注意点
*これは絵板[6126]、『5面ボスの、5面ボスによる、5面ボスの為の夏休み』の序章を勝手に想像したモノです
*EKIさん無断でネタを使ってすいません。
「貴方に暇をあげるわ」
全てはその台詞から始まったのだった。
鈴仙・U・イナバは浮かれていた。
着替えをする為に覗いた姿見には、にやにやと笑顔を浮かべた私が写っている。これじゃ怪しい人だとは思うのだけれど、先ほどの師匠との会話を思い出してしまい、更に表情が、にへ、っと崩れてしまう。
「いいんですか?」
「えぇ。今まで休みといっても永遠亭からは出られなかったしね」
「そうですね」
月からの使者、というか刺客を恐れて今までひっそりと隠れ住んでいた私たち。しかしここ――幻想郷までは彼らはやってこられないと知り、最近ようやく自由に外出出来る様になったのだ。
その矢先に師匠から告げられたお休み報。しかも長期休暇!
「夏季休暇、っていうらしいわよ」
そう教えてくれた師匠の進めで私はこうして外出の準備をしているのだ。
師匠曰く、夏季休暇とは故郷に帰ったり、友達と遊んだり、外泊したりするものだそうだ。さすがに故郷の月には帰れない私は、適当にあてを探して外泊する事に決めたのだ。
「うーん。でもなぁ」
浮かれた様子から一転、姿見には眉間に皺を寄せた、お世辞にも可愛いとはいえない私の姿が写る。うん、人前では絶対にこんな顔はしないように気をつけよう。
「じゃなくって」
自分の気持ちを切り替えるためにわざと大きめの声を出し、私は本題について考え始める。
本題。そう、それは・・・。
「私の友達って誰だろう?」
永遠亭のメンバーは今回は除外。だって外泊にならないし。他の知り合いと言えば、姫様の知り合いであるあの蓬莱人、後は・・・。
「ううん。やめやめ」
私はそこで思考を止める。折角のお休みなんだから、楽しまなきゃ。だから。
「知り合いに片っ端から会いに行こう!」
まずはあの事件で知り合った人たちを尋ねてみよう。
こうして鈴仙・U・イナバは幻想郷へと元気よく飛び出していったのだった。
魂魄妖夢は戸惑っていた。
まず最初に疑ったのが、先ほど出した料理。間違って何か変なものでも入れてしまったかと考え、そんなはずはないと言う結論が出ました。するとまさか。
「幽々子様、拾い食いでもしましたか?」
「失礼ね」
そう言われても、普段の行動が行動だけに、疑われても仕方がないのでは? などと思いつつ他の可能性を考える事も忘れない。そうなるとえっと。
「・・・何してるの妖夢?」
「いえ、熱でもあるのかと思いまして」
カナリ近い距離から聞える幽々子様の声。おでことおでこがくっついているのだから、当然と言えば当然なのですが。じっ、と見詰め合う格好はなんだか少し気恥ずかしくて、でもなんか心地が良くて。だから私はしばらくそのままの格好でいる事にしました。
「冷たいです」
「私は幽霊で妖夢は半霊だもの、妖夢の方が温かいのは当然でしょう?」
確かに。
納得しながらふと、幽霊が風邪をひくのかと言う根本的な疑問へと思い当たる。私の記憶する限り、幽々子様が風邪をひいた事はなかったはずです。
「もしかして、幽霊って風邪をひかないのですか?」
「当然よ。知らなかったの?」
もちろん知らなかった。
むしろ自分が小さい頃に風邪をひいたことがあるせいで、幽霊も風邪をひくものだと思っていたくらいですから。
幽霊と半霊。どうやらその違いはとても大きなもののようです。
「・・・正気ですか?」
「もちろんよ」
「本気ですか?」
「本気だってば」
疑いたくもなります。私が暇を貰うという事は、即ち庭の手入れ、部屋の掃除、洗濯、食事の準備をする人間、もとい存在がいなくなる事を示すのですから。
ですが目の前にある幽々子様の瞳は曇りなく、それは真実であると感じました。相手は幽々子様ですから、確実とは言えませんが・・・。
