注意点
*これは絵板[6216] 5面ボス(中略)夏休み~入浴~ をSSに仕立て上げたものです。セットでお楽しみください。
*これは第四話です。序章と第一~三話を先に読んで貰えると嬉しいです。
*素晴らしい絵を描いてくれた上にこのSSを容認してくださったEKIさんに感謝してから読むとよいのですよ。
ここは温泉旅館、極楽亭。更に言えば、そこにある温泉の脱衣所である。
今、ここでは食事という名の庭師弄りを終えた従者様ご一行が、その場所の存在意味を果している真っ最中である。
「あ~、早く入りたい! ちょっとべとべとするし」
「まぁ、暑かったし、昨日の服だから仕方ないわよ」
「それに、鈴仙さんは特に汗をかいてましたし」
「はしゃぎすぎなのよ。ウドンゲは」
「えへへ」
「鈴仙さん、すごく元気でしたよね」
そんな会話が行われている間も、3人の身に着けている布は着々と減っており、鈴仙に至っては既にタオルだけになっている。しかし鈴仙は先に入ろうという気はないのか、その場に留まって会話を続けていた。
「そうだ妖夢」
「? なんですか」
「今日こそは背中の洗いっこしようね!」
「はは・・・。そうですね」
昨日、背中ではなく前のほうをもみくちゃにされていた妖夢が力なく笑う。あんな事態に陥らないよう、気をつけないと、と考えていたかどうかは定かでない。
「・・・鈴仙さん、尻尾触ってもいいですか?」
「ダメ」
次に準備が終わった妖夢は、いつの間にか鈴仙の背後に回り込んでいた。阻止しようとした鈴仙は、手で尻尾を隠し、更には妖夢から尻尾が隠れるように正対する。
振り返った瞬間、両手を後ろに回した、無防備な姿の鈴仙が妖夢の目に飛び込んでくる。その時に少しだけ揺れた何かが、妖夢のコンプレックスを刺激したらしく、妖夢は少しだけ苦い顔をしていた。
「あぁ、ええっと」
鈴仙もそれに気づいたのか、すぐさまタオルで前を隠す。とはいえ、今から温泉に入るのだからその行為にどれほどの意味があるのかは甚だ疑問ではあるのだが。
「そ、そうそう妖夢」
「・・・なんでしょう?」
先ほどとは一転、笑顔の妖夢。どうやら気にしても仕方が無いと割り切ったらしい。
が、鈴仙にはそれが無理をして繕った風に見えたのか、もしくは単に話題を切り替えたかっただけなのか。少し焦りながら今更な事を口にした。
「妖夢、私達って友達だよね!」
「え? あ、はい! そうですよね!」
元から笑顔だった表情が更に明るくなり、妖夢の表情は満面の笑みで、花が咲いたようなという言葉通りに可愛かった。それを見た鈴仙の表情もまた、笑顔になる。
「だったらほら、鈴仙さん、なんて他人行儀はやめて、呼び捨てで呼んでよ!」
「はい! では、えっと・・・」
「ウドンゲ、妖夢、お待たせ。続きは温泉につかりながらにしない?」
それに横槍を入れたのは、やっと着替え終わった咲夜だった。その言葉に「うん」と答えた2人を引きつれ、彼女は一番最初に温泉の中へと消えていったのだった。
家政婦は見た!
