ヴワル図書館
外の暑さも騒ぎも届かない、本と言う名の知識が集まる場所
そして其処に一人の魔女が居た、眼鏡をかけないパチュリー・ノーレッジ
普段の半眼がさらに細まり睨み付けていると言われてもおかしくない
そんな魔女がたった今、読んでいた本の最後のページを読み終える
読み終えた本を閉じれば、魔女の視界に読み終えた本の山が見えた
魔女は今まで忘れていた物を思い出したかのように体の重みを感じた
「ちょっと、疲れたわね」
眼をつむり、身体を伸ばす
ペキョ、ゴキュ、ピチューン、パチェ、ベキボキ
体のいたるところから骨や関節が鳴る音が図書館に響く
それが聞こえたからだろうか、一つの影が魔女の元へ近づいた
「パチュリー様、お茶入れましょうか? 」
「そうね」
魔女に話しかけたのはヴワル図書館の司書を勤める悪魔、其の名も小悪魔
・・・・悪魔の名前は契約者が知ってさえいれば良いので小悪魔である
「お茶此処に置きますから。それじゃ、読み終えた本は直しますね」
「そうね」
魔女は悪魔の行動に礼を言わない、悪魔もそれを当然の如く気にしない
それが二人の関係だから
「小悪魔」
「なんでしょう? 」
魔法で読み終えた本を元の場所へと戻している悪魔を、お茶を飲みながらぼんやりと眺めていた魔女が悪魔を呼ぶ
「私が知らない面白い話を聞かせなさい」
魔女の珍しい我侭が始まった
悪魔は本を戻す魔法を続けながら心の中で頭を抱える
何時だったろうか、魔女がお茶を退屈そうに飲んでいるのを見かねて自分の知る面白い話を聞かせたのは
本にも載っていない悪魔の話は魔女の知識欲を痛く刺激、間違った満足感を与えてしまった
それから、何度も何度も色々な話を聞かせる悪魔
そろそろネタも尽きている、どうしようと考え一つの名案を思いついた
「パチュリー様、十年殺しって知ってます? 」
創作ネタに走ったのだ
「三年殺しじゃなくて? 」
魔女の偏った知識が、悪魔を疲労させるが何とか持ち直す
「何処の暗殺拳ですか。違いますよ、十年殺しです」
「十年後に死ぬのね」
「暗殺拳から離れてください」
悪魔はそう魔女の言葉を斬り捨て、本が全部元の位置に戻った事を確認し魔女の方へと振り向く
「確かに十年後に死ぬかも知れませんが、これは十年かけて殺す技です」
「呪い? 」
「毒でもありませんよ。武術の一種です」
「・・・・・・・武術」
「そう嫌そうな顔しないで聞いてください。これは魔神さえも殺す恐ろしい技なんですから」
「魔神を? 」
魔女の好奇心が疼き始める
魔神を殺す、しかも自分が忌避する武術と言う野蛮な技で
「で? 」
「パチュリー様なら、悪魔と呼ばれる存在が人間にとってどのような存在かを知っているでしょう」
「人を誘い、人を騙し、人を堕とすのが悪魔の定義」
「まぁ宗教や西東で随分違いますけど、大部分はそれで間違いないです」
悪魔の言葉は続く
「人を誘うのは人、人を騙すのは人、人を堕とすのは人。これが私達悪魔が人間について最初に教えられる事です」
「つまり? 」
「御伽噺にあった『石をパンにしたり、全てを与えると約束したりする』なんて余程の力ある悪魔にしか出来ません」
「御伽噺、ね。それで? 」
「だから力の無い悪魔は、人間に扮して人間に近づき人間を誘って人間を騙して人間を堕とします」
「それもまた興味深い話だけど、それが十年殺しとか言う技にどう関係するのよ? 」
其処で悪魔は、まるで言ってはいけない秘密を喋るかのように魔女に近づいてひっそりと囁く
「悪魔のような人間、これは本当に的を得てます。何故なら、本当に悪魔なんですから」
「武術は? 」
頑固な魔女は、食事中は好きな物を一番初めに食べるのだ
悪魔は折角の雰囲気作りなのにと嘆きながら、仕方ないなぁと肩をすくめた
