。
「こたつの火が消えた」
わかっているわよ……そんなことくらい。
「火には永遠の力が使えないんだろう?」
……。
「火は燃える。燃えなければ火じゃあない。燃えることは……誰かを暖め、自分は死へ歩み寄ることなんだ。変わらないことはありえない」
なんだ……あなたもわかっていたの。私はあなたの瞳をじっと見つめる。
「だから誰かが火をくべる。その誰かさえいなくなったら、こたつは死を選ぶ。それはあの楽園だって、同じだったんだ」
ふざけないでよ……。私は少しうつむいてそっと手で太ももをさする。
あなたのその寂しい微笑、卑怯よ。ねえ、最後まで私を憎んでちょうだい。あなたは憎しみでしか生きてこれなかったんでしょう? 私を憎んで生きつづけてよ。
「それは無理だよ。だって、私は変わってしまったから。あの薬にまで頼って私が死にたい理由は、お前と――」
同じ、なのよね? 私が言葉を引き取ると、あなたはうん、とうなずいてくれた。私がそっと目元を拭おうとすると、あなたはまた外に目を逸らす。もう、そういうあなたが私は嫌いよ。嫌いだから、一緒に死にたいのよ。だって、そう――私だって、変わってしまったから。
私がずずっと洟を啜ると、あなたは私に目を戻して小さく笑う。
「じゃあ、私が最後のみかんを食べようかな」
あなたはそう言って冷えはじめたこたつの上にあるかごに手を伸ばそうとするのだけど、そうはさせない。私があなたの手をつかむと、あなたは不思議そうに私を見る。
「……なんだよ」
最後の一個は私のものよ。空いた手でみかんに手を伸ばそうとすると、今度はあなたが私の手首をつかむ。こたつに私とあなたが身を乗り出す形。
「お前な、このみかんは元々うちになってたんだ。だったら最後に食べるのは私だろう?」
あなたはそう言うけれど、永遠の力を使って腐らせないようにしていたのは私なのよ?
「どうしようもないわがまま姫だな、お前は……」
ぐぐ、とあなたは身を乗り出して私を押し倒そうとする。私はするりと下半身をこたつに忍ばせてあなたの足を蹴る。うぐっ、とあなたは呻いて一瞬本気で怒った顔を見せるのだけど、でもすぐに理解したように笑ってくれる。
「なんだ、そういうことか。なら上等だ。ちょうど火鉢も変えなきゃいけないしね」
ええ、そういうことよ。私はあなたににっこりと微笑んであげる。
ね? いいでしょう?
「じゃあ、やるか。最後のみかんと、火鉢を替えるのを賭けてさ」
忠実な従者には迷惑をかけるけど、いいわよね、最後のわがままくらい。私がそう言うと、あなたは苦笑いしつつもうなずく。そうして私は、もう一度足の甲をあなたのふくらはぎに叩きつけてあげる。あなたは私の腕をひねり上げようとありったけの力を込めてくれる。
どうして何もかもがこんなことになってしまったのか、私にはわからない。ひょっとしたら、あなたにならわかる? ……やっぱり、わからないかしらね、あなたのことだから。
でも私にもあなたにもわかることがひとつだけ。それは私とあなたが、これから沈黙のこたつで殺し合いをするということ。もう一度だけ、こたつを楽園にしてみせること。
火は燃えて、さようなら――それから、あなたに。
「ありがとう」
私はあなたを殺して色を残すことにする。それは楽園への最高の置き土産になるはずよ。
それはとても素敵なことだと、私は思うの。
「ああ、ありがとう」
ねえ、妹紅――あなたも、そう思うでしょう?
それがどうして?
