晴れのち雨。激しい夕立にご注意ください。
不気味な森の近くにある、古い小屋。私はその扉をゆっくりと開いた。
「あぁ、もう」
夕立に降られた私は、偶然見つけたこの小屋で雨宿りしようと避難してきた。
明かりのない、暗い小屋に入ると、びしょ濡れの服を片手で摘みながら、静かに扉を閉めました。
――チルノちゃん、大丈夫かなぁ。
遊び相手の顔を思い浮かべる。今の私はきっと暗い顔をしている事だろう。
かくれんぼの鬼役である私は、少しだけ不安と罪悪感を感じていました。
――私が探すの、待ってるんだろうなぁ。
私は大妖精と呼ばれるくらいには力がある。しかし友人である氷精は別格であり、私など足元にも及ばないほどの力がある。
そんな彼女にとって、雨などと言うモノは能力を容易に発現する為の媒介に過ぎず、障害にも苦にもならない。私と違って。
――気持ち悪いな。
服が濡れ、体に張り付いている。
少し考えた後、私は周りを見渡した。周りにはよくわからない物がたくさん積んである。
――大丈夫、だよね?
四角い箱、丸い箱。立てかけられている長い棒。小さな人形、大きな人形。その他にも言葉では表しきれないようなさまざまな物が所狭しと並べられている。
ぐるりと周りを見回し、辺りを確認した私はゆっくりとその衣服へと手を伸ばし、脱ぎ始めた。さすがに裸になるのは抵抗があったので、キャミソールとドロワーズはそのままで。
ギュウ
脱いだ服を端から順番に絞り、徐々に水気を抜いていく。ある程度の水気が取れた時点で、それを近くの箱の上へと広げた。
続いてドロワーズを絞り始めるが、着たままではとてもやり辛く、あまり水気はとれていない。それに顔をしかめつつも、私はある程度水気が取れた時点で諦め、絞るの止めた。
ぶるっ、猫のように髪の水気を振り払い、近くにある木箱へと腰掛ける。
あられもない姿ではあるが、遊び疲れと雨に降られてしまった疲れが相まって、私はしばらくぼぅっとしてしまいました。
カタン
小屋の奥から聞えた物音に、私はびくりとしてそちらを向いた。そこには1人の男性の姿。
今、自分がどんな格好をしているのかを思い出し、カッ、と赤くなるのが自分でも判る。頬はもちろん、露出している肌全てが赤く染まっている事だろう。それ程に恥ずかしかった。
妖精にも羞恥心はある。恥ずかしすぎて気が動転してしまった私は、服を着る事も肌を隠す事も忘れて男を睨みつけた。そして彼もまた、こちらを見つめている。
「――っ!」
声にならない悲鳴をあげ、泣きそうになりながらも厳しい目つきで彼を睨みつける。
しかし彼は動じるどころか、私の視線を気にする事なくこちらを見続けている。
みられている。
それも、じっくりと。観察するかのように。
「きゃぁぁぁ」
「・・・え?」
バキッ
ガッシャーン、ドカドカガラガラガーン、コロンコロン。
私の必殺技、転移落下式上段蹴りが男の顔面に炸裂した瞬間だった。
「す、すいません」
勢い良く頭を下げる彼女は既に服を着ており、頭にはタオルが乗せられている。
そして彼女に謝罪されている男は、体中傷だらけだった。その原因は、大妖精の放った蹴りと、崩れた品物の数々だった。
「その、なんとお詫びしてよいか」
「いや、これは僕が悪かった。てっきり人形か何かだと思ってね」
彼の話によれば、ここは彼が経営する古道具屋の物置なのだそうだ。
そして彼は探し物の途中で夕立に降られ、仕方なく横になって時間を潰していたのだと言う。
「暗闇では物が見えない方がいるとは思いもよらず・・・」
「僕も寝起きだったとは言え、そちらをぼぅっと見てたからね。下着姿をじっと見られたら、気が動転するのも当然だよ」
種族が違えば能力も違う。それは当然の事であり、それによって誤解が生じる事は珍しくない。男はそう言葉を続け、大妖精をフォローする。
しかし、客観的に見れば悪いのは大妖精の方であるように思えた。
