トンテンカンテン
「あーもう、何で姫の私が日曜大工をしなきゃならないのよ」
「うっしあ!誰のせいで私の家が壊れたと思ってるのよ!」
「妹紅のせいでしょ。後、うっしあって何ようっしあって。日本語使いなさい」
トンテンカンテン
「釘」
「はい。あ、ちょっとそこのカンナ取って」
「ほらよ」
─ 今回は関係ありません ─
~ ふろむ 博麗神社 ~
太陽が容赦無く照らし付ける。
幻想郷は、これでもかと言うほどに夏だった。
そしてここ、博麗神社の居住地区の居間。
博麗 霊夢は死んでいた。いや、本当に死んではいないが。
「あ……あつ……死……」
机に突っ伏しながら、霊夢は呟く。
その顔からは、汗がタラタラと流れ出ている。
雨戸やフスマ等、開けられるものは全て開いているのだが、吊るされた風鈴は音を出さない。
幻想郷最強の人間とも言われる事もある霊夢は今、暑さに負けようとしていた。
「あ゛ーもう、夏だってのに何でこんなに暑いのよぉー」
その問いに答えるものは居ない。居たとしても「夏だからじゃない?」という答えくらいしか帰って来ないだろう。
ちなみに、香霖堂の壁に掛けられている温度計は38℃の辺りまで赤い液体が上昇している。
「チルノあたりでも来ないかな……」
あまりの暑さに本音が漏れる。
この時期、氷を操れると言う事は天国を操ると言っても過言では無い。
しかも、本人自体が冷たいとなるとそれはもう激しい争奪戦が巻き起こる。
直、今年のチルノ争奪戦は3vs3のチーム戦での殴りあいの末、各妖連合が地味で堅実な攻めを見せて勝ち取った。
今頃は一緒に誤った知識を覚えたり、蛍を眺めたり、屋台を手伝ったりしているだろう。
「まぁこういう時に限って誰も来ないってのは分かってるんだけどねぇ」
風の噂で、知り合い達はそれぞれ思い思いの夏を満喫しているらしい。
咲夜、妖夢、鈴仙の従者トリオは休暇を貰って温泉旅行に行ったと聞くし、
藍、橙の式神コンビは何処かへとキャンプへ、
紫は魔理沙だとか文だとか幽々子だとかその他諸々と一緒に「ちょっと海まで行ってくるから、後よろしく♪」みたいなことを言っていた。
霊夢は「私も連れて行け」と思ったが、流石に大結界の管理者が二人とも居なくなるのはマズイので自重した。
輝夜は妹紅の所に転がり込んでいる。傍から見れば泊り込みで殺し合いしているようにしか見えない。
まぁ、そんな訳で現在この幻想郷の実力者の方々は揃いに揃って夏を謳歌していた。
「ほんと、人が暇を持て余しつつやる気を失っているってのにねぇ」
そう言いながら、霊夢は机から畳にべちょりと転がり落ちる。
そのまま畳の上の冷たい所を求めてゴロゴロ。
たれいむ、もとい、ダレいむ。そう呼ぶに相応しい状態だった。
ゴロゴロ
ゴロゴロ
ゴロゴロ
「……何をやっているのよ何を」
唐突に、外から声が掛けられる。
霊夢がその方向を見ると、そこにはアリス・マーガトロイドが立っていた。
「メッサーラとドッゴーラの戦闘における、ボリノークサマーンの活動限界について考えていたのよ」
「訳が分からないわよ。ドッゴーラだけ時代違うし」
「分かってるじゃないのよ」
「偶然よ」
そう言いながらアリスは縁側に腰掛ける。風鈴はやっぱり鳴らなかった。
霊夢がモゾモゾと蠢きながら、湯呑みにお茶を注ぐ。
「ほら、あつーいお茶よ」
「ご親切にどうも。お礼に魔界のオジギソウでもプレゼントしようかしら?」
「いらないわよ。涼も取れないような草なんて」
「背後を取られると随分と冷えるわよ?主に肝が」
「肝より体を冷やして欲しいわ」
アリスが一口お茶を啜る。
ふと、霊夢は気が付いた。
「アンタ、確か久々に魔界に帰省するみたいな事言ってなかった?」
「ええ、それなんだけどね……」
~ 魔界 ~
「いきなり帰ってきたら、皆ビックリするかな。ふふっ」
アリスは驚いた家族の顔を想像しながら、軽く笑う。
随分と長い間帰っていなかったのだから、それはもう驚いて当たり前だろう。
そうこうしている間に、魔界へのゲートが見えてきた。
「サラお姉ちゃんタダイマー。久々に帰ってき……あれ?」
ゲートを潜ったアリスの周りには、誰も居なかった。
「……上海、今の時間は?」
「シャハーイガ、14時26分ヲオシラセスルヨー」
「……ご飯時とか、オヤツ時って訳でも無いわよねぇ」
自分の記憶が正しければ、自分の姉の一人がこのゲートの管理をしているはずである。
「とりあえず、お母さんの所に行って見ましょうか」
アリスは母の居るであろう宮殿へ向け、空を飛んだ。