「悪魔は人間になって長い時間をかけて誘う人間を探します。時には積極的に、時には待ちの姿勢で」
「だから武術は」
「まぁまぁ。そして人間が近づくのを待っている一体の悪魔に接触したのが、その十年殺しを使う武術家でした」
「やっとね」
話ではなく知識として求められるから困る、悪魔は心の中でそう呟きながら舞台俳優になった気分で魔女に語る
「接触した悪魔は、その武術家に近づきました。武術家は悪魔が人間でない事に気づいていましたが気にせず笑顔で近づきました」
「その武術家、正気じゃないわね」
「いえ、それが武術家の恐ろしい所なんですよ。そして悪魔と武術家は友人の関係になり、時間をかけて親友となり、姉妹の契りを交わすまでの仲になります」
「其処までするの? 」
「悪魔ですからね。それでは武術家が悪魔に近づいた目的も話して置きましょう。簡潔に言って復讐です」
魔女は悪魔の言葉に少し意表をつかれる、今までの悪魔の語りから武術家は偶然悪魔に近づいたと思っていたからだ
「大切な家族か、愛する者か。悪魔にどうされたかは知りませんが、そんな悪魔に武術家は家族同然の関係になりました」
「どっちもどっちじゃないの」
「まぁそれはさて置き。悪魔と武術家が出会い、十年ほどの年月が過ぎた頃です」
「長いわね」
「悪魔はそろそろ武術家を堕としても良いだろうと、色々な準備に入ります」
「色々? 」
「色々は色々です。此処で話を聞く前に知っていて欲しいのは、その悪魔が力の無い悪魔のように人を堕とすのが趣味な魔神である事です」
「変な趣味ね」
「・・・・・・・・お茶、入れますね」
一々突っ込み黙って聞いてくれない魔女に、悪魔は魔女が飲み終わったお茶の御代わりを入れて話を中断すると言う暴挙に出た
魔女は憮然としながらお茶に手をつけない、突っ込みを止める気はサラサラ無いのである
「それで話の続きですが、色々と準備をしながら悪魔は武術家をどうやって堕とそうかと考えながらふと気がつきました」
「魔神で良いじゃない」
「悪魔は気づきました。武術家が悪魔に対して怒った事が無い事に」
「・・・・・・・・それで? 」
「家族同然の関係となれば、時には相手が怒るような事もあります。ましてや悪魔ですから、怒らせた後に仲直りなんて事もしました」
「何それ? 」
「悪魔が使う怒らせた後の仲直りは、人間の心理に作用する高等技術の一種です。そして更に悪魔は気がつきます」
「ん」
「悪魔は、武術家の表情で、笑顔しか見た事が無い」
その何でも無いように語る悪魔の言葉に、魔女は何故か寒気を感じた
「出会った時も笑顔ならば、怒らせようとしても笑顔、悲しませようとしても笑顔、痛そうな事をしても笑顔」
「・・・・それは」
「十年間。復讐するために近づいた悪魔に対して、狡猾な悪魔に気づかれないくらいの作り物では無い本気の笑顔でいました」
「その武術家、壊れてるんじゃない? 」
悪魔は近くにある本棚から一冊の本を取り出し、魔女の前でひらひらと動かす
「私やパチュリー様で例えれば、私がパチュリー様の読みかけの本を燃やして元に戻せないようにしたらパチュリー様が笑顔で居るようなものです」
「そんな事したら、簡単に死ねないわよ」
魔女の視線が本ではなく、悪魔に注がれている事に、見詰められる本人である悪魔は楽しそうに笑う
「十年殺しと呼ばれる技ですが、実は誰にでも簡単に出来る技なんですよ」
「武術でしょ? 」
「十年間、殺したい相手に笑い続けるだけの技ですから」
「・・・・・・技? 」
「笑顔以外の感情と表情を殺したい相手に出さない。それだけの技です」
「それじゃあ、悪魔は死なないわ」