もとい、紅魔館のメイド長、十六夜咲夜は眺めていた。
少し警戒しながら背中を洗ってもらっている妖夢と、その背中を洗っているウドンゲの、微笑ましい光景を。
「皆さん、湯加減はどうですか?」
突然温泉に木霊した声に、私はびくりとして反射的に体を隠した。
警戒態勢に入っている妖夢はまだしも、体を隠す気が微塵もないウドンゲなんかは女としてどうなんだろう。いや、ウドンゲの場合あの大きな耳でこの声が女性である事にいち早く気づいただけなのかもしれないんだけどね。
「とても気持ちいいです」
ザッパーン
「ひゃあっ」
私がそう答えると同時に、ウドンゲが妖夢の背中にお湯を勢い良くかけていた。振り返った妖夢が情けない表情でウドンゲに何か言っている。どうやら2人とも、彼女への対応は私に任せる事にしたらしい。
「そう。咲夜さん、だったかしら?」
「はい」
一瞬、名乗った事があったかと悩んでしまったのだが、すぐに台帳に名前を書いた事を思い出し、納得する。
昨日の事のはずなのに、なんだかすごく前の事の様に感じるわ・・・。
「お酒、いける口かしら?」
「はい。嗜み程度にですが」
「ふふ」
嬉しそうな女性の声。その意味がなんとなく理解できた私の表情は、きっと少し緩んでしまっている事だろう。
「このままじゃ入れないから、取りに来てもらえるかしら?」
「はい」
何を、などという野暮な質問はしない。瀟洒たる私にとって、そんな行為は愚の骨頂なのだ。
「あ、私が」
「そう?」
背中を洗い終わった妖夢が、椅子から立ち上がり、そう提案してくれる。私は、あの子の方が近いし、と自分にいい訳しながらその言葉に甘える事にした。
「はい、お嬢さん」
「ありがとうございます」
がらがらがら、と扉が閉まる音がする。どうやら女性はそのまま立ち去ってしまったらしい。しまった、お礼を言い忘れてしまうなんて、なんたる失態。
「よろしく」
妖夢がそう呟くと、お盆がこちらへと向ってふよふよ飛んできた。いや、違う。湯煙で見え辛いけど、どうやら彼女は自らの半身にお盆を運ばせているらしい。
「っと、ありがと」
お盆を載せたまま、私の目の前にふよふよと浮いている妖夢の半身にお礼をいいつつ、私はその上に乗ったもの――お猪口と徳利――を手に取った。
「ん?」
目の前で揺れている妖夢の半身。・・・この言い方面倒ね。これかれからは半霊と呼ぶことにしましょう。
兎に角その姿を見た私は、彼女が「邪魔な徳利は乗せておきな」と言っているような気がして、その言葉に甘えて徳利をおかせてもらう事にした。間違っていなかったのか、半霊はそのまま私の頭の近くをふよふよと浮いている。
「う~ん、ウチもお風呂は広いけど…。露天風呂というのもいいわね、夜空が綺麗だわ。」
話し相手――と言っても一方的だが――を手に入れた私は、そう話しかけながら、まず一献いただく。う~ん、美味い。
「あ~、妖夢。もっと力いれて擦っていいわよ?」
「はーい」
聞えてきたのはじゃれあう2人の声。さっきから私を除け者にして楽しんでいる2人は、今もなお楽しそうだ。
さっきとは位置が逆になっているところ見ると『洗いっこ』は既に後半戦に突入しているみたいね。
「やっぱり皆でお風呂と言えば洗いっ…ひゃう!?」
「ウドンゲのしっぽ可愛い~♪ 濡れてもふかふかしてるのね?」
「やっ、ちょっ、妖夢~!!?」
楽しそうなじゃれあい。
いいわよ。私は私で楽しむから。ねぇ?
「…除け者同士、貴方も飲む?」
とはいえ、半霊に口がある訳でもなく、かといって妖夢の所まで言って無理やり飲ませる訳にもいかず、私は1人寂しくお酌をしながら、2人の様子を見続けていた。
鈴仙・U・イナバは警戒していた。
尻尾を握られるのは苦手なのに、後ろにいる人はそれがとても気に入ったらしいのだ。
「もう触らないって」
「・・・うん」
先ほどから妙にテンションの高い妖夢。口調も少しずつくだけてきているし、私達も少しは仲良くなれたかな?
「でも・・・」
「ん?」
妖夢は私の肩辺りを洗いながらそう呟く。その視線は私の胸にそそがれていた。そんなに凝視されると、さすがに恥ずかしいんだけど・・・。
「胸って、どうしたら大きくなんるんだろ?」
「・・・さぁ?」
胸が小さい事をすごく、ものすごぉ~く気にしているらしい妖夢のそんな呟きに、私は彼女の主人である幽々子を思い出していた。
あの人も大きそうだし、その影響もあるのかな?
