Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

あかくておおきなおやしき

2006/08/05 23:50:30
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*暗い系です。グロ、という程ではないですがそういう系が絶対に嫌と言う方も気合避け推奨です。





















――お嬢様、紅茶を淹れましたのでどうぞ。

――お褒めに預かり、恐縮です。

――え、今日も一緒に寝るんですか? ふふ、お嬢様は甘えん坊ですね。




 館に響く、楽しそうなメイドの声。
 そこは一匹のメイドによって完璧に管理されている。



 その館は紅魔館と呼ばれていた。










 人間である以上、寿命と言うモノは必ずやってくる。それがどういう形であれ。

「なんとかならないの?」
「私じゃ手の施しようがないわ」

 やる事はたくさんあると言うのに、お嬢様からの命令で私はしぶしぶベッドに横たわっていた。少しでも多くお嬢様の為に働くのが私の楽しみだというのに。

「あの、お嬢様。そろそろ仕事に戻ってもよろしいでしょうか?」
「ダメ。絶対ダメよ。ちゃんと安静にしてなさい」
「はぁ。しかしそれではメイド長として示しが・・・」
「これは命令よ。私の命令が聞けないって言うの?」
「いえ、そんな事は決して」

 そう言われ続けて既に4日目。
 私の寿命は既に尽きかけているそうだ。永遠亭の薬師のお墨付きを頂いた私の病状は、もって一ヶ月。

「兎に角、治療法が見つかるまで休む事。いいわね?」
「しかし・・・いえ、判りました」

 お嬢様に睨まれ、私は仕方なく引き下がる事にした。後で時間を止めてこっそりと働く事にしよう。

「咲夜」
「なんでしょうか、パチュリー様」
「時を止める能力は、文字通り寿命を縮めるわよ?」

 どうやらパチュリー様にはお見通しだったようだ。ここは我慢してお嬢様にマフラーでも編む事にしよう。

「それじゃあ、お大事にね」
「咲夜、ちゃんと休まなきゃダメよ」
「はい。お二人に時間をとらせてしまい、申し訳ありません」

 私の言葉に、2人は顔を見合わせて苦笑する。一体何が面白かったのだろう?
 誰もいなくなった部屋で、ごろん、とベッドに寝転がる。暇だ。死ぬまでこのままなんて耐え切れそうにない。あぁ、働きたい。



 それから一週間経っても事態はまったく変わらなかった。
 お嬢様は働かせてくれないし、美鈴に頼んだ毛糸と編み棒は届かないし。あぁ、暇だ。

「咲夜さん、こんにちは」
「こんにちは美鈴。で、持ってきてくれた?」
「この部屋に入る時、護衛の人に取り上げられちゃいました」

 美鈴の言うとおり、この部屋の前には交代で2人の護衛が立っている。私は護衛など立てる必要性はないと進言したのだが、お嬢様はそれを聞き入れてくださらなかった。
 私を快く思っていない者や、メイド長の座を狙う者は、少数だが存在する。もちろんそんな輩に負ける気はないが、時間を操作せずに勝つのは難しいだろう。それゆえの措置だと言うのは理解出来る。しかし、納得は出来なかった。

「お嬢様も意地悪ね」
「あはは。別に意地悪でやってる訳じゃないと思いますけどね」

 毎日来てくれる美鈴。ずっと暇な私にとって、彼女の来訪はとても嬉しい事なのだ。

「あ、そういえばこれ」
「ん、何かしら?」

 手渡されたのは、花束だった。美鈴が背中に隠していたとはいえ、気づかなかったのが不思議なくらいそれは大きかった。

「これは?」
「魔理沙達からです」

 美鈴の話によると、パチュリー様から事情を聞いた魔理沙が、皆に言いふらしたらしい。面会はお嬢様が断固として断ったので、せめて花束だけでもという事になったんだそうだ。