「いえいえパチュリー様。悪魔に限らず、感情ある生物は必ずこれを受けて無事ではいられません」
悪魔はまるで恐ろしい事を告げるかのように魔女に近づきひっそりと囁く
魔女は、その囁きを恐ろしい事を聞くかのように緊張して聞いていた
「悪魔は、恐怖で死にます」
ぞわりと、魔女の背筋に得体の知れない寒気が走る
人が恐怖で死ぬ、本の知識でそれは知っていたが悪魔も死ぬのか
魔女は、遂に悪魔の語る話に飲み込まれたのだ
「十年間、笑顔で居た武術家に悪魔は聞きました
『貴女は、何で何時も笑顔なの? 』
武術家は楽しそうな何時もの笑顔で答えます
『良くぞ聞いてくれた、そして今こそ明かそう。15年前、君が堕とした一人の人間は私の命より大切な人だった』
悪魔は武術家の答えを無視して、もう一度聞きました
『貴女は、何で何時も笑顔なの? 』
武術家は楽しそうな何時もの笑顔で答えます
『何時も何時もどんな時も思っていた。君が苦しむ事を、君が死ぬ姿を。君が居なくても君が目の前に居る時も考えていた』
悪魔は武術家の答えを無視して、震える声でもう一度聞きました
『貴女は、何で何時も、笑顔なの? 』
武術家は楽しそうな何時もの笑顔で答えます
『君を殺すためだよ』
武術家の笑顔が消えました」
そして語り終えた悪魔は黙る、魔女はその語られた物語の結末を想像する
笑顔が消えて、どのような表情なのか
魔女の想像は限界を超える
そして黙っていた魔女を見ている悪魔は、ふと良い事を思いついて語るのを続けた
「パチュリー様は、門番をしている美鈴さんを知ってますよね? 」
「知ってるけど」
「実はこの話、彼女から聞いた話なんですよ」
それがどうしたのか、そう考えて魔女の脳裏に笑顔の門番が映った
「パチュリー様」
何時も笑顔の門番、笑顔以外の表情を自分に見せた事が無い事に、魔女は気がついた
「パチュリー様は、美鈴さんに怒られた事、ありますか? 」
顔色を変えて何処かに向かって走り出した魔女を見ながら、走り去る魔女を見て図書館の扉の前で唖然しているメイド姿に悪魔は話しかける
「あぁメイド長、丁良いところに。パチュリー様とさっきまで話していたんですけど、十年殺しって知ってます? 」
悪魔の語りは終わらない
場所は変わり紅魔館の門に、普段は己の管理する図書館から呼ばれでもしない限り一歩も動かない魔女が居た
しかも息をきらして走りながら
門の前に居る門番と、近くにいたメイド達は驚きながらも魔女を見詰める
見詰められた魔女は、門番に近づき、何故か縋り付いてこう言った
「門番! いえ美鈴! 私を怒りなさい! 怒りなさい! 」
何かの罰ゲームなのか、メイド達はそう思いながら魔女の必死の形相から眼をそらした
門番は困り、落ち着くように魔女に笑いかけると、魔女は何故か恐怖に怯えるように震え始めた
「お願い! 怒って! お願いだから怒って! 」
門番は意味が分からないから笑うしかない、それが魔女を更なる恐怖へと誘う
メイド達は魔女の恐慌に安全な位置まで離れながら見ていた
「お、怒ればいいんですか? 」
「えぇ! 私に怒って! 」
門番は怒った時の自分を思い出し、眉に皺を寄せてむぅと唸る
縋り付く魔女の額に指を当て、精一杯怒った
「めっ」
メイド達は一斉にすっころぶ、実は遠くから見ていた館の主も椅子から転げ落ちた
思考は門番で一杯になり、門番の顔を見ておかしな程に鳴り響く心臓の音、上気しはじめる顔から魔女は気がつく
「これが、恋なのね」
そう呟き、魔女は門番に抱きついた
外の暑さも騒ぎも届かない、本と言う名の知識が集まる場所
そして其処に一人の魔女が居た、眼鏡をかけないパチュリー・ノーレッジ
普段の半眼がさらに細まり睨み付けていると言われてもおかしくない
