注意点
*これは絵板[6126]、『5面ボスの、5面ボスによる、5面ボスの為の夏休み』を勝手にSSに仕立て上げたものです。セットでお楽しみください。
*序章「はじめてのなつやすみ」を読むと1.3倍くらい楽しめるかもしれません
*EKIさん、再び無断でネタを使ってすいません。台詞まで無断で使用して本当にごめんなさい。
十六夜咲夜は憂鬱だった。
お嬢様からお休みをいただき、温泉旅館へと向う道を歩いているだけなのだけれど、もう既に疲れきっていた。
いや、それはいい。そこまではまだ許容範囲内。それよりも問題は・・・。
「なんでこんな事に・・・」
隣を歩く侵入者Mと、同じく侵入者U。別名魂魄妖夢と鈴仙・U・イナバ。
何故か妙に乗り気な彼女達――主にウドンゲの方――と共に行く事になった事こそ、私にとっての最大の不満だった。
「暑いわね…」
そんな私の口から出るのが愚痴や不満であるのは、仕方が無い事だ。うん、仕方が無い。
「私こういうの初めて! 妖夢は?」
先ほどから妙にテンションの高いウドンゲ。そんな彼女を見て、咲夜は思った。月の事件の時とはまるで別人だわ、と。
「私も。でもいいのかな、従者がお休みなんて…」
主――もちろん妖夢の主である幽々子の事であり、断じてお嬢様の事ではない――の許可を得たとはいえ、彼女は主を放って遊びに行くという行為にまだ抵抗があるようだ。小さな声でぼそぼそと「でも幽々子様の命令だし・・・」などと呟いている辺り往生際が悪い。さすがは成仏していない幽霊といったところかしら?
「偶にはいいじゃない? あっ、夜は背中洗いっこしよう!」
「えっ、あ、うん」
その一言で妖夢の表情がぱっと明るくなる。どうやら誰かに背中を押してもらいたかっただけで、楽しみにしているのはウドンゲと同じらしい。
あの子達は楽しみにしている。いや、既に楽しそうにしている。それなのに私だけがいじけて、彼女達の邪魔をしては私の、ひいては私の主人の名に傷をつける事になりかねない。うん、そうに違いない。
隣では2人が楽しそうにおしゃべりに興じている。同じ布団で寝ようねとかいろいろお話しようねとか。そして私の覚悟は決まった。ならばやる事は1つ。
「…熱くなりそうだわ…」
いろいろとね。
こうして私はこの旅行を積極的に楽しむべく、彼女達の会話へ飛び込んでいくのだった。
旅館へと到着した従者様ご一行は、その趣のある建物に見とれていた。
いや、訂正しよう。余りのボロさ加減に唖然としていた。
「えーっと、咲夜さん。ここであってますよね?」
「えぇ、そのはずよ」
看板にはきちんと『温泉旅館極楽亭』と書かれているのだから、間違えようがない。出来れば間違っていて欲しいと思うのは、仕方の無い事だ。
「・・・うちより古そう」
そう呟いたのは、今までフルスロットルで突っ走っていた鈴仙。さすがにそのボロさ加減に不安を覚えたらしい。
「と、とりあえず中に入ってみましょうよ、ね?」
「そうね。そうしましょうか」
「私も妖夢に賛成」
妖夢を先頭に旅館へと入っていくご一行様。入ってすぐのところで待ち構えていたのは、和装の女性。彼女は一瞬ぎょっとした表情を浮かべたのだが、すぐに笑顔になり接客体勢へと入った。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか?」
女性が声をかけたのは、当然先頭で入ってきた妖夢。困っている妖夢の姿に苦笑しつつ、咲夜は一歩前へと踏み出した。
「えっと、このチケットの者なんですが」
「はい、承っております。お手数ですが、代表者の方、お名前とご住所を書いていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい」
促されるままに咲夜は台帳へと記入していく。