「胸を揉むと大きくなるとか言うわよね」
「そうなの?」
後ろのほうから飛んできたアドバイス。犯人はもちろん咲夜。
彼女は今、温泉につかりながらお酒を飲むという贅沢を満喫している。月も綺麗だし、後で私も分けて貰おうっと。月見酒ってのも乙なものよね。
「揉む・・・」
「でも、自分で自分の胸を揉んでも、あまり効果はないって聞いたわ」
咲夜がにやっと笑ったのが、見えていないにもかかわらずわかってしまう。
そしてこの後起こるであろう展開に予想がついた私は、出来うる限り速やかに逃げ出そうと、腰をうかせた。
「あ、まだ」
「あう」
が、しかしそれはまだ肩を洗っていた妖夢によって阻止される。
うぅ、やばい。単純な力比べになったら、私が妖夢に叶うわけないじゃない。
「折角だから、ウドンゲに試して貰えば?」
「え?」
さ、咲夜ー!
それなら言いだしっぺの貴方がやりなさいとか、お願いだからやめようとか言おうとしたけど、焦っているせいか上手く口が回らない。それによく考えれば、妖夢の胸は揉めるほどないんだから無理!
「・・・そうですね」
「そうそう。ウドンゲ、がんばってね」
うぎゃー、恐れていた事が現実に!
そんな私のはしたない声は、されど口に出される事はなく。その代わりに、
「って、きゃぁぁ」
「うぅ、やっぱり私よりおっきい・・・」
当たり前でしょ! と頭の中で反論しつつ、私は何が起こったのかを正確に認識しようと全力で頭を働かせる。
背中に感じるのは妖夢の体温。そして脇の下を通っているのは妖夢の腕。
「ひゃっ、って、妖夢。ナニしてるのよ!」
「ナニって、見ての通り胸を揉んでるんだけど?」
そう、何故か妖夢の手は私の胸のところにあり、しかもぷにぷにと私の胸を揉んでいるのだ。
うぅ、くすぐったい。あ、こら。摘むな。
「なんでそうなるの!?」
「胸を揉めば大きくなるって、咲夜さんが」
申し訳なさそうに呟かれた言葉は、完全に私の理解の範疇外だった。
いったい何をどう考えれば、そこからこの状況が生まれるというのか・・・。
「あははは」
「さ、咲夜さん。なんで笑うんですかー」
「あはは。いやぁ、だって。ねぇ、ウドンゲ?」
楽しそうに笑う咲夜を、私は睨みつけるように振り返った。
そして飛び込んできた光景――酔っているのか、それとも少しのぼせ気味なのか、少し赤みの差した彼女の肌――に少しだけどきりとしてしまう。
違う違う、そうじゃなくって!
「咲夜~。笑ってないで助けてよ~」
「嫌よ。折角楽しくなってきたんですもの」
「私は楽しくない~」
後で背中を洗うふりして背中からもみくちゃにしてやる。私はそう硬く決意しながら、しばらく彼女を睨みつけていたのだった。
ところで妖夢。何時まで揉んでるつもり? そろそろやめなさい!
実際に咲夜がもみくちゃにされたかどうかはさておき、温泉から上がった従者様ご一行は、部屋へと戻っていた。
「わー」
ばふん
一番最初に布団にダイブしたのは鈴仙。至福の表情を浮かべている彼女を見て、更に妖夢が飛び込んだ。
ばふっ
「あ~。気持ちいいね、これ」
「でしょでしょ? 咲夜もやってみなよ」
「・・・私は遠慮しておくわ」
そう言って静かに腰掛けた咲夜は「ありがとう」と言って半霊の上から着替えた服を取り、鞄へと仕舞った。どうやらすっかり仲良くなってしまったらしい。いや、むしろ懐かれていると表現すべきかもしれない。
脱衣所から出る少し前、
「ついでに私の分も持って」
と言う妖夢が無視されるという事件はあったものの、咲夜と半霊の関係は概ね良好だった。
・・・もしかして妖夢と半霊って別人なのかしら? と咲夜は思ったのだが、当の妖夢は半霊を追いかけ回していた為、答えは謎のままだ。
「そろそろ寝ましょうか?」
「ぇ~」
長い間皆でわいわいと話していた為、もう既に夜は更けていた。
しかしまだ話し足りないのか、鈴仙は不満そうだ。その答えに咲夜の顔が、仕方ないわね、とでも言いたげな表情で微笑む。彼女の視界内には、同じく少し不満そうな妖夢が映っている。