「・・・大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ」
「本当に?」
「私って信用ない?」
はい、ないです。とはさすがに言えず、私は言葉を飲み込むしかありませんでした。
そう考えてから私は、別に休みだからといって仕事をしてはいけない訳ではないという事に思い当たりました。なんだ、別に問題ないじゃない。
「そうそう妖夢」
「はい、なんでしょう幽々子様」
「お休みの間、折角だからお友達の家にでも泊まらせてもらいなさい」
「えぇ!?」
「あら、何か問題でもあるの?」
「えーっと、折角お休みを頂いたんですから、ここでゆっくりと休みたいな~、とか思うのですが」
「ダメよ。これは<なつやすみ>なのよ。だからどこかへ遊びに行くのは当然なの。妖夢、これは命令よ」
私の抵抗空しく、幽々子様は強制的にそう決定してしまいました。ところで<なつやすみ>ってなんなのでしょう? 馴染みのない言葉です。いえ、休み自体、私とは無縁なのですけど・・・。
「ほら、妖夢。準備して早く出かけなさい」
「あ、はい。えっと、餓死しないでくださいね?」
「大丈夫よ。いってらっしゃい、妖夢」
「はい。では、いって参ります」
こうして魂魄妖夢はあてもなく幻想郷へと放り出されたのだった。
十六夜咲夜は取り乱していた。
私は何かをやってしまったのだろうか。もしかして買い物の帰り道に買い食いしたせい? いや、まさか・・・。じゃあもしかしてあれが。いやいや。
「どうしたの、咲夜?」
「えっと、その。後生ですから考え直していただけませんか?」
「ダメよ。これは決定事項なのよ」
暇をあげる。すなわち解雇宣告。
今ままで全力で。いや、全てを捧げて仕えてきた主からの、あまりのお言葉。
「そ、そんな! そんな事を言わずにお願いします。何でも致しますから、どうかお嬢様のお傍に・・・」
自分が完全で瀟洒な従者である事すら忘れ、お嬢様に縋りつくように懇願する。
お嬢様に見捨てられたら、私はどうして生きていけば・・・。
「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない。でもダメよ」
「お嬢様!」
お嬢様の更なるお言葉で、私は絶望の淵へと立たされてしまう。
あぁ、私はこれからどう生きていけばいいのだろうか? そう、お嬢様のお傍にいられないのであれば、いっそ・・・。
「でも、変ねぇ」
「・・・何がでしょうか?」
せめて最後までお嬢様に相応しい従者であろう。そう覚悟を決めた私は、上辺だけでも繕おうと、出来る限り何時も通りにと冷静を装い、お嬢様のお言葉に返事を返す。
しかし続くお嬢様のお言葉は、私に更なる混乱を招いた。
「暇をあげれば人間は喜ぶって聞いたんだけど」
「・・・はい?」
先ほどの誓いは一瞬も叶うことなく崩れさり、私は間抜けな顔で、間抜けな返答をしてしまう。こんな姿、絶対に部下に、特に門番には見せられないわね・・・。
「えっと、それはどういう事でしょうか?」
「サマーバケーションっていうらしいじゃない、こういうのを」
同時刻、博麗神社
「なんなのよ、もう」
私がいつも通りのんびりとお茶を飲んでいると、そこに月の兔と冥界の庭師が現れた。
しかもその理由が、
「「泊めて」下さい」
なのだ。
もちろん、一度は即答で却下したのは言うまでもない。
「そういわずにお願いします」
「うるさい。家に帰れ」
「ですから帰れないんですってば」
「じゃあウドンゲのとこにでも行きなさい」
「それは鈴仙さんが許してくれないんです・・・」
2人の視線が同時に境内へと向う。そこには何故か竹箒を持って掃除をしているウドンゲ。しかもなんだか楽しそう。
どうやら本人は巫女気分らしい。少し前に、
「ねーねー霊夢」
「何よ」
「巫女服貸して」
「ヤダ」