十六夜咲夜、紅魔館在住。そこまで書いてから、咲夜はふと気づく。住所が紅魔館では、もしかして問題があるだろうか? かといって冥界はもちろん、永遠亭と書いた所で問題がないのかと言えばありすぎるのだが。
「はい、確かに。すぐにお部屋にご案内しますので、少々お待ちくださいね」
「判りました」
問題がなかった事にほっとしつつ咲夜が振り返ると、そこには周りをキョロキョロと見回している2人の姿があった。
これじゃあまるで保護者ね。咲夜はそう思いながら1つ溜息を吐いた。
「お待たせしました。お客様のお部屋は四季の間になます。こちらへどうぞ」
「妖夢、ウドンゲ、行くわよ」
「はい」「は~い」
ちなみに、案内された部屋はそれなりによい部屋だった。
魂魄妖夢は落ち込んでいた。
具体的理由は一身上の都合で言いたくないのですが、現在3人で温泉に浸かっているところだと言えば判る人には判るかもしれません。でもどうか察さないでください。お願いですから・・・。
「うーん、気持ちいいねぇ」
「そうね」
その言葉通り気持ちよさそうに温泉に浸かっている2人を見つめながら、私は何故こうなったのかと考えを巡らせました。
旅館に着いたのが夕方頃で、その後部屋に案内されて、遊びに出かけたいという鈴仙さんを咲夜さんと2人で引き止め、今日のところは温泉にでも入ってゆっくりして明日遊ぼうと説得。そう、それが悪夢の始まりだったんです・・・。
「うーん、でも意外」
「・・・何がよ?」
「咲夜って思ってたより胸大きいなって」
グサッ。
あぁ、一番恐れていた事態が訪れてしまいました。願わくば、その話題がこちらに飛び火する前に鎮火して欲しいものです。
「・・・うちの門番ほどじゃないけどね」
「えー。あの人は大きすぎでしょ。うちの師匠もだけど」
鈴仙さんの言葉に、私はつい話題に上がった2人の事――というか胸――を思い出して更に精神的ダメージを受けてしまう。うぅ、訂正です。私に飛び火とか関係なく、今すぐ鎮火してください・・・。
「羨ましいよねぇ」
「そうね」
ぶっきら棒に答える咲夜さん。どうやら彼女も少なからずコンプレックスを感じているようです。私からすれば彼女も羨ましい程なんですけどね・・・。
「私も師匠ほどとは言わないけど、咲夜くらいまでは育たないかなぁ。ねぇ、妖夢?」
「え? わ、わわわ私は別にソンナコト思ってないでゴザルですよ、はい」
「・・・どうしたの妖夢? 大丈夫?」
「大丈夫にきまってるですよ、咲夜さん。私は別に何も気にしていらっしゃいませんから!」
「・・・妖夢、変」
その後の事はよく覚えていません。
私が覚えているのは、鈴仙さんの「ほんとだ、全然ない」という言葉とそれを確認する為の行動が、私を酷く落ち込ませたという事だけでした。
いろいろな意味で温泉を満喫した従者様ご一行。
彼女達が向ったのは映姫の間。大人数で食事をする為の、いわば宴会場と言った趣の大部屋だ。
「妖夢~、ゴメンってば。元気だしてっ」
「うぅ、どうせ私なんて、私なんて」
「いい湯だったわ」
落ち込んでいる妖夢をなんとか宥め、3人は用意された膳の前へと腰掛ける。
3人とも旅館の浴衣に身を包んでおり、更には温泉から上がったばかりで肌が火照った状態である。ここに男性の目があれば、きっと釘付けになっていたに違いない格好なのだが、しかしその心配は皆無だった。
「それにしても・・・」
「だよねぇ」
「いいんです。もういいんです」
目の前の光景に咲夜と鈴仙はアイコンタクトを交わす。妖夢はというとまだ落ち込んでいる真っ最中だ。
彼女達が目立たない理由。その訳は。
「なんでこの無駄に広い部屋に、3つしか膳が無いのかしら?」
「今日はお客さん達だけなんですよ」
「ひゃっ!」「わわっ、びっくりした」「みょん!?」
三者三様に驚き、全員が浴衣の合わせ目に手を入れる。