「じゃあ、電気は消して、布団の中でお話しするのはどう?」
「賛成!」
妖夢の提案はすぐさま賛同を得、2vs1となった咲夜は、勝ち目がないと思ったのか、それとも彼女もまだ話し足りなかったのか。兎も角、咲夜は反論する事なく布団へと入った。
「電気消すよ~」
「うん」
「えぇ」
かちゃっ、と音がして部屋の電気が切られる。
ごそごそと、鈴仙が布団へと戻っていく気配を感じながら、咲夜は寝返りを打って気配のするほうへ体を向けた。どうやら後者だったらしい。
「って、ウドンゲ。今日も?」
「もっちろん。ねぇ、咲夜も一緒に寝ない?」
「・・・さすがに狭いでしょ?」
「布団くっつけてあるから大丈夫。ほら、こっちこっち」
「・・・仕方ないわねぇ」
そんな言葉とは裏腹に、彼女の表情はだらしなく緩んでいたのだけれど、夜の闇の中では誰一人として気づく事はなかった。もちろん、彼女本人も含めてである。
魂魄妖夢は舞い上がっていた。
鈴仙さん。いえ、ウドンゲが『友達』だと言ってくれた時からずっと。
決して私にに友人がいない訳ではない。ただ、面と向って『友達』だと言ってくれた人妖はほとんど始めてなのです。
「ウドンゲはどう?」
「う~ん。月にいた頃はいたかも」
「どんな人?」
「ぇ~。恥ずかしいよ」
「貴方が言いだしっぺでしょ。きりきり白状なさい」
ウドンゲの言葉を皮切りに始まった『好きな人』の話。
冥界にも男性の幽霊はいるのだが、彼らをそういう対象としてみた事のない私は「いない」と答え、正直にその理由を話しました。
そのせいで「お子様」とか「子供ね」とか「だから胸も小さいままなんだよ」とか言われたのですが、些細な事です。胸は関係ないでしょ、胸は!
「しょうがないなぁ」
「どきどき」
心境を擬音にして口に出す。普段はしないような、そんな子供っぽい仕草をしている自分が、なんだか自分ではないような気がします。
「私のお兄さんみたいな人で、格好よくて。でも要領の悪い人で。でも優しくていい人だったよ」
「へぇ」
「わぁ」
それと、と呟いたウドンゲの表情が何故か少し曇る。どうしたんだろう?
「どうしたのよ、ウドンゲ」
「あ、ゴメン。ちょっとね」
そして一拍の間を置いてから、ウドンゲは泣きそうな表情でこう呟いた。
「もう会えないんだなぁ、って思って」
その言葉に、私と咲夜さんの表情もまた、曇ってしまう。
そう、彼女は月からの亡命者であり、逃亡者。もしかしたら犯罪者でもあるのかもしれない。そんな彼女を思い出すとき、その彼はどんな風に思い出すのかと考えてしまい、私は更に表情を曇らせてしまいます。
「ごめんなさい、ウドンゲ」
「私もゴメン、ウドンゲ」
「あ、いいのいいの。湿っぽくなっちゃって。もう。で、咲夜はどうなの?」
かなり無理のある話題転換だったけど、私と咲夜さんはそれに乗る事にした。きっとそれが最善の方法だと思ったから。
「私?」
「うん! 次は咲夜の番」
「ふふ、知りたい?」
「「うん」」
もったいぶる咲夜さん。暗い中でも、意地悪く笑っている様子が容易に想像できます。
「私はねぇ」
「私は?」
ウドンゲは待ちきれないのか、詰め寄るように咲夜さんの方へ体を詰めました。おかげで幾分涼しくなったような気がします。
「お嬢様一筋よ」
「「えぇぇ!」」
当然、私とウドンゲは抗議しました。私達は真面目に話したのに、自分だけごまかそうとするなんて、ズルイ。
「あら、本当よ?」
「むぅ」
「男の人はいないんですか?」
「男の人じゃなきゃダメだって、誰が決めたの?」
「で、でも普通はそうじゃない!」
「知らなかった? 私は普通の人間じゃないのよ?」
詰め寄るウドンゲも、余裕の笑みを浮かべる咲夜さんには叶わなかったみたいで、諦めて追求を止めてしまいます。
・・・もしかして咲夜さんって、そーゆー人なのかな?