「お母さーん、ルイズお姉ちゃーん、夢子お姉ちゃーん、ただいまー」
アリスの声が宮殿の中に木霊する。
しかし、誰の声も返ってくることは無かった。
「マイお姉ちゃーん、ユキお姉ちゃーん、サラお姉ちゃーん、誰も居ないのー?」
もう一度声を張り上げる。答えは返ってこなかった。
「クスン、クスン」
何でだれもいないの?え、何これ。子供に対する新手のイジメ?魔界から旅立った小鳥には帰る巣はねーよって奴?アレですか、末っ子はやっぱり損をするて奴ですか?いやいや上海、こう見えても私は蝶よ花よとまではいかないけれど結構満足に育てられたりとかしてるわよ?ええほんとお下がりとかそういうの無かったし、お母さん意外と裁縫上手だったし。そういえばお母さんって一切浮いた話が無いのよね。母性って奴なのかしら?いやまぁ神に言い寄る男ってのもある意味凄いわよね、駄目な意味で。自分の身分考えろっつーかほんと。ああでもやっぱりこれは逆ドッキリを私が仕掛けられたって事も有り得るわよね?お母さーん、私十分ドッキリしたから早く出てきてー。
そんな感じの事をアリスが考えていると、何処からか泣き声の様なものが聞こえてくる。
空耳かしらと、耳をかっぽじってよーく聞いてみる。
「クスン、何で私だけ置いてけぼりなのー」
空耳ではない、誰かの泣き声が確かに聞こえた。
アリスは自分の耳を頼りに、泣き声を辿って歩いていく。
出た所は、家族で食事を取る時に使っている食堂。見てみると、誰かが椅子の一つに座って泣いていた。
テーブルの上には、白いリボンが結ばれた黒い帽子が一つ。
「ユキお姉ちゃん?」
「え、誰?」
目を擦りながら、ユキはアリスの方を向く。
「私よ私、アリスよ。どうしたのよ、一人で泣いちゃって」
「……これ」
そう言いながら、ユキは一枚の紙を差し出す。
『ユキちゃんへ
暫く皆で幻想郷へ行楽に行ってきます
お留守番はお願するわね。
お母さんより』
「うあ、すれ違い……」
「クスン、丁度この時、召喚されてて居なかったの」
「ご愁傷様?」
深い溜め息と共に、考え込むアリス。
母どころか、家族はほとんど出払っているため帰省に来た意味は無い。
目の前には、一人置いてけぼりを食らって肩を落として落ち込んでいる姉。
そんな姉を見て、アリスの頭に一つの考えが浮かんだ。
「よし、ユキお姉ちゃん、一緒に幻想郷へ行きましょう」
「え?」
突然の言葉に、呆気に取られるユキ。
そんなユキを尻目に、アリスは一人でブツブツ呟きながら「うん、そう、そうよね」と、勝手に何かに納得している。
「で、でも流石に皆が魔界を空けちゃマズイんじゃ……」
「ほら、早く着替えとか色々準備して!」
「え、ちょ、魔界はどうするのよ」
「少しくらい大丈夫よ」
「でも」
「いいからいいから」
「……以上、説明終わり」
「へぇー、あいつ等も来てたのね」
そう言いながら、お茶を飲み干す霊夢。
何時の間にか転がるのを止め、アリスと一緒に縁側でお茶を飲んでいた。
「それでなんだけど、幻想郷って魔界に無いものばかりなのよね」
「そう、それで?」
アリスが空になった湯呑みを置く。
「ユキお姉ちゃんの観光ガイドをおねが「面倒」速過ぎるわよ断るの」
「ただでさえ暑くてやる気出ないのに、そんな面倒くさいことやってられないわ」
「そう」
アリスはそう言うと立ち上がり、何処かへと向かっていき、ある場所で立ち止まる。
その目の前には、年中スッカラカンの賽銭箱が。
ピクリと霊夢が反応を示す。それを見たアリスは、おもむろに懐から財布を出し、二枚のお札を中に入れる。
賽銭箱の中に吸い込まれたのを確認してから、再び霊夢の居る縁側へと戻ってきた。
「どういう風の吹き回しよ。アンタがお賽銭を入れるなんて」
霊夢はゆっくりとお茶に口をつける。
「今、二万円ほど入れたわ」
「ぶー!!高額!!」
お茶は盛大に噴出され、地面の染みとなっていく。
噴出した本人は、気管に少々入ったのか咽ていた。
「確か一万円から好きにして良いって言ってたわよね?」
「げほっげほっ、た、確かに言ったけど」
「それじゃあ二日分。お願いできるかしら、素敵な巫女さん?」
霊夢もまさかここまでされるとは夢にも思わなかっただろう。
しかし、自ら公言していたのだ。約束を破るわけにも行かない。
一つ溜め息を付くと、霊夢は覚悟を決めた。
「分かったわよ。ただ、明日からにしてもらうわよ」
「構わないわ。どうせお母さん達もまだ帰らないだろうし」
軽く風が吹き、二人の肌を撫でていく。
ようやく風鈴が、チリンと一回音を鳴らした。
そんな博麗神社の、非日常。
音速が速すぎw