というやり取りもあった事からもそれは確実だろう。その後少しだけ頬を膨らませたが、またすぐに上機嫌になり今に至る。
「でも、他にあてがないんです」
「魔理沙のとことか、レミリアのとことか、いろいろあるでしょ」
「魔理沙さんのところは足の踏み場もないらしいですし、紅魔館へいくと血を吸われそうで・・・」
「あぁ、そういえばアンタ、半分は人間だったわね」
とはいえ、そんな事で引き下がる訳にはいかなかった。彼女たちを泊める訳にはいかない明確な理由が私にはあったのだ。食料庫とかお賽銭箱の中身に関する理由が。
「兎に角、うちは無理よ」
「極力ご迷惑をお掛けしない様にします。部屋を貸して頂くだけでもかまいませんから、お願いできませんか?」
「ダメよ。それを許したら止まりこみで宴会しそうなヤツがいるし」
私の答えに妖夢はがっくりと項垂れた。冥界でのお花見、その片付けを一手に引き受ける事になった妖夢にとって、それは実感として納得出来る理由だったらしい。今考えた、とってつけた理由なんだけどね。
「あー、楽しかった。はい、霊夢。ありがと」
「もういいの?」
「うん」
「あ、鈴仙さん。ここはダメみたいです」
「ん。そっか」
まるでこの世の終わりのような表情でそう伝える妖夢に、鈴仙は酷くあっけらかんと返答をする。しかも笑顔で。どうやら彼女にとって、ここに泊まれない事はさしたる問題ではないらしい。じゃあ来るな、と心で悪態を吐きながら更に私はお茶を啜った。
「じゃあ、次いこっか」
「次、ですか?」
「うん。えーっと、ここがダメで魔理沙とアリスもダメって言われたし、妖夢のところもダメなんでしょ?」
「あ、はい」
鈴仙の言葉を聞き、更なる絶望へと放り込まれた様子の妖夢。彼女の思考はきっとこんなところだろう。
これじゃあもう紫様のところしかあてがないじゃないですか。うぅ、あそこは嫌だ。絶対に嫌だ。でももうあてはないし・・・。
根拠はないが多分そんな所だろう。私だって紫のところに泊まれと言われたら、全力で拒否する。
「じゃあ、次は紅魔館へレッツゴー」
「はい。って、えぇぇ!?」
「はいはい、掃除の邪魔だからさっさと行ってね」
こうして2人は紅魔館へと向って飛立っていったのだった。
彼女たちが飛立った後も、博麗の巫女がお茶を飲み続けていた事をここに追記しておく。
勘違い全開の会話の誤解が解け、咲夜が紅茶を淹れ直し、更にお代わりを淹れた頃。
「本当によろしいのですか、お嬢様?」
「くどいわね。言ったでしょう? これは決定事項だって」
お嬢様の命令ならばなんであっても実行する覚悟の咲夜だが、まだ混乱が収まっていないのか、先ほどから同じ質問を繰り返していた。
お休み自体が嬉しくない訳ではないのだが、かといってここに来てからお休みを貰うのは初めてで何をしていいのかわからない。咲夜の思考は概ねこんなところだ。
「そうそう、忘れてたわ。咲夜」
「なんでしょうか、お嬢様」
「これ、使いなさい」
レミリアの手から差し出されたものは『温泉旅館極楽亭 二泊三日3名様まで』とかかれている1枚の紙切れ。
見覚えがある、と思った咲夜は、先日の買出しの事を思い出す。それは香霖堂で買い物をした際にオマケだと言って渡されたモノだ。「僕には必要のないモノだからね」とは、店主の言。
「えっと、でしたらお嬢様もご一緒に・・・」
「ダメよ。私が行ったら咲夜が羽を伸ばせないでしょう?」
そんな事は、といいかけた咲夜だが、目の前にレミリアがいるのにお世話が出来ないという状況を想像し、口を噤んだ。
それはそれでストレスが溜まりそうだわ。それが咲夜の出した結論だった。
「3人までらしいから、適当に誘っていってきなさい。あぁ、霊夢はダメよ?」
「しかし、お嬢様を差し置いて、従者である私だけが遊びに行くなどと・・・」
ドガーン
「あら、お客様みたいね」
「はい」