そんな魔女がたった今、読んでいた本の最後のページを読み終える
読み終えた本を閉じれば、魔女の視界に読み終えた本の山が見えた
魔女は今まで忘れていた物を思い出したかのように体の重みを感じた
「ちょっと、疲れたわね」
眼をつむり、身体を伸ばす
ペキョ、ゴキュ、ピチューン、パチェ、ベキボキ
体のいたるところから骨や関節が鳴る音が図書館に響く
それが聞こえたからだろうか、一つの影が魔女の元へ近づいた
「パチュリー様、お茶入れましょうか? 」
「そうね」
魔女に話しかけたのはヴワル図書館の司書を勤める悪魔、其の名も小悪魔
・・・・悪魔の名前は契約者が知ってさえいれば良いので小悪魔である
「お茶此処に置きますから。それじゃ、読み終えた本は直しますね」
「そうね」
魔女は悪魔の行動に礼を言わない、悪魔もそれを当然の如く気にしない
それが二人の関係だから
「小悪魔」
「なんでしょう? 」
魔法で読み終えた本を元の場所へと戻している悪魔を、お茶を飲みながらぼんやりと眺めていた魔女が悪魔を呼ぶ
「私が知らない面白い話を聞かせなさい」
魔女の珍しい我侭が始まった
悪魔は本を戻す魔法を続けながら心の中で頭を抱える
何時だったろうか、魔女がお茶を退屈そうに飲んでいるのを見かねて自分の知る面白い話を聞かせたのは
本にも載っていない悪魔の話は魔女の知識欲を痛く刺激、間違った満足感を与えてしまった
それから、何度も何度も色々な話を聞かせる悪魔
そろそろネタも尽きている、どうしようと考え一つの名案を思いついた
「パチュリー様、十年殺しって知ってます? 」
創作ネタに走ったのだ
「三年殺しじゃなくて? 」
魔女の偏った知識が、悪魔を疲労させるが何とか持ち直す
「何処の暗殺拳ですか。違いますよ、十年殺しです」
「十年後に死ぬのね」
「暗殺拳から離れてください」
悪魔はそう魔女の言葉を斬り捨て、本が全部元の位置に戻った事を確認し魔女の方へと振り向く
「確かに十年後に死ぬかも知れませんが、これは十年かけて殺す技です」
「呪い? 」
「毒でもありませんよ。武術の一種です」
「・・・・・・・武術」
「そう嫌そうな顔しないで聞いてください。これは魔神さえも殺す恐ろしい技なんですから」
「魔神を? 」
魔女の好奇心が疼き始める
魔神を殺す、しかも自分が忌避する武術と言う野蛮な技で
「で? 」
「パチュリー様なら、悪魔と呼ばれる存在が人間にとってどのような存在かを知っているでしょう」
「人を誘い、人を騙し、人を堕とすのが悪魔の定義」
「まぁ宗教や西東で随分違いますけど、大部分はそれで間違いないです」
悪魔の言葉は続く
「人を誘うのは人、人を騙すのは人、人を堕とすのは人。これが私達悪魔が人間について最初に教えられる事です」
「つまり? 」
「御伽噺にあった『石をパンにしたり、全てを与えると約束したりする』なんて余程の力ある悪魔にしか出来ません」
「御伽噺、ね。それで? 」
「だから力の無い悪魔は、人間に扮して人間に近づき人間を誘って人間を騙して人間を堕とします」
「それもまた興味深い話だけど、それが十年殺しとか言う技にどう関係するのよ? 」
其処で悪魔は、まるで言ってはいけない秘密を喋るかのように魔女に近づいてひっそりと囁く
「悪魔のような人間、これは本当に的を得てます。何故なら、本当に悪魔なんですから」
「武術は? 」
頑固な魔女は、食事中は好きな物を一番初めに食べるのだ
悪魔は折角の雰囲気作りなのにと嘆きながら、仕方ないなぁと肩をすくめた
「悪魔は人間になって長い時間をかけて誘う人間を探します。時には積極的に、時には待ちの姿勢で」
「だから武術は」
「まぁまぁ。そして人間が近づくのを待っている一体の悪魔に接触したのが、その十年殺しを使う武術家でした」