彼は暗闇の中では視界を確保する事が出来ない。しかも目が悪く、仮に十分な明かりがあっても眼鏡をかけていなければその姿を捉える事は出来ないのだ。
更にここは彼の小屋であり、大妖精は無断で入って来て勝手に雨宿りをしていた、言わば不法侵入者。
もちろん下着姿をじっと見ていた男にも非はあるだろうが、それも突き詰めれば大妖精の確認不足、注意不足であるとも言えなくはない。
「まぁ、大した怪我ではなさそうだし。気にしなくていいよ」
「本当にすいませんでした」
先程よりも更に勢い良く頭を下げる大妖精。その姿に苦笑しながら、男は手に取った眼鏡をかけ、彼女へと視線を向ける。
夕立は去り、雲の切れ間からは太陽が顔を覗かせている。その光が扉の隙間から漏れ、男の目に彼女の姿に映し出させる。
「ふむ。本当に人形みたいに可愛らしいな」
「え?」
男の言葉に、今度は違う種類の羞恥が彼女を襲う。そして頬、耳、更にはノースリーブのワンピースから露出している二の腕まで真っ赤になってしまった。
「そ、その。恥ずかしいです」
「ん?」
ただ感じたままに感想を述べただけのつもりだった男は、彼女の反応に訝しげな表情を浮かべ、次の瞬間には急いで視線を逸らした。
まだ少しだけ透けている服を見て、それを見られている事への羞恥だと勘違いしたらしい。
「で、雨は止んだようだけど。君はどうする?」
「あ、その。お友達が待っていると思うので」
そういいながらも、彼女はその場を動こうとしなかった。
許可なくに相手の領域に踏み込み、勘違いで怪我までさせてしまった。なのに笑って許してくれた。それに体を拭く物まで貸してくれた。そんな感謝と罪悪感が入り混じった思いが彼女をここに留まらせていた。
一方、男の方もこの状況に罪悪感を感じており、少女を1人置いていく事に抵抗を覚えていた。つくづくお人好しな男である。
「「あの」」
同時に声をかけ合う2人。
その声は綺麗に揃い、完璧なハーモニーを奏でた。
「あの、そちらからどうぞ」
「いや、君の方からで構わないよ」
「いえ、でも」
なんともベタな展開を繰り広げる2人は、しばらくの間そうやって譲り合いとも言えない押し付け合いを続けていた。
どちらも明確な話題などなく、沈黙に耐えかねて苦し紛れに話しかけてしまったのだから、その光景はある意味滑稽と言えるだろう。
「はぁ。とりあえず外に出ないかい?」
「え? あ、はい。そうですね」
外では夕陽が差し始めており、そのおかげで多少は明るくなっているが、窓すらない小屋の中は基本的に薄暗い。そんな中では、気も滅入ってしまう。だから碌な話題が思いつかないのだ。
男はそう考えながら彼女を扉の方へと促した。最悪、天気か彼女の格好に関する話題でも振ろうとも考えながら。
そんな男の心配も、扉を開けた大妖精の声により杞憂に終わった。
「わぁ」
「ん? ・・・ほぅ」
空を見上げて呆ける、男と大妖精。2人はそこに広がる光景に、等しく心を奪われていた。
「虹、綺麗ですね」
「夕焼けもね」
夕焼けに染まった空に掛かる虹の橋。
雨上がりに虹が出る事は珍しくない。夕焼けに関してはほぼ毎日見ることが出来るだろう。
しかし目の前にあるのは、昼と夜の隙間と雨と晴れの隙間が偶然に重なった、ほんの一瞬しか見る事が出来ない風景。
「あは。なんだかちょっと得した気分です」
「そうだね。滅多に見られるものじゃないね」
並んで空を見つめる2人は、お互いに笑顔を浮かべ始める。そうして2人はしばらくの間、とても楽しそうにその光景を眺めていた。
しかし数分もしないうちに日は沈んでしまい、空には月の時間が訪れる。
「終わっちゃいましたね」
「そうだね」
刹那の幻のように消えてしまった風景。
閃光のように、瞬く間に消えてしまうからこそ更に美しいく感じるのだと思うのは、単なる感傷だろうか?