門の方角から聞えた破砕音。魔理沙あたりが門番を吹っ飛ばした音に違いない、と確信している2人。
門番のやられる音が呼び鈴代わりというのが、この紅魔館の日常を如実に物語っているのが、ここではどうでもよい事である。
「お嬢様」
「わかったわ」
それだけのやり取りを残し、侵入者の迎撃へと向う咲夜。
魔理沙ならばいいのだが、他の侵入者の可能性もあるので、念のためというヤツである。
「あ、咲夜さん。こんにちは」
「咲夜、こんにちはー」
「・・・貴方たち、何やってるの?」
そこにいたのは魔理沙ではなく、かといって霊夢でもない。月の兔、鈴仙・U・イナバと冥界の庭師、魂魄妖夢だった。
なんでこの子たちがここに? とか、さすがにあの子じゃこの2人相手は分が悪かったわね、などと考えながら咲夜はナイフを構え、警戒を強めた。
「何の用かしら?」
「えっとね。泊めて」
「鈴仙さん、泊めて貰う気だったんですか・・・?」
「もちろん」
「・・・門番をふっ飛ばしてくるような客を泊める部屋は、ここにはないわよ」
その言葉に鈴仙は不満そうな顔をし、妖夢は苦笑いを浮かべる。
どうやら彼女たちに交戦の意思がないらしいと判断した咲夜は、とりあえず警戒を緩めた。
「で、本気でそれだけなのかしら?」
「はい。あの、すいません」
「いいわ。貴方も苦労してるのね」
「いえ、そんな事は・・・」
「うーん。ここが最後だったんだけどなぁ」
困ったなー、などといいつつも笑顔の鈴仙。それを見て、全然困ってないじゃない、と咲夜と妖夢は心の中で同時に叫んでいた。
いかに鈴仙の耳が大きくてもそんな事など判る訳もなく。いや、聞く事が出来ても聞いているかかなり怪しい状況ではあるのだが。兎も角、鈴仙は2人の心境など知る由も無く楽しそうに言葉を続けた。
「妖夢、他にあてはないの?」
「えっと、あるにはありますけど・・・」
「じゃあ、そこいこ」
門番をふっ飛ばしたあげく泊めろと言い、更に勝手に話を進めて出て行こうとする侵入者。どうやら紅魔館にはそんな輩しかやってこないらしい。
咲夜は溜息を1つ吐き、この侵入者の処置を考え始める。このまま返してもいいのだけれど、せめて注意くらいはしておくべきかしら、と。
「あら、丁度いいじゃない」
「っ!? お嬢様!」
そこに唐突に現れるレミリア。
一応とは言え、相手は侵入者。咲夜はその姿を確認するや否や、主の前へと立ち、警戒を強める。
「いいのよ、咲夜」
「しかし、お嬢様・・・」
「ほら、これで丁度3人だし」
「えっと、まさか・・・?」
「えー、何々?」
「えっと、あの~」
戸惑う咲夜、興味津々の鈴仙、恐々としている妖夢。そして3人を楽しそうに見比べているレミリア。
「咲夜、紅茶の準備をよろしくね」
「・・・畏まりました」
「2人とも、こっちへいらっしゃい。説明するわ。咲夜が」
「はーい」
「・・・失礼します」
こうして従者達の、従者達による、従者達の為の夏休みが幕を開けるのだった。
*これは絵板[6126]、『5面ボスの、5面ボスによる、5面ボスの為の夏休み』の序章を勝手に想像したモノです
*EKIさん無断でネタを使ってすいません。
「貴方に暇をあげるわ」
全てはその台詞から始まったのだった。
鈴仙・U・イナバは浮かれていた。
着替えをする為に覗いた姿見には、にやにやと笑顔を浮かべた私が写っている。これじゃ怪しい人だとは思うのだけれど、先ほどの師匠との会話を思い出してしまい、更に表情が、にへ、っと崩れてしまう。
「いいんですか?」
「えぇ。今まで休みといっても永遠亭からは出られなかったしね」
「そうですね」
月からの使者、というか刺客を恐れて今までひっそりと隠れ住んでいた私たち。しかしここ――幻想郷までは彼らはやってこられないと知り、最近ようやく自由に外出出来る様になったのだ。
その矢先に師匠から告げられたお休み報。しかも長期休暇!
