Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

夢を悪い昼寝が夢で悪い夢の昼

2006/08/07 10:56:52
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 自慢できることではないけれど、僕には二十七人の妹と、十一人の姉と、三人と半分の母親がいた。そのうちの百八人は大洪水で死んでしまって、残りの百八パーセントは雷に打たれたから、残っているのは僕だけだということになる。家族がいなくなったことは悲しいけれど、家族がいたときにも悲しいことはあったので、結局、僕は悲しいのか悲しくないのか、自分でもよく分かっていない。よく分からないことが、少しだけ悲しいと思えた。
「泣いてるの? ばっかみたい」
 と、小さな悪魔が言った。耳のあたりから羽の生えた、可愛らしいドレスを着た悪魔だった。ドレスが可愛いのか、悪魔が可愛いのか悩むが、答えはなかなかでなかった。
「泣けばすむと思ってるのが甘いのよね。水分欠乏症で死んだら?」
 小悪魔は嘲るような目で僕を見た。実際、嘲っていたのだろう。彼女は悪魔で、僕は悪魔ではない。小悪魔が僕を嘲ってもおかしくはないのだ。おかしくはないけれど、可笑しかったので、僕は思わず声に出して笑ってしまった。ひゃはははは、あはははは、自分の笑い声が小悪魔の口から流れ出る。拡声器みたいだった。
「泣いて笑って。次は怒るの?」
 魅惑的な視線で見てくる小悪魔。その首を、僕はちょきんと切り取ってあげた。机の上に置いてあった本の上に、小悪魔の生首をちょこんと置く。うん、可愛い。やっぱりドレスも可愛いけれど、小悪魔自体が可愛かった。生首だけになっても、小悪魔は可愛い。
「あーあ。身体が取れちゃった。首だけってきついのよ? 息するたびに喉の血管がね、ぐちょぐちょ音をならして、本に繋がった神経が古びていくの。あんたもやってみる?」
 にやにや笑う小悪魔。僕が謹んでお断りします、と言うと、「それは残念ね。本当に残念だわ。あーあ、残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念ね」と言って、小悪魔はげらげらげらげらと笑った。笑う小悪魔が可愛かったので、その頭を撫でてやると、小悪魔はにっこりと微笑んでくれた。
「知ってる? 頭だけになって物を食べるとね、栄養が全部脳に行くから、賢くなれるのよ」
 氷精ならば信じそうな言葉だった。僕は信じていなかったけれど、小悪魔の口ぶりが可愛らしかったので、自分の指を小悪魔の口の中に入れてみた。妙に生暖かい。唾液が指先に絡まってぬるりという感触がある。優しい蛭が指を這う感触。ぬちゅり、にゅるり、きゅぽん。舌が蜂の字を描くように、燕の字を描くように指先に絡まってくる。温かいを通り越して熱いを通り越して眠い。指が溶けて六本になったような気がした。
「ん……はい、おしまい。でも、あんたの指なんて食べてあげない」
 口から引き抜いたら、指はきちんと七十七本ついていた。一本も減っていない。そのことが残念でたまらなかった。一本といわず二本といわず、すべて彼女に食べてほしかったのに。生首だけの彼女に無理矢理食べさせようかと思ったけれど、心苦しいのでできなかった。やっぱり、無理矢理な愛情はよくない。平和的な愛が全てを救って壊して何もかもの価値を平等にしてくれる。赤い共産主義と緑の狸だ。緑色の狸は、きっと妖怪の仲間に違いない。
「ねえ、どこかに行かないの?」
 ぱち、ぱちと瞬きしながら小悪魔が言う。僕がどこに行きたい、と聞くと、彼女は「月に行きたい」と答えた。だから僕は月にいった。ここは月である。死体を埋めるために掘った穴がたくさんある、墓だらけの月面。墓以外には何もない世界。六分の一の密度で出来た無酸素空間。太陽から降り注ぐ七色可視光線が僕の脳髄に侵入して「ここは月だぞ」と叫んでいる。
「ほら、地球が見えるわよ。何色?」