「悪いわね、気を使わせちゃって」
「咲夜さんは病人なんですから、気にせずゆっくり休んでください」

 ゆっくり休む。
 美鈴の言葉を反芻し、私はその意味を考える。

「休む、ね」
「そうですよ。ちゃんと休んで、ちゃんと治してください」
「・・・」

 私の病気が治る確率は、現在0である。当然、美鈴もそれを知っている。パチュリー様がどうにか出来ないかと研究しているという話は美鈴から聞いているが、どう考えても時間が足りないだろう。

「そんな事より、私は働きたいわ。もう、暇で暇で」
「はは。咲夜さんは普段から働きすぎですから、休みすぎくらいが丁度いいんですよ」

 私の言葉はいつも美鈴によって軽くあしらわれてしまう。美鈴って意外と口達者だったのね。前は反論する前にナイフを刺してたから気づかなかったわ。

コンコン

「どうぞ」

ガチャ

 扉を開けると、そこにはお嬢様の姿があった。朝にも一度いらっしゃったので、本日二度目の来訪になる。

「咲夜、ちょっと出かけない?」
「はい。では、日傘をお持ちしますね」
「お願いね」

 ひさしぶりの労働に、私は柄にもなくはしゃいでしまいそうだった。手も足もきちんと動く事を確認してから、私はゆっくりと立ち上がる。
 メイド服に着替え、日傘を手に取り、お嬢様の横へと立つ。全てを時間を止めずに行ったのは、能力の使用を禁止されているからだ。

「じゃあ、行くわよ」
「はい」
「いってらっしゃい。気をつけてくださいね」

 美鈴に見送られ、私とお嬢様はゆっくりと歩き出した。









 咲夜の好きな所へ。
 行き先をそう指定された私は、湖とは反対方向にある川の畔へと来ていた。川に近づこうとしないお嬢様を見て、私は内心ほくそ笑んだ。ふふ、ささやかなお返しですよ?

「ねぇ、咲夜」
「はい、なんでしょう?」
「太陽にあたるって、どんな気分?」

 お嬢様の唐突な質問。それはいつもの事であり、でも少しだけ何時もと違う調子で私に届いた。

「そうですね・・・清々しい、と言いますか。気持ちいいですよ」
「そっか」

 吸血鬼にとって、陽光は身を焼く炎にも等しい。故にお嬢様が私と同じ感覚を共有する事は、まず不可能だ。普段のお嬢様であれば、そのギャップを楽しそうに受け止めるのだが。

「咲夜は人間。だから私より早く死ぬのも当然、か」
「その通りです」

 私は一ヶ月と経たない内に死に至るだろう。それは運命の糸を操るお嬢様であっても変えられない運命(さだめ)。

「・・・水が綺麗ね」
「そうですね」

 お嬢様は恐る恐る水辺に近づき、その水面を覗き込んでいた。落ちたら大怪我ではすまないと言うのに。

「ねぇ、咲夜。もう一度だけ聞かせて」
「はい」

 お嬢様は水面を見つめたまま、たっぷり十秒ほど間を開けてから、静かに口を開いた。

「私の眷属になる気はない?」
「ありません」

 私は即答した。
 お嬢様はそのままの姿勢で「・・・そう」とだけ呟き、口を閉ざした。理由を問う事なく。
 以前、眷属になるかと問われた時。そして蓬莱の薬を飲んで永遠に私に仕えないかと問われた時。私はそのどちらにも、普通の人間であり続けると、故に否だと答えを返してきた。
 でも、本当は単に怖かっただけ。お嬢様が欲したのは、人間・十六夜咲夜であり、人間と言う脆弱な種族の割りに使えるからとお傍に置いて頂いているのだ。ならば、私が人間でなくなったら、お嬢様はどうするだろう?