「夏季休暇、っていうらしいわよ」
そう教えてくれた師匠の進めで私はこうして外出の準備をしているのだ。
師匠曰く、夏季休暇とは故郷に帰ったり、友達と遊んだり、外泊したりするものだそうだ。さすがに故郷の月には帰れない私は、適当にあてを探して外泊する事に決めたのだ。
「うーん。でもなぁ」
浮かれた様子から一転、姿見には眉間に皺を寄せた、お世辞にも可愛いとはいえない私の姿が写る。うん、人前では絶対にこんな顔はしないように気をつけよう。
「じゃなくって」
自分の気持ちを切り替えるためにわざと大きめの声を出し、私は本題について考え始める。
本題。そう、それは・・・。
「私の友達って誰だろう?」
永遠亭のメンバーは今回は除外。だって外泊にならないし。他の知り合いと言えば、姫様の知り合いであるあの蓬莱人、後は・・・。
「ううん。やめやめ」
私はそこで思考を止める。折角のお休みなんだから、楽しまなきゃ。だから。
「知り合いに片っ端から会いに行こう!」
まずはあの事件で知り合った人たちを尋ねてみよう。
こうして鈴仙・U・イナバは幻想郷へと元気よく飛び出していったのだった。
魂魄妖夢は戸惑っていた。
まず最初に疑ったのが、先ほど出した料理。間違って何か変なものでも入れてしまったかと考え、そんなはずはないと言う結論が出ました。するとまさか。
「幽々子様、拾い食いでもしましたか?」
「失礼ね」
そう言われても、普段の行動が行動だけに、疑われても仕方がないのでは? などと思いつつ他の可能性を考える事も忘れない。そうなるとえっと。
「・・・何してるの妖夢?」
「いえ、熱でもあるのかと思いまして」
カナリ近い距離から聞える幽々子様の声。おでことおでこがくっついているのだから、当然と言えば当然なのですが。じっ、と見詰め合う格好はなんだか少し気恥ずかしくて、でもなんか心地が良くて。だから私はしばらくそのままの格好でいる事にしました。
「冷たいです」
「私は幽霊で妖夢は半霊だもの、妖夢の方が温かいのは当然でしょう?」
確かに。
納得しながらふと、幽霊が風邪をひくのかと言う根本的な疑問へと思い当たる。私の記憶する限り、幽々子様が風邪をひいた事はなかったはずです。
「もしかして、幽霊って風邪をひかないのですか?」
「当然よ。知らなかったの?」
もちろん知らなかった。
むしろ自分が小さい頃に風邪をひいたことがあるせいで、幽霊も風邪をひくものだと思っていたくらいですから。
幽霊と半霊。どうやらその違いはとても大きなもののようです。
「・・・正気ですか?」
「もちろんよ」
「本気ですか?」
「本気だってば」
疑いたくもなります。私が暇を貰うという事は、即ち庭の手入れ、部屋の掃除、洗濯、食事の準備をする人間、もとい存在がいなくなる事を示すのですから。
ですが目の前にある幽々子様の瞳は曇りなく、それは真実であると感じました。相手は幽々子様ですから、確実とは言えませんが・・・。
「・・・大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ」
「本当に?」
「私って信用ない?」
はい、ないです。とはさすがに言えず、私は言葉を飲み込むしかありませんでした。
そう考えてから私は、別に休みだからといって仕事をしてはいけない訳ではないという事に思い当たりました。なんだ、別に問題ないじゃない。
「そうそう妖夢」
「はい、なんでしょう幽々子様」