そして更に夜が更けた頃、私達は誰からとも無く眠りに落ちてゆくのだった。
*これは絵板[6216] 5面ボス(中略)夏休み~入浴~ をSSに仕立て上げたものです。セットでお楽しみください。
*これは第四話です。序章と第一~三話を先に読んで貰えると嬉しいです。
*素晴らしい絵を描いてくれた上にこのSSを容認してくださったEKIさんに感謝してから読むとよいのですよ。
ここは温泉旅館、極楽亭。更に言えば、そこにある温泉の脱衣所である。
今、ここでは食事という名の庭師弄りを終えた従者様ご一行が、その場所の存在意味を果している真っ最中である。
「あ~、早く入りたい! ちょっとべとべとするし」
「まぁ、暑かったし、昨日の服だから仕方ないわよ」
「それに、鈴仙さんは特に汗をかいてましたし」
「はしゃぎすぎなのよ。ウドンゲは」
「えへへ」
「鈴仙さん、すごく元気でしたよね」
そんな会話が行われている間も、3人の身に着けている布は着々と減っており、鈴仙に至っては既にタオルだけになっている。しかし鈴仙は先に入ろうという気はないのか、その場に留まって会話を続けていた。
「そうだ妖夢」
「? なんですか」
「今日こそは背中の洗いっこしようね!」
「はは・・・。そうですね」
昨日、背中ではなく前のほうをもみくちゃにされていた妖夢が力なく笑う。あんな事態に陥らないよう、気をつけないと、と考えていたかどうかは定かでない。
「・・・鈴仙さん、尻尾触ってもいいですか?」
「ダメ」
次に準備が終わった妖夢は、いつの間にか鈴仙の背後に回り込んでいた。阻止しようとした鈴仙は、手で尻尾を隠し、更には妖夢から尻尾が隠れるように正対する。
振り返った瞬間、両手を後ろに回した、無防備な姿の鈴仙が妖夢の目に飛び込んでくる。その時に少しだけ揺れた何かが、妖夢のコンプレックスを刺激したらしく、妖夢は少しだけ苦い顔をしていた。
「あぁ、ええっと」
鈴仙もそれに気づいたのか、すぐさまタオルで前を隠す。とはいえ、今から温泉に入るのだからその行為にどれほどの意味があるのかは甚だ疑問ではあるのだが。
「そ、そうそう妖夢」
「・・・なんでしょう?」
先ほどとは一転、笑顔の妖夢。どうやら気にしても仕方が無いと割り切ったらしい。
が、鈴仙にはそれが無理をして繕った風に見えたのか、もしくは単に話題を切り替えたかっただけなのか。少し焦りながら今更な事を口にした。
「妖夢、私達って友達だよね!」
「え? あ、はい! そうですよね!」
元から笑顔だった表情が更に明るくなり、妖夢の表情は満面の笑みで、花が咲いたようなという言葉通りに可愛かった。それを見た鈴仙の表情もまた、笑顔になる。
「だったらほら、鈴仙さん、なんて他人行儀はやめて、呼び捨てで呼んでよ!」
「はい! では、えっと・・・」
「ウドンゲ、妖夢、お待たせ。続きは温泉につかりながらにしない?」
それに横槍を入れたのは、やっと着替え終わった咲夜だった。その言葉に「うん」と答えた2人を引きつれ、彼女は一番最初に温泉の中へと消えていったのだった。
家政婦は見た!
