弥生
窓を開け放てば、今日も晴なりき。彼岸の雨の過ぎしに、空氣も淸淨なれば、生命の躍動すべき心地す。床を上げ、朝餉を喰ひて、店の戸を開く。
午前は何事も無く過ぐ。昼餉には
書のペエジを繰り、大方を讀めるに、唐突として戸開く。博麗の巫女の、
「
「さにあらず。山川
と云ひて、巫女は水を
「
此時、余の頭腦に忽然として閃きたり。余は之の異變を知れり。唯だ、今迄其れを忘る。余がハハハと笑へば、巫女、眉根に疑ひの皺を寄す。之の異變は異變に
「余、之の異變を知らず。
巫女、ウムと呻きて、思ひあぐねる如くに俯く。突如として立ち上がり、
「有難う。妾、其処此処に往つて為すべきを為さん」
とて、入りて来たる時の
此後は夜まで客も来ず、店も
――世に在る、世に在らぬ、それが疑問ぢや。……
■ ■ ■
霖之助は和綴じの冊子を閉じた。柱時計を見ると三時になろうとしている。太陽が高く昇って風が若葉の薫りを運び、外は絶好の散歩日和に違いない。
「それで、今日は一体どういう用件だい?」
少女は饅頭をくわえたまま、霖之助を振り返って「ふぇ?」とくぐもった声を発した。饅頭をモグモグと咀嚼すると、お茶で喉に流し込んだ。
「なんとなく。ここならお茶も出るし」
「自分で淹れればいいだろう」
「たまには他人の淹れたのが飲みたいもの」
少女の言葉に、金髪の少女の顔が脳裏に浮かび、霖之助は何とも言えない心地がした。なるほど、少女の言葉ももっともだと思えた。ここは妖怪の客も人間の客もめったには来ず、静かである。客以外なら時々来るが。
「そういえば」
霖之助は冊子の表紙をなでながら、言った。
「外はやたらと花が咲いてるみたいだけど、放っておいていいのかい?」
「……ああ、うん」
少女は無表情でお茶を飲んだ。普通、表情を消した顔とは不機嫌なように見えるものだが、彼女の表情は嬉しさも悲しさも激しさも緩やかさも無い、本当にプラスマイナスゼロの純粋な人間の顔のようだった。こんな表情ができる人間がいることに、霖之助は少なからず驚いていた。しかしそれも一瞬のことで、少女の顔は複雑な困惑の表情を作った。
「放っておいたらダメ、なんだけど。明らかに花の咲き方がおかしいし。……でもなんかこう、やる気にならないのよね」
「巫女がそんなでいいのかい」
「わかってるけどー。……正直なところ、この異変はあまり危険な感じがしないの」
勘だけどね、と言って、少女は二つ目の饅頭をモグモグと咀嚼した。霖之助があきれ返って嘆息すると、ボオンボオンと柱時計が三時を告げた。少女はウウンと伸びをすると、立ち上がった。
「それじゃあ、適当に元凶っぽい妖怪を退治てくるわ。ごちそうさま」
少女はテクテクと店内を横切り、扉に手をかけた。
「気をつけて行っておいで」
――カランカラッ。
店はいつも通り、静かになった。雑多な品物を並べた棚を薄暗い空気が包み、窓から、わずかな日光が床に四角く射している。霖之助は少女が去った後の扉を眺めながら、感傷的な気分で籐椅子に身をうずめていた。冊子をなでながら、つぶやく。誰にともなく。
「今代の巫女は勘が良いというか……能力は確かだけれど、あの性格は……このときの娘はひたすらに生真面目だったんだなあ……今代に爪の垢を煎じて飲ませたらどうだろうか……まあ、今のままでも幻想郷は平和なのだし、いいのか……」
冊子の表紙には、こう書かれていた。
『 日記 幻想郷 第六十季 』
あ、さふ云へば「大變、々々」でなくて良ひのでせうか?
前半がよく分からないのが一つ、
後半が薄いのが一つです。
今後に期待しております。