「お客さん、どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません」
全員が懐から――というかスペルカードから――手を離す。もし全員が発動していたら大惨事だった事は言うまでもないが、それはきっと些細な事である。
「ご飯、ここに置いておきますね」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあごゆっくり」
和装の女性が立ち去ると、今度は妖夢も加えて3人でアイコンタクトが交わされる。
気配、しなかったよね? うん、しなかった。 気づかなかったわ、不覚。
「と、兎に角ご飯にしましょう。私、よそりますね」
こうして復活した妖夢の手でご飯が配られ、食事がはじまる。
「ところでウドンゲ」
「はふ。あんに、はくや?」
「・・・とりあえず口の中がなくなってからしゃべりなさい」
「ふぁーい。んぐっ。で、何?」
咲夜はお茶を啜り、鈴仙もそれに倣ってお茶を啜る。すると何時もの癖なのか、空っぽになった2人の湯のみに妖夢がお茶を注ぎ始める。
「ありがとう妖夢。で、ウドンゲ」
「・・・?」
「今更だけど、あんたのその耳、なんで何も言われないの?」
「あぁ、その事ですか」
本当に今更だが、ここは人間の経営する旅館。妖怪がきたら警戒されるし、追い返される可能性だってある。最悪退治される事も・・・。
「私の魔眼でごましてるから大丈夫ですよ」
「そうなの?」
「はい。そうなんです。あ、ありがと」
「どういたしまして」
鈴仙が妖夢から湯のみを受け取り、一口啜る。
今度は咲夜がそれに倣おうとしたのだが、その瞬間ある事に気づく。
「もしかしてウドンゲ、それって目を合わさなきゃ効果がなかったりするの?」
「もちろん」
その返答に、咲夜は頭を抱えてしまう。悪魔に仕える身でありながら、咲夜はこの旅館が貸切状態である事を神に感謝した。
「妖夢の半身は・・・って、聞くまでもないわね」
「はい。普通の人間には幽霊は見えませんから」
当然と言えば当然な事なのだが、咲夜の周りにはその普通でない人物、もしくは妖怪ばかりなので何だか腑に落ちない様子。とはいえ、納得しない訳にもいかず、咲夜は引きつった笑みを浮かべながら「そう」とだけ呟いた。
礼儀正しく、静かに食事をする妖夢と咲夜。かき込むように食べる鈴仙。そして食事のスピードは人それぞれ。
「ごちそうさまでした。あー、おいしかった」
一番最初に食べ終わったのは鈴仙。彼女はそのままの勢いで後ろに倒れ込んだ。
食べ終わった人間をあまり待たせるのも悪い。そう考えた2人の食事ペースが若干早くなる。
「ウドンゲ」
「ん?」
咲夜が最程よりも少しだけ早く動いていた箸を止め、微笑を浮かべる。そして少しだけ咎める様な口調でこう言い放った。
「お行儀悪いわよ」
「えへへ」
結局2人の食事が終わるまで鈴仙はそのままだったのだが、咲夜がそれ以上注意する事はなかった。
鈴仙・U・イナバはまだ眠りたくなかった。
初めてだらけの経験で体は疲れているし、明日に備えて休むべきだという事もわかっている。でも、遊びたいのだから仕方が無いのだ。
「ねぇねぇ、あれやろ、あれやろ」
「・・・あのねぇウドンゲ。折角温泉に入ったのに、汗をかくような事をしてどうするのよ?」
「もう一回入ればいいじゃない」
「はぁ。妖夢、貴方からも言ってやって」
「えぇっと。私も少しやってみたいなーっとか思うんですけど」
「・・・妖夢、裏切ったわね」
「ごめんなさい」
「わーい、やろやろ」
順番はジャンケンで決め、負けたほうが抜ける。それだけルールを決めてから私達はじゃんけんぽんと同時に手を出す。
「私の負けかぁ」
「はぁ。私は見学で構わないのに・・・」
「いいじゃないですか。折角なんですから」