もとい、紅魔館のメイド長、十六夜咲夜は眺めていた。
少し警戒しながら背中を洗ってもらっている妖夢と、その背中を洗っているウドンゲの、微笑ましい光景を。
「皆さん、湯加減はどうですか?」
突然温泉に木霊した声に、私はびくりとして反射的に体を隠した。
警戒態勢に入っている妖夢はまだしも、体を隠す気が微塵もないウドンゲなんかは女としてどうなんだろう。いや、ウドンゲの場合あの大きな耳でこの声が女性である事にいち早く気づいただけなのかもしれないんだけどね。
「とても気持ちいいです」
ザッパーン
「ひゃあっ」
私がそう答えると同時に、ウドンゲが妖夢の背中にお湯を勢い良くかけていた。振り返った妖夢が情けない表情でウドンゲに何か言っている。どうやら2人とも、彼女への対応は私に任せる事にしたらしい。
「そう。咲夜さん、だったかしら?」
「はい」
一瞬、名乗った事があったかと悩んでしまったのだが、すぐに台帳に名前を書いた事を思い出し、納得する。
昨日の事のはずなのに、なんだかすごく前の事の様に感じるわ・・・。
「お酒、いける口かしら?」
「はい。嗜み程度にですが」
「ふふ」
嬉しそうな女性の声。その意味がなんとなく理解できた私の表情は、きっと少し緩んでしまっている事だろう。
「このままじゃ入れないから、取りに来てもらえるかしら?」
「はい」
何を、などという野暮な質問はしない。瀟洒たる私にとって、そんな行為は愚の骨頂なのだ。
「あ、私が」
「そう?」
背中を洗い終わった妖夢が、椅子から立ち上がり、そう提案してくれる。私は、あの子の方が近いし、と自分にいい訳しながらその言葉に甘える事にした。
「はい、お嬢さん」
「ありがとうございます」
がらがらがら、と扉が閉まる音がする。どうやら女性はそのまま立ち去ってしまったらしい。しまった、お礼を言い忘れてしまうなんて、なんたる失態。
「よろしく」
妖夢がそう呟くと、お盆がこちらへと向ってふよふよ飛んできた。いや、違う。湯煙で見え辛いけど、どうやら彼女は自らの半身にお盆を運ばせているらしい。
「っと、ありがと」
お盆を載せたまま、私の目の前にふよふよと浮いている妖夢の半身にお礼をいいつつ、私はその上に乗ったもの――お猪口と徳利――を手に取った。
「ん?」
目の前で揺れている妖夢の半身。・・・この言い方面倒ね。これかれからは半霊と呼ぶことにしましょう。
兎に角その姿を見た私は、彼女が「邪魔な徳利は乗せておきな」と言っているような気がして、その言葉に甘えて徳利をおかせてもらう事にした。間違っていなかったのか、半霊はそのまま私の頭の近くをふよふよと浮いている。
「う~ん、ウチもお風呂は広いけど…。露天風呂というのもいいわね、夜空が綺麗だわ。」
話し相手――と言っても一方的だが――を手に入れた私は、そう話しかけながら、まず一献いただく。う~ん、美味い。
「あ~、妖夢。もっと力いれて擦っていいわよ?」
「はーい」
聞えてきたのはじゃれあう2人の声。さっきから私を除け者にして楽しんでいる2人は、今もなお楽しそうだ。
さっきとは位置が逆になっているところ見ると『洗いっこ』は既に後半戦に突入しているみたいね。
「やっぱり皆でお風呂と言えば洗いっ…ひゃう!?」
「ウドンゲのしっぽ可愛い~♪ 濡れてもふかふかしてるのね?」
「やっ、ちょっ、妖夢~!!?」
楽しそうなじゃれあい。
いいわよ。私は私で楽しむから。ねぇ?
「…除け者同士、貴方も飲む?」
とはいえ、半霊に口がある訳でもなく、かといって妖夢の所まで言って無理やり飲ませる訳にもいかず、私は1人寂しくお酌をしながら、2人の様子を見続けていた。
鈴仙・U・イナバは警戒していた。
尻尾を握られるのは苦手なのに、後ろにいる人はそれがとても気に入ったらしいのだ。
「もう触らないって」
「・・・うん」
先ほどから妙にテンションの高い妖夢。口調も少しずつくだけてきているし、私達も少しは仲良くなれたかな?
「でも・・・」
「ん?」
妖夢は私の肩辺りを洗いながらそう呟く。その視線は私の胸にそそがれていた。そんなに凝視されると、さすがに恥ずかしいんだけど・・・。
「胸って、どうしたら大きくなんるんだろ?」
「・・・さぁ?」
胸が小さい事をすごく、ものすごぉ~く気にしているらしい妖夢のそんな呟きに、私は彼女の主人である幽々子を思い出していた。
あの人も大きそうだし、その影響もあるのかな?
「胸を揉むと大きくなるとか言うわよね」
「そうなの?」
後ろのほうから飛んできたアドバイス。犯人はもちろん咲夜。
彼女は今、温泉につかりながらお酒を飲むという贅沢を満喫している。月も綺麗だし、後で私も分けて貰おうっと。月見酒ってのも乙なものよね。
「揉む・・・」
「でも、自分で自分の胸を揉んでも、あまり効果はないって聞いたわ」
咲夜がにやっと笑ったのが、見えていないにもかかわらずわかってしまう。
そしてこの後起こるであろう展開に予想がついた私は、出来うる限り速やかに逃げ出そうと、腰をうかせた。
「あ、まだ」
「あう」
が、しかしそれはまだ肩を洗っていた妖夢によって阻止される。
うぅ、やばい。単純な力比べになったら、私が妖夢に叶うわけないじゃない。
「折角だから、ウドンゲに試して貰えば?」
「え?」
さ、咲夜ー!
