神社に独り 誰も居ない
誰も居ない 独りで神社に 夜 暗い事に気がついた
暗い夜 音も泣く程に 闇 蝋燭の灯りに照らされて浮かんでいた
襖に閉ざされた四角い部屋の中で 巫女は視界の隅にちらつく闇に気がついた
音も亡く 部屋を照らす蝋燭の灯りが ちらちらと揺れて 闇が浮かぶ
音も無く 目の前がちらちらと揺れた 蝋燭の灯りが一時 陰る
陰る視界 目の前がちらちらと揺れて 何も無い 巫女の顔の紙一枚程も隔てぬ目の前に
巫女の顔の紙一枚程も隔てぬ目の前に 紅い瞳が浮かんだ
浮かんだ瞳は紅く 巫女の目の僅か 指一つ分の高さから見下ろし
細く縦に縮んだ瞳孔が 上から下へ 巫女を見下ろして 消えた
消えた闇は散らず いつの間にかゆらゆらと揺れる明かりに照らされ
照らす灯りは陰りを止めて 部屋の四隅と壁の上半分から天井にかけて 闇を映していた
音は無かった 音のみが無かった 部屋は僅かばかりに照らされて 残りはすべて暗さが在った
気配が 気配が 先ほど巫女の視界いっぱいに大きく映り込んだ紅の瞳孔の気配が
断続的に ちらちらと 気配が 針のように巫女の肌に刺さり すぐに消えた
気配は ちく ちく と断続的に巫女の眼を刺した 現れては消えて 何も無いときが続き……
そして、それは突如現れ 再び巫女の瞳を 紅の瞳孔が睨んでいた
瞳のみ浮かぶ睨む紅は 直に巫女のまぶたに触れた
そのまま縦に縮んだ瞳孔が上から下へ 零距離で巫女を睨み
眼を閉じること能わぬ 巫女の濡れた瞳が 紅の瞳に触れられた
眼と眼が触る その冷たさ 圧し付けられて 痛みは無く 冷たい 瞳の口付け
カタカタと背が凍る 巫女は光を求めて 外へと続く襖を開けた 一瞬の邂逅 凍った体が跳ねた
触れた闇の空虚に 意識はただ明かりを求めた 開け放たれた先の空
星の光を 月の光を 天を覆う黒い雲が僅かに反射する 夜に漂う光子を
そして 開け放たれた襖の先の 閉ざされた漆黒に 巫女は息を詰まらせた
神社の一室の襖を境に 外は黒い闇で埋められていた
星は無く 空は無く 庭は無く 大気は無く 壁 黒い壁に部屋は埋まっていた
巫女の右の耳を生暖かい舌が そっと這う
驚き右腕を上げ 見えない空間を払った 生暖かい気配を払う腕は 肘から先が無かった
無かった 巫女の肘から先が無かった
闇に食われて飲まれていた 痛みは無い 感覚も無い 手の存在が無い
戸惑い声を上げて気がついた 音が無い 静寂は耳の感覚が無い 音は亡くなっていた 耳も闇に飲まれていた
包み込む黒の境界はぼやけていて しかし引き抜こうとしても 闇はついてくる
もはや 巫女を照らす光は 陰る蝋燭のみ
迷わず 巫女は 自らの右手 のあるはずの空間を 闇ごと蝋燭の火に入れた
ぱちと 炎が爆ぜた 陰る火は弱く すぐに絡みつく闇が 飲み込む
飲み込まれた火は弱く ちらちらと陰ることすらもはや出来ずに 白い筋を一つ上げて 消えた
真闇 眼を閉じる 空けていては そこから生気の輝きも食われる 闇は紅瞳を巫女の体中に押し当ててきた
頬が冷たい 首が冷たい 背中が冷たい 痛みは無く 圧し付けられ 払おうにも 手は無かった
巫女は抵抗するのを止めた 考えるのを止めた 思考を止めた もう出来ることは一つしかなく
気がつけば 下半身はすでに闇に飲まれて 見えない 無い 亡くなっていた
やがて 腹を 胸を 肩を 背中を 腕を 首を
最後に まぶたが闇に飲まれ 瞳だけが残された 暗闇に 何も見えない暗い闇に
巫女は瞳だけを浮かばせて見詰め合った 紅い瞳が 巫女の眼に触れて 重なる
金色の糸が 間に挟まれて さらさらとくすぐったかった
巫女の意識は それを最後に 溶けて消えた 否 闇に飲み込まれた
次の朝、闇は“初めて気がついた” 意思を持って 光を感じた
本能で闇をまとい 初めてモノを考える
わからない、けれど
収縮した闇は 彼女は 理解できずに ただ無我に飛び立った
無人の神社を後にして
気がつかない 気がつけない
唯一 闇に飲まれずにいた巫女の符を成したリボンが彼女の頭に残されていた事に 誰も
先代か先々代かはわかりませんが、こんな事も在るかなぁと。