「お嬢様、私も1つ聞いてよろしいでしょうか?」
「・・・何よ」

 微動だにしないお嬢様。水面の景色がよほど気に入ったのか、或いは私の顔を見たくないのか。

「お嬢様は何故、私を眷属にしようと思ったのですか?」
「・・・それは」

 仕える、と言っても幾つもの種類がある。
 美鈴のように門を任される者。一般のメイドのように館で働く者。私の様にお嬢様の傍に控えて直接お世話をする者。他にもいろいろな仕え方がある。その中にはほとんどお嬢様と顔を会わせる事のない者もいる。
 永遠に仕えないか。お嬢様のお傍に永遠に置いてくれる、と言う意味であろう事は容易に予想出来た。でも、確信は出来なかった。いや、信じ切れなかった。

「その方が面白そうだと思ったからよ」
「そうですか」

 そう、それがお嬢様にとって全て。ならばもっと面白そうな事に、相手に出会ってしまえば、私は何時か捨てられてしまうのではないだろうか。そんな疑念を払いきれなかった。
 私は、弱い。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 沈黙が流れた。その永遠とも思える長い沈黙の中で、私はふとある事に気づいた。
 お嬢様の頭がふらふらと揺れている。もしかすると、流水に酔ったのかもしれない。

 声をかけようとして、私は更に別の事に気づく。
 川。昼間。太陽。そして懐には銀のナイフ。

 瞬間、私は能力を展開させていた。

「なっ!?」

 時が動き出した瞬間、お嬢様は驚愕の声を上げた。
 それはそうだろう。心の臓に銀のナイフを差し込まれ、後ろから抱きかかえられながら川に落とされそうになっているのだから。

「くっ」

 油断していたお嬢様は、既に川の上。必死に浮こうとするが、どうやら上手くいかないらしい。歪んだお顔が流水の呪いの効果を如実に物語っている。
 心中。しかも突発的な。

「ぐっ、くはっ」

 お嬢様の手から開放された日傘が宙を舞い、陽光に晒される。
 私は必死にお嬢様に抱きついた。体中に仕込んだナイフが、きっと私達を川底へと誘ってくれるだろうと信じて。

 薄れ行く意識の中、私は昔の事を思い出していた。紅魔館で唯一、銀製の武器を持つ事を許された時の事を。
 当時、それはお嬢様からの挑発であり、現在は私への信用でもあった。銀のナイフを持たせる事で、自分を殺せる可能性を預ける事でお嬢様は私に信用を、いえ、信頼を示してくれていたのだ。
 後悔しても遅かった。私はそのナイフでお嬢様を刺し殺し、同時に彼女の信頼も殺したのだ。

 裏切り者は地獄行き。悪魔もきっと地獄行き。だったら向こうでどんな罰を受けようとも、お嬢様に許しを請おう。例え、許される日が永遠にこなくとも。










 目が覚めると、そこは見慣れた部屋だった。

「起きたようね」
「・・・ここは?」
「紅魔館よ」

 私の質問に即座に返答を返してくれたのはパチュリー様。どうやら私は助かったらしい。

「どうして?」
「美鈴が拾ってきたのよ」

 パチュリー様の言葉を最後に、部屋はしんと静まり返ってしまう。
 尋ねなければならない事がある。でも、尋ねる事が出来ない。

コンコン

「はい」
「失礼します」

ガチャ

 静寂を破ったのは小悪魔だった。
 彼女はすまなさそう表情のまま、パチュリーへと視線を向けている。

「えっと」
「かまわないわ」
「はい」

 しきりに私を気にする小悪魔に、パチュリー様が次の言葉を促す。お嬢様の事だ、と私は直感した。

「レミリア様の気配は幻想郷のどこにもありませんでした」
「そう」
「・・・え?」

 脆弱な人間である私が生き残ったと言うのに、吸血鬼であるお嬢様が消滅?
 ありえないアリエナイアリエナイ。

「咲夜、レミィに何をしたの?」
「・・・・・・」

 混乱する思考をなんとか鎮め、私は記憶を辿る。
 心臓に銀のナイフを刺し、流水に落とし、陽光を浴びせた。
 吸血鬼が消滅させる方法に、心の臓に白木の杭を打つと言う方法があるが、そんな生ぬるいレベルの行動ではなかった。消滅しても不思議ではない。