「……お前なあ」
ふうむ、とため息をつくけれど、あなたはそれ以上何も言わない。黙って手を伸ばし、みかんの皮を剥きはじめる。
その指の仕草はなんだか素敵。もしかしたらあなたの指をじっくりと見るのって、今が初めてかもしれないわね、これほど長い付き合いなのに。
そんな私に眉をひそめてあなたは言葉をかけてくれる。
「なんだよ、そんなにみかんをじろじろ見てさ」
うん、と私はうなずく。本当はみかんなんて見ていないけれど、あなたの言葉がなんだか今日は優しいから首を縦に振る。はあ、とあなたは小さく息をつく。
「ほら、半分わけてやる」
そして、あなたは皮を剥き終わったみかんの半分……よりひとかけら少ない方を私に渡す。私がケチね、と言うとあなたは
「剥いたのは私だ」
と言ってしれっとみかんを口に入れる。今度は私が小さくため息をついて、半分より小さいみかんを口に入れた。いつものように甘い。
「あのさ」
とあなたはぼんやり私を見て言う。
「もう一度言うけど、足が寒い」
ふうん、とだけ私は返す。私は別に寒くないし、あなたならどうにか暖かくすることができるでしょう? でもあなたはそんな考えを見透かしたように言う。
「面倒くさい。早くこたつの火鉢替えてくれよ」
どうしてそんなにあなたは面倒くさがるの? 私がやらなくて、あなたがやらなくて、そうしたら誰がこの灯火をつないでくれるの? 私にはそれがわからないから、こたつの中で足を素早く伸ばす。ぺしっ、と音がしてあなたは少し顔をしかめる。
「なんだよ」
私はぷう、と顔を膨らまし、こたつの上に顎をのせ、みかんの残りを口に放り込む。でも少しはあなたの考えることもわかっているの。だって火鉢の方がこたつとしていいものね。だから私はふっとあなたに微笑む。
「……変なやつ」
あなたはまたぽいっとみかんのかけらを口の中に入れる。
「なあ」
緑茶を少し啜って、あなたは私に問いかけてくれる。
「みかんがなくなったら、だよな?」
うん、と私は口に出して答える。かごの中にあと一個しかないわね、とも。
「まだ今すぐは食べない。でも、食べ終わったらさ、死ぬんだよな?」
あなたは小さく天井に向けて息をつく。
「不思議だ」
何が? 私は目でそう問いかける。
「死をここで迎えることが。このこたつの中でさ」
不思議でもないわ、と私はあなたに言う。
だって、こたつは素敵で完璧なところなのよ。赤斑点の布団とぬくもりのある木の板。その中に生ける灯火があって。足を暖めて、みかんを食べて、緑茶を啜って、ふっとここで眠ってしまって――殺し合いをして。ここで生きていけるからこそ、ここで死んでいけるの。
「なに言ってるんだよ」
あなたは鼻で笑って返す。
「火鉢とお茶を用意するのを、お前はあれほど面倒くさがるのにさ」
そうね、と私は笑った。でもそれさえなければ、やっぱりこたつは素敵な楽園なのよ。
「……違う、それがなければ楽園じゃあない」
あなたはふっと縁側の向こうに目を向ける。「楽園」か。忘れていた響きだよ、と懐かしい色に満ちる目。じっ、とくぐもった音が足元から這い出る。
「もう、どれくらい前のことなんだ?」
さあ、と私は言う。だって、私がそんなことを覚えていられるわけないでしょう? 私の前にある最後の一個がどれくらい前のものかなんて。
「まあ、お前のことだからそんなことだろうと思ったけどさ」
あなたは頭を軽く掻いて私に視線を送る。
「もし本当に覚えていたら教えてくれよ、あの頃がどれくらい前かって――」
それからあなたはそっと私に向き合ってくれる。
「なあ、輝夜?」
知らないわ、と私は小さくあなたにうなずく。
本当に知らないの。そういう嘘をあなたについたことはないわ。あなたを殺したいと思ったときだけよ。ねえ、それに気づいたことがある? 気づかないわよね? だって、今のが嘘なんだから。
「ややこしいよ」
あなたは頭を振って言う。
「お前のそういうところは、昔っから嫌いだ」
私だって、あなたのそういうところが昔っから嫌いだったわ。
「でもさ、お前が死ぬっていうなら、私も死ぬしかないよ。嫌いだからしょうがない」
そんな理由なの、と私がくすっと息だけで笑うと、あなたは私を睨んでくれる。
「じゃあ、お前にはもっと姫らしい答えがあるんだな?」
ええ、もちろん、と返す。あなたが疑わしそうに私を見つめるから、私もきちんと答えた。だって、月がなくなったら死ぬしかないじゃないの。
そう答えたあとの、あなたのぽかんとした顔。久しぶりに見た気がするわ。
「どこが姫らしいの?」
姫らしいわ、と反論する。自分の帰るべき場所がなくなったら死ぬなんて、これほど国を想う姫もそうはいないはずよ。
「ならさ……姫なら月を護る努力をしてもよかったんじゃないか?」
したわよ、と私はこたつの中で足を組み替えながら返す。でも、どうにもならなかったの、月の賢者だけでは。そこに私が加わっても、もう月がなくなってしまうことを止められなかったでしょうね……。
「あいつらがいれば、少しは変わったかな」
どうかしら。
「だって、そうだろう? あれだけの賢者が地上にもいたんだ」
でも、それも仮定の話でしかないの。だって、地上の賢者だって――。
「わかってるよ、もう言わなくていいよ」
そう……。
「今はお前と私と……永琳の三人だけ、それだけなんだ」
そう言ってあなたはあっ、と小さく漏らす。気づいたのね。
「そうだよ、あいつに訊けばよかったじゃないか。そうすれば何年前か知れたのに」
ああもう、とあなたは頭を掻く。
ああ、あなたの言葉はもしかしたら事実ではないかもしれない。本当はかの人がどこかで漂っていることだって、いえ、きっとそう――。でも私はそのことを口にしないであげる。そんな陳腐な事実よりも、私はあなたの言葉を大切にしたいもの。
やがて、あなたは息をついて、ぽつりとつぶやく。
「でも、今となっては本当にこたつしかないよ」
細かく言えばこたつとこの屋敷と緑茶とあとみかん一個ね、と私が言うと
「うるさいな、いちいち全部言うなよ」
とあなたは私を睨む。
「でもお前の言うとおり、それで全部で、それがお前のいう楽園なんだ」
そして、永遠に続く楽園。布団の下に眠る足がひやりとする。
「そこからお前がいなくなったら……私はもういいよ、死ぬしかないさ」
あなたはこたつの中にそっと手を入れて、それからじっと私を見る。ねえ、どうしてそんなに寂しそうな目をするの?