「やっとね」
話ではなく知識として求められるから困る、悪魔は心の中でそう呟きながら舞台俳優になった気分で魔女に語る
「接触した悪魔は、その武術家に近づきました。武術家は悪魔が人間でない事に気づいていましたが気にせず笑顔で近づきました」
「その武術家、正気じゃないわね」
「いえ、それが武術家の恐ろしい所なんですよ。そして悪魔と武術家は友人の関係になり、時間をかけて親友となり、姉妹の契りを交わすまでの仲になります」
「其処までするの? 」
「悪魔ですからね。それでは武術家が悪魔に近づいた目的も話して置きましょう。簡潔に言って復讐です」
魔女は悪魔の言葉に少し意表をつかれる、今までの悪魔の語りから武術家は偶然悪魔に近づいたと思っていたからだ
「大切な家族か、愛する者か。悪魔にどうされたかは知りませんが、そんな悪魔に武術家は家族同然の関係になりました」
「どっちもどっちじゃないの」
「まぁそれはさて置き。悪魔と武術家が出会い、十年ほどの年月が過ぎた頃です」
「長いわね」
「悪魔はそろそろ武術家を堕としても良いだろうと、色々な準備に入ります」
「色々? 」
「色々は色々です。此処で話を聞く前に知っていて欲しいのは、その悪魔が力の無い悪魔のように人を堕とすのが趣味な魔神である事です」
「変な趣味ね」
「・・・・・・・・お茶、入れますね」
一々突っ込み黙って聞いてくれない魔女に、悪魔は魔女が飲み終わったお茶の御代わりを入れて話を中断すると言う暴挙に出た
魔女は憮然としながらお茶に手をつけない、突っ込みを止める気はサラサラ無いのである
「それで話の続きですが、色々と準備をしながら悪魔は武術家をどうやって堕とそうかと考えながらふと気がつきました」
「魔神で良いじゃない」
「悪魔は気づきました。武術家が悪魔に対して怒った事が無い事に」
「・・・・・・・・それで? 」
「家族同然の関係となれば、時には相手が怒るような事もあります。ましてや悪魔ですから、怒らせた後に仲直りなんて事もしました」
「何それ? 」
「悪魔が使う怒らせた後の仲直りは、人間の心理に作用する高等技術の一種です。そして更に悪魔は気がつきます」
「ん」
「悪魔は、武術家の表情で、笑顔しか見た事が無い」
その何でも無いように語る悪魔の言葉に、魔女は何故か寒気を感じた
「出会った時も笑顔ならば、怒らせようとしても笑顔、悲しませようとしても笑顔、痛そうな事をしても笑顔」
「・・・・それは」
「十年間。復讐するために近づいた悪魔に対して、狡猾な悪魔に気づかれないくらいの作り物では無い本気の笑顔でいました」
「その武術家、壊れてるんじゃない? 」
悪魔は近くにある本棚から一冊の本を取り出し、魔女の前でひらひらと動かす
「私やパチュリー様で例えれば、私がパチュリー様の読みかけの本を燃やして元に戻せないようにしたらパチュリー様が笑顔で居るようなものです」
「そんな事したら、簡単に死ねないわよ」
魔女の視線が本ではなく、悪魔に注がれている事に、見詰められる本人である悪魔は楽しそうに笑う
「十年殺しと呼ばれる技ですが、実は誰にでも簡単に出来る技なんですよ」
「武術でしょ? 」
「十年間、殺したい相手に笑い続けるだけの技ですから」
「・・・・・・技? 」
「笑顔以外の感情と表情を殺したい相手に出さない。それだけの技です」
「それじゃあ、悪魔は死なないわ」
「いえいえパチュリー様。悪魔に限らず、感情ある生物は必ずこれを受けて無事ではいられません」
悪魔はまるで恐ろしい事を告げるかのように魔女に近づきひっそりと囁く
魔女は、その囁きを恐ろしい事を聞くかのように緊張して聞いていた
「悪魔は、恐怖で死にます」