「お休みの間、折角だからお友達の家にでも泊まらせてもらいなさい」
「えぇ!?」
「あら、何か問題でもあるの?」
「えーっと、折角お休みを頂いたんですから、ここでゆっくりと休みたいな~、とか思うのですが」
「ダメよ。これは<なつやすみ>なのよ。だからどこかへ遊びに行くのは当然なの。妖夢、これは命令よ」
私の抵抗空しく、幽々子様は強制的にそう決定してしまいました。ところで<なつやすみ>ってなんなのでしょう? 馴染みのない言葉です。いえ、休み自体、私とは無縁なのですけど・・・。
「ほら、妖夢。準備して早く出かけなさい」
「あ、はい。えっと、餓死しないでくださいね?」
「大丈夫よ。いってらっしゃい、妖夢」
「はい。では、いって参ります」
こうして魂魄妖夢はあてもなく幻想郷へと放り出されたのだった。
十六夜咲夜は取り乱していた。
私は何かをやってしまったのだろうか。もしかして買い物の帰り道に買い食いしたせい? いや、まさか・・・。じゃあもしかしてあれが。いやいや。
「どうしたの、咲夜?」
「えっと、その。後生ですから考え直していただけませんか?」
「ダメよ。これは決定事項なのよ」
暇をあげる。すなわち解雇宣告。
今ままで全力で。いや、全てを捧げて仕えてきた主からの、あまりのお言葉。
「そ、そんな! そんな事を言わずにお願いします。何でも致しますから、どうかお嬢様のお傍に・・・」
自分が完全で瀟洒な従者である事すら忘れ、お嬢様に縋りつくように懇願する。
お嬢様に見捨てられたら、私はどうして生きていけば・・・。
「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない。でもダメよ」
「お嬢様!」
お嬢様の更なるお言葉で、私は絶望の淵へと立たされてしまう。
あぁ、私はこれからどう生きていけばいいのだろうか? そう、お嬢様のお傍にいられないのであれば、いっそ・・・。
「でも、変ねぇ」
「・・・何がでしょうか?」
せめて最後までお嬢様に相応しい従者であろう。そう覚悟を決めた私は、上辺だけでも繕おうと、出来る限り何時も通りにと冷静を装い、お嬢様のお言葉に返事を返す。
しかし続くお嬢様のお言葉は、私に更なる混乱を招いた。
「暇をあげれば人間は喜ぶって聞いたんだけど」
「・・・はい?」
先ほどの誓いは一瞬も叶うことなく崩れさり、私は間抜けな顔で、間抜けな返答をしてしまう。こんな姿、絶対に部下に、特に門番には見せられないわね・・・。
「えっと、それはどういう事でしょうか?」
「サマーバケーションっていうらしいじゃない、こういうのを」
同時刻、博麗神社
「なんなのよ、もう」
私がいつも通りのんびりとお茶を飲んでいると、そこに月の兔と冥界の庭師が現れた。
しかもその理由が、
「「泊めて」下さい」
なのだ。
もちろん、一度は即答で却下したのは言うまでもない。
「そういわずにお願いします」
「うるさい。家に帰れ」
「ですから帰れないんですってば」
「じゃあウドンゲのとこにでも行きなさい」
「それは鈴仙さんが許してくれないんです・・・」
2人の視線が同時に境内へと向う。そこには何故か竹箒を持って掃除をしているウドンゲ。しかもなんだか楽しそう。
どうやら本人は巫女気分らしい。少し前に、
「ねーねー霊夢」
「何よ」
「巫女服貸して」
「ヤダ」
というやり取りもあった事からもそれは確実だろう。その後少しだけ頬を膨らませたが、またすぐに上機嫌になり今に至る。