最初の対決は咲夜vs妖夢。
ナイフを的に正確に飛ばす咲夜と、豪快に剣を振るう妖夢。うーん、これは咲夜有利かな。
え、何をするのかって? それはもう、温泉といえば。これに決まってるじゃない。
「卓球なんてひさしぶりねぇ」
「私はやった事がないので、お手柔らかにお願いしますね」
どうやら咲夜は経験者らしい。永遠亭にもあるから私が有利だと思ったんだけど、そうはいかないみたい。楽しめそうで嬉しいけど。
「って、あれ? 難しいですね、これ」
「力加減とか、叩く位置さえ覚えれば簡単よ」
「うーん。それっ」
正確に返す咲夜に、まだ安定せず、たびたび玉を遠くまで飛ばしてしまう妖夢。
2人の様子を見ながら、私は卓球とはまったく関係のない事を考え始めた。
「・・・いいなぁ」
浴衣の合わせがはだけ、少しだけ見えている咲夜の胸。温泉でも同じ事を思ったけど、やっぱり羨ましい。
「妖夢には勝ってるんだけどなぁ」
はだけてもどこからが胸なのかわからないその大きさ。いや、むしろ小ささと言うべきかもしれない。でもこの中で一番浴衣が似合っているのは彼女なのだ。凛とした雰囲気が、それをより一層引き立てている。
とはいえ、咲夜が似合っていない訳ではなく、彼女もきちんと浴衣を着こなしている。もしかすると銀髪と浴衣は相性がいいのかもしれないな、と考え自分の青みがかった髪を一筋掴んでみる。
「はい、終わりね。次、ウドンゲの番よ」
「あう。無念」
私がそんな思考をしている間に試合が終了したらしく、私の前にはラケットを差し出す妖夢が立っていた。浴衣が少しはだけており、しかも運動したせいか白い肌に赤みがかかっていて、なんだか色っぽい。温泉上がりの時はちゃんと見ている余裕がなかったけど、よく見るとすごく・・・いや、そうじゃなくって!
妙な方向へと働いてしまった思考を切り替える為、私は大きく深呼吸をしてからラケットを受け取った。
「っよし。咲夜、負けないからね」
「はいはい」
「負けそうだからって時間止めるのはなしだからね?」
「貴方も魔眼を使うのは反則よ?」
そして始まる第二試合。
しばらくすると妖夢も慣れはじめ、私達は勝ち負けなんて気にせずに卓球を楽しんだ。
もちろん、寝る前に温泉に入りなおした事は言うまでもない。
*これは絵板[6126]、『5面ボスの、5面ボスによる、5面ボスの為の夏休み』を勝手にSSに仕立て上げたものです。セットでお楽しみください。
*序章「はじめてのなつやすみ」を読むと1.3倍くらい楽しめるかもしれません
*EKIさん、再び無断でネタを使ってすいません。台詞まで無断で使用して本当にごめんなさい。
十六夜咲夜は憂鬱だった。
お嬢様からお休みをいただき、温泉旅館へと向う道を歩いているだけなのだけれど、もう既に疲れきっていた。
いや、それはいい。そこまではまだ許容範囲内。それよりも問題は・・・。
「なんでこんな事に・・・」
隣を歩く侵入者Mと、同じく侵入者U。別名魂魄妖夢と鈴仙・U・イナバ。
何故か妙に乗り気な彼女達――主にウドンゲの方――と共に行く事になった事こそ、私にとっての最大の不満だった。
「暑いわね…」
そんな私の口から出るのが愚痴や不満であるのは、仕方が無い事だ。うん、仕方が無い。
「私こういうの初めて! 妖夢は?」
先ほどから妙にテンションの高いウドンゲ。そんな彼女を見て、咲夜は思った。月の事件の時とはまるで別人だわ、と。
「私も。でもいいのかな、従者がお休みなんて…」
主――もちろん妖夢の主である幽々子の事であり、断じてお嬢様の事ではない――の許可を得たとはいえ、彼女は主を放って遊びに行くという行為にまだ抵抗があるようだ。小さな声でぼそぼそと「でも幽々子様の命令だし・・・」などと呟いている辺り往生際が悪い。さすがは成仏していない幽霊といったところかしら?