ぞわりと、魔女の背筋に得体の知れない寒気が走る
人が恐怖で死ぬ、本の知識でそれは知っていたが悪魔も死ぬのか
魔女は、遂に悪魔の語る話に飲み込まれたのだ
「十年間、笑顔で居た武術家に悪魔は聞きました
『貴女は、何で何時も笑顔なの? 』
武術家は楽しそうな何時もの笑顔で答えます
『良くぞ聞いてくれた、そして今こそ明かそう。15年前、君が堕とした一人の人間は私の命より大切な人だった』
悪魔は武術家の答えを無視して、もう一度聞きました
『貴女は、何で何時も笑顔なの? 』
武術家は楽しそうな何時もの笑顔で答えます
『何時も何時もどんな時も思っていた。君が苦しむ事を、君が死ぬ姿を。君が居なくても君が目の前に居る時も考えていた』
悪魔は武術家の答えを無視して、震える声でもう一度聞きました
『貴女は、何で何時も、笑顔なの? 』
武術家は楽しそうな何時もの笑顔で答えます
『君を殺すためだよ』
武術家の笑顔が消えました」
そして語り終えた悪魔は黙る、魔女はその語られた物語の結末を想像する
笑顔が消えて、どのような表情なのか
魔女の想像は限界を超える
そして黙っていた魔女を見ている悪魔は、ふと良い事を思いついて語るのを続けた
「パチュリー様は、門番をしている美鈴さんを知ってますよね? 」
「知ってるけど」
「実はこの話、彼女から聞いた話なんですよ」
それがどうしたのか、そう考えて魔女の脳裏に笑顔の門番が映った
「パチュリー様」
何時も笑顔の門番、笑顔以外の表情を自分に見せた事が無い事に、魔女は気がついた
「パチュリー様は、美鈴さんに怒られた事、ありますか? 」
顔色を変えて何処かに向かって走り出した魔女を見ながら、走り去る魔女を見て図書館の扉の前で唖然しているメイド姿に悪魔は話しかける
「あぁメイド長、丁良いところに。パチュリー様とさっきまで話していたんですけど、十年殺しって知ってます? 」
悪魔の語りは終わらない
場所は変わり紅魔館の門に、普段は己の管理する図書館から呼ばれでもしない限り一歩も動かない魔女が居た
しかも息をきらして走りながら
門の前に居る門番と、近くにいたメイド達は驚きながらも魔女を見詰める
見詰められた魔女は、門番に近づき、何故か縋り付いてこう言った
「門番! いえ美鈴! 私を怒りなさい! 怒りなさい! 」
何かの罰ゲームなのか、メイド達はそう思いながら魔女の必死の形相から眼をそらした
門番は困り、落ち着くように魔女に笑いかけると、魔女は何故か恐怖に怯えるように震え始めた
「お願い! 怒って! お願いだから怒って! 」
門番は意味が分からないから笑うしかない、それが魔女を更なる恐怖へと誘う
メイド達は魔女の恐慌に安全な位置まで離れながら見ていた
「お、怒ればいいんですか? 」
「えぇ! 私に怒って! 」
門番は怒った時の自分を思い出し、眉に皺を寄せてむぅと唸る
縋り付く魔女の額に指を当て、精一杯怒った
「めっ」
メイド達は一斉にすっころぶ、実は遠くから見ていた館の主も椅子から転げ落ちた
思考は門番で一杯になり、門番の顔を見ておかしな程に鳴り響く心臓の音、上気しはじめる顔から魔女は気がつく
「これが、恋なのね」
そう呟き、魔女は門番に抱きついた
紅 美鈴、恐ろしい娘!
咲夜さんサイドの制作も期待してみたり
この短編だけで
読んだやつは皆死ぬ
こぁりん黒いよ黒いよこぁりん
めーりん俺にも「めっ」ておねがい
あ、あんたって人(あくま)はぁぁぁーっ!
だから大好きだあぁぁぁぁーっ!!
そんで上品だわ
根っこさんありがとー!
キャラクターが大切にされているお笑いは本当にあたたかくて。
最高でした。
蒸気→上気
美鈴、恐ろしい子…
本望だ!
めーりんに萌えたww