 彼女の頭から生えた羽が、遠い果てにある地球を指し示す。僕は正直に、地球は夢色だねと答えると、小悪魔はけたけたと笑った。笑いすぎて歯が擦り切れたけれど、一秒後には全て生え変わっていた。とすると、小悪魔はまだ乳幼児だったのかもしれない。ならミルクを飲ませないと。月面に落ちていた蛇口に小悪魔の首を突っ込んで、喉側から逆さにミルクを注ぎ込んでやる。蛇口を捻ると、小悪魔の目といわず鼻といわず口といわず、喉から注ぎ込まれたミルクが逆流して、穴という穴から白濁液が噴出した。なにかの芸みたいだったので、僕は思わず拍手をする。両手を離してしまったので、小悪魔の首は月面に落ちて、ボールみたいに弾んで空へと飛んでいった。急いで追いかけて捕まえると、小悪魔はひとしきりむせて、
「ミルクは嫌いだわ。白いもの。青いミルクだったら、飲んでもいいかもしれないわ」
 そういって首を左右に振い、脳に詰まったミルクを全て取り出した。宇宙空間にばらまかれたミルクは一瞬で結晶になって、そこから生まれた生命がアンダロス空域の彼方へと飛んでいく。新しい人間が生まれたに違いない。今日と言う記念すべき日を、僕と小悪魔はワルツを踊りながら喜んだ。ワルツ、ワルツ、ワルツ。三三七拍子でステップを踏んで、月から地球へと戻ってくる。夢色の地球は青くなく赤くなく、どちらかといえば環太平洋地帯が七色に発光していた。プラトニウムを過剰摂取したせいだろう。
「カバはワニより強いのよ。だって画数が多いでしょ?」
 小悪魔の言葉に、もっともだと思ったので僕は素直に頷いた。でも彼女の理屈で言えば、カバよりも小悪魔の方がずっとずっと強いに違いない。そしてきっと、小悪魔よりも僕の方が、さらに強いのだろう。どれくらい強いのかというと、一秒間に一秒時間を進めるくらいに。時間を操る人だって、そんなことはできやしない。なにせ一秒あたりに一秒だ。エントロピーは無限に増大し、幸福数値はニューグリッド曲線を描きながらマイナスへと堕ちていく。誰も彼もが堕ちていく。落下しながら堕落する。僕も彼女も。
「寂しいの?」
 小悪魔の問いに、僕は正直に答える。はい、その通りです。畳針を使って取り出した心臓が羽毛よりも重いせいで僕は誰とも付き合えないのです。月蝕の日に空を見上げると額の中に沸いた蛆虫が僕に向かってここはどこだと訊いてくるので、ふと寂しくなってしまうんだ。
 そう云うと小悪魔は、「私は悪魔よ」と言って笑った。僕は笑わず小悪魔にキスをした。血の味がしたので、きっと彼女は血で出来ているに違いない。ワインのように素敵な味だった。
「キスはスキだわ。わだキスはスキ? スキトキメキキス?」
 よく分からなかったので、生きてますよと答えると、小悪魔はらららーらららーるるらーりーらーらららーりるれろーらりーららるーららーと唄い出した。ハミングするように遠き山に日は落ちてを唄うと、なんだか本当に寂しくなってしまった。
「帰るの?」
 小悪魔の言葉に、僕はうん、と頷いて、彼女をぺろりと食べた。首から上だけだったので、おなか一杯にはならなかったけれど、幸せ一杯にはなった。
 小悪魔の味がした。
「夢は楽しい?」
 振り返ると紫色の生命体がいた。生命体はぐにょぐにょと触手を揺らしながら、海底の底から蘇ってきたところだった。彼女は僕の母親なので、甘えたかったけれど、少し気恥ずかしくてそんなことは言えなかった。代わりに、うん、とだけ頷く。
 僕の世界には彼女しかいないけれど、でもきっと彼女の僕の夢の中にしかいないので、きっと僕は一人だけなのだろう。昔はいっぱいいた気もする。でも、その昔も、きっと夢の中のことなんだろう。全部全部夢に違いない。僕はずっとずっとお昼寝していて、長い長い夢を見ていて、まだその夢から醒めていないのだろう。
 それでも構わなかった。
 夢から醒めても、きっとまた夢がある。
 なら僕はずっとお昼寝をしていたい。
 そう言うと、紫色の怪物である母親は寂しそうに笑って、
「それでも構わないわ。私はずっと、貴方を見守るだけ。全てを受け入れるだけ。だって――
 私は貴方を愛してるもの / 私は幻想郷を愛しているもの」
 と、ステレオ音声で言ってくれた。
 ちょっとだけ嬉しかったので、僕は彼女をぺろりと食べた。おいしかったけれど、誰もいなくなった。
 明日は誰と遊ぼうかな。




 三十分ほど前にいきなり昼寝でSSを書けと言った某人に乾杯。ただしワインは血液だ。

 小悪魔可愛いよ。
サイ娘倶楽部
コメント



1.名無し妖怪削除
難しくてわかりません(><)
2.名無し妖怪削除
夢をそのままに貼り付けたような、そんな感慨
3.つくし削除
これはいい夢ですね。エロスらしき何かを感じました。