「でも、他にあてがないんです」
「魔理沙のとことか、レミリアのとことか、いろいろあるでしょ」
「魔理沙さんのところは足の踏み場もないらしいですし、紅魔館へいくと血を吸われそうで・・・」
「あぁ、そういえばアンタ、半分は人間だったわね」
とはいえ、そんな事で引き下がる訳にはいかなかった。彼女たちを泊める訳にはいかない明確な理由が私にはあったのだ。食料庫とかお賽銭箱の中身に関する理由が。
「兎に角、うちは無理よ」
「極力ご迷惑をお掛けしない様にします。部屋を貸して頂くだけでもかまいませんから、お願いできませんか?」
「ダメよ。それを許したら止まりこみで宴会しそうなヤツがいるし」
私の答えに妖夢はがっくりと項垂れた。冥界でのお花見、その片付けを一手に引き受ける事になった妖夢にとって、それは実感として納得出来る理由だったらしい。今考えた、とってつけた理由なんだけどね。
「あー、楽しかった。はい、霊夢。ありがと」
「もういいの?」
「うん」
「あ、鈴仙さん。ここはダメみたいです」
「ん。そっか」
まるでこの世の終わりのような表情でそう伝える妖夢に、鈴仙は酷くあっけらかんと返答をする。しかも笑顔で。どうやら彼女にとって、ここに泊まれない事はさしたる問題ではないらしい。じゃあ来るな、と心で悪態を吐きながら更に私はお茶を啜った。
「じゃあ、次いこっか」
「次、ですか?」
「うん。えーっと、ここがダメで魔理沙とアリスもダメって言われたし、妖夢のところもダメなんでしょ?」
「あ、はい」
鈴仙の言葉を聞き、更なる絶望へと放り込まれた様子の妖夢。彼女の思考はきっとこんなところだろう。
これじゃあもう紫様のところしかあてがないじゃないですか。うぅ、あそこは嫌だ。絶対に嫌だ。でももうあてはないし・・・。
根拠はないが多分そんな所だろう。私だって紫のところに泊まれと言われたら、全力で拒否する。
「じゃあ、次は紅魔館へレッツゴー」
「はい。って、えぇぇ!?」
「はいはい、掃除の邪魔だからさっさと行ってね」
こうして2人は紅魔館へと向って飛立っていったのだった。
彼女たちが飛立った後も、博麗の巫女がお茶を飲み続けていた事をここに追記しておく。
勘違い全開の会話の誤解が解け、咲夜が紅茶を淹れ直し、更にお代わりを淹れた頃。
「本当によろしいのですか、お嬢様?」
「くどいわね。言ったでしょう? これは決定事項だって」
お嬢様の命令ならばなんであっても実行する覚悟の咲夜だが、まだ混乱が収まっていないのか、先ほどから同じ質問を繰り返していた。
お休み自体が嬉しくない訳ではないのだが、かといってここに来てからお休みを貰うのは初めてで何をしていいのかわからない。咲夜の思考は概ねこんなところだ。
「そうそう、忘れてたわ。咲夜」
「なんでしょうか、お嬢様」
「これ、使いなさい」
レミリアの手から差し出されたものは『温泉旅館極楽亭 二泊三日3名様まで』とかかれている1枚の紙切れ。
見覚えがある、と思った咲夜は、先日の買出しの事を思い出す。それは香霖堂で買い物をした際にオマケだと言って渡されたモノだ。「僕には必要のないモノだからね」とは、店主の言。
「えっと、でしたらお嬢様もご一緒に・・・」
「ダメよ。私が行ったら咲夜が羽を伸ばせないでしょう?」
そんな事は、といいかけた咲夜だが、目の前にレミリアがいるのにお世話が出来ないという状況を想像し、口を噤んだ。