「1つ、確実に言える事があるわ。レミィは陽光を浴びた」

 パチュリー様の言葉は私の耳には、いや、心には届かなかった。既に私の心はお嬢様の事でいっぱいだったのだから。

「何故私がそう判断したか。咲夜、判る?」

 どうしよう? いや、問題はない。元々心中するつもりで殺したのだ。ならば私が今すぐ死ねばいいのだ。病の身とは言え、ナイフを握る力くらいは残っている。

「吸血鬼は、陽光を浴びると気化する」

 幸いナイフは手元にある。これで手首でも切れば今すぐ死ねる。そうだ、今すぐ死のう。死ね。そして今すぐにお嬢様の後を追わなければ。

「そしてそれを吸った人間は、永遠の命を得る」

ザクッ

 私の腕からドクドクと血が流れ出す。しかし、痛みはごく小さいものだった。しかも血の勢いはすぐに弱くなり、見る見るうちに傷口が塞がってしまう。

「な、何で?」
「気化した吸血鬼は、云わば天然の蓬莱の薬。咲夜、貴方は気化したレミィを吸い込んだわね? しかも大量に」

ザクッ、ザクッ、ザクッ。グザグザグチャッ、グリュ

「・・・その様子じゃ、心中でも企んで失敗したってとこかしら」

 涙をぼろぼろと零しながら、壊れたように己の腕を刺し続ける。止め処なく血は流れているのに、なんで私は死ねないの?

「あははははははははは」

 私は狂ったように笑い続けた。
 これが裏切り者に相応しい末路と言うものなの?

「・・・悪魔を殺した人間もまた悪魔になる、か。人間は妖怪を退治するだけって言う紅白の言葉も、あながち嘘じゃないって事かしら」










 ここは紅魔館と呼ばれていた場所。
 そこには昔、レミリア・スカーレットと言う吸血鬼と彼女を慕う者達が住んでいた。

 パチュリー・ノーレッジは「親友を殺した相手と一緒に住む趣味はないわ」と言って館を去った。
 フランドール・スカーレットは「私はお姉さまの代わりじゃない!」と叫んで館を飛び出した。
 最後まで残っていた紅美鈴も「咲夜さんのバカ! 弱虫!」という言葉を最後に姿を見せなくなった。




――おはようございます、お嬢様。本日のお召し物はこちらでよろしかったでしょうか?

――お嬢様、お食事の用意が出来ました。

――ふふ。お嬢様、お上手ですわ。



 今日もまた、館からは楽しそうなメイドの声が聞えてくる。
 そこを管理しているのは、ただ一匹のメイドのみ。



 その館の名前を呼ぶ者は、もういない。
まず最初に、鬱でバッドエンドな話にも関わらず呼んでくださった方に感謝。
いや、元々はもっと明るい話になる予定だったんですよ? 本当ですよ?

折角書いたから投稿しましたが、酷評が怖いです。いえ、覚悟の上です。
今度は出来るだけ楽しい話を書くように心がけますので、平にご容赦を。
あさ
コメント



1.名無し妖怪削除
こんな結末もありだけど、ありだけど認めぬわぁ!
紅魔館のほのぼの話を書くことを決意
2.名前を喰われた人削除
そう…、か。
こう言う結末も有り得る、か……。

はてさて、永遠に死ぬ事が出来無くなった壊れたメイド…
こんな結末は彼女に取って、BadendかHappyendか………

果たして一体、どちらでしょうね?
3.名無し妖怪削除
こういうのをなんと言うんだったか。
ああそうか、『滑稽』っていうんだ。
裏切りの末路が『酷刑』で狂った姿は『滑稽』。
でもそれがいいのかもねー。
4.名無し妖怪削除
いいなぁこれ。重いけどすんなり読めた
5.あさ削除
感想ありがとうございます。
なんとも形容しがたい内容ですが、受け入れてもらえて一安心です。
また思いついたら似た事をやるかもしれません。その時もまたよろしく願いします。
6.SETH削除
これはこれでアリでしょう なけるーー