「偶にはいいじゃない? あっ、夜は背中洗いっこしよう!」
「えっ、あ、うん」
その一言で妖夢の表情がぱっと明るくなる。どうやら誰かに背中を押してもらいたかっただけで、楽しみにしているのはウドンゲと同じらしい。
あの子達は楽しみにしている。いや、既に楽しそうにしている。それなのに私だけがいじけて、彼女達の邪魔をしては私の、ひいては私の主人の名に傷をつける事になりかねない。うん、そうに違いない。
隣では2人が楽しそうにおしゃべりに興じている。同じ布団で寝ようねとかいろいろお話しようねとか。そして私の覚悟は決まった。ならばやる事は1つ。
「…熱くなりそうだわ…」
いろいろとね。
こうして私はこの旅行を積極的に楽しむべく、彼女達の会話へ飛び込んでいくのだった。
旅館へと到着した従者様ご一行は、その趣のある建物に見とれていた。
いや、訂正しよう。余りのボロさ加減に唖然としていた。
「えーっと、咲夜さん。ここであってますよね?」
「えぇ、そのはずよ」
看板にはきちんと『温泉旅館極楽亭』と書かれているのだから、間違えようがない。出来れば間違っていて欲しいと思うのは、仕方の無い事だ。
「・・・うちより古そう」
そう呟いたのは、今までフルスロットルで突っ走っていた鈴仙。さすがにそのボロさ加減に不安を覚えたらしい。
「と、とりあえず中に入ってみましょうよ、ね?」
「そうね。そうしましょうか」
「私も妖夢に賛成」
妖夢を先頭に旅館へと入っていくご一行様。入ってすぐのところで待ち構えていたのは、和装の女性。彼女は一瞬ぎょっとした表情を浮かべたのだが、すぐに笑顔になり接客体勢へと入った。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか?」
女性が声をかけたのは、当然先頭で入ってきた妖夢。困っている妖夢の姿に苦笑しつつ、咲夜は一歩前へと踏み出した。
「えっと、このチケットの者なんですが」
「はい、承っております。お手数ですが、代表者の方、お名前とご住所を書いていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい」
促されるままに咲夜は台帳へと記入していく。
十六夜咲夜、紅魔館在住。そこまで書いてから、咲夜はふと気づく。住所が紅魔館では、もしかして問題があるだろうか? かといって冥界はもちろん、永遠亭と書いた所で問題がないのかと言えばありすぎるのだが。
「はい、確かに。すぐにお部屋にご案内しますので、少々お待ちくださいね」
「判りました」
問題がなかった事にほっとしつつ咲夜が振り返ると、そこには周りをキョロキョロと見回している2人の姿があった。
これじゃあまるで保護者ね。咲夜はそう思いながら1つ溜息を吐いた。
「お待たせしました。お客様のお部屋は四季の間になます。こちらへどうぞ」
「妖夢、ウドンゲ、行くわよ」
「はい」「は~い」
ちなみに、案内された部屋はそれなりによい部屋だった。
魂魄妖夢は落ち込んでいた。
具体的理由は一身上の都合で言いたくないのですが、現在3人で温泉に浸かっているところだと言えば判る人には判るかもしれません。でもどうか察さないでください。お願いですから・・・。
「うーん、気持ちいいねぇ」
「そうね」
その言葉通り気持ちよさそうに温泉に浸かっている2人を見つめながら、私は何故こうなったのかと考えを巡らせました。
旅館に着いたのが夕方頃で、その後部屋に案内されて、遊びに出かけたいという鈴仙さんを咲夜さんと2人で引き止め、今日のところは温泉にでも入ってゆっくりして明日遊ぼうと説得。そう、それが悪夢の始まりだったんです・・・。
「うーん、でも意外」
「・・・何がよ?」
「咲夜って思ってたより胸大きいなって」
グサッ。
あぁ、一番恐れていた事態が訪れてしまいました。願わくば、その話題がこちらに飛び火する前に鎮火して欲しいものです。
「・・・うちの門番ほどじゃないけどね」
「えー。あの人は大きすぎでしょ。うちの師匠もだけど」
鈴仙さんの言葉に、私はつい話題に上がった2人の事――というか胸――を思い出して更に精神的ダメージを受けてしまう。うぅ、訂正です。私に飛び火とか関係なく、今すぐ鎮火してください・・・。