それなら言いだしっぺの貴方がやりなさいとか、お願いだからやめようとか言おうとしたけど、焦っているせいか上手く口が回らない。それによく考えれば、妖夢の胸は揉めるほどないんだから無理!
「・・・そうですね」
「そうそう。ウドンゲ、がんばってね」
うぎゃー、恐れていた事が現実に!
そんな私のはしたない声は、されど口に出される事はなく。その代わりに、
「って、きゃぁぁ」
「うぅ、やっぱり私よりおっきい・・・」
当たり前でしょ! と頭の中で反論しつつ、私は何が起こったのかを正確に認識しようと全力で頭を働かせる。
背中に感じるのは妖夢の体温。そして脇の下を通っているのは妖夢の腕。
「ひゃっ、って、妖夢。ナニしてるのよ!」
「ナニって、見ての通り胸を揉んでるんだけど?」
そう、何故か妖夢の手は私の胸のところにあり、しかもぷにぷにと私の胸を揉んでいるのだ。
うぅ、くすぐったい。あ、こら。摘むな。
「なんでそうなるの!?」
「胸を揉めば大きくなるって、咲夜さんが」
申し訳なさそうに呟かれた言葉は、完全に私の理解の範疇外だった。
いったい何をどう考えれば、そこからこの状況が生まれるというのか・・・。
「あははは」
「さ、咲夜さん。なんで笑うんですかー」
「あはは。いやぁ、だって。ねぇ、ウドンゲ?」
楽しそうに笑う咲夜を、私は睨みつけるように振り返った。
そして飛び込んできた光景――酔っているのか、それとも少しのぼせ気味なのか、少し赤みの差した彼女の肌――に少しだけどきりとしてしまう。
違う違う、そうじゃなくって!
「咲夜~。笑ってないで助けてよ~」
「嫌よ。折角楽しくなってきたんですもの」
「私は楽しくない~」
後で背中を洗うふりして背中からもみくちゃにしてやる。私はそう硬く決意しながら、しばらく彼女を睨みつけていたのだった。
ところで妖夢。何時まで揉んでるつもり? そろそろやめなさい!
実際に咲夜がもみくちゃにされたかどうかはさておき、温泉から上がった従者様ご一行は、部屋へと戻っていた。
「わー」
ばふん
一番最初に布団にダイブしたのは鈴仙。至福の表情を浮かべている彼女を見て、更に妖夢が飛び込んだ。
ばふっ
「あ~。気持ちいいね、これ」
「でしょでしょ? 咲夜もやってみなよ」
「・・・私は遠慮しておくわ」
そう言って静かに腰掛けた咲夜は「ありがとう」と言って半霊の上から着替えた服を取り、鞄へと仕舞った。どうやらすっかり仲良くなってしまったらしい。いや、むしろ懐かれていると表現すべきかもしれない。
脱衣所から出る少し前、
「ついでに私の分も持って」
と言う妖夢が無視されるという事件はあったものの、咲夜と半霊の関係は概ね良好だった。
・・・もしかして妖夢と半霊って別人なのかしら? と咲夜は思ったのだが、当の妖夢は半霊を追いかけ回していた為、答えは謎のままだ。
「そろそろ寝ましょうか?」
「ぇ~」
長い間皆でわいわいと話していた為、もう既に夜は更けていた。
しかしまだ話し足りないのか、鈴仙は不満そうだ。その答えに咲夜の顔が、仕方ないわね、とでも言いたげな表情で微笑む。彼女の視界内には、同じく少し不満そうな妖夢が映っている。
「じゃあ、電気は消して、布団の中でお話しするのはどう?」
「賛成!」
妖夢の提案はすぐさま賛同を得、2vs1となった咲夜は、勝ち目がないと思ったのか、それとも彼女もまだ話し足りなかったのか。兎も角、咲夜は反論する事なく布団へと入った。
「電気消すよ~」
「うん」
「えぇ」
かちゃっ、と音がして部屋の電気が切られる。
ごそごそと、鈴仙が布団へと戻っていく気配を感じながら、咲夜は寝返りを打って気配のするほうへ体を向けた。どうやら後者だったらしい。