「大ちゃ~ん」
「あ、チルノちゃん」
夜空に響く可愛らしい声。声の主はその声に負けず劣らずに可愛らしく、子供っぽい妖精。
「もう暗くなったから帰ろ!」
「えっと、でも」
次の瞬間には大妖精の隣へと降り立っていた彼女は、まだ遊び足りないのか元気いっぱいだ。
大妖精の方はと言うと、おろおろと男と友人の顔を交互に見比べていた。
「お友達が迎えに来たみたいだね」
「あ、はい」
「じゃあ、僕はこの辺で」
「あ、その」
男はあえて大妖精の言葉を無視して歩き出す。
困った顔の大妖精もまた、友人に腕をひかれ、逆方向へと歩き出していた。
数日後、男はいつも通りに店で本を読んでいた。
「ちぃーっす。邪魔するぜー」
「いらっしゃい、魔理沙」
魔理沙と呼ばれた少女は、遠慮の欠片もない様子でずかずかと店内へと入ってくる。
大またで歩くその姿は、年頃の少女とは思えない程豪快だ。
「なんか面白い物ないか?」
「ないよ」
男は本に目を落としたままでそう答え、魔理沙を一瞥もせずに読書を続ける。
「ちっ。しけてるな。って、なんだこれ?」
魔理沙が手に取ったのは、1つの赤い石。いや、宝石だった。
「ふぅん。ここにあるって事は、普通の宝石じゃないんだろ?」
「ん? って、それはダメだぞ、魔理沙」
やっと顔を上げた男は、慌てて赤い宝石を取り返す。魔理沙が「ケチ」と言っているが、男はそれを無視して宝石を元の場所へと収めなおした。
「それ、なんて宝石なんだ?」
「ルビーだよ」
魔理沙は「ふ~ん」と答えながらも、ルビーから目を放すことはない。
どうやら彼女はこの宝石を本日の標的と決めてしまったらしい。
「なぁ、それはどんないわく付きなんだ?」
「これかい? これは単なる貰い物だよ」
男の言葉に嘘はない。ただ、真実を全て話している訳でもないのだが。
「へぇ。誰に貰ったんだ?」
「この前会った女の子に、お詫びとお礼だって貰ったのさ」
魔理沙はその説明で興味をなくしたのか、次の瞬間には店内の別の商品を物色し始めていた。
なんとかルビーを死守した男から、思わず安堵の溜息が漏れる。
断りきれずに受け取ってしまった、小さな小さな宝石。日の光を反射して真っ赤に光るその石は歪で、よく見れば所々欠けている。しかし男は手を加えることなく、店先に飾っていた。
「妖精の贈り物、か」
宝石を見つめている時、男はいつも笑顔だった。
それはきっと、妖精が運んでくれたささやかな幸せ。
本日は快晴。雨が降る事はまずないだろう。
今日もまた、彼女は元気にはしゃぎまわっているのだろうか?
男はそんな事を考え、少しだけ笑みを浮かべてから、また読書へと戻っていった。
そして香霖、ちょっと俺と代われ!
大妖精は絵板の影響で好きなので、可愛いと好評で嬉しい限りです。
ですがひとつだけ無粋な突っ込みをお許しください。
こーりんは人間じゃありません……。
香霖が種族不明であるという事をすっかり失念していました。