「羨ましいよねぇ」
「そうね」
ぶっきら棒に答える咲夜さん。どうやら彼女も少なからずコンプレックスを感じているようです。私からすれば彼女も羨ましい程なんですけどね・・・。
「私も師匠ほどとは言わないけど、咲夜くらいまでは育たないかなぁ。ねぇ、妖夢?」
「え? わ、わわわ私は別にソンナコト思ってないでゴザルですよ、はい」
「・・・どうしたの妖夢? 大丈夫?」
「大丈夫にきまってるですよ、咲夜さん。私は別に何も気にしていらっしゃいませんから!」
「・・・妖夢、変」
その後の事はよく覚えていません。
私が覚えているのは、鈴仙さんの「ほんとだ、全然ない」という言葉とそれを確認する為の行動が、私を酷く落ち込ませたという事だけでした。
いろいろな意味で温泉を満喫した従者様ご一行。
彼女達が向ったのは映姫の間。大人数で食事をする為の、いわば宴会場と言った趣の大部屋だ。
「妖夢~、ゴメンってば。元気だしてっ」
「うぅ、どうせ私なんて、私なんて」
「いい湯だったわ」
落ち込んでいる妖夢をなんとか宥め、3人は用意された膳の前へと腰掛ける。
3人とも旅館の浴衣に身を包んでおり、更には温泉から上がったばかりで肌が火照った状態である。ここに男性の目があれば、きっと釘付けになっていたに違いない格好なのだが、しかしその心配は皆無だった。
「それにしても・・・」
「だよねぇ」
「いいんです。もういいんです」
目の前の光景に咲夜と鈴仙はアイコンタクトを交わす。妖夢はというとまだ落ち込んでいる真っ最中だ。
彼女達が目立たない理由。その訳は。
「なんでこの無駄に広い部屋に、3つしか膳が無いのかしら?」
「今日はお客さん達だけなんですよ」
「ひゃっ!」「わわっ、びっくりした」「みょん!?」
三者三様に驚き、全員が浴衣の合わせ目に手を入れる。
「お客さん、どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません」
全員が懐から――というかスペルカードから――手を離す。もし全員が発動していたら大惨事だった事は言うまでもないが、それはきっと些細な事である。
「ご飯、ここに置いておきますね」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあごゆっくり」
和装の女性が立ち去ると、今度は妖夢も加えて3人でアイコンタクトが交わされる。
気配、しなかったよね? うん、しなかった。 気づかなかったわ、不覚。
「と、兎に角ご飯にしましょう。私、よそりますね」
こうして復活した妖夢の手でご飯が配られ、食事がはじまる。
「ところでウドンゲ」
「はふ。あんに、はくや?」
「・・・とりあえず口の中がなくなってからしゃべりなさい」
「ふぁーい。んぐっ。で、何?」
咲夜はお茶を啜り、鈴仙もそれに倣ってお茶を啜る。すると何時もの癖なのか、空っぽになった2人の湯のみに妖夢がお茶を注ぎ始める。
「ありがとう妖夢。で、ウドンゲ」
「・・・?」
「今更だけど、あんたのその耳、なんで何も言われないの?」
「あぁ、その事ですか」
本当に今更だが、ここは人間の経営する旅館。妖怪がきたら警戒されるし、追い返される可能性だってある。最悪退治される事も・・・。
「私の魔眼でごましてるから大丈夫ですよ」
「そうなの?」
「はい。そうなんです。あ、ありがと」
「どういたしまして」
鈴仙が妖夢から湯のみを受け取り、一口啜る。
今度は咲夜がそれに倣おうとしたのだが、その瞬間ある事に気づく。
「もしかしてウドンゲ、それって目を合わさなきゃ効果がなかったりするの?」
「もちろん」
その返答に、咲夜は頭を抱えてしまう。悪魔に仕える身でありながら、咲夜はこの旅館が貸切状態である事を神に感謝した。
「妖夢の半身は・・・って、聞くまでもないわね」
「はい。普通の人間には幽霊は見えませんから」
当然と言えば当然な事なのだが、咲夜の周りにはその普通でない人物、もしくは妖怪ばかりなので何だか腑に落ちない様子。とはいえ、納得しない訳にもいかず、咲夜は引きつった笑みを浮かべながら「そう」とだけ呟いた。
礼儀正しく、静かに食事をする妖夢と咲夜。かき込むように食べる鈴仙。そして食事のスピードは人それぞれ。