「って、ウドンゲ。今日も?」
「もっちろん。ねぇ、咲夜も一緒に寝ない?」
「・・・さすがに狭いでしょ?」
「布団くっつけてあるから大丈夫。ほら、こっちこっち」
「・・・仕方ないわねぇ」
そんな言葉とは裏腹に、彼女の表情はだらしなく緩んでいたのだけれど、夜の闇の中では誰一人として気づく事はなかった。もちろん、彼女本人も含めてである。
魂魄妖夢は舞い上がっていた。
鈴仙さん。いえ、ウドンゲが『友達』だと言ってくれた時からずっと。
決して私にに友人がいない訳ではない。ただ、面と向って『友達』だと言ってくれた人妖はほとんど始めてなのです。
「ウドンゲはどう?」
「う~ん。月にいた頃はいたかも」
「どんな人?」
「ぇ~。恥ずかしいよ」
「貴方が言いだしっぺでしょ。きりきり白状なさい」
ウドンゲの言葉を皮切りに始まった『好きな人』の話。
冥界にも男性の幽霊はいるのだが、彼らをそういう対象としてみた事のない私は「いない」と答え、正直にその理由を話しました。
そのせいで「お子様」とか「子供ね」とか「だから胸も小さいままなんだよ」とか言われたのですが、些細な事です。胸は関係ないでしょ、胸は!
「しょうがないなぁ」
「どきどき」
心境を擬音にして口に出す。普段はしないような、そんな子供っぽい仕草をしている自分が、なんだか自分ではないような気がします。
「私のお兄さんみたいな人で、格好よくて。でも要領の悪い人で。でも優しくていい人だったよ」
「へぇ」
「わぁ」
それと、と呟いたウドンゲの表情が何故か少し曇る。どうしたんだろう?
「どうしたのよ、ウドンゲ」
「あ、ゴメン。ちょっとね」
そして一拍の間を置いてから、ウドンゲは泣きそうな表情でこう呟いた。
「もう会えないんだなぁ、って思って」
その言葉に、私と咲夜さんの表情もまた、曇ってしまう。
そう、彼女は月からの亡命者であり、逃亡者。もしかしたら犯罪者でもあるのかもしれない。そんな彼女を思い出すとき、その彼はどんな風に思い出すのかと考えてしまい、私は更に表情を曇らせてしまいます。
「ごめんなさい、ウドンゲ」
「私もゴメン、ウドンゲ」
「あ、いいのいいの。湿っぽくなっちゃって。もう。で、咲夜はどうなの?」
かなり無理のある話題転換だったけど、私と咲夜さんはそれに乗る事にした。きっとそれが最善の方法だと思ったから。
「私?」
「うん! 次は咲夜の番」
「ふふ、知りたい?」
「「うん」」
もったいぶる咲夜さん。暗い中でも、意地悪く笑っている様子が容易に想像できます。
「私はねぇ」
「私は?」
ウドンゲは待ちきれないのか、詰め寄るように咲夜さんの方へ体を詰めました。おかげで幾分涼しくなったような気がします。
「お嬢様一筋よ」
「「えぇぇ!」」
当然、私とウドンゲは抗議しました。私達は真面目に話したのに、自分だけごまかそうとするなんて、ズルイ。
「あら、本当よ?」
「むぅ」
「男の人はいないんですか?」
「男の人じゃなきゃダメだって、誰が決めたの?」
「で、でも普通はそうじゃない!」
「知らなかった? 私は普通の人間じゃないのよ?」
詰め寄るウドンゲも、余裕の笑みを浮かべる咲夜さんには叶わなかったみたいで、諦めて追求を止めてしまいます。
・・・もしかして咲夜さんって、そーゆー人なのかな?
そして更に夜が更けた頃、私達は誰からとも無く眠りに落ちてゆくのだった。
毎回SS化ありがとうございますー。
ちなみに自分の中の咲夜さんは「そ-ゆー人」だったり ( ゚∀゚)人(゚∀゚ )イエー
責任転嫁しつつも、感想をくださった皆さんに感謝です。
このお話は番外編を挟み、あと少しだけ続きます。もうしばらくお付き合いください。