Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

佳日芳香モノクロオム(花)

2006/08/03 21:12:06
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弥生 廿八日はつかあまりやうか

 窓を開け放てば、今日も晴なりき。彼岸の雨の過ぎしに、空氣も淸淨なれば、生命の躍動すべき心地す。床を上げ、朝餉を喰ひて、店の戸を開く。平生へいぜいのやうに客人も居らず。籐椅子に坐して書を讀めり。辛苦を經て手に入れたる書の、著者はシエクスピヤなり。余は英語に不案内なれば、坪内博士の飜譯ほんやくことさらに有難く、一字一句讀むにあたり尊敬の念更にす。博士の名声、今はこの幻想郷まで聞こゆれど、けだし、外と内の聯絡れんらくは日を追ひて甚だ失はるべし。書の入手も更に困難を極むらん。沈思して、多少の感傷を得たり。
 午前は何事も無く過ぐ。昼餉には先達せんだつて近隣の村にて頂戴した玉子を焼いて喰ふ。午の四つばかりに、客人ひとり来。森の妖怪なり。木綿、蝋燭など、幾らかの雜貨を賈つてぬ。次に妖精一疋いつぴき来れるが、だ店内を此處其處ここそこと騒ぎ飛びて、品物を賈ふ氣配も無ければ、箒を持つて追ひ出す。
 書のペエジを繰り、大方を讀めるに、唐突として戸開く。博麗の巫女の、ころがるが如く店内に走り入りて、「大變たいへん、々々」と云ふ。如何にも焦燥たる様なれば、椅子を譲り、水を一杯飲ましむ。落ち着いたるに理由わけを聞けば、「華咲けり」と云ふ。
啓蟄けいちつも過ぐれば、天道てんだう高く昇り、流水は温かなり。華の咲けるは道理にや」
「さにあらず。山川其處彼處そこかしこ、華の咲かざるところを知らず。しかも、彼岸花、露草、百日紅さるすべり山茶花さざんか、時節を知らず、氣狂ひの如くに咲けり」
 と云ひて、巫女は水をまた飲む。さらに續けて曰く、
わらは異變いへん源兇げんきやうを絶つべし。なれど、往くべき處を知らず。汝は博識なり。何か知るべし。妾に教へ給へ」
 此時、余の頭腦に忽然として閃きたり。余は之の異變を知れり。唯だ、今迄其れを忘る。余がハハハと笑へば、巫女、眉根に疑ひの皺を寄す。之の異變は異變にあらず。唯だ自然の現象に似たるものにて、人に害する處無し。今代の巫女は十余にて幼ければ、知らざるも道理なり。余、こたへて云ふ。
「余、之の異變を知らず。ゆるし給へ」
 巫女、ウムと呻きて、思ひあぐねる如くに俯く。突如として立ち上がり、
「有難う。妾、其処此処に往つて為すべきを為さん」
 とて、入りて来たる時のせはしさの如くに去りぬ。
 此後は夜まで客も来ず、店もしづかなり。夕餉には鱒を喰ひき。シエクスピヤはぬる直前に一册を讀みえつ。感じたる一句を此處に記す。


 ――世に在る、世に在らぬ、それが疑問ぢや。……



   ■  ■  ■



 霖之助は和綴じの冊子を閉じた。柱時計を見ると三時になろうとしている。太陽が高く昇って風が若葉の薫りを運び、外は絶好の散歩日和に違いない。
「それで、今日は一体どういう用件だい?」
 少女は饅頭をくわえたまま、霖之助を振り返って「ふぇ?」とくぐもった声を発した。饅頭をモグモグと咀嚼すると、お茶で喉に流し込んだ。
「なんとなく。ここならお茶も出るし」
「自分で淹れればいいだろう」
「たまには他人の淹れたのが飲みたいもの」
 少女の言葉に、金髪の少女の顔が脳裏に浮かび、霖之助は何とも言えない心地がした。なるほど、少女の言葉ももっともだと思えた。ここは妖怪の客も人間の客もめったには来ず、静かである。客以外なら時々来るが。
「そういえば」
 霖之助は冊子の表紙をなでながら、言った。
「外はやたらと花が咲いてるみたいだけど、放っておいていいのかい?」
「……ああ、うん」
 少女は無表情でお茶を飲んだ。普通、表情を消した顔とは不機嫌なように見えるものだが、彼女の表情は嬉しさも悲しさも激しさも緩やかさも無い、本当にプラスマイナスゼロの純粋な人間の顔のようだった。こんな表情ができる人間がいることに、霖之助は少なからず驚いていた。しかしそれも一瞬のことで、少女の顔は複雑な困惑の表情を作った。
「放っておいたらダメ、なんだけど。明らかに花の咲き方がおかしいし。……でもなんかこう、やる気にならないのよね」
「巫女がそんなでいいのかい」
「わかってるけどー。……正直なところ、この異変はあまり危険な感じがしないの」
 勘だけどね、と言って、少女は二つ目の饅頭をモグモグと咀嚼した。霖之助があきれ返って嘆息すると、ボオンボオンと柱時計が三時を告げた。少女はウウンと伸びをすると、立ち上がった。
「それじゃあ、適当に元凶っぽい妖怪を退治てくるわ。ごちそうさま」
 少女はテクテクと店内を横切り、扉に手をかけた。
「気をつけて行っておいで」


 ――カランカラッ。


 店はいつも通り、静かになった。雑多な品物を並べた棚を薄暗い空気が包み、窓から、わずかな日光が床に四角く射している。霖之助は少女が去った後の扉を眺めながら、感傷的な気分で籐椅子に身をうずめていた。冊子をなでながら、つぶやく。誰にともなく。


「今代の巫女は勘が良いというか……能力は確かだけれど、あの性格は……このときの娘はひたすらに生真面目だったんだなあ……今代に爪の垢を煎じて飲ませたらどうだろうか……まあ、今のままでも幻想郷は平和なのだし、いいのか……」




 冊子の表紙には、こう書かれていた。


『 日記 幻想郷 第六十季 』

注)日記のフリガナはつくしによるものです。場合によっては原文本来の意味を損なっている可能性が御座いますのでご了承願います。

「何倍も」って結局いくつなんだよこーりん。

―――(八月四日午後十二時三十分頃、修正)―――

日記本文に写し間違いがありました。ご指摘ありがとうございます。
つくし
http://www.tcn.zaq.ne.jp/tsukushi/
コメント



1.名無し妖怪削除
面白かつたです。昭和の博麗の巫女の「大変、々々」が可愛かつたです。
あ、さふ云へば「大變、々々」でなくて良ひのでせうか?
2.名前が無い程度の能力削除
正直???って感じです。
前半がよく分からないのが一つ、
後半が薄いのが一つです。
今後に期待しております。