透き通るグラス 唇に寄せて
傾けて飲み干した 紅色(くれないいろ)の雫
紅き月背負い 微笑む姫君
風を裂き 夜を駆け 月明かりに酔う
狂おしいほど 輝く満月
夏の夜 夢のような 宴が始まる
翼広げ踊る 貴女を連れて 楽しむように
二人だけの殺し合い(ダンス) 終わらぬ弾幕(花火) 宴は続いてく
風を切り裂き 夜を駆け抜け
月の光を その身に浴びて
真紅の姫と 紅白の蝶
運命のように 惹(ひ)かれあっていく
虫の鳴き声も聞こえない、静かな夏の夜。
窓から降り注ぐ月明かりをシャワーのように浴びながら、ワイングラスを片手に深々と椅子に腰掛けていた。
手元のグラスを傾けながら、窓の外を見る。
今宵は満月。赤く、大きく、狂おしいほどに輝いているのだろう。だが、紅い魔霧越しの月は輪郭がぼやけていて形がはっきりしない。まるで朧月だ。
自分が出した霧なのに、鬱陶しく感じた。
消す事はいつでも出来る。今だけでも邪魔な霧を吹き飛ばそうと、そう思った時だった。
月明かりだけが照らす部屋が白い光に満たされ、霧が全て消し飛ぶ。忌々しい退魔の力による所業。
窓から覗く綺麗で美しい月から、手元へと視線を移す。
透き通るグラスを唇に寄せて傾ける。口から零れた紅い雫が顎を伝い、洋服に染み込む。
まだ中身が残っているグラスを掲げて、月と合わさるようにした。
そして、そのまま握り潰す。
割れたグラスの破片が肉を切り裂き、右手は血で真っ赤に染まる。
掌に突き刺さった大き目の破片を引き抜いて、傷口を舐めた。
血の味が、どんな美酒を飲むより気分を高揚させる。
背筋を走る痛みが、濡れてしまうぐらい心地良かった。
椅子から立ち上がり、月を見上げる。
「今夜は退屈せずにすみそうね」
背中の翼を広げて、窓をぶち抜き夜空へ飛び立った。
しつこく追いかけてきた時を止める銀髪のメイドを叩き落とすのに使った霊符の余波で、夜空を覆い尽くしていた赤い霧は見事に消し飛んだ。
あてもなくフラフラ飛んでからしばらくして、その場に留まった。
涼しい夜の風が頬を撫でる。
「そろそろ姿、見せてもいいんじゃない?お嬢さん?」
頭上を見上げた。赤く大きな満月に吸い寄せられるように、どこからともなく沢山の蝙蝠が集まって、人の形を成していく。
現れたのは、赤き月を背負い微笑む幼い姫君。
「やっぱり、人間って使えないわね」
「さっきのメイドは人間だったのか」
随分と人間離れした能力と強さだったが。
「あなた、殺人犯ね」
「一人までなら大量殺人犯じゃないから大丈夫よ」
お互い、分かっていながら言葉を交わす。
「で?」
紅い姫君は目を細めてこちらを見る。
並みの人間なら文字通り視線だけで殺せる圧力を適当に受け流す。
「そうそう、迷惑なの。あんたが」
これまでの戦いの凝りをほぐすように、玉串で肩をぽんぽんと叩く。
「短絡ね。しかも理由が分からない」
理由が分からない、か。ならはっきり言ってあげるわ、お嬢さん。
「とにかく、ここから出ていってくれる?」
「ここは、私の城よ? 出ていくのはあなただわ」
「この世から出てってほしいのよ」
目を逸らさずに相手を直視する。彼女はそんな言葉を言われたのが意外だったのか、驚いた表情をしていた。その後、目を閉じて笑みを浮かべる。
「しょうがないわね 今、お腹いっぱいだけど…」
「護衛にあのメイドを雇っていたんでしょ?そんな、箱入りお嬢様なんて一撃よ!」
本当に一撃で倒せるなど微塵も思っていなかった。懐に手を入れて確認する。霊符と夢符が一枚ずつ、残ったスペルカード両方にありったけの霊力を注ぎ込む。
死んではいないが、あのメイドはしばらく再起不能だ。途中で応援にやってくる事は無い。
これが最後の戦いだ。
「咲夜は優秀な掃除係。おかげで、首一つ落ちてないわ」
「貴女は強いの?」
「さあね。あんまり外に出して貰えないの。私が日光に弱いから」
「…なかなか出来るわね」
涼しい夜の風が頬を撫でる。
「こんなに月も紅いから」
紅き月を背負い微笑む姫君は、ゆっくりと目を開く。
「本気で殺すわよ」
背中の翼が風を切り裂き大気を打つ。体から抑えきれずに溢れ出した真紅の妖気が夜を真っ赤に染めていく。
「こんなに月も紅いのに」
面倒な事はさっさと片付けたいが、そう簡単にはいかないようだ。
邪魔する者は誰もいない、二人だけの殺し合い(ダンス)
恋人同士のように見つめ合う。彼女は微笑み、私はため息をつきながら。
「楽しい夜になりそうね」「 永い夜になりそうね」
狂おしいほど輝く満月の下。
夏の夜、夢のような宴が始まる。