――しゅう。
「こたつの火が消えた」
わかっているわよ……そんなことくらい。
「火には永遠の力が使えないんだろう?」
……。
「火は燃える。燃えなければ火じゃあない。燃えることは……誰かを暖め、自分は死へ歩み寄ることなんだ。変わらないことはありえない」
なんだ……あなたもわかっていたの。私はあなたの瞳をじっと見つめる。
「だから誰かが火をくべる。その誰かさえいなくなったら、こたつは死を選ぶ。それはあの楽園だって、同じだったんだ」
ふざけないでよ……。私は少しうつむいてそっと手で太ももをさする。
あなたのその寂しい微笑、卑怯よ。ねえ、最後まで私を憎んでちょうだい。あなたは憎しみでしか生きてこれなかったんでしょう? 私を憎んで生きつづけてよ。
「それは無理だよ。だって、私は変わってしまったから。あの薬にまで頼って私が死にたい理由は、お前と――」
同じ、なのよね? 私が言葉を引き取ると、あなたはうん、とうなずいてくれた。私がそっと目元を拭おうとすると、あなたはまた外に目を逸らす。もう、そういうあなたが私は嫌いよ。嫌いだから、一緒に死にたいのよ。だって、そう――私だって、変わってしまったから。
私がずずっと洟を啜ると、あなたは私に目を戻して小さく笑う。
「じゃあ、私が最後のみかんを食べようかな」
あなたはそう言って冷えはじめたこたつの上にあるかごに手を伸ばそうとするのだけど、そうはさせない。私があなたの手をつかむと、あなたは不思議そうに私を見る。
「……なんだよ」
最後の一個は私のものよ。空いた手でみかんに手を伸ばそうとすると、今度はあなたが私の手首をつかむ。こたつに私とあなたが身を乗り出す形。
「お前な、このみかんは元々うちになってたんだ。だったら最後に食べるのは私だろう?」
あなたはそう言うけれど、永遠の力を使って腐らせないようにしていたのは私なのよ?
「どうしようもないわがまま姫だな、お前は……」
ぐぐ、とあなたは身を乗り出して私を押し倒そうとする。私はするりと下半身をこたつに忍ばせてあなたの足を蹴る。うぐっ、とあなたは呻いて一瞬本気で怒った顔を見せるのだけど、でもすぐに理解したように笑ってくれる。
「なんだ、そういうことか。なら上等だ。ちょうど火鉢も変えなきゃいけないしね」
ええ、そういうことよ。私はあなたににっこりと微笑んであげる。
ね? いいでしょう?
「じゃあ、やるか。最後のみかんと、火鉢を替えるのを賭けてさ」
忠実な従者には迷惑をかけるけど、いいわよね、最後のわがままくらい。私がそう言うと、あなたは苦笑いしつつもうなずく。そうして私は、もう一度足の甲をあなたのふくらはぎに叩きつけてあげる。あなたは私の腕をひねり上げようとありったけの力を込めてくれる。
どうして何もかもがこんなことになってしまったのか、私にはわからない。ひょっとしたら、あなたにならわかる? ……やっぱり、わからないかしらね、あなたのことだから。
でも私にもあなたにもわかることがひとつだけ。それは私とあなたが、これから沈黙のこたつで殺し合いをするということ。もう一度だけ、こたつを楽園にしてみせること。
火は燃えて、さようなら――それから、あなたに。
「ありがとう」
私はあなたを殺して色を残すことにする。それは楽園への最高の置き土産になるはずよ。
それはとても素敵なことだと、私は思うの。
「ああ、ありがとう」
ねえ、妹紅――あなたも、そう思うでしょう?