「ごちそうさまでした。あー、おいしかった」
一番最初に食べ終わったのは鈴仙。彼女はそのままの勢いで後ろに倒れ込んだ。
食べ終わった人間をあまり待たせるのも悪い。そう考えた2人の食事ペースが若干早くなる。
「ウドンゲ」
「ん?」
咲夜が最程よりも少しだけ早く動いていた箸を止め、微笑を浮かべる。そして少しだけ咎める様な口調でこう言い放った。
「お行儀悪いわよ」
「えへへ」
結局2人の食事が終わるまで鈴仙はそのままだったのだが、咲夜がそれ以上注意する事はなかった。
鈴仙・U・イナバはまだ眠りたくなかった。
初めてだらけの経験で体は疲れているし、明日に備えて休むべきだという事もわかっている。でも、遊びたいのだから仕方が無いのだ。
「ねぇねぇ、あれやろ、あれやろ」
「・・・あのねぇウドンゲ。折角温泉に入ったのに、汗をかくような事をしてどうするのよ?」
「もう一回入ればいいじゃない」
「はぁ。妖夢、貴方からも言ってやって」
「えぇっと。私も少しやってみたいなーっとか思うんですけど」
「・・・妖夢、裏切ったわね」
「ごめんなさい」
「わーい、やろやろ」
順番はジャンケンで決め、負けたほうが抜ける。それだけルールを決めてから私達はじゃんけんぽんと同時に手を出す。
「私の負けかぁ」
「はぁ。私は見学で構わないのに・・・」
「いいじゃないですか。折角なんですから」
最初の対決は咲夜vs妖夢。
ナイフを的に正確に飛ばす咲夜と、豪快に剣を振るう妖夢。うーん、これは咲夜有利かな。
え、何をするのかって? それはもう、温泉といえば。これに決まってるじゃない。
「卓球なんてひさしぶりねぇ」
「私はやった事がないので、お手柔らかにお願いしますね」
どうやら咲夜は経験者らしい。永遠亭にもあるから私が有利だと思ったんだけど、そうはいかないみたい。楽しめそうで嬉しいけど。
「って、あれ? 難しいですね、これ」
「力加減とか、叩く位置さえ覚えれば簡単よ」
「うーん。それっ」
正確に返す咲夜に、まだ安定せず、たびたび玉を遠くまで飛ばしてしまう妖夢。
2人の様子を見ながら、私は卓球とはまったく関係のない事を考え始めた。
「・・・いいなぁ」
浴衣の合わせがはだけ、少しだけ見えている咲夜の胸。温泉でも同じ事を思ったけど、やっぱり羨ましい。
「妖夢には勝ってるんだけどなぁ」
はだけてもどこからが胸なのかわからないその大きさ。いや、むしろ小ささと言うべきかもしれない。でもこの中で一番浴衣が似合っているのは彼女なのだ。凛とした雰囲気が、それをより一層引き立てている。
とはいえ、咲夜が似合っていない訳ではなく、彼女もきちんと浴衣を着こなしている。もしかすると銀髪と浴衣は相性がいいのかもしれないな、と考え自分の青みがかった髪を一筋掴んでみる。
「はい、終わりね。次、ウドンゲの番よ」
「あう。無念」
私がそんな思考をしている間に試合が終了したらしく、私の前にはラケットを差し出す妖夢が立っていた。浴衣が少しはだけており、しかも運動したせいか白い肌に赤みがかかっていて、なんだか色っぽい。温泉上がりの時はちゃんと見ている余裕がなかったけど、よく見るとすごく・・・いや、そうじゃなくって!
妙な方向へと働いてしまった思考を切り替える為、私は大きく深呼吸をしてからラケットを受け取った。
「っよし。咲夜、負けないからね」
「はいはい」
「負けそうだからって時間止めるのはなしだからね?」
「貴方も魔眼を使うのは反則よ?」
そして始まる第二試合。
しばらくすると妖夢も慣れはじめ、私達は勝ち負けなんて気にせずに卓球を楽しんだ。
もちろん、寝る前に温泉に入りなおした事は言うまでもない。
温泉の件はこまっちゃんがいないのが非常に悔やまれました。
こまっちゃんの積める善行は今すぐ温泉に合流して「おっきーねー」とか「さわらせてー」とか言われることだ!!!
とはいえ、充分に堪能させていただきました。更なる続きも楽しみにしています。
ほんとだ、全然ない・・・・
ほんとだ、全然ない・・・・
ちなみに読んでの通り、この作品内では妖夢がぺたん、咲夜と鈴仙は並という設定になっております。で、やや咲夜優勢。
何の話かなんて聞くのは野暮ってものです。