それはそれでストレスが溜まりそうだわ。それが咲夜の出した結論だった。
「3人までらしいから、適当に誘っていってきなさい。あぁ、霊夢はダメよ?」
「しかし、お嬢様を差し置いて、従者である私だけが遊びに行くなどと・・・」
ドガーン
「あら、お客様みたいね」
「はい」
門の方角から聞えた破砕音。魔理沙あたりが門番を吹っ飛ばした音に違いない、と確信している2人。
門番のやられる音が呼び鈴代わりというのが、この紅魔館の日常を如実に物語っているのが、ここではどうでもよい事である。
「お嬢様」
「わかったわ」
それだけのやり取りを残し、侵入者の迎撃へと向う咲夜。
魔理沙ならばいいのだが、他の侵入者の可能性もあるので、念のためというヤツである。
「あ、咲夜さん。こんにちは」
「咲夜、こんにちはー」
「・・・貴方たち、何やってるの?」
そこにいたのは魔理沙ではなく、かといって霊夢でもない。月の兔、鈴仙・U・イナバと冥界の庭師、魂魄妖夢だった。
なんでこの子たちがここに? とか、さすがにあの子じゃこの2人相手は分が悪かったわね、などと考えながら咲夜はナイフを構え、警戒を強めた。
「何の用かしら?」
「えっとね。泊めて」
「鈴仙さん、泊めて貰う気だったんですか・・・?」
「もちろん」
「・・・門番をふっ飛ばしてくるような客を泊める部屋は、ここにはないわよ」
その言葉に鈴仙は不満そうな顔をし、妖夢は苦笑いを浮かべる。
どうやら彼女たちに交戦の意思がないらしいと判断した咲夜は、とりあえず警戒を緩めた。
「で、本気でそれだけなのかしら?」
「はい。あの、すいません」
「いいわ。貴方も苦労してるのね」
「いえ、そんな事は・・・」
「うーん。ここが最後だったんだけどなぁ」
困ったなー、などといいつつも笑顔の鈴仙。それを見て、全然困ってないじゃない、と咲夜と妖夢は心の中で同時に叫んでいた。
いかに鈴仙の耳が大きくてもそんな事など判る訳もなく。いや、聞く事が出来ても聞いているかかなり怪しい状況ではあるのだが。兎も角、鈴仙は2人の心境など知る由も無く楽しそうに言葉を続けた。
「妖夢、他にあてはないの?」
「えっと、あるにはありますけど・・・」
「じゃあ、そこいこ」
門番をふっ飛ばしたあげく泊めろと言い、更に勝手に話を進めて出て行こうとする侵入者。どうやら紅魔館にはそんな輩しかやってこないらしい。
咲夜は溜息を1つ吐き、この侵入者の処置を考え始める。このまま返してもいいのだけれど、せめて注意くらいはしておくべきかしら、と。
「あら、丁度いいじゃない」
「っ!? お嬢様!」
そこに唐突に現れるレミリア。
一応とは言え、相手は侵入者。咲夜はその姿を確認するや否や、主の前へと立ち、警戒を強める。
「いいのよ、咲夜」
「しかし、お嬢様・・・」
「ほら、これで丁度3人だし」
「えっと、まさか・・・?」
「えー、何々?」
「えっと、あの~」
戸惑う咲夜、興味津々の鈴仙、恐々としている妖夢。そして3人を楽しそうに見比べているレミリア。
「咲夜、紅茶の準備をよろしくね」
「・・・畏まりました」
「2人とも、こっちへいらっしゃい。説明するわ。咲夜が」
「はーい」
「・・・失礼します」
こうして従者達の、従者達による、従者達の為の夏休みが幕を開けるのだった。
あと幻想郷が幻想卿になっちゃってました。
感想、並びに誤字の指摘、ありがとうございました。続きの方もどうかよろしくお願いします。